時は2017年。Honda Mobile Power Pack(以下、モバイルパワーパック)事業責任者・中島芳浩は、アジアを駆け巡っていました。経済発展が進む中、排気ガスによる大気汚染が深刻なインド、インドネシア、離島ゆえにディーゼル発電用の燃料輸送に大きなコストがかかっているフィリピンのロンブロン島。
「Hondaのバッテリーと、再生可能エネルギーで電気を届ける。それで多くの人の生活が良くなる光景をイメージしたとき、この仕事に迷いはなかったです」
そう語る中島はたった2年でパスポート1冊のスタンプがいっぱいになるほど、現地に足を運びました。
その一方で、国内ではモバイルパワーパックの研究開発に全力が注がれていました。研究所でライフクリエーションのエネルギー商品全体を統括する岩田和之は「『環境負荷ゼロ』の循環型社会へ」と奮闘します。
Hondaが研究開発するモバイルパワーパックと、インド・インドネシア・フィリピンの3か国で行われた実証実験。そして2022年から始まるインドでのバッテリーシェアリングサービス。カーボンニュートラル実現へ向けた、Hondaの新たな挑戦に迫ります。
ライフクリエーション事業本部 新事業推進部
シニアチーフエンジニア
Honda Mobile Power Pack事業統括
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中島 芳浩(なかじま よしひろ)
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先進PUエネルギー研究所
エグゼクティブチーフエンジニア
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岩田 和之(いわた かずゆき)
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カーボンニュートラルに必要なのは電動化、だけじゃない
2021年4月、Hondaの社長・三部敏宏は、就任会見で「Hondaの関わる全ての製品と企業活動を通じて、「2050年に『カーボンニュートラル』を目指す」と宣言しました。「カーボンニュートラル」とは、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出量と、森林などによる吸収量が同じ状態のこと。実現するには、温室効果ガス排出量の大幅な削減が必須です。そのためCO2を多く排出するガソリン車から、EV(電気自動車)・FCV(燃料電池自動車)へシフトする流れが世界的に強まっています。もちろんそれは、Hondaも例外ではありません。
しかし、すべてのモビリティを電動化しても、モビリティそのものの生産時や原動力となる電気を作る際に、CO2が排出されてしまいます。そこで注目したいのが再生可能エネルギー。太陽光や風力のような再生可能エネルギーを活用して発電すれば、温室効果ガスが発生しないのです。岩田は、「環境のことを考えたら、再生可能エネルギーと電動化は必然的にセットになりますよ」と話します。
岩田「EVの開発を担当するようになって、電気を作るために火力発電で石油を使っていたら全く意味がないと痛感しましたね。電動化するなら再生可能エネルギーでHondaの電動製品全てを動かせるようにするというのが基本的な考えでした」
ところがこの再生可能エネルギーには大きな弱点が。天候や気候、日照時間など自然条件に合わせて発電量が変動するため非常に不安定で、電力需要に発電量を合わせることができないのです。電力需要と発電量のバランスというのは非常に重要です。電力需要に対して発電量が足りなければ停電の可能性があり、逆に発電量が多すぎれば、送電網に過大な負荷がかかるのを防ぐため送電が遮断されてしまい、せっかく発電した電力が捨てられてしまうこともあります。
再生可能エネルギーの利用拡大に向けたこの大きな課題に、二輪・四輪・パワープロダクツという幅広い商品群を持つHondaだからこその独自のアイデアで立ち向かいました。そのひとつが、モバイルパワーパックです。
課題解決のカギは、「溜める」と「持ち運ぶ」
再生可能エネルギー活用に向けて、Hondaが切り札のひとつと考えている「モバイルパワーパック」。持ち運び可能な交換式バッテリーです。特筆すべきは、電力を一時的に溜めることができるということと、さまざまな用途に活用できること。電動バイクなどの原動力として使うこともできれば、除雪機や働く機械の電源、家庭用の蓄電池など、さまざまな使い方を検討しています。モバイルパワーパックの活用が拡がれば、例えば発電量が多いときにはモバイルパワーパックへ蓄電でき、少ないときには溜めた電力を供給することで安定してエネルギーを使える可能性が広がります。再生可能エネルギーを溜めて持ち運ぶ発想は、どのように浮かんだのか。責任者の中島はこう答えてくれました。
中島「2011年の東日本大震災をはじめ、日本では大きな地震や台風など数々の災害が起こりましたよね。電力の系統も寸断され、みんなが苦労した。そのときに、電源を切実に求めている人のところへ持って行けないかと考えたことがモバイルパワーパック開発のきっかけになりました。その後、世界の無電化地域に暮らす人々はもっと困っているんじゃないか、海外にも持ち運べるのではないかと思ったんです。
無電化地域が多い新興国は、電力の供給を広げると比例して増えるCO2への対策も急務なわけです。そこで、再生可能エネルギー×電動化を新興国でやってみようと。地球・世界・社会・自分、全てのためになることが明確にイメージできたので、迷いはなかったですね」
