本田技研工業(株)は、日本実験安全車計画にもとづく、ESV(実験安全車)の研究開発を行ってきましたが 、このほど、最終仕様の試作車が完成いたしましたので、実験結果とともにご報告いたします。
ホンダ実験安全車のご報告
昭和50年1月
本田技研工業株式会社
ESV計画(Experimental Safety Vehicle Program)は、1970年米国運輸省(DOT)が提唱。コスト、生産性などは度外視して、実験的に可能な限り<安全な車>を造ってみようという、一つの実験計画です。
現在までに、世界の9カ国がこの計画に参加し、国際的な技術交流をはかりながら研究が進められてきました。
日本でも、1970年11月に、日米政府間の話合いのもとに、日本実験安全車計画がスタートし、トヨタ、日産が参加。当社は、試作車の仕様などが異なるため、準参加のかたちで研究開発を進めてきました。
ホンダESVのねらい
I ホンダは小型軽量クラスのESVを開発対象に選びました
DOTの仕様によるESVは、重量4000/2000ポンドの2クラスです。
ホンダは、ESV計画そのものには共鳴しますが、実際問題として、過密で資源の少ない、日本の現状を考えると、さらに小型軽量なクラスで可能性を追求すべきだと考えました。そのため、DOTの仕様からは、意識的に外れた、1500ポンドクラスをESV研究開発の対象に選びました。
これらの理由からESVは、次のような小型軽量の仕様となっています。
| タイプ | 3ドアセダン |
| 乗員 | 4人 |
| 重量 | 860kg(1890ポンド) |
| 全長 | 3730mm |
| 全幅 | 1505mm |
| 全高 | 1325mm |
| ホイールベース | 2200mm |
| トレッド(前) | 1290mm |
| (後) | 1270mm |
| エンジン | CVCC 1488cc |
| トランスミッション | オートマチック |
| タイヤ | 165/70SR13安全タイヤ |
| ブレーキ(前輪) | ディスク |
| (後輪) | ドラム ブースター付油圧ブレーキ 4輪アンチスキッド装置付 IH型2重配管 |
II まず、人とクルマのコミュニケーションの改善から安全を考えました
- ●クルマは、あくまでも人が扱う道具です。
ホンダは、その意味から、扱い易い小型軽量車のメリットに加え、人とクルマのコミュニケーションを作ることに、まず重要なポイントを置きました。そのため、運転に必要な情報を、運転者に解り易く整理して提供し、適確、すみやかな対応ができるようにすることをねらいました。 - ●これがホンダのマン・マシンコミュニケーションの考え方です。その最も代表的なシステムとして、行動指示式集中警報装置があり、さらに、クルマと外部のコミュニケーションをはかるための特殊なシグナルや、視界の確保など、きめ細かい配慮をしました。
III 事故回避性能については、限界性能向上の可能性を追求しました
- ●事故回避性能の向上は、マン・マシンコミュニケーションと並んで予防安全の重要な項目です。ホンダESVでは、単に、日本ESV仕様を満足するだけでなく、タイヤを含むブレーキ・サスペンション・ステアリングなどのサブシステムの最適な組み合わせを求めることで、仕様にこだわらず限界性能をどこまであげられるかの可能性を追求しました。
- ●なお、事故を未然に防ぐ観点から疲労が少なく、ハンドル操作に集中できるオートマチック・トランスミッションを採用しました。
IV 安全とともに、低公害性にも配慮しました。
- ●現在、社会問題としてクローズアップされている自動車の排気ガス問題を、安全上の対策と同格の大きな課題としてとらえる観点から、低公害エンジンCVCCを搭載しました。
ホンダESVの技術的概要
ホンダのESV技術の基本的な考え方に基づいた展開を整理すると、下記の通りになります。
つぎに(1)~(5)まで順を追ってご説明いたします。
(1)マン・マシンコミュニケーション
1)運転者と車とのコミュニケーション
