イノベーション 2023.05.15

燃料電池が世の中を変える一歩に。Hondaが進める商用トラックへの水素展開

燃料電池が世の中を変える一歩に。Hondaが進める商用トラックへの水素展開

Hondaはいすゞ自動車と、いすゞ自動車が2027年に導入予定の燃料電池(FC)大型トラック向けに、FCシステムを開発・供給することを合意しました。
水素事業のキードライバーとして注目されている商用トラック。世界最大のトラック市場である中国においても、FCシステムを搭載した商用トラックの発表が相次いでおり、急速に実用化が進んでいます。これまで培ってきたFC技術をHondaはどのように活用していくのか。商用トラックにおけるFCモジュールの展開や国内外における実証実験の進捗について、Hondaの水素技術を牽引してきたエンジニアに話を聞きました。

村上義一(むらかみ よしかず)

コーポレート戦略本部
水素事業開発部 商品技術企画課
チーフエンジニア
村上義一(むらかみ よしかず)

国内トラックメーカーで代替エネルギー商用車開発業務を担当した後、99年にHondaへ入社。歴代燃料電池電気自動車の開発プロジェクトリーダー、いすゞ自動車とのFC大型トラック共同研究推進責任者など、水素技術の領域一筋を歩み、現在は燃料電池活用事業・開発推進責任者として、水素・燃料電池の普及に取り組んでいる。

電気自動車との違いは?水素エネルギーを商用トラックに活用する理由

───カーボンニュートラル実現に向けて、世界各国が「電気」と「水素」の可能性を探っています。それぞれの選択肢があるなかで、商用トラックに水素を活用するのはなぜでしょうか?

村上

水素の特徴の一つが、エネルギー密度が高く、コンパクトに貯蔵・輸送できる点です。そのため、乗用車に比べて重量が大きく、航続距離が長い大型トラックは水素エネルギーを活用するメリットが大きいといえます。

───電気自動車(EV)では難しいのでしょうか?

村上

カーボンニュートラルの観点でいうと、再生可能エネルギーで生まれた電気をそのまま使うのが一番理に適っているのですが、電気はエネルギー密度が低く、「ためる」のが得意じゃないんです。商用車でも、そこまで距離を走らないならEVが向いています。しかし、積載量が多く長距離を走る大型トラックになると、EVでは大量のバッテリーが必要になってしまうため、水素の出番になるのです。

水素が注目される理由 次世代のエネルギーとして有望視されている水素。
電気を補う様々な強みをもち、CO2排出削減の大きな鍵といえる

───すると、FC技術の活用先として捉えているのは、商用車全般ではないということでしょうか?

村上

そうですね。まず考えているのは水素と相性が良い稼働率の高いモビリティです。具体的には、都市間輸送を行うような大型トラックがその一つです。車両の大きさに限らず、高い稼働率を支えるため、多くのエネルギー搭載が必要なモビリティか否か。この点が水素活用のポイントになってくると思います。

水素活用を拡大するなかで、稼働率の高いモビリティに着目 水素活用を拡大するなかで、稼働率の高いモビリティに着目

商用車のCO2排出量を削減し、社会のカーボンニュートラル化を促進

───カーボンニュートラル実現のためにも、水素エネルギーには大きな期待が寄せられています。自動車のCO2排出量削減は、どれくらいのインパクトがあるのでしょうか?

村上

国土交通省が公表している資料によると、2020年度の日本全体のCO2排出量10億4,400万トンのうち、運輸部門が排出しているのは1億8,500万トンで、全体の約17.7%を占めています。さらに、運輸部門におけるCO2排出量の内訳をみると、87.6%が自動車全体の排出で、そのうちの48.4%が自家用乗用車を中心とする旅客自動車、39.2%が商用車を含む貨物自動車からの排出になっています。

運輸部門における二酸化炭素排出量

───乗用車と商用車のCO2排出量の差が、10%程度しかないのが意外です。

村上

そうですね。国内の乗用車が約6,200万台、商用車が約1,400万台と、台数に大きく開きがある中で、商用車のCO2排出量は見逃せない数字です。とはいえ、日本経済の血流の役割を果たし、社会と人々の暮らしを支えてくれているのが、商用車メーカーや物流事業に携わる方々です。インターネットで購入した商品が翌日に届くといった、私たちが享受している便利な暮らしは、日本中に張り巡らされた物流網のおかげといえます。

