初の量産型EV FUNモデル「Honda WN7」とは?
量産型EVのデザインはICEと異なるアプローチ
――EICMA 2024(ミラノショー)に出展した「EV FUN Concept」の量産モデルとして発表されたHonda WN7(以下、WN7)。どのようなターゲットユーザーと利用シーンを想定して開発されたのでしょうか?
大橋
都市に暮らすアーリーアダプター層をターゲットとし、通勤や通学など、日常の移動を想定して開発しました。WN7はHonda初の固定式バッテリーとなりますが、バッテリーの容量を拡大することで、日常的な移動に必要な航続距離とスポーツライディングに十分なパワーやトルクを実現しています。
――今回EV FUNモデルを量産化に挑戦するにあたり、デザイナーとして特別な意識はありましたか?
大橋
コンセプトモデルを量産モデルに落とし込む過程で、ICE(内燃)の開発とは違った悩みがありましたね。特にICEとの違いを表現するために、どういったアプローチをとっていくかが一番の課題でした。
ICEは、ガソリンタンクやエンジン、エキゾーストパイプなど、「モーターサイクルらしさ」をかたちづくる多くのコンポーネントが存在しますが、EVはそういった要素が限られます。とはいえ、「人が乗る」という本質は不変です。モーターサイクルとしての理想的な車体バランスを追求しながら、バッテリーやモーターなどのコンポーネントも構造の一部としてデザインすること。それこそが、今回のデザインにおける最大の挑戦でした。
――商品コンセプトについて教えてください。
大橋
商品コンセプトは「Be the Wind(風になる)」。
走行中でも聞こえてくる木々の葉のざわめきや、街中の人々の会話や笑い声。それは、電動車ならではの静粛性がもたらす、これまでのICE車では得られなかった体験です。自然や周囲の音、空気をダイレクトに感じながら、スムーズでトルクのある走りと、軽快なハンドリングによって、まるで風のように自由に走る楽しさを体験してほしいという開発者の想いが込められています。
「Be the Wind」の思想を、デザインで形に
デザインでも洗練された機能性を追求
――「Be the Wind」というコンセプトを、どのようにデザインに落とし込んだのでしょうか?
大橋
電動二輪ブランド全体のデザインダイレクションである「Precision of Intrinsic Design」に基づきながら、WN7ではスタイリングコンセプトを「SOPHISTICATED FUNCTIONALITY(洗練された機能性)」と設定。「Seamless Feel」「Clear Impression」「Dynamic Stance」という3つをスタリングのキーとしてデザインしました。ノイズを極力削ぎ落とすことで普遍的で力強い美しさを感じさせながら、ライダーに自由や解放感をもたらすようなシームレスな表現にまとめていきました。
――「機能を追求し洗練させていくことで、本質的なデザインを実現する」というWN7。デザインコンセプトはスタイリングやCMF※、メーターのGUI※デザインに反映されていると思います。それぞれの点で特筆すべき点を教えてください。
大橋
スタイリングで最も特徴的なのが、ボディーの凹凸を減らし、できるだけシームレスに処理している点です。さらに、ガソリンタンクがないという電動二輪車の特性を活かし、力強さは残しながらもできるだけスリムな車体にしています。また、シートの前後長も通常のネイキッドモデルよりも長くしています。ライダーが自分にあったライディングポジションをとることができ、自由で解放的なライディングを楽しんでいただけるようにしています。スリムでシームレスな車体は、跨った時の足つき性も良く、小柄な方にとっての扱いやすさも実現しています。
大橋
WN7はバッテリーが露出しており、ICEでは見られない平坦な面で構成されています。デザイン内でも開発当初は違和感を持つ メンバーが多く、ICEのように放熱フィンなどをつけて立体的に魅せた方が良いのではないか、という議論もありました。しかし、それでは我々の目指す電動車の姿にそぐわない。最終的に無駄なものはつけず、機能を研ぎ澄ますことを選びました。
――ボディーカバーの艶やか面表現が特徴的です。どのような考えから生まれたのでしょう?
大橋
WN7は水平・垂直のラインを基調にデザインすることで、街の景観に自然に溶け込む、静かで落ち着いた佇まいを持たせています。一方で、艶やかで繊細な「面のうねり」も与えました。そのわずかな起伏が、夜の街並みやビルの反射などの環境光を柔らかに取り込み、映り込んだハイライトが流れるように走る。静寂の中に息づく力強さ。そんなエモーショナルな印象を目指して、モデラーと面の表現を練り上げていきました。
細部にまで宿るコンセプト
――「Be The Wind」を表現するために、工夫した点はありますか?