行動指示式集中警報装置―これは、マン・マシンコミュニケーションを支える中心的存在です。
この装置は、クルマの走行に不適当な状況の発生に際して、運転者のとるべき行動を明確に指示する行動指示部と、その原因となる内容を表示する異常内容表示部の2つから構成されています。
- ●行動指示部は、ドライバーの見やすい、インパネ中央に設けています。
主要装置の故障(エンジン油圧の低下など)、運転者の不注意(半ドアなど)、不適当な運転状態(車速過大など)―内容の緊急度によって<止まれ><減速><徐行><整備>の4つに別れ、色と、異なった断続警報音とで、運転者のとるべき行動を表示して事故の防止をはかっています。
(図1参照) - ●異常内容表示部は、コンソール部に設けています。警報内容は、<ブレーキ回路故障><エンジンオーバーヒート><ヒューズ断線>など、21項目を重要度に応じて色別けされた「絵文字」で表示。さらに<半ドア><タイヤ空気圧の低下><ランプ類断線>については、クルマの平面図表示板に異常部位を明示して、運転者に判断材料を提供します。
(図2参照)
2)外部とのコミュニケーション
- ●外部警報シグナル……行動表示部に<停止>が指示される重大な異常が発生したときには、自動的にハザードランプが点滅。外部へも車の状態を警報します。
- ●視界の確保……低いインパネ位置、広いウインド、ワイパー付熱線入りリヤウインドと防眩式ルームミラーを装備することで、外部からの情報量を十分に確保しています。
- ●両面ターンシグナル……点滅があらゆる角度から確認できる2色の『両面ターンシグナル』を採用。曲る側だけでなく、反対側にもシグナルを出し、他車に意思の伝達をはかっています。
(2)事故回避性能
1)ブレーキ性能
- ●アンチ・スキッドブレーキシステムを採用することにより、どんな路面でも安定した最善の制動性能を得ることができ、乾燥路面95km/hからのブレーキで、日本ESV仕様の50mに対し、41.5mで停止する試験データーを得ています。
なお、四輪制御システムを採用しているため、いかなる急制動が行なわれても、どの車輪もロックすることなく、制動しながら、ハンドルを操作することが可能です。
- ※四輪制御アンチ・スキッドブレーキ:―全輪にセットした車輪速度センサーからの情報を小型コンピューターに集め、それにもとずいて、アクチュエーターが働き、それぞれの車輪のブレーキシリンダーの圧力を、最適な状態に、自動的にコントロールします。
これにより、滑りやすい路面や急激な制動操作による車輪のロックがなく、理想的な制動効果が得られます。
- ●IH型二重配管ブレーキの採用で、1つの回路が故障しても制動能力の大幅な低下を防いでいます。
平常時の制動距離41.5mに対し、
H型回路故障時―47.8m
I型回路故障時―51.6m
の制動能力を保持しています。(図3参照)
(日本ESV仕様・乾燥路面95km/h 120m) - ●大型バキューム・ブースターと強力なディスク・ブレーキで荷重変化の影響を少なくしています。
2)操安性能
- ●110km/hの急旋回テスト(Jターン)でも転覆、スピンすることなく最後までコントロール可能の姿勢を保ちます。バランスのとれたセッティングのステアリング・サスペンションシステムとコーナリング特性のすぐれたタイヤの組合せによる結果です。一般走行時はもちろん、限界性能も著しく向上しています。
- ●内部にもセフティメンバーを備えた二重構造の安全タイヤを装備。パンク時も走行特性の変化が少なく、そのまま200kmの走行も可能です。
(図4参照)
(3)低攻撃性
バンパー、ボンネット高は、小型車であるため、本来的に低い位置にあります。そのうえ、バンパーとグリル回りをソフトなウレタンパッドで覆い、歩行者との接触時の傷害軽減をはかっています。
(4)衝突時の傷害軽減対策
1)正面衝突対策
- ●モノコック構造を補強しエネルギーを吸収する車体構造。そのうえに、前バンパーと車体をつなぐエネルギー吸収ユニット(EAU)を採用して衝撃吸収効果を高めています。
