CMFと調香。調和を生み出すデザイナーたちの原点
「見えないものに価値をつける」という共通項
――「調和」を意味するACCORD(アコード)。このクルマが大切にしてきたのは、空間と時間を通して、心地よく満たされる感覚です。青々とした緑が爽やかな5月上旬、誕生から50周年を迎えたACCORDを傍に、2人のデザイナーがそれぞれの仕事の原点から語りはじめました。
齋藤
クルマのデザインにCMF(Color, Material, Finish)※という観点があるなんて、後藤さんにお会いするまで知りませんでした。なぜこの仕事に?
後藤
もともと美術大学でテキスタイルデザインを専攻していて、色や質感が「モノ」に与える印象を変える力があることに非常に興味があったのです。最も身近にある「クルマ」にその分野の専門職種があることを知り、CMFデザイナーの道へ進むことにしました。
CMFデザインの面白さは、お客様の気持ちに最も近いところにある点です。例えば、光の当たり方で美しく見える色、触れた瞬間に安心して思わず体を預けたくなる素材。そうした感覚の積み重ねが、そのクルマへの「好き」という気持ちにつながっていく。五感を通して、人の感情や気分に自然に働きかけられるところに、CMFデザインの魅力を感じています。
齋藤
私の場合は京都にルーツがあり、10代の頃からお香に親しんできました。アロマとの出会いは社会人になってから。体調管理の方法を探っていたときにアロマセラピーと出会い、その効果を実感しました。そこから一つずつの香りが混ざることで奥行きや世界観が広がる、調香の面白さに魅了されて。日本は「さりげなさ」が美徳とされる文化だと思います。元来香りでも無臭が好まれる傾向があったと思います。ですが、国土の7割が森である日本の香りをもっと上手く使えたらとも考えました。そこで、アロマ調香の技術を教え、広めるための協会を設立し、その後アロマ調香デザイナーとしてコスメや空間の香りをつくるようになりました。
後藤
香りもまた、見えないものに価値をつけるデザインですよね。そういう意味では、すごく近い仕事なのかもしれません。
齋藤
そうですね。クルマのデザインは、しっかりとリサーチを重ねることが重要だと思いますが、香りのデザインも同じです。自然のサイクルを体験しながら素材のリサーチを重ね、感覚を掴み取る。そこから、ただいい匂いであることを超えて、想像が広がるストーリーがあるものをつくる。これが、アロマ調香デザイナーの一番の仕事だと感じていますね。
肩肘を張らない、知的な大人のセダン。ACCORDの本質とは
大切にしたのはモダンな上質さ
――現行の11代目ACCORDはどのようなクルマなのでしょうか。感覚的な価値を追求するCMFの視点から後藤が語るACCORD像は、「大人のセダン」という言葉に集約されます。
後藤
ACCORDは「快適な移動体験」をルーツにするクルマであり、11代目は肩肘張らず、それでいてとても知的な大人のセダンです。大らかな面質のつながりと、空間を内包するどっしりとした佇まい。セダンが持つ普遍的な力強さである「格」や「艶」と、挑戦を後押しし前向きにさせてくれる「整える」「冴える」といった両方の提供価値を、デザインに落とし込むことを大切にしました。
齋藤
実際に乗らせていただいて、「これでどうだ」という押し付けがなくて、スマートで自然な居心地の良さがありました。それでいて、見る角度を少し変えるだけで素材の印象が変わるし、水平に走るライン照明にはほんのりと遊び心を感じる。シートの配色の仕方にも、車内を広く見せる工夫がされています。そういった要素がバランス良く収まっているからこそ、快適で落ち着くことができたのかなと感じました。
後藤
そう言っていただけてうれしいです。11代目ACCORDはフォーマルでありながら、ドライバーの個性や創造性を表現できるドレスコード「クリエイティブ・ブラックタイ」をデザインコンセプトに掲げました。従来の「フォーマル」なセダンは、重厚感や押し出しの強さで価値を表現することが多かったと思います。一方でACCORDでは、過剰に主張するのではなく、モダンな上質さをどう表現するかを大切にしました。忙しない日々の中でも、自分らしく、そして強くありたい。そんな新しい感覚を持つユーザーに応えたいという考え方です。
後藤
エクステリアではサーフェイスに光が美しく通ることで、ワイドさや塊感が際立つ表現を目指しました。インテリアでは、過剰な加飾や演出的な表現はあえて抑え、同色の中で生まれる質感や光の重なり、これまでにないやわらかさを持つ革の触感など、本質的な心地良さにこだわっています。そうして磨き上げた一つひとつの表現が、強く主張し過ぎることなく、しかし確かな存在感を持ったまとまりとして成立している。強さと静けさ、個性と普遍性。一見対立する要素が互いを打ち消し合うことなく共存している関係性そのものが、乗り手の個性を自然に際立たせる、新しいフォーマルになると考えました。
「調和」という言葉の、それぞれの意味
――2人のデザイナーは「調和」をどう定義しているのでしょうか。CMFは、素材・色・仕上げが一体となり違和感のない統一感を持つこと。調香は、何種類もの精油をブレンドしながら濁りのない透明感を保つこと。プロセスは異なりますが、「余計なものを取り除いた先に残る本質」を目指す姿勢は驚くほど重なります。
後藤
一つの香りを調香するのに、何種類の香りを混ぜているのですか?
