イノベーション 2024.02.12

伝えたかったのは「ワクワクする不気味さ」。燃料電池自動車のラッピングデザインに込めた想い

伝えたかったのは「ワクワクする不気味さ」。燃料電池自動車のラッピングデザインに込めた想い

2024年に発売が予定されている、5人乗りSUV「CR-V」をベースにした新型燃料電池自動車(FCEV)。正式な発表に先駆け、水素原子のユニークなラッピングデザインを施した擬装車(カモフラージュした車)が披露されました。そのデザインを担当したのは、入社2年目のデザイナー森岡さくら。彼女が、FCEV の担当デザイナーに抜擢された背景とは? そこに通じるHondaの企業文化や、デザインのこだわりなど聞きました。

森岡 さくら(もりおか さくら)

株式会社本田技術研究所
デザイン開発推進室
コミュニケーションデザインスタジオ
森岡 さくら(もりおか さくら)

2022年Honda入社。大学ではプロダクトデザインを専攻し、現在はコミュニケーションデザインスタジオに所属。SUV「CR-V」をベースにした新型燃料電池自動車のプロジェクトではラッピングの企画からデザイン制作、実装までを担当。

2024年に発売が予定されている、5人乗りSUV「CR-V」をベースにした新型燃料電池自動車(FCEV) 2024年に発売が予定されている、5人乗りSUV「CR-V」をベースにした新型燃料電池自動車(FCEV)

「Hondaで人を喜ばせることに携わりたかった」

——森岡さんが所属しているコミュニケーションデザインスタジオは、どのような業務を担当する部署なのでしょうか?

森岡

簡単に言うと、Hondaが作っているクルマやバイクなどの製品と、お客様をつなげるきっかけをつくっている部署です。今回のFCEVのラッピングカーのような訴求活動や、イベント、ウェブサイトなど、「お客様とHondaのつなげ方をデザインすること」を目的に仕事をしています。

もともとカーモデラー(クルマの模型を作る職業)だった人や、プロダクトデザインをしていた人など、多様な経歴を持ったメンバーが集まっています。年齢層も幅広く、若手社員は私の他に、今年入ってきた後輩が1人。年齢に関係なく意見を提案しあえる雰囲気で、いろいろな知見が集約していて面白いです。

——学生時代は家電などのプロダクトデザインを学んでいたそうですが、どうしてHondaに入社しようと思ったのですか?

森岡

モノ作りを通して、人を喜ばせる仕事がしたかったんです。Hondaのことはもちろん知っていました。就活でモーターショーに足を運んだとき、汎用エンジンのパワープロダクツやHonda Jetも手がけていることを知り、クルマだけにとどまらないサービスに興味を持ったんです。

Hondaについて調べていくと、人々を喜ばせるために技術を幅広く活かしていることがわかりました。Hondaのスローガンにもある「Dream=夢」を追いかけながらも、決して人々を置いてきぼりにすることなく、社会の困りごとを解決しようとする姿勢に強く惹かれました。自動車メーカーに入社したかったというよりは、Hondaで人を喜ばせることに携わりたかった、というのが入社の理由です。

怖いもの見たさで知りたくなるデザインに

——今回のFCEVのラッピングデザインは、どのようなきっかけでスタートしたのでしょうか?

森岡

広報担当からFCEVの日本発売の打ち出し方について相談が来たことがきっかけです。CR-V自体はすでに北米で販売されている車なので、FCEVとして発表するだけではインパクトが弱く、なにか面白いことができないか? という相談でした。

そこでスタジオの皆で考え、浮かんだのがFCEVを訴求するためのラッピングでした。通常、新車の発表前に公道を走らせる場合は擬装といって、デザインをわかりにくくするためにカモフラージュしやすい柄を車体に施すのですが、今回はFCEVのことを知ってもらうために、特別な擬装をしたら面白いのではないかという話になったんです。

提案したデザインラフ 提案したデザインラフ

——森岡さんが中心となってプロジェクトを進めたのですか?

森岡

はい、私が主体的に進めました。プレッシャーもありましたが、若手、ベテラン関係なく皆でいいものをつくろう、という雰囲気があるので、気負いせず前向きに進められました。

——ラッピングのデザインは、どのように決まっていったのでしょうか?

森岡

まずは後輩と2人で、デザインを通して伝えたいことを決めました。デザインを見た人に何を感じてもらいたいかや、デザインする上で大切にしたい価値観を、他部署のメンバーの意見も取り入れながら、何度も何度も話し合いましたね。

様々な意見が出ましたが、最終的にはシンプルに、「水素と電気で走る『CR-V ベースのFCEV』の特徴を伝える」「見た人にワクワクしてもらう」の2点に絞りました。

——デザインの方向性を決める上で、意識していたことはありますか?