大橋
一つはシートレール部分です。軽やかさを表現するためにはシートレール部分のデザインが大きく影響します。この中には、急速充電をするためのユニットが入っているのですが、ユニットにつながる高圧配線は非常に固く、自由に曲げることができないため、内部のレイアウトに非常に苦労しました。さらに、ライダーやパッセンジャー、そしてトップボックスなどの積載にも耐えられる強度を持たせる必要もあります。エンジニアと密にやりとりしながら、フレームの断面を工夫することで重量増は抑えつつ、可能な限りコンパクトにまとめ、軽やかさを表現することができました。
大橋
メーターのレイアウトは、EV FUN Conceptではハンドル前方にレイアウトしていましたが、WN7はハンドルの手前に配置を変更。加えて、バーエンドミラーを採用することでさらに視界が開け、前方に何も遮るものがないパノラミックで開放感あるライダービューを実現しました。
大橋
モーターサイクルらしい「力強い走り」を表現することも、デザインで追求すべきポイントでした。片持ちスイングアームを採用することでリアタイヤの存在感を際立たせ、EVならではの力強い加速感やスポーツモデルとしての動力性能を印象づけます。また、Hondaとして初めてベルトドライブを採用し、チェーンの摩擦摺動音を無くすことで静粛性を高めました。「Be The Wind」というコンセプトの通り、余計なノイズや振動を排除し、自然の音や風を切る音をダイレクトに感じられる、ピュアなライディング体験を実現します。
――フロント周りも特徴的で、電動二輪車ブランドとしてのアイデンティティを感じます。
大橋
ヘッドライトのDRL(デイタイムランニングライト)は、シンプルな「横一文字」デザインとしました。都市を走るモビリティとして、電動らしいアイコニックな存在感を備えながらも、見る人に威圧感を与えない、極めてニュートラルな表情を実現しています。
調和と卓越性を追求したCMF
大橋
CMFについては、「Harmonize and Eminence」というテーマに基づいてデザインしました。都市に調和する落ち着いた色調の中で、上質さを表現する質感の切り分けをしています。特にこだわったのは、アクセントカラーで使われているゴールドです。Hondaの電動二輪ブランドの上質さや個性を表現するこのカラーは、夜明けを想起させる少し赤みがかった落ち着いた色味にしています。大勢のCMFデザイナーとともに何十色もの調色を重ね、理想の一色が完成するまで試行錯誤を繰り返しました。
大橋
バッテリーはシンプルなマット調のブラックメタリックに仕上げにしています。シートレールなどのシルバーの部分は、今回電動二輪車の専用カラーとして開発しました。光が当たる面の反射が強く出る特性の塗料で、陰影のコントラストがはっきり出ます。また、同じ塗装色でも、アルミ部品と樹脂部品で質感が微妙に変化します。メカニカルに見せる要素であるアルミ部品と、人が触れる樹脂部品を切り分けながら、対比と調和のバランスを取っていきました。
――カラーバリエーションはどのように展開していますか?
大橋
ブラック×ゴールドのカラー以外に、マットブラックとグレーの3タイプを展開しています。洗練された色調や質感を重視しつつも、日常の通勤、通学のシーンや街の景色に調和するカラー展開になっています。特にマットブラックは、ボディーの特徴的な「面のうねり」や陰影がよりはっきり現れます。
次世代を予見させるHMI
――メーターデザインについては、既存の二輪車と異なる点はありますか?
大橋
ICEと違い、タコメーター(回転計)はありません。スピード表示は視認しやすいセンターに配置し、モーターの出力と回生エネルギーは、画面上部にバー形状で表示され、アクセルをひねるとパワーゲージが上がっていきます。
大橋
シンプルで見やすい表現を目指し、表示する情報の位置、文字の太さやサイズなど、こだわってデザインしています。一方で、スポーツモードでは、ICEのアナログタコメーターを想起させるサークル型の出力表示もでき、スポーツモデルらしいエモーショナルな表現も可能にしています。また、特徴的なのは微速前後進ができるウォーキングスピードモードです。モーター駆動で速度を調節しながら前後進でき、切り返しや街中での狭いスペースなどでの取り回しをサポートし、負担や不安を軽減します。
「Honda WN7」が描くHondaの電動二輪車
EVでも「Hondaらしさ」を突き詰める
――WN7のデザインを通して見えてきた「Hondaらしさ」はありますか?
大橋
ターゲットユーザーの日常をロールプレイングしながら、本当に必要な機能を見極め、不要な要素を徹底的に削ぎ落とす。このプロセスこそ、Hondaらしい開発姿勢だと思います。今回特に重要だったのは、スペックよりも「日常の使い勝手において何が最適か」を軸に判断し、パフォーマンスと価格、そして快適さのバランスを取ることでした。結果として、必要十分でバランスの良いHondaらしい一台に仕上がったと思います。
Profiles

大橋 智哉
モーターサイクル・パワープロダクツ
プロダクトデザイナー