イノベーション 2023.10.06

水上のカーボンニュートラルへの挑戦!
電動推進機の現在地

水上のカーボンニュートラルへの挑戦!電動推進機の現在地

Hondaは8月より、小型船舶向け電動推進機プロトタイプの実証実験を島根県松江市で開始しました。国宝松江城のお堀を運行する堀川遊覧船に電動推進機プロトタイプを搭載し、その商品性を検証するというものです。

創業者の本田宗一郎の念願でもあった水上のカーボンニュートラル。その実現に向け動き出したHondaの挑戦に迫ります。

「遊覧船を電動化したい」。松江市からのオファーで実現した実証実験

「環境負荷ゼロ」の実現を目指すHondaは、2021年に「カーボンニュートラル」「クリーンエネルギー」「リソースサーキュレーション」の3つを1つにまとめた「Triple Action to ZERO」を基本コンセプトとして制定しました。2030 年にカーボンフリー社会の実現をリードし、2050年にはCO2排出実質ゼロを達成することを目標として掲げています。

2021年11月、マリン事業部はカーボンニュートラルの達成に向けて電動推進機のコンセプトモデルを発表しました。電動推進機とはバッテリーを使ってモーターで駆動する、いわば電動船外機のこと。従来の船の後方壁に取り付ける船外機だけでなく、さまざまな形態のパワーユニットへの展開を念頭に「推進機」の呼称としました。

この小型船舶向け電動推進機プロトタイプの実証実験先を模索していたところ、Hondaの4ストロークエンジン「BF9.9」が搭載された堀川遊覧船を運航している島根県松江市より「遊覧船を電動化したい」というオファーがありました。カーボンニュートラル観光に積極的に取り組んでいる同市と、地球環境に対する想いが一致し、実証実験がスタートしました。

小型船舶用 4kW電動推進機 プロトタイプ 小型船舶用 4kW電動推進機 プロトタイプ

世界の船外機市場とHondaのマリン事業の歩み

現在、世界ではどのような船外機が、どのくらい販売されているのでしょうか? 全世界の船外機市場規模はおよそ90万台(2022年のデータ。Honda調べ)。そのうちの約8割を4ストロークエンジンが、残りの約2割を2ストロークエンジンが占めています。

4ストロークエンジンとは、吸気・圧縮・爆発・排気の4工程をピストン2往復で行うエンジンです。対する2ストロークエンジンは、吸気と圧縮・爆発と排気の2工程をピストン1往復で行います。2ストロークエンジンは構造がシンプル、安価で軽量である一方で、ガソリンと一緒にオイルを燃焼させる機構であるため排気ガスだけでなく、燃焼し損ねたオイルも水中に排出してしまうという問題があります。その点、4ストロークエンジンは2ストロークエンジンと比べ、排気ガスが少ないというメリットがあります。

世界の船外機市場の内訳をみると、最大市場は北米で約42.0万台、続いて欧州が約20.0万台。中国が約3.5万台、日本は約1.3万台となっています。北米や欧州、日本は4ストロークエンジンが主流ですが、南米やアジア諸国、中近東、アフリカなどではまだまだ2ストロークエンジンが多数を占めています。

Hondaは「水上を走るもの、水を汚すべからず」という創業者である本田宗一郎の理念のもと、より環境への影響が少ない4ストローク船外機にこだわって開発してきました。部品点数が多く、重く、高コストといわれてきた4ストロークのデメリットを高い志と技術で克服し、1964年当時はシェアのほとんどが2ストロークだった時代に、Honda初の船外機となる4ストロークの「GB30」を発売。以来、Hondaは一貫して4ストローク船外機だけをつくり続けてきました。

現在は2馬力から250馬力まで様々な船外機のラインアップを揃えています。2022年度は約6万1000台を販売し、釣り船、漁船、遊覧船、クルーザー、沿岸警備船などさまざまな用途の船にHondaの船外機は使用されています。

1964年発売の、Honda初の4ストロークエンジンを搭載した船外機「GB30」 1964年発売の、Honda初の4ストロークエンジンを搭載した船外機「GB30」

電動推進機はエンジン船外機より何が劇的に優れているのか?

電動推進機の最大の特長は、四輪や二輪のEVと同様にCO2を排出せず、低騒音、低振動であることです。

さらに今回の電動推進機プロトタイプでは、すでにHondaの電動二輪車で使用されている、着脱式可搬バッテリー「Honda Mobile Power Pack e:(モバイルパワーパック イー)」を採用。交換式バッテリーを採用することで充電の待ち時間がなくなり、連続運行が可能となりました。

現在の堀川遊覧船にはHondaの4ストロークエンジン「BF9.9」(9.9馬力≒7.4kW)が搭載されています。仮に全船を電動化すれば、毎年47トンのCO2削減が可能となります。さらに騒音については定速航行時(時速5km)で約5db低減され、船体の振動も約60%低減されます。従来のエンジン搭載船では船頭さんのガイドにはマイクとスピーカーが必要でしたが、それなしで会話が成立するほどの静粛性を実現しました。騒音や嫌な臭いが発生しないため、環境はもちろん、乗客や近隣住民にもやさしい遊覧船運航に貢献します。

小型船舶用 電動推進機用バッテリーボックスとHonda Mobile Power Pack e: 小型船舶用 電動推進機用バッテリーボックスとHonda Mobile Power Pack e:

「電動に関しては世界一を取りたい」。マリン事業部部長の夢と現在地

今回の堀川遊覧船における電動推進機プロトタイプの実証実験を行った、二輪・パワープロダクツ事業本部 マリン事業部長福田蔵磨に水上のカーボンニュートラルにかける想いについて話を聞きました。

福田蔵磨(ふくだ くらま)

マリン事業部 部長
福田蔵磨(ふくだ くらま)

1999年、本田技研工業入社。ドイツ、タイ、アメリカ駐在を経て、2021年11月よりマリン事業部 事業企画課へ。2023年4月より現職。

――実証実験がスタートからおよそ1ヶ月経過しました。実験経過はいかがですか?