2021年末時点における国内の四輪車保有台数

───暮らしを支える物流網を失うわけにはいきませんよね。

村上

今の暮らしを維持したまま、いかにCO2排出量を減らしていくかということが重要になってきます。そのために今、Hondaが乗用車で培ってきたFCシステムの技術で世の中を変えるためのお役に立ちたい、その一心で幅広い領域に技術展開を進めようとしています。大型トラックはそのはじめの一歩ですね。

Hondaが目指す次世代燃料電池システムの多用途展開 FCシステムを4つのコアドメインに展開し、様々な領域のカーボンニュートラル化を目指す

───多用途展開に向けたHonda FCシステムの取り組みとは何でしょうか?

村上

使っていただく以上は耐久性が大事になってきますので、そこを以前よりも大きく上げています。また、FCは一般的に価格が高いと思われがちなのですが、しっかりコストダウンも図っているところです。

「FCEVはディーゼルエンジンの振動がない分、静かでクリーン。普及すればドライバーだけでなく、歩行者などすべてに対して優しいクルマを増やせますね」(村上) 「FCEVはディーゼルエンジンの振動がない分、静かでクリーン。普及すればドライバーだけでなく、歩行者などすべてに対して優しいクルマを増やせますね」(村上)

Honda不変の想い。培った技術で世の中の役に立ちたい

───2020年1月に、いすゞ自動車とFCシステムを用いた大型トラックの共同研究を進める契約を締結しています。この共同研究の進み具合についてお聞かせください。

村上

モニター走行実証を2023年度中に開始できるように進めていまして、2月の頭にはナンバーも取得できました。実際に運送事業者の方に使っていただいて、課題をしっかり抽出していきたいと思っています。

国内ではいすゞ自動車と、国外では東風汽車集団との共同研究を進めている 国内ではいすゞ自動車と、国外では東風汽車集団との共同研究を進めている

───今年1月からは中国の東風汽車集団と共同で、HondaのFCシステムを搭載した商用トラックの走行実証実験を、湖北省で開始しました。

村上

様々な条件下での環境適合性、燃費性能、耐久性などを確認し、商用車ユースにおけるHondaのFCシステムの有用性を検証していただいています。

───日本の街中でもFCバスを見かけるようになりました。バスやトラック以外に水素が活用できそうなアプリケーションは何が考えられますか?

村上

先日コアドメインの一つとして発信した、FC定置電源ですね。たくさんのエネルギーを安定して貯めることができる水素と、排出ガスを一切出さず静かでクリーンな FC定置電源は、人々に寄り添い、暮らしや社会を支える存在になると信じています。

3月より米国で実証運用を開始したFC定置電源。メガワット級の高出力化も可能で、停電など災害時の活用も期待される 3月より米国で実証運用を開始したFC定置電源。
メガワット級の高出力化も可能で、停電など災害時の活用も期待される

───HondaのFCシステムをさらに拡げていくためには、どのような取り組みが必要でしょうか?

村上

Hondaが持っている技術、ノウハウでお客様の課題や困りごとを解決していくということが一番大事だと思っています。Hondaからいろいろな提案を差し上げるのはもちろんながら、多くの方々とカーボンニュートラルに向けた解決策を模索しながら、一緒に世の中を変えていきたいです。

───水素社会実現に向けて、今後の目標をお聞かせください。

村上

今、まさにゲームチェンジの真っ只中です。クルマを中心とした電動化技術や水素、FCシステムの技術は、自社製品だけにとどまらず他の領域にも活用できると思っています。まだコツコツと日々の積み重ねを行っている段階ですが、今後はある時点で堰を切ったように世界が変わっていくと思います。そのとき、新しい世界をHondaの技術で支えられるようにしたいですね。

仲間の輪を広げながら、水素活用拡大に挑戦し続ける 仲間の輪を広げながら、水素活用拡大に挑戦し続ける

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