齋藤
だいたい15種類、多いものでは20種類くらいの香りを使いますね。調香をする上で絶対に大事にすべきことは、何種類の香りを混ぜていっても透明感が感じられることです。少しでもそぐわないものが入ると急に濁って、トーンが下がり、意志が曖昧になってしまう。ちゃんとこの香りがいるのかいらないのかを精査して、不自然さや雑味をなくせば、伝えたいことがちゃんと残る。それが私にとっての香りのデザインです。
後藤
クルマも同じで、内外が一緒になったときにバランスが取れているかが大事です。特にACCORDは非常にノイズを嫌ったクルマで、ごちゃごちゃさせず、ノイズレスで静かな知性を目指しました。一方で、照明も単なる色として提供してしまうと情緒がなくて味気ない。その背景にある世界観とともに提供することで、お客様の体験イメージが広がっていくようにしました。過剰すぎても不足すぎても、「違和感」が感じられてしまう。必要なものをシンプルに表現する方が伝えたいことに強さが出るというのは、香りもCMFも同じだなと思います。
齋藤
違和感が出たときは何か足しすぎているか、引きすぎているかのどちらか。私もいらないものを外して、そうしたらどうなるかを確認しながら調和を探っています。クルマのデザインとどう違うのかと思っていたけれど、そのプロセスがすごく似ていて驚きました。
後藤
違和感が出たとき、視覚的に要素を隠して探ってみるんです。ここをこう変えてみたらどうかという検討を積み重ねていく。最終的に違和感が消えていったとき、「あ、この方向こそ調和が取れた方向なんだな」と判断しています。プロダクトは人工物なので、ACCORDの目指す「快適」のためには先進性と自然なニュアンスが共存しているのが、調和の取れた状態だと思っています。どちらかだけでは最適解とはならないと考えました。
齋藤
有機的すぎるとトゥーマッチになるし、無機質すぎると冷たくなる。そのバランスを探るところも、きっと同じですね。
キャニオンリバーブルー・メタリックを香りで表現する
存在しない色を分解し、香りで再構築
――香りは、感情と記憶の中枢を司る扁桃体に0.2秒で届くと言われています。CMFが目指す「触った瞬間に身体を預けたくなる」といった、直感に響くような体験設計もまた、香りのデザインに共通していると言えるでしょう。対談の場にカラーサンプルと数十種類の精油が並んだとき、2人の対話は色と香りの越境へと進みます。
後藤
今回齋藤さんに試乗していただいたキャニオンリバーブルー・メタリックというボディカラーは、渓谷を流れる川の二面性がイメージソースです。水面が穏やかに整ったなめらかな表情と、悪天候時のダイナミックで力強い表情。光が当たったときと当たっていないときで色の見え方も大きく変わります。落ち着いた中彩度のブルーでありながら、光が当たるとキラキラと力強く反射する。自然の風景の中を走っても馴染んで、クルマ自体も美しく見える多彩さをつくるために、環境の光をどう取り込むかが考えられています。
例えばこのキャニオンリバーブルー・メタリックの香りをつくるとしたら、齋藤さんはどのように香りを組み立てますか?
