N-BOXが愛され続ける理由
デザインが生み出す安心感
――N-BOXが2011年の登場以来、軽自動車のカテゴリーを超えて支持され続けてきた理由。その根本にあるのは、「小さいのに、広い」という一貫した考え方です。そしてこれには、Hondaのクルマづくりにおける基本思想「M・M思想(マン・マキシマム、メカ・ミニマム)※」が強く息づいています。限られた軽自動車のボディサイズの中に、大型ミニバンのような開放的な視界とゆとりある室内空間、そして運転する人の安心感を収める。N-BOXが目指してきたのは、いわば「ミニ・ミニバン」でした。
※マン・マキシマム/メカ・ミニマム思想。人間のためのスペースは最大に、機構のためのスペースは最小限にして、クルマのスペース効率を高めようとする、Hondaのクルマづくりの基本的な考え方
――Hondaが軽自動車に冠する「N」は、「Norimono(のりもの)」の頭文字。単なる機械ではなく「人が乗るためのもの」という、1967年の「N360」から受け継ぐ想いが込められています。
その想いを、センタータンクレイアウトを活かした室内空間によって現代の軽で甦らせ、「スーパーハイトワゴン※」というジャンルを軽自動車の主役に押し上げた初代。安全運転支援システム「Honda SENSING」を全タイプに標準装備し、家族みんなが安心して乗れるファミリーカーの新たな基準を目指した2代目。開放感のある視界と上質な走りで、ドライバーの運転しやすさと心地良さをさらに磨いた3代目。技術や機能が世代ごとに変わっても、「広さ」と「安心感」を軽自動車で実現するという価値の芯は、初代から一度もぶれていません。
※スーパーハイトワゴン:主に全高1.7m超の背の高さ、室内空間の広さ、両側スライドドアが特徴の軽自動車――そんなN-BOXは、シリーズ※累計販売台数300万台を軽自動車として初めて突破。この数字こそが、全方位から「愛されている」ことの証でしょう。3代目の企画・インテリアデザインを担った藤原名美は、「ターゲットの一貫性」がその根幹を支えていると断言します。
※シリーズ:N-BOX、N-BOX CUSTOM、N-BOX +(2017年8月販売終了)、N-BOX SLASH(2020年2月販売終了)、N-BOX JOY
藤原
初代が設定したターゲットは「30代の子育て世代の女性」。日々たくさんのタスクをこなす彼女たちが抱える、暮らしの中の小さなストレスを丁寧に解決していく。それがN-BOXづくりの原点です。初代から変わらないのは、暮らしの中心にいる人に寄り添うこと。その視点を起点に、2代目では家族へ、3代目では地域コミュニティへと視野を広げ、みんなが豊かに暮らせるような工夫を、このクルマに詰め込んできました。
――藤原が手掛けた3代目N-BOXのインテリアには、暮らしに真摯に寄り添った工夫が随所に表れています。慌ただしい毎日の「ちょっとした困りごと」の一つひとつに、デザインで応えているのです。
こうした寄り添いは、3代目から始まったものではありません。なかでもN-BOXが初代からこだわり続けてきたのが「荷室」です。
――M・M思想が生む低い床と広い室内は、後席を倒せば女性一人でも27インチの通学用自転車を積めるほど。初代の開発チームは、通常は1度しか実施しない社内外へのヒアリングを3度も重ねてニーズを確かめ、「自転車を積めること」に最大限こだわりました。悪天候の日や夜、塾帰りの子どもを迎えに行き、そのまま自転車も積んで帰る。そんな暮らしの安心に応える機能です。3代目でも、チーム全体でその使いやすさをさらに突き詰めます。
――荷室への自転車の積み込みがスムーズにできるよう下部のボードをへこませたり、積み込んだ後にスタンドを立てた状態でも安定しやすいよう工夫。その他、セカンドシートのサイドポケットをペットボトルだけでなくティッシュケースも収まる大きさに見直す、同じくサイドポケットの下部にスリットを入れて中が見えるようにするなど、機能を伴う様々なデザインが施されています。
藤原
それぞれ、「女性一人での自転車積みこみ大変問題」「運転中のティッシュ取って問題」「サイドポケットのごみ・おもちゃ置き忘れ問題」など、本当に細かな困りごとから浮かび上がってきたデザインです。
藤原
フロント周りも、運転中の余計なノイズにならないよう、フラットでシンプルな空間を設計しています。開発の起点にあったのは、30代ママが安心して運転できること。余裕を持って運転ができると、子どもへの気遣いもできますし、同乗者との会話も自然に弾みます。その考え方は、結果として誰にとっても心地良い運転環境につながっています。