森岡

先ほど「ワクワク」を挙げましたが、一口にワクワクといっても、いろいろな意味がありますよね。今回意識していたのは、鉱石、細胞、葉脈などの自然物が作り出す、美しいけどどこか不気味で、好奇心をくすぐるような感覚です。

「不気味」というのはネガティブな印象もありますが、「怖いもの見たさ」で、もっと知りたくなるという意味です。同時に、スマートでクリーンな未来感を持ち合わせるデザインにしたくて、皆に方向性を共有しながら案を出していきました。

——なるほど、ポジティブな不気味さですか。それをどのようにデザインに落とし込んだのでしょう?

森岡

自然界にある規則性や、有機的な動きからヒントを得ました。水素と酸素の化学反応から発生する電気を使って走る仕組みをシンプルに伝えられるようなデザインにしようと思い、車の前方から水素の原子を並べています。原子は3DCGを用いて立体的にデザインして、躍動感を表現しました。たまたま生まれたデザインではなく、しっかり意図があるグラフィックになったのではないかと思います。

コミュニケーションを重ねて、絶妙なバランスで落とし所を見つけた

——デザインにあたって、大変だったことや苦労したことがあれば教えてください。

森岡

チャレンジングなコンセプトだったので、自分でアイデアを限定したり、反対に限定することなく幅広い表現を提出したりすることで、合意の精度を高めました。ただ、案を出せば出すほど、「気持ち悪い」と言われることもあって(笑)。一生懸命考えた案を、ストレートに「気持ち悪い」と言われると悔しくて、落ち込んだり悩んだりもすることもありました。良い意味での不気味さも追及したかったので、絶妙なバランスで落とし所を見つけるのが本当に大変でしたね。

——そういった状況をどのように乗り越えたのでしょうか?

森岡

第一印象はとても大事だと思っているので、まずは意見を素直に受け止めました。そして上司の意見とのギャップを探りながら、「擬装」「訴求」「伝えたいこと」をバランス良く調整していきました。

判断に困ったときは、他部署のデザイナーや同期など、多くの人に見てもらい、意見を聞き、取り入れられるものは取り入れ、そこからまた案を広げて……の繰り返しでしたね。壁にぶつかったときの対処法は、とにかく多くアウトプットをするしかないと、あらためて実感しました。

——デザインを固める過程で、様々な人を巻き込んでいったのですね。CR-Vベースの FCEVの性能面についても、勉強されたのでしょうか?

森岡

かなり勉強しました。私は自動車の技術について詳しいわけではないので、正直苦労しました。開発責任者から技術的な仕組みや、将来性について説明してもらって。難しい内容でしたが、FCEVは知れば知るほど、地球にも人にも優しい画期的な技術だということがわかりました。持続可能な社会を実現する上でも、大きな可能性を持っている技術だと思います。

——技術面からインスピレーションを受けることもあったのでしょうか?

森岡

もちろんありました。FCEVの動く仕組みをデザインに落とし込んでいるので、見た人を納得させるようなものになっているのではないかなと。実際、FCEVの技術を知っている方にデザインの構造を気づいてもらえたり、「これってあの仕組みを表現しているんだよね」と楽しんでもらえたりしたので、勉強して本当に良かったです。

お客様目線で捉え、自分も楽しんでデザインする

——自動車メーカーでは、技術やモビリティなどの開発職が注目されがちな印象ですが、デザイナーとして働く楽しさや魅力をどのようにお考えですか?

森岡

デザインセンターには、やりたいことをメンバーに提案したとき、どんな内容でもとりあえず耳を傾けてくれる風土があるので、アイデアが形になりやすいと思います。私は今入社2年目ですが、「こういうことをやってみたい」「こんなことを考えたので見てください」と言うと、周囲も一旦受け入れてくれるので嬉しいです。

また、私の所属するコミュニケーションデザインスタジオは、他社を訪問したり、他の業界とコラボしたりすることもあるので、幅広いスキルを伸ばせると思います。勉強しなければならないこともたくさんありますが、今はとにかく楽しいですね。

——最後に、森岡さんが仕事をする上で大切にしていることを教えてください。

森岡

とてもシンプルなことですが、お客様目線で考えることを意識し、自分も楽しんでデザインすることを大切にしています。手段にとらわれず、Hondaの魅力や製品それぞれの持つ世界観をしっかり届けたいと思っています。

私たちの仕事は、物事の魅力を見つけて、それが最大限に活きる効果的な伝え方を作ることです。自由度の高い仕事だからこそ、まだまだできることはたくさんあると思っています。

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