福田

今のところ特に大きな問題もなく経過は順調です。まず関係者の皆様に理解を深めていただくために市役所及び市政に携わる方々、近隣住民や自治会の方々などに乗船いただきました。幅が4〜5mくらいしかない狭いルートを通る場面では、これまでの船外機では、船頭さんも気を遣ってエンジン音を抑えて、ガイドも中断し、お客様にも「一般住宅の近くを通るので静かにしてください」と注意喚起されていたようです。しかし、電動推進機であれば小声でも会話が可能で、まずその点において皆様に価値を認めていただけたようです。

松江市での実証実験に関してのメディア説明会の様子 松江市での実証実験に関してのメディア説明会の様子

四輪車の場合でもEV車はガソリン車と比べ、アクセル操作に対して過敏に反応するなど違和感を覚えるケースもありますが、実際の操船に関してはどうだったのでしょうか。

福田

おっしゃる通り船外機と電動推進機では出力特性が異なるので、船頭さんがその扱いにすぐに慣れていただけるかという不安がありました。実証の結果、操船に関してはむしろ電動のほうが簡単で取り回しがしやすいようです。前後進をする際にもエンジンの場合はギアチェンジが必要ですが、電動だとハンドルの先端に付いているスイッチを切り替えるだけです。電動で操船がすごく楽になったと、こちらは想定していた以上に高い評価をいただいています。

――この実証実験に関しては松江市の方から声がかかったとお聞きしました。実証を始めてみて、自治体との協働体制もうまくいっていますでしょうか?

福田

実は、松江市は2050年度にカーボンニュートラル達成を目標に掲げている、全国の中でもロールモデルとなる脱炭素先行地域に選定されており、脱炭素に対する志が非常に高い自治体です。「次はこれをやりましょう」とどんどんアイデアが出てきます。Hondaのカーボンニュートラルへの想いと合致していて、すごくやりやすいですし、本当に助かっています。

――2021年の末にコンセプトモデルを発表してから、どういった経緯で今回の実証実験に至ったのでしょうか?

福田

コンセプトモデルの発表当初は、研究を行っていることを世にアピールするという狙いがあったものの、何か具体的なプロジェクトが動いていたわけではありませんでした。まだ基礎技術の研究段階で、電動製品はどうしても価格帯が高くなり、そこが普及のネックとなります。そこに悩んでいたときに、松江市のほうから、一緒にやりたいとお声がけいただきました。すぐに現場に飛んで、堀川遊覧船の走行状況を確認したところ、1日約8時間、冬のオフシーズンもなく1年間走り続けていたので、ガソリン価格と電気代のランニングコストを鑑みれば、経済合理性の面でも成立するかもしれないと思いました。

堀川遊覧船に搭載されている電動推進機プロトタイプ 堀川遊覧船に搭載されている電動推進機プロトタイプ

――そこから、すぐに今回のプロトタイプができたのでしょうか。

福田

試作品を1、2台つくるのは、それほど難しいことではありません。ただし、安全性なども含めて理論的に実証したうえで、国交省から認可を取って一般のお客様を乗せて運航できるようにするとなると、とたんにハードルが上がります。正直にいえば当初は本当にやれるのかな、と思っていました。それをなんとか1年半ほどの期間で認可まで取って実現することができました。

――新規開発において、1年半というと相当なスピード感で進めなければ実現不可能な気もしますが、そのあたりはどうだったのでしょうか?

福田

これほどの短期間で、一般のお客様を乗せて走るものを開発するなんていうことは、これまでのHondaの常識ではあり得ないかもしれません。量産も念頭にテスト機を仕立てて、安全性も同時に評価を受けてとやることが目白押し。そこで効率的に開発を進めるために、フレーム領域はトーハツさんと共同開発で進めています。トーハツさんは小型船外機に注力している企業でとにかく動きが早い。一緒に仕事を進める中で、いい刺激をいただくことができました。他社との共同開発は、Hondaのマリン事業としては初の試みでしたが、それもあってわずか1年半の短い期間でカタチにすることができました。

――今後は実証実験を終えて、量産化やさらなるラインアップの拡充も見込まれると思いますが、福田さんが抱く電動推進機の展望や夢についてお聞かせください。

福田

今、世界中のスタートアップが電動船外機の量産化に取り組んでいます。Hondaには二輪、四輪、パワープロダクツ、それぞれのノウハウがあります。脱炭素を念頭に、他事業との相乗効果を最大化しながら、経済合理性を成立させつつ、できるだけ多くのお客様に使っていただけるものをつくっていきたい。このタイミングで電動推進機のプロトタイプを出せたことは、我々マリン事業に携わる者たちにとってちょっとした自信につながっています。

エンジン船外機に関してはシェアの面で、他社にまだ遅れをとっているところもありますが、電動に関しては世界一を取りたい。そして創業者の本田宗一郎の想いの通り、「水上を走るもの、水を汚すべからず」を本当の意味で実現したいと思っています。

――最後に、福田さんにとってマリン事業の魅力とは何ですか?

福田

何といっても爽快感ですね。周りに他のモビリティが少なく、青い海を走り抜ける楽しさや気持ちよさは、同じく青い空を自由に航行する飛行機に似ているかもしれません。
その爽快感を楽しめる人が集まっているのがマリン事業部ですので、喜びを共有できる人にぜひ集まってほしいです。