N-BOX CUSTOMがこだわり抜いた顔と面
――今回のMMCで特に大きく変化があったのは、「N-BOX CUSTOM」です。MMCは本来、バンパーの形状や加飾を変えるのが一般的ですが、エクステリアデザインを担当した沼澤篤史は、軽自動車ならではの限られた寸法や、価格にも影響する開発コストといった制限の中で大胆なデザイン変更を施しました。
沼澤
デザインコンセプトは「強いカタマリ」。クルマ1台を力強い塊として見せ、圧倒的な存在感を形にしました。そのために施したのが、リアの価値向上とフロントフェイスの造形最適化です。
沼澤
まず、リアを大きく変えました。コンビネーションランプのグラフィックを縦一本から複数分割の構成にし、テールゲートにも上下にダーククロームメッキのガーニッシュを追加、エンブレム周りの統一も図って、品格を演出しています。
沼澤
一方で、ロゴ下にあったセンターのメッキは外しました。上と下にメッキを足すと3段になり視線がばらつくため、足したら引く、というバランスでデザインしています。
――今回のMMCで沼澤がとりわけ時間をかけたのが、フロントに追加した3段メッキバーの面の角度調整です。一つの塊感を押し出すため、フロントフェイスには圧倒的な強さが必要でした。大胆にメッキバーを配置しようと試みたのですが、フロントグリル開口部の制約でメッキバーがどうしても3段に分かれてしまうことに。
沼澤
3段に分かれながらも1枚の面に見えるよう、膨大な試行錯誤を繰り返しました。クレイモデルにメッキフィルムを貼り、面の張りを愚直に一つひとつ確認していったんです。メッキバーの面は大きなアール(緩やかな曲面)を持っているので、映り込む風景がだんだん変わっていきます。どの位置に張りのピーク(頂点)を持ってくるかで、顔の見え方がまったく変わるんです。
沼澤
クレイモデルを実際に置き、何が映っているのかを見ながら、「もう少しここを折ってほしい」「この面の向きをもう少し上に」とクレイモデラーに微細な調整をお願いして、1枚の面として迫力を出せる最適解を探っていきました。
――理屈は、三面鏡の一面を傾けると映るものが変わることと同じです。ただ、3段に分割されたメッキバーを、立体構造のフロントグリルに沿わせながら、一面の鏡のように見せる。容易でないことは想像に難くありません。
沼澤
加えて、フロントフェイスはボンネットフードの面から落ちてくる流れとそろえることで、初めて一つの塊に収まります。ボンネットフードからくる面の流れにメッキパーツがきれいに乗っていないと、メッキパーツだけ浮いて見えてしまうんです。理想とする方向と実現可能な方向の折り合いをつけたところにピークを持っていき、試す。この調整の繰り返しがとにかく大変で、答えにたどり着いたときは本当にうれしかったですね
――フロントフェイスの強さにこだわったことで、ボンネットフードの変更も沼澤の頭によぎりました。人間の顔で言うと、ヘッドライトは“目”で、ボンネットフードは“眉毛”。「眉毛を変えないと、表情は大胆に変化しない」と沼澤は言います。メッキパーツの面の流れはヘッドライトの形状によるところが大きく、ヘッドライトはボンネットフードを変えないと変えられません。そんな中、今回のMMCで沼澤が熟考の末に選んだのは、フードやヘッドライトといった骨格には手を入れず、今ある形の枠の中でいかに表情を変えるか。あえて難しい方へと挑んだのです。
沼澤
例えば、斜め上から見る(クォータービュー)と、ベビーフェイスでかわいい印象になるので、いちデザイナーとしてはボンネットフードも変えたかったのが正直な思いです。でも、最終的にはそれを逆手に取り、横幅を広く見せながらスポーティさも感じさせる「ロー&ワイド」なスタイリングを際立たせていく方向へとシフト。結果的に、これが正解だったと感じています。
N-BOXはデザイナーがユーザーに寄り添い、向き合った結果
――2人は、それぞれのN-BOXの開発がデザイナーとしてのターニングポイントだったと振り返ります。藤原にとっては、いつか携わりたいと憧れたシリーズであり、出産・育児とまさにターゲット層へとライフステージを上ってきた中で担当した一台。沼澤にとっては、Honda純正アクセサリーのデザイナーから、夢だったカーデザイナーへと転身させてくれた一台です。
藤原
企画という全体像から入れたのは、デザイナーとして大きなステップアップになりました。それ以上に、大切なユーザーでもある子どもたちにも協力してもらいながら、暮らしの中の小さな困りごとと向き合った経験は、デザイナーとしての視野を大きく広げてくれました。
