探検家・ノンフィクション作家 角幡唯介さん

あの人に聞く! クルマ&バイクライフ 交通社会と北極に潜む危険は
経験による予測能力で切り抜ける!
探検家・ノンフィクション作家 角幡唯介さんインタビュー

誰も足を踏み入れたことがない未開の地を誰に評価されるでもなく、突き進む男がいる。探検家、角幡唯介さん。クレバス走る氷河など、数多の死線をくぐりながら北極行を重ねる角幡さんは安全運転を、生きて家族のもとに帰る探検になぞらえる。

ひとと同じことが嫌いな少年が
前人未踏の地を目指したきっかけは

 探検家−−これがノンフィクション作家、角幡唯介さんの肩書きのひとつだ。お会いして、お話を伺うと、もちろん多数の著作を上梓する作家であることは分かっていても、やっぱり探検家としての話のインパクトの大きさが、角幡さんを探検家として強く認識させる。

 ほとんどの人が未経験のはずの探検について、角幡さんが当然のように、普通に話してくれる内容がとにかく興味深く、面白い。グイグイ引き込まれてしまう。
 ご出身は北海道芦別市。公園で野球をやったり友だちと遊んだり、普通の活発なこどもだった、とおっしゃる角幡さん。特に冒険心があるとか、ヤンチャが過ぎるこどもだったわけではないのだという。

 「普通はいやだな、ひとと同じことをしたくないな、って考えているこどもでした。将来大人になって、勤め人になるようなことはしたくない、って思っていました。それが大学に入って加速したのか、探検部ってところがあると知って、そこで興味をもって入部したんです。ひとと違うことがしたいという気持ちが続いていたんだと思います」

 早稲田大学の探検部は、世界の秘境や未踏峰への遠征などを行う大学公認の団体。探検部というのは、特に大会や発表会があるわけではなく、自分たちで行きたい場所を探し、行くというシンプルな活動の場所だった。登山やワンダーフォーゲル、トレイルランのような明確な目的はなく、今まで行ったことがないところへ出向いて、何かの可能性にトライする活動とでもいえばいいだろうか。探検部OBには、作家の船戸与一さんや高野秀行さんらがいる。

 「地理的な空白部に行くのが探検のひとつの定義だと思います。登山は山がフィールドですが、探検は川でも島でも大峡谷でも、発想しだいで目的になる。ただそこが、前人未踏、まだ誰も足を踏み入れていない場所、というのが探検。初めに行ったのは、どこかの無人島合宿。水をろ過したり、サバイバルの知識や技術を学んだり、それでも素人だから、何をやってたんだか(笑)。ただ、入部する前にはなんとなく、だった気持ちが、入部してからはどんどんのめり込んでいきました」

 地理的空白、まだ誰も足を踏み入れていない場所となると、もう日本にはほとんどなく、どうしても海外になる。初めての海外遠征は、チベットの奥地「ツアンポー」の大峡谷。ヒマラヤの8000m級の山々に囲まれた未踏の地だ。ここに、下見の調査も含め、10年かけて3度足を踏み入れ、単独探検に成功している。

 「文献や地図を見て、いまだにチベットにツアンポーって前人未踏の場所がある。スゴい、今時こんなところが!って驚きました。今みたいにネットの情報もないし、新しい情報もない。事情に詳しい人に会って話を聞いたり、ルートを調べたり。それが入部3年目かな」

 その間にも、ヨットで太平洋を航海して、ニューギニア島の赤道近くの万年雪が知られる、トリコラ山の北壁に初登頂。ネパールの雪男捜索隊に参加したり、カナダ北極圏1600kmを徒歩で踏破してみせた。

 次に角幡さんが向かったのは北極。夜になっても太陽が完全に沈まない「白夜」の反対、太陽がまったく昇らない「極夜」とはどんな世界なんだろう、という興味が昔からあった。2011年のことだった。

