Hondaのエンジン

2025.07.25

B16A型 VTEC=世界初の可変バルブタイミング・リフト採用の革新的エンジン

B16A型 VTEC=世界初の可変バルブタイミング・リフト採用の革新的エンジン

リッターあたり100psの高出力を実現した1.6Lエンジン

リッターあたり100psの高出力を実現した1.6Lエンジン
リッターあたり100psの高出力を実現した1.6Lエンジン

1.6L直列4気筒DOHCのB16A型は、世界初の可変バルブタイミング・リフト機構であるVTEC(ブイテック)の採用により、自然吸気エンジンでリッターあたり100馬力(100ps)のハイパワーと、力強い低中速性能を両立させたエンジンである。1989年4月19日に発売したインテグラに搭載車が設定され、同年9月21日に発売のCR-Xとシビックにも設定された。

エンジンを高出力化していくには、大きくふたつの手段がある。ひとつは高回転化によって仕事量を増やすこと。もうひとつはターボチャージャーなどの過給器によって空気を加圧することである。エンジンは吸気中の酸素量に応じた燃料を燃焼させるため、加圧分だけ酸素量が増加。過給すると、排気量を増やしたのと同様の効果が得られるため高出力化を図ることができる。

しかし当時のターボエンジンは高出力化と引き換えにターボラグと呼ばれる応答遅れが避けられず、ドライバビリティの点で課題となっていた。そこでHondaはターボに頼らず、自然吸気エンジンを高回転化することにより、自然吸気エンジン特有の伸びのある爽快な走りと高出力を実現する道を選んだ。

この決断は、全日本ツーリングカー選手権グループA用レースエンジン開発での実績が後押しした。HondaはZC型1.6L直列4気筒DOHC自然吸気エンジンを積んだシビックで1985年シーズン途中からグループA1600cc以下のクラスに参戦し、1986年からシリーズが終了する1993年までチャンピオンマシンとして君臨した。このエンジンの開発で高回転化に必要なバルブタイミングやリフト量などに関する知見を蓄積することができ、1.6Lエンジンでもリッター100psを発生させられる目処が立っていたのだ。

VTEC開発の背景とその原理

レースエンジンは主に高回転・高出力性能に的を絞って開発すればいいが、乗用車の場合は低中回転域の扱いやすさも求められる。この二律背反する要求を成立させる技術がVTECである。VTECは可変バルブタイミング&リフト機構を意味するVariable Valve Timing & Lift Electronic Control Systemの一部頭文字をつなげたものだ。

VTECエンジンと過去のエンジンのトルク特性比較

VTECエンジンと過去のエンジンのトルク特性比較図

VTECエンジンと過去のエンジンのトルク特性比較図

VTEC登場以前のエンジンは低速側を犠牲にして高速側に振ったハイリフトカムを使うのがスポーツカーエンジンの常識だったが、VTECはバルブリフトを切り換えるというゲームチェンジャーの役割を果たした。

VTECは1982年に二輪車用に開発したバルブ休止機構(Revolution- modulated Valve control:REV)機構を発展させた技術だ。REVは1気筒あたり吸気2・排気2の4バルブのうち、吸気1・排気1を低速域で休止させるシステムである。VTECはREVの基本原理を応用し、低中回転域と高回転域で吸排気両バルブの開閉タイミングとリフト量を切り換えるシステムとした。

高速バルブリフト(ハイリフトカム)と低速バルブリフト(ローリフトカム)の比較図

高速バルブリフト(ハイリフトカム)と低速バルブリフト(ローリフトカム)の比較図

エンジンの吸気バルブと排気バルブは、細長い棒状のカムシャフトで駆動する。カムシャフトには卵型のカムが取り付けられており、シャフトの回転にともなってカムがロッカーアームを介してキノコ型のバルブを押し下げることで開閉する。バルブタイミングはカムの形状、バルブリフトはカム山の高さで決まる。

VTECの仕組み

低回転時
高回転時

左の図は低回転時。低いカム山を使いバルブリフト量「低」を使っている状態。オレンジ色のハイリフト用カムと、そこに接するロッカーアームはカム軸の回転にともなって動くが、ピンでつながっていないため空振り(ロストモーション)となり、バルブ作動には影響しない。長い方のピンはハイリフトカム作動用ロッカーアーム内に残る。

右の図は高回転時。青いローリフトカムと接したロッカーアーム内の短いピンが、オレンジ色のハイリフトカム内のピンを押し、3つのロッカーアームが連結され一体化する。この状態ではハイリフト用カムの動きがロッカーアーム全体に伝わり、バルブリフト量が「高」になる。ピンを確実に出し入れするため、50μm以下の高精密加工を施している。

VTECはバルブを押し下げるカムとロッカーアームを吸気側、排気側とも従来の1種類から2種類に増やした。気筒あたりのカムは3個だ。3個直列に並べた両端はリフト量の小さなローリフト用のカムとし、真ん中にリフト量の大きなハイリフト用のカムを挟んだ構成である。