- ※EAU(Energy Absorption Unit)―小型軽量化のために、材料の塑性変形を利用したタイプで、波型スチールチューブに硬質発泡ウレタンを注入したユニットです。
- ●インパクトレスステアリングを装備。衝突時には、Gセンサーでロックが はずれ、ステアリングホイールが前方に移動して、乗員との干渉を防いでいます。
前方移動量―120mm
(図5参照) - ●シートベルト機構には、強い衝撃を受けると、瞬間的に乗員をしっかりホールドする、独自のウェビングロック式ELRを採用。ベルトそのものもエネルギー吸収ベルトを使用して、乗員保護の効果をさらに高めています。
- ※ウェビングロック式ELR
衝突時の床Gとベルト繰り出し加速度の両方を検知し、ベルトを巻き取り器の出口で、瞬間的に把んでロックする方式です。衝撃時にベルトの巻き締り分だけが繰り出されることがないので、乗員にかかる衝撃を、さらに少なくしています。
これらの機構により、55km/h正面対壁衝突での乗員の生存を保障しています。
2)側面衝突対策
- ●ドアの変形を防ぐために、上縁をビームで補強しています。
- ●側面からの衝撃を緩和するため、前後席サイドにアルミハニカム(蜂の巣構造)入りのエネルギー吸収パッドを組み込んでいます。
これらの対策により、対移動壁32km/h(同重量車換算45km/h)側面衝突でのエネルギーを吸収し、乗員の保護をはかっています。
3)後面衝突対策
- ●エネルギー吸収車体構造。
- ●後バンパーと車体をつなぐエネルギー吸収ユニット(EAU)を採用。(前バンパー機構と同じ)
これらの機構により、同重量車50km/h後方衝突での乗員の傷害軽減をはかっています。
(5)事故後の乗員保護
1)火災の予防
- ●電流遮断装置を装備。火災発生のおそれのある強いショックを検知して、すみやかに電源をカットし衝突時の火災を予防します。
- ●内装材に難燃性の材料を使用して、万一の火災発生の場合も、急速な延焼を防ぎます。
- ●燃料タンクは、後面衝突時も被害を受けにくい後車軸前の室外に配置しています。
2)車内からの脱出
後部非常脱出口を備えていますので、緊急時には、乗員の自力脱出も、外部からの救出も可能です。
脱出口は、内部から常時開放可能で、メインスイッチにキーが差し込んである場合は、外部からの解放も可能です。なお、メインスイッチキーが抜いてある場合は、自動的に外部からの開放が不能になる盗難防止装置付です。
ホンダESVにおける安全性能の考え方
ホンダESV開発の歩み
| 1970 | 11 | 日米政府間で「実験安全車に関する相互協力のための覚書」を交換。 |
| 1971 | 1 | 第1回ESV国際会議(パリ) |
| 5 | 「日本実験安全車計画」発足。 | |
| 7 | ホンダ「日本実験安全車計画」に準参加が決定。 | |
| 10 | 第2回ESV国際会議(西ドイツ・スッツトカルト) | |
| トヨタ、日産、ホンダの各社計画概要を発表。 | ||
| 1972 | 5 | 第3回ESV国際会議(ワシントン) |
| ・トヨタ、日産、開発経過を発表。ESVを展示。 | ||
| ・ホンダ、小型ESVの思想、仕様を発表。 | ||
| 1973 | 3 | 第4回ESV国際会議(京都) |
| トヨタ、日産、ホンダ、開発経過・試験結果を報告。ESVを展示。 | ||
| 9 | トヨタ、日産、ESV1号車を政府へ納入。 | |
| 11 | 日本自動車研究所で、トヨタ・日産ESVを試験。 | |
| 1974 | 6 | 第5回ESV国際会議(ロンドン) |
| ・日本自動車研究所が、トヨタ、日産のESV試験結果の概要を報告。 | ||
| ・トヨタ、日産、ホンダの各社がESV開発を通じて行なった研究を発表。ESVを展示。 | ||
| 12 | ホンダ、ESV計画を完了。政府へ試験結果を報告。 |
集中警報装置
図1 集中警報装置(1) 行動指示部
図2 集中警報装置(2) 異常内容表示板
図3 I・H型二重配管ブレーキシステム
図4 安全タイヤ
図5 インパクトレスステアリング
