2代目NSXはいかにして完成したのか
デザイナーとモデラーたちが語り合う
スポーツカーの魅力は、ロー&ワイドの佇まいに宿る
NSXが歩んできた35年間は、Hondaのデザイナーやモデラーたちにどのような影響を与えてきたのでしょうか。今回の座談会では、2代目NSXの開発に携わったベテランデザイナーとモデラー、そしてスポーツカーに憧れてHondaに入社した若手デザイナーとモデラーの4名が集まりました。それぞれの立場から、NSXの魅力やスポーツカーの特徴、開発プロセスを語り合い、デザイナーとモデラーの協働によって生まれた革新的なフォルムの誕生秘話に迫ります。
川本匠海
スポーツカーの魅力って、やっぱり「異質な骨格」にあると思います。大きなエンジンを積んでいれば、その存在感はさらに強調される。だから普通のクルマに混ざって走っていても、すぐに目を引くんですよ。例えるなら、通行人の中にトップモデルやプロのアスリートを見つけたような感覚です。
根津佳大
スポーツカーには人だけでなく、魚類や鳥類、ネコ科の動物などを思わせるキャラクター性もありますよね。速さを表現するにしても、力強さ、しなやかさなど、強調される要素がそれぞれ違う。その中でも共通しているのは「躍動感」で、特にスポーツカーはそれを造形として前面に出しているところが魅力だと思います。皆さんは、スポーツカーのどのようなところに魅力を感じていますか?
神南洋志
停車していても、その佇まいに「何かしそう」な迫力や気配を感じる――いわばオーラを漂わせているものに惹かれますね。かっこ良さには、力強さや美しさ、色気など、いろいろありますが、それらが形になり、存在そのものが輝きを放つクルマこそ、伝説的なスポーツカーになると思います。
後藤純
造形的にはやはり「ロー&ワイド」であること。低く構えた姿勢と安定感は、スポーツカーらしい速さを感じさせます。そしてもう一つ重要なのは、ブランドとしての信念がデザインに込められていることです。例えばPorscheはエンジンをリアに置き続け、普遍の哲学をデザインで体現しつづけています。形だけでなく「変わらない思想」が宿ることも、スポーツカーの魅力を決定づける要素だと思います。
神南
高校生の頃、ガレージに停まっていた初代NSXの後ろ姿を初めて目にした時に、普通のクルマとは違う圧倒的なオーラを感じて、衝撃を受けた記憶があります。サイドからリアに伸びる大胆な造形とリアコンビネーションランプの斬新なデザインが印象的で、数秒立ち止まって見惚れました
後藤
NSXのかっこ良さの本質は、Hondaの思想に基づいた「人間中心」のデザインアプローチにあると思います。従来のスポーツカーは速さのために快適さを犠牲にしたものが多かった中、NSXは視界が広く、運転すればするほど体に馴染んで快適になり、愛情が深まっていくような体験ができます。人を鍛えるようなマシンではなく、人と一体化していく。それがNSXの独自性であり、色褪せない魅力だと思いますね。
「天使と悪魔」のスケッチが、想像力を膨らませるアイデアに
川本
開発当時のお話もうかがいたいです。2代目NSXはハイブリッドという大きな転換がありましたが、それはHondaにとってどのような意味を持ち、デザイナーとしてはどんな課題があったんでしょうか?
後藤
正直、葛藤はありました。スーパースポーツは「エゴイスティックなスピードと美しさ」という、人間の本能に訴えかける価値が必要。一方で、「優れた燃費性能」という社会的な要請にも応えなければいけません。従来のデザインの延長では生き残れない。それならば、Hondaだからこそできる新しいエモーション、新しい価値を形にし、新しい世界をつくる挑戦をしていこうと考えたんです。
川本
具体的には、どのようにデザインを決めていったのですか?
後藤
大きく2つのポイントがありました。一つは「スーパーカーらしいプロポーションづくり」です。人と機械の配置をどうするか、チーム内で幾度も議論を重ねて骨格を決め、「人間中心」の考え方でロー&ワイドなプロポーションと伸びやかなキャビンフォワードを実現できた時、大きな手応えを感じました。
後藤
もう一つは「デザインモチーフの決定」です。スーパースポーツなのにハイブリッドという、一見矛盾する要素を併せ持つクルマという企画だったので、「天使と悪魔が1つになったようなイメージ」を思い描きました。まずはそのまま、天使と悪魔どちらも内包する人の姿を描いてから、抽象的なクルマのデザインへと落とし込み、スタジオ内でコンペを行った際にこのスケッチを出しました。
後藤
