イノベーション 2023.09.28

最前線の走行データで確信から確証へ。
ヤマト運輸との「答え合わせ」で得た「N-VAN e:」の手応え

最前線の走行データで確信から確証へ。ヤマト運輸との「答え合わせ」で得た「N-VAN e:」の手応え

2024年春に発売が決まった、「N-VAN(エヌバン)」をベースとした新型軽商用EV(電気自動車)「N-VAN e:」。半年後のデビューに向けた最終検証の一環として、プロトタイプを使ったヤマト運輸株式会社との実用性検証を実施しています。N-VAN e:のパワーユニット開発担当者は「手応えを得られた」と笑みを浮かべます。

渡邊伸一郎(わたなべしんいちろう)

渡邊伸一郎(わたなべしんいちろう)

他社でエンジンの開発業務を担当した後、2004年にHondaへ入社。過去にはシャトル/フリード/シビックのパワーユニット開発プロジェクトリーダーを担当してきた。2021年からは、N-VAN e:のパワーユニット研究開発責任者を担いながら、実用性検証の責任者を担当している。

新型軽商用EVとしての性能の妥当性を配送の現場でチェック

2018年の誕生以来、商用はもちろんキャンプや車中泊などを楽しむホビーユーザーからも支持を得ている軽バン「N-VAN」が、EV (電気自動車)として2024年春にいよいよ日本で市販されます。

N-VAN e:のパワーユニットの開発に取り組むチーフエンジニアの渡邊伸一郎は、2021年に始まった開発スタート時の心境を「軽の商用からということで少し驚きましたが、法人のお客様からのニーズが高いこと、国内で人気のあるNシリーズを電動化するというところにやりがいを感じた」と、振り返ります。

渡邊伸一郎
(以下、渡邊)

今回のEVはカーボンニュートラル達成のカギとなる重要なモデル。軽バンは人の暮らしにより近い存在なのでやりがいがありました。

ガソリン車として完成度の高いN-VANのボディーパッケージを、環境性能の高いEVに移行させ、手の届く価格でお客様にお届けすることが開発チームに課せられたミッションです。

渡邊

商用軽バンをEV化させるにあたり、開発の初期段階で、様々な法人のお客様から商品に求める性能をヒアリングしました。また、Honda独自の通信型ナビ「インターナビ・リンク」で収集したビッグデータを用いて、商用車がEVに置き換わったときにどのように使われるかを想定しながら目標値を定めて、商品開発を行ってきました。

ただ、あくまでガソリン車の走行データをもとに検討していましたので、お客様の使われ方を正しく把握できているのか、立てた仮説(目標)が正しいのかを証明する方法として、お客様に実際に使ってもらって、我々の立てた目標と性能の確かさを確認したいと考えていました。

ヤマトとの実用性検証で使用されたN-VAN e:(プロトタイプ)。実際に利用したドライバーからのフィードバックでも好感触を得られた ヤマトとの実用性検証で使用されたN-VAN e:(プロトタイプ)。
実際に利用したドライバーからのフィードバックでも好感触を得られた

プロトタイプのポテンシャルを公道で実証するためのパートナーに選んだのが、配送業大手のヤマト運輸。2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロ化を目指すなど、Honda同様、カーボンニュートラルの実現へ真摯に取り組んでいる企業です。

渡邊

ヤマト運輸さんもHondaも、自分たちの企業活動や商品によって空気を汚すこと、そして環境問題への取り組みに力を入れる必要性について、共通意識を持っていました。加えて、ヤマト運輸さんはドライバーさんの負担を減らすべく配送車の使い勝手に重点を置いておられるほか、高騰し続ける燃料費への対応、そして信頼性に優れたEVの導入を進めていきたいと考えておられます。そんな中、Hondaが2024年春に新型軽商用EVを販売予定であることをお伝えすると「そのようなクルマがあるのであれば実際に使って試してみたい」と、高い期待感を持っていただきました。

こうした両社の考えが一致し、ご家庭よりも過酷な使われ方をする、配送業の最前線で本当に使えるEVになっているかどうかを試してもらい、ビッグデータだけでは追いきれない領域の情報を取らせてもらうことになりました。

実用性検証から見えてきたこと

N-VAN e:の実用性検証の舞台となったのは、中野(東京都)、宇都宮清原(栃木県)、神戸須磨(兵庫県)の3つの営業所で、2023年の6月から実施しています。

渡邊

N-VAN e:は、お客様からしっかり使える実用航続距離を求められていました。それをWLTCモード値(電費や燃費を計測する国際的に統一された試験方法)に置き換え、満充電時に210km以上を目標として開発しています。

この性能は、ヤマト運輸さんの集配業務でのニーズを満たせるものだと考えていましたが、車両への負荷は、地域(集配車の走行ルートや道路環境)によって大きく変わります。市販車になれば、地域を限定しない性能も求められるので、ストップ&ゴーの多い都市部として中野、1回の配送で走る距離が伸びる郊外地域として宇都宮、走行負荷の高くなる丘陵地域として神戸須磨という、異なる特徴を持つ地域の営業所を、ヤマト運輸さんと選びました。

