セナとベルガーが最強V12で5勝するも逸冠
Honda第2期F1活動、最後のマシン
Honda第2期を締め括る1992年シーズンに、マクラーレンが投入したマシンがこのMP4/7Aだ。50回記念と銘打たれたモナコGPで、ウィリアムズFW14B・ルノーを駆るナイジェル・マンセルとの死闘を制し、彼の開幕6連勝を食い止めたセナが駆っていたマシンとして広く記憶されている。形式名に“A”とつけられていることから、当初アップデート版の“B”を投入予定だったことが想像される。
開幕2戦に前年の改良型MP4/6Bで臨んだマクラーレンは、ライバルのウィリアムズがリアクティブサスペンション、トラクションコントロール、ABSなど最先端のハイテクデバイスを搭載したマシンを投入することで、信頼性の有無が勝敗を決めると見ていた。ゆえに新車完成までの間は信頼性が実証されている旧車で勝負する策に出た。しかし、彼らの予想に反してハイテク武装のウィリアムズ・ルノーのポテンシャルは非常に高く、信頼性も高かった。
開幕戦南アフリカGP、セナはウィリアムズのマンセルに予選で0.741秒、決勝で34.675秒もの大差をつけられ完敗した。続くメキシコGPでセナはリタイア、僚友ベルガーも4位入賞がやっとという有り様で、2戦目にして早くもマクラーレンは窮地に追い込まれてしまう。そのために彼らはヨーロッパラウンドから投入予定だった新車を、前倒しする形で第3戦ブラジルGPから投入すると決めた。ただ信頼性不足は否めず、新車MP4/7Aを3台、旧型MP4/6Bを3台の計6台を持ち込む物量作戦に出た。
ところが熟成不足の新車ではライバルのウィリアムズはおろか、格下のベネトンやフェラーリにすら後れを取り、新車の初陣を電気系トラブルでリタイアしたセナは怒り心頭でピット前にマシンを止め、無言のままガレージに姿を消してしまう。
MP4シリーズ誕生から一貫して続いてきたモノコックのオス型成形に代わり、MP4/7Aにはマクラーレン史上初となる一般的なメス型成形が採用された。マシンフォルムも丸みを帯びていたMP4/6から一新し、角張ったデザインに改められた。エンジンは昨年に引き続きV12を採用したRA122Eを使用。第5戦サンマリノGPから投入された発展型RA122E/Bは、おそらく史上最強のV12エンジンと称しても過言ではないだろう。Vバンクは前年型の60度から75度に変更され、全高も20mm下げて低重心化が図られた。可変吸気システムはそのままに、ニューマチックバルブや5分割独立スカベンジングシステム、軽量マグネシウム鋳造ロアケースなど新しい試みが盛り込まれた。
より先進的な技術投入が図られたMP4/7Aの中でも特筆すべきは、Hondaとマクラーレンが共同開発した電子制御スロットルシステム(フライ・バイ・ワイヤー・システム)の導入だ。セミオートマ自体は前年のハンガリーGPでテスト導入されていたが、MP4/7Aに採用されたシステムは、アクセルペダルの動きを電子制御でエンジンに伝えるもの。シーケンシャルタイプのシステムが主流の時代にあって、ボタンをワンプッシュするだけで連続的な(プログラミングした)シフトダウンができたのはMP4/7Aだけだった。
HondaはハイパワーのV12エンジンやその周辺の洗練されたシステムを開発するも、ウィリアムズに大敗を喫した。考えられる敗因はシャシー開発の停滞と言えなくもない。88年のHondaとのジョイント以来、マクラーレンのマシンづくりは完全に「ホンダパワー」に頼り切っていた。ターボ時代のようにエンジンパワーだけで勝てていた時代はよかったが、89年に規定がNAエンジンへと一本化されて以降、F1マシンの開発はパワーだけではなく、シャシーとエンジンの『トータルパッケージ』の出来が勝敗を左右する時代へと変わっていった。マクラーレンはその流れに乗り遅れてしまっていたのだ。
