待望の2勝目を献上した“ホンドーラ”
英国との共同開発が奏功し総合力アップ
デビュー戦でいきなり優勝。常勝を極めた後年の“第2期”を知る人にとってはこんな快挙も珍しくはないのだろうが、手探りでF1グランプリの世界に飛び込んだ第1期の活動においては、これは奇跡にも等しい出来事だった。
1967年9月の第9戦イタリアGPでデビューしたRA300は、グランプリ史上の最僅差(当時)となる0.2秒差のレースを制してHondaに貴重な通算2勝目をもたらしたが、手の内を明かせば開発期間はわずか6週間、RA273の後継でありながら型番の飛ぶRA300を名乗った、少々訳ありのミステリアスなマシンであった。
振り返れば、3L時代に入ってからの開発は終始、車両重量との戦いだった。HondaはF1初参戦となる64年のRA271以来ずっと内製による車両開発を続けてきたが、車両が大型化する3L規定への移行時に、自社技術だけでは解決できない問題に直面した。それが車重過多の問題である。
伝統的に競技車両の第一条件をエンジンパワーと位置づけてきたHondaにとって、高出力化を可能にするメカニズムこそ最優先される要素だった。たとえば2輪モーターサイクルのグランプリレーサーを見ても分かるように、パワーで有利と分かれば50cc
2気筒、125cc 4気筒、250cc
6気筒といった他社では考えつかないメカニズムも、平然と実現してしまう技術モチベーションの高さがあった。
しかしこうして複雑化するメカニズムは、絶対的なサイズが小さいモーターサイクルではそれほど問題にならなかったが、排気量3LのF1用エンジンで実践すると、見過ごせないほどの重量になったのである。
もちろんHondaはこうした弊害を見過ごしていたわけではなく、実際には初代RA271の時代から重量軽減に神経を尖らせており、軽合金素材を多用するエンジンづくりやシャシー構成にトライし続けていたのである。
とはいえ、もともとモーターサイクルメーカーで“エンジン屋”の色合いが濃く、4輪の技術は量産車も含めて皆無に近かったHondaにとって、F1シャシーをモノにするのは並大抵の作業でなかったはずだが、スペースフレーム全盛の時代にいち早くアルミモノコック構造にトライする技術見識の高さも見せていた。
しかし、それでも当時のHondaが持てる技術ではRA273を650kgに収めることが精一杯で、そこから先は正直「手詰まり」だったのではないかと推測される。ただ幸か不幸かこの時期はBRMやクライマックス、レプコといった他のサプライヤーの状態も安定しなかったことから、どのチームの戦力も良くない方向である種の均衡状態にあった。言い換えれば、どのチームもベストの状態で戦えていなかったのである。
しかし67年6月、第3戦オランダGPにコスワースDFVを積むロータス49がデビューしたことでこの状況は一変した。軽量コンパクトで高出力な新エンジン、軽量高剛性なアルミモノコックと構成ユニットのすべてが高性能だったことに加え、エンジンとモノコックを一体化した設計思想も新しかった。マシンスペックは405ps(67年値)と500kgに収まった車重。他車とは性能の次元が一段違っていた。
実際、小改良の積み重ねでなんとかRA273を走らせていたHondaにとってロータス49の登場は大きな衝撃で、その危機感によって新型車の開発が急遽始められていた。そのマシンこそがRA300で、デビュー戦から6週間をさかのぼると、ロータス49が2勝目を挙げたイギリスGPの前後から開発が始まったことになる。
シャシー開発を担当したのはローラ・カーズ。この年のHondaの契約ドライバーである64年王者ジョン・サーティーズ(前年ワークスローラT70で初代Can-Amチャンピオンを獲得)を介してのコンタクトだった。
エリック・ブロードレイ率いるローラ・カーズ(創設58年)はこの当時アルミモノコックに関するノウハウが最も豊富なシャシーコンストラクターであり、フォードGTの開発も手がけていた。後年グループCカーやGT1マシンの設計で名を馳せるトニー・サウスゲートも設計チームに在籍していた。
ちなみにRA300が「RA274」とならなかった理由は純内製だった200番台とローラ介在車を区別するためで、監督に復帰した中村良夫が命名したという。ホンダとローラの名をもじって“ホンドーラ”という呼び名を与えたのはドイツの外誌記者。純血車でないことを揶揄してのものだが、Hondaが「とにかく自前で勝つ」から「外の力を借りてでも勝つ」へとシフトしたことの象徴とも言え、好意的な解釈もできるはずだ。
約6週間といわれる短期間で作り上げられたRA300は、インディカー用T90のデザインをベースに製作したモノコックに、67年型RA273で使われていた改良タイプのエンジン「RA273E」とギヤボックスを搭載した。このV型12気筒エンジンは420ps/11500rpmという性能を発揮。当時ローラはモノコック製作技術では先端を走っていたこともあり、RA300はRA273に対して全体で約70kg軽量化に成功している。なおローラは自社の開発リストにこの車体を「T130」として記載するなど、このことからも改良作業への関与の深さが窺える。
そうした突貫工事の末、イタリアGPに間に合ったRA300。サーティーズが操るRA300はデビュー戦のイタリアでHondaにF1通算2勝目をもたらしたわけだが、ライバルたちをねじ伏せての優勝というわけではなかった。