齋藤
「青」という直接的な香りは実際にはないかもしれませんが、イメージソースにあるブルーには、くすんだ群青の感じと煌めきがあるので、深い森林の要素と水の滑らかな透明感を組み合わせますね。例えば、ジュニパーベリーのグリーンな感じにもう少し森林の要素を足しつつ、フランキンセンスのようなミネラル感を足していくと、この青を表現できると思います。
後藤
一度色の要素を分解して、香りで再構築するんですね。とても共感します。CMFでも抽象的な価値を、世界観やモチーフとしてビジュアル化することで、デザインを進めるヒントにします。そして、実際のCMFとして具現化できたらそれが価値や世界観とマッチしているかを確かめます。
齋藤
香りもまさにそうです。ビジュアルは香りを表現するのにものすごく大事な要素で、イメージソースとなる写真や言葉があれば、香りの設計が一気にクリアになります。
――齋藤さんはその場で「香りのACCORD」を実演。それぞれの個別の香りは、2つ重ねることで全く異なる印象となり、3つ重なると個別だった香りが一体となり奥行きのある空気をまとい始めます。
後藤
2つから3つになった瞬間の変化がすごい。
齋藤
そうなんです。さらに、ただ足していくだけではなく、濁りの要素を引かないといけない。結果的に残ったものが、大事なものであり、最適解の調和の取れた香りだと考えています。
後藤
一つ前の10代目ACCORDは要素を重ねて調和させることをハーモニーとして大事にしたモデルでした。対して11代目ACCORDは引き算のデザインで調和を目指しました。香りのデザインでも、重ねる調和と減らす調和の両方を大切にすることで、豊かな香りを生み出しているのですね。
軸があるからこそ、時間とともに「心地良さ」は深まる
――トップノートからミドルノート、そしてラストノートへ。時間とともに変化する香りを「木に枝葉をつけるようにつくる」。この香りの組み立て方は、人とクルマの関係性を築くことにも当てはまります。
齋藤
トップノートは15〜30分で消え、ミドルノートのヒノキやラベンダーは3〜4時間、ベースノートのサンダルウッドやフランキンセンスは1週間ほど香ります。核になるのは真ん中のミドルノート、「ハート」と呼ばれる部分です。ラベンダーかヒノキかローズか、何を持ってくるかで上と下が同じでも全く違う香りになる。調香師はこのハートの部分からストーリーをつくっていきます。
後藤
軸を設定し、そこに枝葉をどうつけていくか、という考え方そのものは、共通しているように感じます。クルマで例えるならば、汚れ対策や耐性など日常的な使い勝手を考慮し黒をベースに置きつつ、その上にボディカラーや内装色で「ハート」にあたる大きな印象をつくる。そして最後に、加飾やステッチなどの細部でアクセントを利かせるということをしていますから。
齋藤
枝葉をつける際は、強弱をつけていくことも大切ですよね。全部が同じ強さで並ぶのではなく、キラッとさせるところがあれば、しっとりと抑えるところもある。ある程度の骨子を固めて、その周りに何を足し引きするかをやっていくと調和が取れやすくなる。そうやってブランドやお客様のことを考えてつくった香りがホテルなどの空間に導入され、「お客様の滞在時間が伸びた」「雰囲気が変わった」というフィードバックをいただくと、手応えを感じます。
後藤
クルマの場合、開発期間が長いですし、時代によってお客様が心地いいと思うことも変化していきます。かつては、高級感に包まれることに充実感と快適性を見出した時代もありました。近年はコロナ禍を機に、「自分が整うことが心地いい」というマインドセットへ移行したように思います。それでも「その時代に最適な快適さを提供し続ける」というACCORDの使命だけは、ずっと変わっていません。
仕事へ向かう朝、仕事を終えた帰り道、日々の移動の中で気持ちを整え、活力を取り戻す場所になる。その移動体験が枝葉のように積み重なることで、1台のクルマと人との関係性は太い幹へと育っていく。香水が1プッシュでトップからラストへと香りを変化させるように、ACCORDも長く時間を共にすることで、その心地良さが身体に馴染み、生活をより豊かに彩ってくれるのだと思います。
齋藤
香りも、近年は「自分自身がどんな気持ちになれるか」「どういう自分でありたいか」という選び方に変わっています。そういう意味では、風がスッと流れたときに「あ、空気が変わったよね」くらいのさりげなさが、長く愛されるための秘訣なのかもしれませんね。
後藤
そうだと思います。私たちデザイナーが意図したことを、お客様にすべて伝えることは難しいかもしれませんが、長く共感いただけるよう、メッセージをシンプルに強くすることは大切だと思います。ACCORDは50年間変わらず、「調和」を追い求めてきました。時代とともに、そのハートに何を宿すかは変わっても、人の感覚に寄り添い心地良さを届ける幹となる想いは、これからも変わることはないと思います。
Profiles

齋藤 智子
アロマ調香デザイナー®️
TOMOKO SAITO AROMATIQUE STUDIOディレクター
TS Aromatique株式会社 代表取締役
一般社団法人プラスアロマ協会 代表理事
