Hondaのエンジン

2025.09.14

C30A型 当時の最高技術を結集した自然吸気 V6エンジン

C30A型 当時の最高技術を結集した自然吸気 V6エンジン

究極のNAエンジンを目指して

3.0L・V型6気筒DOHC VTECのC30A型は、1990年9月に発売したミッドシップスポーツカー、NSXのために専用開発したエンジンである。NSXは高性能スポーツカーの運動性能を極限まで追求し、理想的な前後重量バランスによって駆動力を持て余すことなく路面に伝えるとともに、優れたハンドリングの実現を狙って開発が行われた。この狙いを具現化するため、重量物であるエンジンを重心位置に近い車室の後ろに搭載し、後輪を駆動するミッドシップエンジン・リアドライブ(MR)方式を採用した。

車両運動性能を向上させるには、エンジンの高性能化とボディの軽量化が不可欠である。エンジンを高性能化させるには排気量を拡大するのが容易で効果的だが、排気量増にともなって重量やサイズが大きくなってしまう。排気量を大きくすることなく高性能化を図るにはエンジンの高回転化が考えられ、この場合は多気筒化が効果的だと考えられる。気筒数を増やしてシリンダー容積を小さくし、ストロークを短くすれば高回転化に有利になる。だが半面、部品点数は増加し、排気量増と同様に重量やサイズは大きくなる。

ターボチャージャーなどの過給器によって高性能化を図る方法もあるが、インタークーラーなどの補機類が増えてシステム全体の重量やサイズは大きくなる。また、自然吸気エンジンに比して大がかりな熱対策が求められるし、ターボラグによるドライバビリティの悪化が懸念される。検討の結果、出力と重量のバランスから排気量は3.0Lとし、気筒数はエンジンをコンパクトにできるV型6気筒に設定。前後寸法の短縮を図るためこれを横置きにして後ろに5度傾けて搭載し、5速MTもしくは4速ATのトランスミッションを側方に配置するレイアウトとした。

NSX ボディ全体透視図

V6で性能・振動面で有利な等間隔燃焼を行うにはVバンク角を120度にするのが理想だが、120度では幅広になりすぎるため、とくに横置き搭載には不向きだと考えられた。Vバンク角を60度にし、クランクピンに60度のオフセットを設けて等間隔燃焼を実現する方法もあり、採用事例は多い。この場合はエンジンをスリムにすることはできるが、引き換えにエンジンの高さが高くなってしまう。

Hondaは1985年11月に発売したレジェンドに搭載するV6エンジンを新開発するにあたり、幅、高さの点でバランスのとれた90度のVバンク角を選択。クランクピンに30度のオフセットを設けて等間隔燃焼とした。レジェンドが搭載したのは排気量2.0LのC20A型と2.5LのC25A型で、1本のカムシャフトで吸排気4バルブを駆動するSOHCヘッドを採用していた。

LEGEND搭載 C25A型エンジンカットモデル

NSXに搭載するにあたっては当初、C25A型をベースに排気量を3.0Lに増やす方向で開発を進めていた。ところがNSXのデビューを約1年後に控えた1989年に、世界初の可変バルブタイミング・リフト機構であるVTECがインテグラに搭載されて発売された。DOHC VTECという新技術が手の内にあるのに、Hondaの最先端の技術を結集した新時代のスポーツカーがSOHCでいいのかという議論が行われ、急遽SOHCをDOHC VTECに変更する決断が下された。

NSX専用のC30A型を開発するにあたってはまず、C系の90度Vバンク角を基本に、吸気バルブ、排気バルブをそれぞれ独立したカムシャフトで駆動するDOHCとし、排気量は3.0L(2977cc)に設定。ボア×ストロークは90.0×78.0mmとした。自然吸気エンジンで高出力を得るためには、大量の混合気を高回転域まで効率良く吸入し燃焼させる必要がある。ビッグボア・ショートストロークとしたのは、バルブ有効面積を最大にとる狙いもあってのことだ。

NSXの開発当時は、エンジンの性能をフルに引き出して走行するには、人間がマシーンの特性に合わせていくテクニックが要求されがちだった。しかしHondaはそのような慣例をよしとせず、NSXの優れた動力性能は、レーシングドライバーなどの限られた人によって引き出せるものではなく、オーナーになった人すべてが享受できるものでなければならないと考えた。

ドライバーに特別な緊張を強いることなく、人の感性に合った素直なアクセルワークと、高回転までストレスなく吹き上がる自然吸気エンジンが、NSXのような次世代のスポーツカーにふさわしいと考えた。

NSX 3.0L V6DOHC VTECエンジン透視図

8000rpmのレッドゾーンを実現したVTEC

C30A型は3.0Lの自然吸気エンジンとしては当時トップクラスの最高出力280ps/7300rpm(5MT車、4AT車は265ps/6800rpm)、最大トルク30.0kgm/5400rpmを発生した。レッドゾーンはMTが8000rpm、ATは7500rpmに設定した。これらの特性を実現する技術のひとつが、急遽採用を決めたDOHC VTECである。