 「冬になると太陽が昇らない季節がやってきて、真っ暗の世界。春になると2カ月ぶりに太陽が昇るんです。マイナス50℃の世界を80日間、極夜という状況なので、どれくらい歩いたかは覚えていません。終わってみても達成感もない、無間地獄ですよ(笑)。それからはずっと北極で、一年の半分はグリーンランドのシオラパルクという村をベースに北極へ出かけています」

 近年は犬ぞりでの旅だ。10匹以上の多頭引きで、角幡さんはそりに乗ったり、押したり、一緒に歩いたり。食料はあらかじめ持って行ったものに加えて、狩りでも確保する。ジャコウウシやアザラシの仕留め方も、誰に教わったわけでもなく、自分で覚えた生きるためのスキルだ。

当初は単独歩行、近年は犬ぞりで北極を行く角幡さん。同行する犬は1匹から始まり、今では写真のような多頭引きなのだという。
当初は単独歩行、近年は犬ぞりで北極を行く角幡さん。同行する犬は1匹から始まり、今では写真のような多頭引きなのだという。

クルマで青春を送ったり
ドライブを楽しんだことはない

 クルマを手に入れたのは、大学を卒業して朝日新聞社に入社、富山支局に配属になったころ。新聞記者になりたい、と思ったのも、自分で調べて、現地へ行って、書くという作業が、どこか探検にも見た外へ向かっての行動だと思えたからだった。

 「初めてのクルマは四駆のSUVでした。自分のクルマで取材に走り回らなきゃいけないので、仕事も遊びもこれで。アウトドアなイメージがあるクルマだったので、山に行ったり、遊びに行ったり。でもそれから会社を辞めて、また探検家としての生活に専念したので、クルマで青春を送ったり、ドライブを楽しんだりという付き合い方はしていないですね」

家族ができてからは
事故を起こさない運転を

 北極と日本の半々の生活。角幡さんが日本にいる間は、いかに探検家といえども、都市の交通社会に組み込まれる。生活の足として、ふたりのお子さんを持つパパとして、クルマと接しないわけにはいかない。

 「運転は上手い方じゃないです。たまにブツけちゃうこともあるし、アザラシの解体はできても機械にはヨワい(笑)。いまのクルマは駐車場の柱にぶつけて、サイドミラーを壊してしまったことがあります。それでも、こどもを持つ親として、事故だけは起こしちゃいけない、って心に決めています」

 自宅にあるクルマは、4人家族の父としても使うし、奥様が買い物に使うこともある。それでも角幡さんご自身は、ちょっとした外出ならば自転車で出かけるのだという。自宅周りの狭い道、通行人もいるし、こどもが飛び出てくることだってある。 

 探検家として、何度も死線をくぐってきた中で思うのは、クルマも探検も、命の危険と隣り合わせにあるということ。角幡さんが氷の上で、そして都市の交通社会の中で考えるのは「経験を重ねた危険予測能力」だ。

 「探検は、はじめはものを知らない恐怖と戦うんです。初めて北極へ行った時は、寒さも風も、乱氷も白熊も怖かった。それでも、何度も北極へ出かけて、今はもう怖いものはありません。それは、こういう時にはこういうことが起きる、って経験で知っているから。クルマの運転だってそうなんじゃないかと思います」

 クルマの最新装備についても、ちょっとついていけない、という。自動運転なんてまだ信じられないし、運転支援も使いこなせていない。安全については、自分以外の要素に頼らず、最後は自分の判断だ。

 北極圏へ出かけるときだって、現地の小さな村の人さえ持っている携帯電話、衛星電話を持たないという。何かあった時にどうするんだ、と言われても、何かが起こらないように経験を積んできたし、五感をフルに研ぎ澄ませて旅を続けるのだ。

 「自分の命は自分で守るのが探検の基本です。GPSを持ち歩くと、自然の地形を読む力が衰えちゃうし、GPSでは表示できないトラブルも自分で対処するんです。でも、留守を待ってくれている人のためにも、本当は衛星電話くらいは持たなきゃいけないですね(笑)」