HONDA ESV構造図
1.行動指示式集中警報装置 2.両面ターンシグナル 3.アンチスキッド装置付ディスクブレーキ 4.アンチスキッド装置付ドラムブレーキ 5.アンチスキッドコンピューター 6.アンチスキッドブレーキアクチュエーター 7.バキュームブースター 8.安全タイヤ 9.タイヤ空気圧センサー 10.オートマチックトランスミッション 11.ウレタンパッド付バンパー 12.ウレタンパッド 13.エネルギー吸収式車体構造 14.EAU 15.インパクトレスステアリング 16.ウェビングロック式ELR 17.エネルギー吸収ベルト 18.ビーム組込みドア 19.側面エネルギー吸収パッド 20.ショルダーパッド 21.格納式ショルダーパッド 22.電流遮断装置 23.燃料タンク 24.非常脱出口 25.非常脱出口レバー 26.非常脱出口ロック 27.CVCCエンジン
行動指示式警報装置の項目と警報モード
| 方法 | 行動表示 (インパネ中央) |
異常内容表示 (コンソール) |
警報 | 警報の条件 | ||
| 項目 | 点灯表示 | 内容を 点灯表示 |
位置を 点灯表示 |
内部 ブザー音 |
外部 ハザード 点滅 |
|
| 半ドア | - | ○ | ○ | - | ○ | 駐車ブレーキ使用時 |
| <止まれ> | ○ | ○ | Aモード | ○ | ||
| ベルト未着用 | - | ○ | - | - | - | 駐車ブレーキ使用時 |
| <止まれ> | ○ | - | Aモード | ○ | ||
| タイヤ空気圧低下 | <減速><整備> | ○ | ○ | Bモード | - | 車速60km/h以上 |
| <整備> | ○ | ○ | Cモード | - | 車速60km/h以下 | |
| エンジン油圧低下 | <止まれ> <整備> |
○ | - | Aモード | ○ | |
| 車速過大 | <減速> | ○ | - | Dモード | - | 車速100km/以上 |
| 充電不良 | <整備> | ○ | - | Cモード | - | |
| チョーク不要 | <徐行> | ○ | - | Bモード | 暖機完了時 | |
| 駐車ブレーキ | <駐車ブレーキ> | - | - | - | - | 車速10km/h以下 |
| <徐行> | ○ | - | Bモード | - | 車速10km/h以上 | |
| エンジン・ オーバーヒート |
<徐行><整備> | ○ | - | Cモード | - | |
| アンチスレッド故障 | <整備> | ○ | - | Cモード | - | |
| ブレーキ回路故障 | <徐行><整備> | ○ | - | Bモード | - | |
| ランプ類断線 | <整備> | ○ | ○ | Cモード | - | |
| ブレーキパッド消耗 | 〃 | ○ | - | Cモード | - | |
| ガソリン残量少 | 〃 | ○ | - | Cモード | - | |
| エンジンオイル不足 | 〃 | ○ | - | Cモード | - | |
| ブレーキオイル不足 | 〃 | ○ | - | Cモード | - | |
| エンジン冷却水不足 | 〃 | ○ | - | Cモード | - | |
| バッテリー電解液不足 | 〃 | ○ | - | Cモード | - | |
| ウォッシャー液不足 | 〃 | ○ | - | Cモード | - | |
| ヒューズ断線 | 〃 | ○ | - | Cモード | - | |
| 前照灯消し忘れ | 〃 | ○ | - | Cモード | - | イグニッション・キー 抜取ってドア開放時 |
(注) 警報音
Aモード毎分120回断続 キャンセル可能
Bモード 〃 80 〃 キャンセル可能
Cモード 〃 45 〃 キャンセル可能
Dモード 〃 75回(別音色) キャンセル不可能
耐転覆性能
お客様からのお問い合わせは、 「お客様相談センター 0120-112010(いいふれあいを)」へお願い致します。