レーシングエンジンのように高回転・高出力を追求すると、低中回転域での性能は不安定になりやすく、逆に低中回転域の性能を重視すると高出力化は困難になる。VTECは二律背反する低中回転域の扱いやすさと高回転・高性能を両立する技術で、低中回転域に最適なバルブ開閉タイミングおよびリフト量と、高回転域に最適なバルブ開閉タイミングおよびリフト量を切り換えるシステムである(VTECの詳細は「B16A型 VTEC=世界初の可変バルブタイミング・リフト採用の革新的エンジン」をご参照ください)。

通常のDOHC各気筒4バルブエンジンでは、吸気側、排気側のカムシャフトともそれぞれ気筒あたり2つのロッカーアームとカムで構成される。これに対しVTECでは3つめのロッカーアームとカムを備える。3つ並んだカムのうち、両端の2つが低中回転用のローリフトカムでプライマリーとセカンダリー、中央のカムが高回転用のハイリフトカムとなっている。この2種類のカムを運転状況によって切り換えることにより、低中回転時と高回転時にそれぞれ最適なバルブタイミングとリフト量とし、高回転・高出力の特性と、低中回転時の高いトルク特性を両立させた。

NSXエンジンカットモデル

C30A型ではローリフト用カムからハイリフト用カムに切り替わるポイントを5800rpmに設定。バルブリフト量は低中回転域を受け持つ吸気側プライマリーを8.7mm、セカンダリーを8.3mmとし、セカンダリー側をプライマリー側よりやや遅く開いて早く閉じるようにし、吸気のスワール(横方向に旋回する渦)効果によって燃料噴霧と空気がよく混ざるようにした。ハイリフト用カムのリフト量は10.2mmに設定。これはMT車の数値で、AT車はやや低速寄りの諸元としている。

しかし、VTECをもってしても低回転域から8000rpmの高回転域までをカバーするには至らず、トルクの谷が生じてしまう。そのトルクの谷を埋めるべく開発したのが、共鳴チャンバー(一時的に空気を溜めておく部屋)容量切り替えインテークマニホールドシステムである。自然吸気エンジンの共鳴効果と慣性効果を利用し、回転域に応じてこれを切り換えることで、シリンダー内により多くの混合気を吸入する仕組みだ。

共鳴チャンバーのシャッターバルブが開いた状態

共鳴チャンバー断面図(開)

共鳴チャンバーのシャッターバルブが閉じた状態

共鳴チャンバー断面図(閉)

共鳴効果とはある特定の周波数を与えると音が共鳴し、空気の振幅が最大となる効果のこと。この共鳴によって増幅された圧力が吸気ポートにもどり、吸気行程において吸気バルブ前部分の圧力が高くなったときにシリンダー内に多量の空気が引き込まれる効果を利用し、充填効率をアップさせる。この共鳴効果はエンジンの低中速回転域ではとりわけ高いので、この回転域でのトルクアップにつながる。

多気筒エンジンの場合は、ひとつ前のシリンダーの吸気行程で発生した圧力波をうまく利用することによって、次のシリンダーの吸気バルブが閉じる直前のポート先端の圧力を高めることができ、吸気の充填効果を高めることができる。

C30A型では、Vバンクの間に6個のシャッターバルブ(3個が一体となって片側バンクを受け持つ)を持つチャンバーを設置。低中回転域ではこのチャンバーのシャッターバルブを閉じておくと、共鳴効果によって吸気の充填効率が高まりトルクアップにつながる。一方、吸気の流れに勢いがつき慣性が大きくなる高回転域ではシャッターバルブを開き、慣性効果を利用して充填効率を高め出力アップを図る。

シャッターバルブは4800rpmで開く設定とした。すなわち、4800rpmまではVTECの低速カム+共鳴効果、4800〜5800rpmは低速カム+慣性効果、5800rpm以上は高速カム+慣性効果となる。このように、C30A型ではVTECと共鳴チャンバー容量切り替えインテークマニホールドシステムの連携により、全回転域においてトルクの谷がないリニアなエンジン特性を実現した。

軽量・高性能な素材と加工技術を惜しみなく投入

C30A型は、3.0L・V6自然吸気エンジンとしては当時トップクラスとなる280psを達成しながら、8000rpm(MT車)の高回転化を実現した。高回転化ができたのは軽量なチタン・コンロッドの採用に負うところが大きい。往復運動部品であるピストンやコンロッドが発生する慣性力は速度の2乗に比例して増加する。すなわち、高回転化するほど慣性力は加速度的に大きくなり、クランクピンの受圧面圧が増してクランクピンとコンロッドメタル間の油圧厚さの減少を招く。また周速度も増加するため、耐焼き付き性(軸受の余裕度)が低下する。裏を返せば、コンロッドを軽量化して慣性力の低下を図ることで、クランクピンとコンロッドメタル間の油膜厚さは増し、耐焼き付き限界特性は向上。エンジンの高回転化が可能になる。