実用性検証では、リアルタイムの車両監視システムをプロトタイプに搭載し、EVの要であるバッテリーやモーターの状態はもちろんのこと、車速やアクセル、ブレーキの踏み込み量、さらにはドアの開閉などのドライバーの操作まで、約700点もの情報を1/10秒ごとに位置情報と紐づいたデータとして計測するというもの。各拠点で地域の特性に応じた走行データが収集でき、その結果はいずれも、開発初期に立てた仮説が正しかったことを裏付ける、答え合わせになったそうです。

車両監視システムのダッシュボード。実用性検証の対象である3台のプロトタイプのアクションをまとめてチェックできる 車両監視システムのダッシュボード。
実用性検証の対象である3台のプロトタイプのアクションをまとめてチェックできる
アクセルやブレーキ操作はもちろん、ドアの開閉や空調の情報も取得している アクセルやブレーキ操作はもちろん、ドアの開閉や空調の情報も取得している
位置情報とリンクしているため、集配業務のほかEVの運転そのものの最適化に役立つ 位置情報とリンクしているため、集配業務のほかEVの運転そのものの最適化に役立つ

実用性検証は特にトラブルなく推進できており、今回の検証のシチュエーションではEV化の効果として、営業車1台当たりで年間6万円程度の燃料費削減が見込めるという試算になりました。また、ドライバーへのヒアリングも継続して行うことで、数値には表れにくい、使い勝手や電動車に対する印象についても確認することができているそうです。

渡邊

SDGs、それに紐づくESG投資、高騰する燃料費への対応などが叫ばれる中、EVの導入については、一般ユーザーよりも法人の方が喫緊の課題として認識されている。でも、特にEVと接点のない小規模な事業者の方々は「EVが本当に使い物になるのか?」という不安が拭いきれないんです。

今回の実用性検証で得られた燃料費の削減効果や、集配業務における実用航続距離の具体的な結果は、そうしたEV導入に不安を感じている方々にも使っていただけるクルマだと、自信を持って言えるようになりました。

夏季と冬季、外気温が大きく異なるシチュエーションでの試算。どちらの季節でも、業務終了までバッテリーがもつクルマとなっている 夏季と冬季、外気温が大きく異なるシチュエーションでの試算。
どちらの季節でも、業務終了までバッテリーがもつクルマとなっている
渡邊

キビキビとした走りを感じさせるのもHondaが大切にするクルマづくりの一環ですが、今回はEVとしてのパワフルさも備えつつ、荷物を積んだときのアクセルやブレーキ操作に対しての扱いやすさも考慮して開発を進めています。

ドライバーさんからも、荷物を積んでいても、それを感じさせないくらいのパワーがあること。アクセル/ブレーキの操作に対してスムーズな走行性能であること。今まで、加速時のエンジン音が周囲に対して迷惑になるから気にしながら業務を行ってきたが、EV化によってそういったストレスも軽減できることなど、ポジティブなコメントをいただいています。

初めてのEVに乗り換えようと検討しているドライバーさんにも満足してもらえる1台に仕上がりそうですので、期待していただきたいです。

激しい渋滞のジャカルタでもN-VAN e:は頑張れる?

ヤマト運輸との実用性検証で得られているデータをもとに、現在は量産に向けて品質熟成の真っ最中。しかし、休む間もなく9月中旬からは、インドネシアの首都ジャカルタでも実用性検証を行っています。パートナーとなるのは、国営の石油・ガス会社のプルタミナです。

インドネシアの実用性検証で使用されるN-VAN e:(プロトタイプ) インドネシアの実用性検証で使用されるN-VAN e:(プロトタイプ)
渡邊

プルタミナはインドネシアではお馴染みの、ガソリンスタンドを運営している会社。グリーンエネルギーステーションというコンセプトを掲げ、環境問題にも熱心に取り組んでいます。企業活動でのCO2を削減したいプルタミナと、過酷な環境でのEV性能の検証を行いたいHondaとのニーズが合致して実用性検証を行うことになりました。

ジャカルタを実験地に選んだ理由の一つは、年間を通じて平均気温が日本よりも高いこと。もう一つは、日付やナンバープレートの末尾が奇数か偶数かによって通れる道が変わる「奇数偶数政策」と呼ばれる法律もあるほど、激しい渋滞が常態化していること。また、日本では考えられないほど車間距離を詰めるので、他車の排熱の影響も受けるという、EVにとっては少々過酷な土地柄です。高外気温と激しい渋滞環境に耐えるために、バッテリーやモーターには高い信頼性が求められます。このような過酷な環境下での検証を通じて、さらに完成度を上げていきます。

実用性検証で得られ解析されたデータは、N-VAN e:に実装され、市販化に向けた最終調整に入ります。春になれば元気に走り回るN-VAN e:の姿が街に現れ、クルマに乗る人乗らない人を問わず、軽EVへの関心を高めてくれそうです。

アウトドアスポーツが好きで、週末は海と山に出かける渡邊。限られた週末の時間だからこそ「クルマがストレスになってほしくない」と言う。充電など移動に際した「EV特有の余計な待ち時間」をどう減らしていけるのかを、今後の目標に見据えている アウトドアスポーツが好きで、週末は海と山に出かける渡邊。限られた週末の時間だからこそ「クルマがストレスになってほしくない」と言う。充電など移動に際した「EV特有の余計な待ち時間」をどう減らしていけるのかを、今後の目標に見据えている

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