――開発の中で、3代目のコンセプトを決定付けたと話すのが、仕事をしながら3歳児の子育てに奮闘するユーザーへのインタビューでした。新しい機能やデザインのヒントとなるよう困りごとをヒアリングする機会で、当時、藤原自身も1歳児の子育て真っ最中だったため、似たような困りごとを抱えているのだろうと考えていました。
藤原
それが全然違って(笑)。返ってきたのは「地元でコーヒー店をオープンしたい」という、予想外の言葉でした。彼女の日々の暮らしは、子どもを送って、仕事に向かい、合間で地域の人たちともコミュニケーションを取って、子どもを迎えに行ってと、どこかリズミカルで気持ちいい。子育てだけでなく、自分らしさや地域とのつながりも大切にしながら暮らす姿が、とても印象に残りました。その姿を見て、N-BOXももっと広い視点で暮らしに寄り添える存在になりたいと思ったんです。
――この気づきが、3代目のグランドコンセプト「ハッピーリズムボックス」へと結実します。家族のための時間も、趣味など自分のための時間も、一日の中でリズミカルに心地よくこなせる。そんな暮らしに寄り添うクルマでありたい、という思いが込められた言葉です。
――一方の沼澤は当初、N-BOX CUSTOMのMMCでスケッチャー※としてチームに参加しました。しかし、開発途中にプロジェクトリーダーに抜擢されることに。そしてこの抜擢が、フロントに大胆なメッキの面を据え、クルマ全体を一つの「強いカタマリ」として見せる——今回のN-BOX CUSTOMの顔を大きく変える転機となりました。
沼澤
最初は、もっとスポーティなフロントフェイスを目指していました。父が初代N-BOX CUSTOMのブラックエディションに乗っていたことがあり、ブラックで引き締められたスポーティーな感じが好きだったので、メッキは程々にHondaらしいカスタム顔を目指そうと考えたんです。でも、途中のデザインの評価会で、「もっとお客様の価値にコミットしないとダメだ」と指摘を受けました。
――これが、沼澤がフロントフェイスに大きく手を入れた最大の理由です。ただし、こだわったのは「メッキ」そのものではなく、デザインコンセプトとした「強いカタマリ」。クルマ全体を一つの力強い塊として見せるには、フロントに大きな1面をつくる必要がありました。その面をどう表現するか? 色々と手法を模索した末にたどり着いたのが、メッキだったのです。
沼澤
最初からメッキで顔をつくろうと考えていたわけではないんです。「強いカタマリ」「強い顔」を表現するには大きな1面が必要で、その1面を成立させる手法を探した結果、ボディカラーとのコントラストで面が引き締まるメッキに行き着いた。メッキはあくまで手法で、目的は「強いカタマリ」です。
沼澤
正直に言えば、私自身はメッキの少ないスッキリとした顔つきが好みでした。でも、一人のデザイナーとしての「こうしたい」という感性と、お客様が本当に求めているものは、必ずしも一致しません。先ほどのボンネットフードの話もそうですが、その両方を天秤にかけ、冷静に、客観的に見極める必要がある。私はアーティストではなく、インハウスデザイナー※です。プロジェクトリーダーという責任ある立場になり、このときに初めて「デザイナーのエゴではなく、お客様が喜ぶクルマをつくらなければいけない」という考えが明確に根付きました。
――ターゲットの暮らしに「真摯に寄り添い」、市場のニーズに「愚直に向き合う」。2人がN-BOXを語る中で幾度も使った言葉です。デザイナーとしての自身のこだわりを持った上で、お客様の声を聞くことに振り切ったクルマがN-BOXなのでしょう。
※インハウスデザイナー:メーカーやブランドを持つ企業の中で働き、自社の製品・サービス・ブランドに継続的に関わるデザイナー
藤原
初代から積み重ねてきた小さな困りごとへの対応は、初代・2代目と積み重ね、3代目でかなり網羅できたという実感があります。インテリアの使い勝手という面では、一つの完成形に近づけたと思っています。
沼澤
エクステリアは、見た目や価値観に寄るところが大きいので、インテリアのように暮らしに直接つながることは、そう多くありません。でも、ニーズに真正面から向き合うという意味ではお客様に寄り添ってきたと自負しています。
――N-BOXがあると、私の暮らしが豊かになる。N-BOXに乗ると、家族や友達が笑顔になる。そして、N-BOXと向き合うと、つくり手の意識が変わる。社会のニーズを形にし、今なお研磨し続けているN-BOX。デザイナーたちが注ぎ込んできた思考と試行の積み重ねもまた、このクルマが愛され続ける理由の一つなのかもしれません。