チタン製のコンロッドと鍛造クランクシャフト

鉄に比べてチタンは比重が小さく、引っ張り強度に優れる特性を有する。引っ張り強度と耐久性は密接な関係があり、従来の鋼製コンロッドをチタン合金製コンロッドに置き換えると大幅な軽量化と耐久性向上につながることはわかっていたが、材料の特性に由来する鍛造成形性と切削加工性に困難がつきまとい、また量産に適した表面硬化技術が存在しないことなどから、レーシングエンジンなど特殊な用途を除くと、量産部品への適用はごく一部にとどまっていた。

C30A型の開発にあたっては高回転・高出力化を実現する技術のひとつとして、チタン合金製コンロッドの開発に取り組み、鍛造成形性や切削加工性を改善した新しいチタン合金(Ti-3Al-2V)を開発。さらに信頼耐久性が担保できる表面硬化処理技術(CrN-PVDコーティング処理)の確立などにより量産化を実現。従来の鋼製コンロッドに対して1本あたり約190g、約30%の軽量化を果たした。この軽量化による往復慣性力の低下は、エンジンの回転限界を約700rpm引き上げる効果があった。

シリンダーヘッドはアルミ合金製。鋳鉄ライナーを鋳込むオープンデッキ構造のシリンダーブロックもアルミ合金製とした。インテークマニフォールドのチャンバー部やシリンダーヘッドカバーおよびトップカバーには、アルミよりも比重の小さなマグネシウム合金製を採用。クランクシャフトにはNC43VCという高強度材を採用し、メタル軸受はウルトラフィニッシュ加工により鏡面仕上げを施した。

バルブ挟み角は吸排気30度ずつの60度。吸気バルブ径は35mm、排気バルブ径は30mm、バルブステム径は5.5mmとした。インテグラなどが搭載するB16A型1.6L直列4気筒DOHC VTECのバルブステム径が6.6mmであることを考えると、C30A型は攻めた設計である。細径化は材料技術と製造技術の工夫により実現した。ステム径を細くすることでバルブの軽量化を図ることができる。これにより往復慣性質量の低下を図ることができ、高回転化や損失低減に有利に働く。また、吸排気がポートを通過する際の抵抗低減にも効果がある。

カムシャフトはリフトが高い吸気側は剛性を確保するために中実構造とした。一方、排気側は軽量化を追求するため中空構造とした。また、バルブスプリングは高回転化に対応させるため高強度材を採用。アルミ合金製ピストンにはシリコンを添加して高強度化を図ると同時に、スカート部にモリブデンコーティングを施してフリクション低減を図った。

圧縮比は高ければ高いほど、燃焼時の最大圧力が高くなり、高出力化につながる。C30A型では燃焼効率に優れたセンタープラグのペントルーフ型燃焼室とし、圧縮比を10.2に設定。耐ノック性の高いRON100ガソリン専用とした。そのうえで、シリンダーブロック内に設けた2個のセンサーからの信号により点火状態を検知し、ノッキングを防止するノックコントロールを採用。出力およびトルクアップに寄与する技術である。

※ RONはリサーチオクタン価のことで、リサーチ法による試験で測定したノックしにくさの指標。数字が大きいほどノッキングしにくいことを示す。日本工業規格(JIS)ではレギュラーガソリンのオクタン価を89.0(RON89)以上、ハイオクガソリンのオクタン価を96.0(RON96)以上と定めている。国内のハイオクガソリンの実勢値はRON100程度。

点火プラグは熱負荷と振動に強い白金を中心電極と接地電極部に使用する白金プラグを採用。ディストリビュータからハイテンションコードでプラグに高圧電流を送る従来の方法ではなく、各プラグに直接小型イグニションコイルを取り付けたダイレクト点火システムを採用した。この方式により、より強力で安定した点火が得られている。

このように、NSX専用エンジンとして開発したC30A型には細部に渡り徹底した高回転・高出力化技術が投入された。その結果、自然吸気の高回転・高出力エンジンながら実用域の低速トルクを確保しつつ、高回転域まで一気に上りつめる次世代のスポーツカーにふさわしい全域高性能を実現した。高回転化に寄与する慣性質量の低減だけでなく、車両運動性能の向上に寄与するためエンジン全体の軽量化にも徹底して取り組んだのも特徴である。

NSXのエンジンルーム

なお、1992年11月に発売したNSXタイプRでは高回転域を多用する走りに対応するため、クランクシャフトのバランス精度向上、ピストン/コンロッドの重量精度向上というレーシングエンジンと同じ徹底した品質管理を適用。これにより、最高出力、最大トルクのスペックは不変ながら、スムースで力強い加速感が得られる仕立てとした。

諸元表

諸元表


テクノロジーHondaのエンジンC30A型 当時の最高技術を結集した自然吸気 V6エンジン