第13戦イタリアGPで、Hondaはこの年限りでのF1活動休止を発表する。メディアからコメントを求められたセナが涙したことは有名なエピソードだ。とはいえ、Hondaは最後まで開発ペースを緩めることはなかった。日本GP用の“鈴鹿スペシャル”エンジンはもちろんのこと、撤退発表をしたそのイタリアGPには、マクラーレンとHondaが共同開発したアクティブサスを試験的に導入する。
このシステムはウィリアムズのそれよりも複雑な代物だった。FW14Bのシステムの基本動作はパッシブサスが行ない、それを補佐するかたちでアクティブシステムが発動するシンプルで実用性の高いものだったが、マクラーレンが追い求めたものは完璧なる“フルアクティブ”で、アクチュエーターがすべてのバンプに対応することにより、理論的には究極のパフォーマンスを得られる目論見だった。しかし、現実的にポンプを動かすための動力をエンジンから得なければならず、エンジンパワーのロスが予想外に大きかった。ライドハイト、サスペンションコントロール、ダンピングなどの制御をすべて油圧システムに頼り切っていたために、エンジンパワーの多くがそこに奪われることになった。もちろんセナはこのシステムを気に入らず、初日のフリー走行を走っただけでお蔵入りとなってしまう。
この年、アクティブサスを武器に勝ちまくったウィリアムズにタイトルこそ奪われたが、Hondaとマクラーレンは意地を見せ、最終戦オーストラリアGPに持ち込まれたMP4/7AのポテンシャルはFW14Bに匹敵するものとなっていた。レースではセナがマンセルにプレッシャーを与えるという、シーズン序盤では考えられなかった展開となった。結果的に両者は接触しリタイア、代わってリーダーに立ったパトレーゼまで消えたことでトップチェッカーを受けたのはベルガーだった。Hondaは第2期のラストレースで有終の美を飾り、通算71勝目を刻んだ。安岡章雅プロジェクトリーダーの「最後にまたひとつ勝てました」という言葉が印象的だった。
Spec
シャシー
- 型番
- McLaren Honda MP4/7A
- 車体構造
- カーボンモノコック
- 全長×全幅×全高
- 4496×2120mm×990mm
- ホイールベース
- 2974mm
- トレッド(前/後)
- 1824/1669mm
- サスペンション(前後とも)
- プッシュロッド/ダブルウイッシュボーン
- トランスミッション
- マクラーレン製横置き6速セミAT
- 車体重量
- 506kg
- デザイナー
- ニール・オートレイ/
アンリ・デュラン
エンジン
- 型式
- Honda RA122E/B
- 形式
- 水冷75度V12 DOHC 4バルブ
- 総排気量
- 3496cc
- ボア×ストローク(mm)
- 88.0×47.9
- 圧縮比
- 12.9
- 最大出力
- 774bhp/14400rpm
- 燃料供給方式
- PGM-FI 電子制御シーケンシャルインジェクション
- スロットル形式
- 12連バタフライ式スロットルバルブ可変吸気管長システム
- 重量
- 154kg
Detail
リヤは前年に王座を獲得したマシンMP4/6にもよく似た形状。ギヤボックス搭載の窪みがはっきり見えるディフューザーの形状は、シーズンを通じて不変。
マクラーレン史上初のハイノーズ車。モノコックの成形法はオス型からメス型へと変更されている。パッシブサスは基本的に前年のバージョン2を踏襲したもの。
リヤウイングに初めてロワウイングマウントを採用。最強のパワーを誇ったエンジンのおかげでリヤウイングは大きめ。
液晶表示のレブカウンターとシンプルな正円ナルディ製ステアリングが配されたコクピット。セミオートマを標準搭載しシフトノブが消えた。スロットルは電子制御のフライ・バイ・ワイヤー方式となった。
究極のV12完成を目標に開発されたRA122EはBスペックへと進化。ユニット単体のパワーでは絶大なポテンシャルを誇り、シーズン5勝を挙げた。