ブランドストーリー

ブランドストーリー

Hondaの情熱

レースは人と技術を育てる道場

レースでは量産と比べて
極めて短期間に開発を行い、
その技術の優劣がレースの成果で誰の目にも
明らかになることから、
技術者を育てるのに最適な道場であると
Hondaでは考えます。
実際にレースエンジンや
レーシングカーの開発をした技術者が、
後の量産車の開発で力を発揮し、
またレース開発に戻ってくる、
ということがHondaでは当たり前です。

一部の例外を除いて、Hondaでは
ほとんどのトップカテゴリーレースの
開発において、
Honda内の技術者達が自ら開発を行います。
もちろん、サプライヤー様や
パートナー様たちの協力を得ながらですが、
開発全体を第三者委託したり、
人に委ねたりすることはあまりありません。
それでは人を育てることに
繋がらないからです。

Hondaの情熱
Hondaの情熱
Hondaの情熱
Hondaの情熱

頂点に挑む集団

夢と挑戦の歴史

Hondaのレースの歴史は、
1959年のマン島TTレース参戦から
始まります。
世界最高峰の舞台に挑み、
その挑戦を通じて、
世界と真正面から向き合い、
技術を磨き続けてきました。
1961年にはマン島TTレースで
初勝利を挙げ、挑戦は確かな成果へと
変わっていきました。

1962年、鈴鹿。
本田宗一郎の「レースをやらなければ
クルマは良くならない」という
想いのもと、
鈴鹿サーキットは誕生しました。
託した目的は、
単に競う場をつくることではなく、
「運転を楽しむ場」を提供し、
運転技術や安全への認識を高めること。
そして国際レベルのレースを開催し、
世界に通用する人材と製品を
育むことでした。
こうした思想のものと、
Hondaは二輪・四輪の分野で
提供価値をひろげ、
四輪では1964年にF1へ参戦。
翌1965年のメキシコグランプリでは、
日本メーカーとして初の優勝を
達成しました。
その後、レース活動をより専門的・
継続的に進めるため、
1973年にRSC(Racing Service Center)、
1982年にHRCが設立され、
現在では二輪・四輪一体となった
体制のもとで挑戦を続けています。

このようにHondaのレースの歴史は、
常に未来へつながる挑戦の連続なのです。

夢と挑戦の歴史
夢と挑戦の歴史
夢と挑戦の歴史
HRC公式サイト

意のままに操る喜び

レースの知見や技術を体感する
HRCモデル

HRCモデルの価値は、
スペック表の上だけで
表現されるものではなく、
私たちがこだわるのは、
走ってこそ分かる楽しさです。
レースの現場は、
ロジックだけでは勝てません。
エンジニアの解釈、メカニックの精密さ、
ドライバーの感覚、
そして、チームが一体となったとき、
はじめて勝利に近づく。
そのプロセスが、
HRCモデルに息づいています。

HRCが挑み続けてきたレースには、
大きく二つの舞台があります。
ひとつは、サーキットを舞台に頂点を競う
オンロードのレース。
F1やスーパーGT、スーパーフォーミュラに
代表される世界では、
限界の速さと精度が問われ、
わずかな判断の差が結果を左右します。
もうひとつは、過酷な自然と向き合う
オフロードのレース。
北米のBajaに代表される競技では、
路面も環境も刻々と変わる中で、
前へ進み続ける強さと信頼が試されます。
舞台は異なっても、共通しているのは、
極限の状況で人と技術を
鍛え上げるという姿勢です。

HRCモデルには、
そうしたレースの世界で磨かれてきた
考え方や向き合い方が息づいています。

夢と挑戦の歴史
夢と挑戦の歴史
夢と挑戦の歴史
ブランドラインを見る

HRC関連動画

  • ドライバーが語る、国内最高峰のレース
    SUPER FORMULA & SUPER GTの魅力