その後、クルマのパッケージがある程度決まり、最初のスケッチからもう少し具体的な形に絞り込んで描いたのが、こちらのスケッチです。ここでもあえて情報を最小限にとどめ、見る人の想像力を引き出すことを意識しました。驚いたのは、同僚たちがこのスケッチに強く反応し、次々とアイデアを広げてくれたことです。ここから概念をつかみ取り、プロダクトに落とし込む過程こそ、デザインとモデラーが協働する醍醐味でした。
神南
初代は前後に流れるラインと大胆でシャープな造形が特徴でしたが、2代目ではより立体的でダイナミックな造形を追求しました。どこに触れてもそこから光が360°飛び回るようなサーフェース表現を意識しましたね。もちろん、実際のパッケージになると高さや幅の広さに制限が出てくるため、最初のスケッチ通りにはなりません。常に後藤のスケッチを基点に「どう動きをつければこの印象になるか」を考え続けていました。
川本
特にサイドの入り込みが気持ち良いですよね。普通のクルマならここで線を引いて終わりですが、NSXなら物理的にここを抜いてしまうことができる。恵まれた骨格を持つからこそできるデザインだと思います。
デザイナーとモデラーが対等だからこそ
生まれるHondaの強み
根津
開発当時、デザイナーとモデラーの間ではどんなやりとりがあったのでしょう? 苦労はありましたか?
後藤
最初からデザインの大きな方向性が明確に決まっていて、目指す場所がはっきりしていた分、ブレることもなかったですし苦労はそこまで感じませんでした。もちろんパッケージングの制約から、理想通りにいかない部分もありましたが、決まってしまえばその中でやりきる。もっと良くしたいという想いからのあがきはありましたが、デザインの自由度が高い中で、モデラーといろいろなアイデアを出しながら細部を詰めていけたので、本当に楽しかったです。
神南
デザイナーが「0から1」をつくる存在だとしたら、モデラーは「1をさらに磨き上げて100の良さにする」存在です。選ばれたスケッチに込められた意思をいかに汲み取り、さらに超えていけるかがモデラーに求められていること。そして、デザイナーが諦めかけたことを「想いが詰まったスケッチ」に押し戻すのもまた仕事です。他社ではデザイナーが圧倒的に強い立場を持つこともありますが、Hondaでは対等と言っていい関係性。私自身、後藤とアメリカで3カ月一緒に仕事をした時も、壁のない関係で議論できたからこそ、最初のスケッチの想いを守り抜きながら新しい表現に挑めたんだと思います。
根津
長期間1台のクルマに関わっていると、自分でも何が正しいのかわからなくなることがあります。そういう時はどうやって新鮮な視点を保っていたのですか?
神南
モデラーなら誰もが直面する悩みですよね。私の場合は、モデリングする担当部分を入れ替えたり左右反転させたりすることで、客観的な判断を常に保つようにしています。デザイナーと常にコミュニケーションすることで、新しい視点や気づきを得て、造形に取り入れることもよくありました。
後藤
私はクレイモデルを触るのが好きで、神南と仕事をした時も、自分のイメージを伝えるために実際にクレイを削ってやりたいことを示したこともありますね。
根津
やはり最初の想いを貫いたクルマの方が、お客さんの心にも響くのですね。僕もいつか、ピュアでストレートなスポーツカーの開発に携わりたいです。
神南
そのために大切なのは「デザイナーの想いをどれだけ汲み取れるか」です。今はデジタルツールの進化でクレイを使わなくても形がつくれる時代。だからこそモデラーの価値をどう示すかを考える必要があります。若い世代には、自分がどういうモデラーになりたいかを問い続け、自分たちの手で世界を切り拓いてほしいと思います。

世代を超え、NSXはHondaの象徴であり続ける
根津
今回のお話で、初代NSXは当時存在しなかった快適性を、2代目はハイブリッドという新しい価値をデザインに乗せ提供したことがわかりました。今後もHondaのチャレンジ精神を体現し、未来を切り拓くようなクルマをつくっていけたらと思います。
川本
NSXというフラッグシップの存在があるからこそ、他のモデルも引っ張られていく。今回のお話から、Hondaが挑戦を続けられる理由を知ることができたような気がします。これからも「HondaにはNSXがある」という誇りを胸に、デザインの仕事を続けていきたいです。

Profiles

後藤 純
オートモービル
プロダクトデザイナー

神南 洋志
オートモービル
モデラー

根津 佳大
オートモービル
モデラー

川本 匠海
オートモービル
プロダクトデザイナー