従来の機構

従来の機構

VTEC機構

VTEC機構

カムに押されて動くロッカーアームには油圧で動くピンが内蔵されている。低中回転時はリターンスプリングによってピンが押し戻されて引っ込んでおり、3つのロッカーアームは切り離された状態。このとき中央のハイリフト用カムは空振りして左右のローリフトカムでバルブを開閉する。この状態では吸気バルブと排気バルブが同時に開いた状態のオーバーラップは小さく、リフト量も比較的小さな低中回転域に最適なトルク重視型のカムプロファイルとなっている。

油圧ピンを作動させると、3つのロッカーアームが連結。左右のローリフト用カムも含め、ロッカーアーム全体の動きをハイリフト用カムが支配し、バルブはより早く開いてより遅く閉じ、リフト量はより大きくなる。グループA仕様のシビックと同じカムプロファイルで、これにより高回転時に最適な、大きなオーバーラップのバルブタイミングとなって排気の掃気効果が高まって吸気の充填効率が高くなり、かつ、吸気や排気が通りやすい大きなバルブリフト量になる。

カムの切り替えはエンジン回転速度、エンジン負荷、車速などをECU(エンジン・コントロール・ユニット)でセンシングし、刻々の運転状況に応じて行う。切り替えポイントはおよそ4800〜5200rpmだ。VTECの採用により、B16A型はターボチャージャーなどの過給器付きエンジンでは実現しにくい自然吸気エンジンならではのシャープなレスポンスを発揮しながら、リッターあたり100psとなる最高出力160psのハイパワーを達成した。

しかも、低中速域のトルク特性も妥協することなく、レッドゾーンの8000rpmまで一気に吹き上がる特性を実現している。カムがローリフト用からハイリフト用に切り替わるとエンジンサウンドが明らかに変化し、ドライバーに高揚感をもたらすと同時にカムの切り替わりを知らせることになった。図らずもこれが、高回転の伸びとともにVTECを適用したB16A型の特徴となった。油圧でピンを移動させ、バルブの開閉タイミングやリフト量を変えるロッカーアームは、超高精度加工が必要、かつ高精度な調整を必要とした。

のちのHondaエンジンに繋がる数多くの技術

B16A型の最高出力は160ps/7600rpm、最大トルクは15.5kgm/7000rpmである(MT車)、前身となるZC型はそれぞれ120ps/6300rpm、14.5kgm/5500rpmだった。寸法諸元も大きく異なり、ZC型のボア×ストロークは75.0×90.0mmのロングストロークなのに対し、B16A型は81.0×77.4mmで高回転向きのショートストロークとした。ボア径を大きくしたことにより吸排気バルブ径も大きくすることができ、吸気バルブ径はZC型の30mmに対しB16A型は33mm、排気バルブ径は27mmに対し28mmである。バルブ挟み角は56度で、コンパクトなペントルーフ型の燃焼室を形成。ほぼストレートな形状のインテークマニフォールドを採用し、より高い吸入効率が得られるようにした。

シリンダーブロックはアルミ合金製で、鋳鉄ライナーを鋳込んでいる。高性能化に対応するためウォータージャケットは深溝化。さらに、メインオイルギャラリーをブロックと一体化することで冷却効果を高めている。そのメインギャラリーには、高回転高負荷時など油圧が高くなる状態でピストン裏にオイルを吹きかけるオイルジェットを採用した。

シリンダーヘッドもブロックと同様にアルミ合金製だ。軽量化を追求するためである。ZC型の圧縮比9.1(レギュラーガソリン仕様)に対してB16A型はプレミアムガソリン仕様とはいえ10.5と高い圧縮比を実現している。VTECによる排ガス掃気効果によるノック限界の向上やコンパクトな燃焼室による火炎伝播距離の短縮などが効いた格好だ。

スロットルボディは空気がロスなく通るようボアを大きく設定。アクセルペダルのストロークが小さな踏みはじめの領域でトルクが過敏に立ち上がらないよう、偏芯ドラム型のスロットルを採用した。これにより、アクセル開度が小さな領域では踏み込み量に対するスロットルの開き具合が穏やかになる。

ピストンやコンロッドは軽量化を図り、慣性重量を軽減。クランクシャフトの軸表面は超微粒砥石でラッピング仕上げを行うなど、フリクション低減を図った。高強度のタイミングベルトで駆動されるカムシャフトは、カーボン、クロームを多く含む新合金スチールの鋳造製。バルブはモリブデン、チタンなどを加えた新素材で、軸を細くし、軽量化と耐熱強度の向上を両立させた。

インテグラ・クーペXSi(1990)

インテグラ・クーペXSi(1990)

CR-X SiR(1989)

CR-X SiR(1989)

B16A型は1984年に投入されたZC型と同じ1.6Lの排気量を受け継ぎながら、可変バルブタイミング&リフト機構のVTECの適用により、高回転・高出力化と低中回転域の実用性を両立。運動系部品や吸排気系、シリンダーヘッドにブロックなど、各部を高回転・高出力化に最適化した技術が適用された。VTECはインテグラやCR-X、シビックに適用後、1990年にはNSXにも採用され、Hondaのエンジン技術の核となっていった。

諸元表

諸元表


テクノロジーHondaのエンジンB16A型 VTEC=世界初の可変バルブタイミング・リフト採用の革新的エンジン