書斎の押し入れには登山や狩猟に使う道具がびっしり。北極で使うギアは、北極行のベースキャンプにしているグリーンランドに置いてある。
書斎の押し入れには登山や狩猟に使う道具がびっしり。北極で使うギアは、北極行のベースキャンプにしているグリーンランドに置いてある。

知らないから恐怖になる
経験が危険を遠ざける

 だからというわけではないが、日本でクルマを運転するときも、決してナビには頼らない。遠出するときも、地図を見て、おおよそのルートを頭に入れてから出かけるのだそうだ。

 高速道路の降りる出口を間違えることもある。同乗する奥様がナビで目的地を示しても、画面に表示される地図が現実の風景とリンクしないのだという。出口を降りてからクルマを停めて、地図を見る−−それでいいじゃないか、と考えている。

 「ついこの間、北海道で事故しちゃったんです。トンネルを走っていたらハンドルを取られて、右へ左へと振られたあと、対向車線側の壁にぶつかって止まりました。路面を見たらブラックアイスバーン。ただ濡れているように見えて、実際には凍っている箇所があって、滑っちゃったんですね。こんなの、ナビじゃ分からないし、こうやって経験しておけば、次は絶対に事故らない。それが経験、僕が考える安全の意識だと思います」

 クルマでドライブに出かけたり、オートバイでツーリングしたりという延長線上の、はるか先に探検という世界があるのかもしれない。そう考えると、こういう時ってこういうことになるんだな、という経験則を頼りにする気持ちはわかる。ただし、僕らのドライブで出くわす局面と角幡さんの局面の度合いが違いすぎるだけだ。

 「今まで何回も危ない目に遭いましたよ。雪崩に遭っても、幸い足の筋を伸ばしたくらいで大きなケガはないから、よーし次だ次だ、って進んじゃう。ヒドゥンクレバスという、薄く雪をかぶって見えない氷の割れ目を踏み抜いたこともあるんですけど、胸のあたりで体が止まってくれて、あぁこんな感じで落ちるんだ、って経験になりますよね。だから次からはそういう場所は通らない。クレバスもGPSには表示されませんから」

 経験からくる想像力。なんだか分からないけど怖い、という不確定な危なさをひとつずつ排除していくのが、角幡さんの探検力。それが積み重なって、瞬間的な判断力が身についていくのだという。

 だから、知らない恐怖、知らない危険がなくなるよう、いつも感覚を研ぎ澄ませてクルマを運転する。そうしないと、ひとにケガをさせてしまうし、乗せている家族を危ない目に遭わせてしまうのがクルマだから。北極なら自分がケガをするだけだが、交通社会ではそうはいかない。
 だから角幡さんは、北極を歩くのも街中でクルマを運転するのも同じじゃないか、と考えている。リスクはあるが、それがどんなリスクなのか知っていれば、防げることだって少なくないはずだ。

 だから、楽しく乗るために、角幡さんはいつも気を張ってハンドルを握る。それは、一歩先に滑落すると命を落としてしまうクレバスがある、氷河を歩く時のように−−。

角幡さんの書斎で。おびただしい数の本は、やはり探検物や旅行記で占められ、中には哲学書も少なくなかった。
角幡さんの書斎で。おびただしい数の本は、やはり探検物や旅行記で占められ、中には哲学書も少なくなかった。
日本にいるときは、主に執筆活動をする角幡さん。元々ものを書くことに興味があり、新聞記者時代に書くことの楽しみを覚えたのだという。
日本にいるときは、主に執筆活動をする角幡さん。元々ものを書くことに興味があり、新聞記者時代に書くことの楽しみを覚えたのだという。
角幡唯介さん
角幡唯介かくはた ゆうすけさん
1976年、北海道生まれ。
自らの探検をもとに作品を生み出すノンフィクション作家。早稲田大学政治経済学部卒、同大学の探検部OB。在学中に下見に出かけたツアンポー峡谷をのちに単独踏破。朝日新聞に入社するも5年間で退職し、探検家としてノンフィクション作品を多数執筆する。