新興国の過酷な環境に耐えうるバッテリーの開発には、数々の壁がありました。岩田は、「バッテリーはナマモノだ」と語ります。
岩田「温度によって影響を受けやすいんです。高温の中で充電率が高いと劣化しやすい。実証実験を行うインドはアジアの中でも特に高温ですから、ナマモノが腐っていくみたいに、放っておくとバッテリーが壊れてしまうわけですよね。これを克服するのは大変でしたが、ホンダは四輪で培ってきた経験がありました。もうひとつの特徴は、頭脳の搭載です。モバイルパワーパックは頭脳となる『BMU(バッテリーマネジメントユニット)』を持っていて、モバイルパワーパック自身の状態や使用状況を把握し、記録をすることで、劣化をコントロールできるようになると思っています。私たちはバッテリーとデータは常にセットであると考えています。電池のデータを常に把握しておくことで家庭用蓄電池やその他のライフクリエーション製品などでの二次利用につなげられますし、劣化を予測することでより安全性を高められると考えています」
使い心地も、開発チーム一丸となって試行錯誤を繰り返したという岩田。安全性や使い勝手にとことんこだわり、モバイルパワーパックを磨いてきました。その一方で、モバイルパワーパックを持った中島はアジアでの実証実験で飛び回っていました。
再生可能エネルギー×電動化で、子どもたちに青空を
インドでの実証実験では、人々の日常の移動手段として欠かせない三輪タクシー「リキシャ」をモバイルパワーパック仕様にして、計30台で20万キロ以上の営業走行を実施しました。インドを走るリキシャは全部で800万台。電動化と再生可能エネルギーの活用が進めば、カーボンニュートラルに大きく近づきます。
アジアの国々のエネルギー環境を大きく変えていこうと挑む一大プロジェクト。各国の政府や国連関係との大変なやりとりの一方で、現地の協力会社やリキシャドライバーの方々は出会った当初から協力的だったといいます。
中島「現場の方々の前向きな協力を惜しまない姿勢には励まされました。新しさからくる好奇心というのもあるかもしれないですが、やはり一番は私たちの想いに共感してくれたのかなと思います。創業者の本田宗一郎は人に対する愛情や世の中に対する貢献を大事にする人でしたが、それをHondaとしてしっかりと示すと、違う国でも理解してもらえます。儲け話だからやるのではなく、社会のために、Hondaの『使命としてやる』という気持ちが伝わったのかもしれないですね」
コロナ禍での実施となったインドでの実証実験。支えてくれたのも、現地の方々でした。
中島「日本のスタッフは現地に足を運べなくなりました。プロジェクト自体の危機かと思われましたが、協力会社の方々がリードしてくれて、なんとかやり切ることができたんです。結局は、こうして協力してくれる人と出会えたという幸運な偶然に恵まれたんですね。2022年からはインドでバッテリーシェアリング事業を本格的に開始しますが、支えてくださった皆さんの生活が良くなるよう、そして未来の子どもたちに青空を見せてあげられるように引き続き技術で貢献していきたいです」
アジアから始まる再生可能エネルギー×電動化の取り組み。日本ではどのように変わっていくのでしょうか。
岩田「バッテリーシェアリングで使われたモバイルパワーパックは、他の製品や家庭用の蓄電池として二次利用することを考えています。例えばモバイルパワーパックに自宅で太陽光発電した余剰電力を溜めておいて、『家産家消』で余剰電力を自宅で使えるようになる。他にも、開発中のHonda Power Pod e:を使えば、自宅で使っていたモバイルパワーパックをアウトドアや災害の時に持ち運ぶ電源として使うことだってできます。同じバッテリーを様々な機器に使うことができれば、機器ごとにバッテリーを買わなくて済みますよね。そうなれば、使い方次第で可能性はいくらでも拡がっていくと思います」
私たちの生活をより良くし、環境にも貢献できる再生可能エネルギー×電動化。しかし、カーボンニュートラルを本当に叶えたいなら、もっと先を見据えなければならないといいます。
岩田「バッテリーや交換システムの標準化を業界各社と議論しているところです。世の中に先駆けて取り組む、というのは歴史的にHondaの企業文化だと思っています。1972年に、自動車の排ガスを厳しく規制するマスキー法を世界で初めてクリアしたCVCCエンジン(低公害エンジン)のときも、Hondaが先駆けて取り組んだことで、結果的に業界全体が動き出し環境貢献につながっていました。昔、上司と飲んでいるときに、『僕が作ったエンジン設計のレイアウトを他社に真似されて悔しい』と言ったことがあって。そしたら『いや、喜べ。真似されたら次をやれ』と返された。これは僕の座右の銘になっています。Hondaが先駆けて取り組んだことが社会に浸透すれば、Hondaは次をやる。私自身は、それがHondaの社会的な存在意義だと思っています」
「Hondaは次をやる」。そんな意気込み・カルチャーから生まれるHondaの技術を活かした環境への取り組みは、業界各社はもちろん、他業界とも手を取り合って進んでいきます。コマツ社と共同でモバイルパワーパックを搭載するマイクロショベルを開発したり、楽天グループと自動配送ロボットの共同実験を行っていたりと、様々な取り組みを行っています。モバイルパワーパックで拡がる移動と暮らしに向けて、Hondaの挑戦はこれからも続いていきます。
※新型コロナウイルス感染症対策を実施した上で取材・撮影を実施しています。
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