このレースで主導権を握ったのはジム・クラークのロータス49だったが、最終ラップでガス欠気味となりトップの座から後退。代わって先頭に立ったジャック・ブラバム(ブラバム・レプコ)を、背後につけたサーティーズが隙を突いてかわし、エンジンパワーを活かした最後のひと伸びで0.2秒差のチェッカーを受けるという劇的な幕切れを演出していた。
こうしてRA300はHondaに2勝目をもたらしたが、急造したシャシーは心配されたとおり剛性不足で、セッティングには難があったと言われる。それでもほぼシェイクダウンに近い状態で臨んだデビュー戦で勝ったのだから、当時のHondaのエンジンがいかに群を抜いた性能を発揮していたかが知れる。なお製作されたRA300は1台のみで、現存するのは優勝車そのものである。
その後RA300は翌68年の開幕戦南アフリカGPまで使われたが就役レースはわずかに4戦。67年の最終戦メキシコGPでは4位に入り、戦績的には悪くなかったが、あくまで次作の“本命”RA301への橋渡し役である点は否めなかった。しかしRA301はついぞ勝てないまま、姿を消している。
急場をしのぐ仕様で優勝、満を持した仕様では2位。勝敗のあやは、いつの時代も皮肉な結果を残していく。
Spec
シャシー
- 型番
- Honda RA300
- フレーム形式
- フルモノコック構造
+チューブラー・サブフレーム - ホイールベース
- 2454mm
- トレッド(前/後)
- 1464/1442mm
- 全長×全高
- 3955×845mm
- 最低地上高
- 90mm
- モノコック部主材
- 高力アルミニウム合金板
SWG#18 丸鋲使用 - サスペンション(前)
- 溶接ロッキングアーム+Aアーム
- サスペンション(後)
- Iアーム+逆Aアーム
- スプリング/ダンパー(前)
- インボード式ダブルラジアス
アーム+KONI製ダンパー - スプリング/ダンパー(後)
-
アウトボード式
+KONI製ダンパー - ホイール(前)
-
ローラ製 軽合金鋳造
15インチφ×8インチリム - ホイール(後)
-
ローラ製 軽合金鋳造
15インチφ×12インチリム - タイヤ(前)
-
ファイアストン製
4.75/10.30-15 - タイヤ(後)
-
ファイアストン製
6.00/12.30-15 - ブレーキ(前後とも)
-
ガーリング製ARディスク
+フェロード製DS11パッド - ハーフシャフト
-
ハーディ・スパイサー製両端
フックジョイント 中間ボール
スプライン - ステアリング方式
- ローラ製 ラック&ピニオン式
- 冷却配管
- モノコック底部両側
ダクト内収容 - 燃料タンク
- ラバーバッグ型 FPT製200L
- 車両重量
- 590kg
(67年イタリアGP
車検時610kg)
エンジン
- 型式
- Honda RA273E
- 形式
- 水冷90°V型12気筒NA
- 排気量
- 2992cc
- ボア×ストローク
- 78.0×52.2mm
- ストローク/ボア比
- 0.669
- 圧縮比
- 10.5
- 最高出力
- 420hp以上/11500rpm
- ピストン面積
- 573.4cm2
- 平均ピストン速度
- 20.0m/秒
- シリンダーブロック
- マグネシウム合金鋳造
- 燃焼室形式
- ペントルーフ型
- バルブ方式
- 4バルブ
-
カムシャフト駆動方式・
位置 -
ギヤトレーン式・
クランクシャフト中央 - バルブリフター方式
- 逆バケット型(シムキャップ)
- バルブスプリング
- 二重コイルスプリング
- シリンダーライナー
- ウエットライナー 上方挿入式
3シリンダー一体型×4 - ピストン
- スリッパー型 2リング
全浮動ピン式 - クランクシャフト
- 組立式 120°位相
- 潤滑方式
- ドライサンプ式
吸込口:サンプ6カ所 - オイルポンプ形式・位置
- 多重ギヤポンプ・
エンジン前端&後端 - 排気管系
- 3→1接続×4系統
- 燃料系方式
- 低圧吸入管噴射式
ベーン型ポンプ/分配器別体
定時型(一体) - 点火系方式
- トランジスター点火方式 左右
2系統 90°-30°不等間隔点火 - 出力取り出し位置・方式
- クランクシャフト中央上部
・平ギヤ減速/
往復トーション軸 - クラッチ方式
- 乾式多板
- ギヤボックス形式/
終段減速 - 別体型 常噛5段
ドライサンプ 専用ポンプ/
クーラー装備 - 重量
- 200kg
Detail
日の丸を貫く赤いラインが特徴のRA300。“突貫”の影響なのか、ボディの「白」は従前のアイボリー3台と比べるとオフホワイトに近い。
エンジンマウント部をスペースフレーム構造とし、コクピットから前方をモノコック構造としている。リヤのオーバーハングが皆無である点からも、RA273と比べて大きく軽量化された。
バンク外吸気/内排気が特徴のRA273E型エンジンは前年の改良型。V6を2基連結する構造も不変だった。RA300用は軽量化対策が重点的に行なわれていた。
サスアームのクロムメッキ仕上げはこの時代のトレンド。表面処理を施すと強度が上がると考えられていた。
車体径はやや太めだが、その分コクピットスペースは広め。着座位置はやや左にオフセットしている。なおコクピット内にも外にもローラの名を示すものはひとつもない。