Honda次世代燃料電池GEN3、開発の舞台裏

多用途適用を実現する次世代燃料電池システムの開発

水素エネルギーをより幅広く社会に届けるため、Hondaは商用車や定置用電源など、多様な用途に展開できる次世代燃料電池(GEN3)モジュールの開発に挑みました。

大判セル、高性能電極、狭ピッチ流路などの独自技術を結集し、世界トップレベルの発電効率と30,000時間を超える耐久性を達成。補機の小型化とパッケージの最適化により、従来の車両レイアウトを損なわない搭載性も実現しました。
さらに、SUS製バイポーラプレートの採用などでコスト競争力を高め、ディーゼルエンジン同等以下のコストでクリーンエネルギーに代替可能な商品を目指しました。

GEN3の普及を通じて、水素エネルギーの利用拡大と持続可能な社会の実現に貢献していきます。

BACKSTORY
Interview

「世界一」を、使われる技術へ。※1
─ Honda次世代燃料電池GEN3、開発の舞台裏 ─ ※2

インタビュー参加メンバー:松本 裕嗣/吉村 祐哉/大谷 世志男/野田 明宏/大森 優

  • ※1 世界一:本田技術研究所調べ
  • ※2 GEN3:燃料電池自動車「CR-V e:FCEV」に搭載モデルの次世代モデル

高効率、高出力密度、長寿命、低コスト──燃料電池に求められる性能を、同時に高いレベルで成立させる。

Hondaが開発した第3世代燃料電池システム「GEN3」は、そんな高い目標から始まった。

だが、この開発で変わったのは性能だけではない。

これまでHondaが培ってきたのは、自らがつくるクルマに搭載する燃料電池の技術だった。

GEN3で目指したのは、その技術を商用車や定置用電源などへ広げ、
Hondaの外にいる顧客にも選ばれる「商品」にすること。

何を求められるのか。どう使われるのか。どうすれば量産できるのか。

答えがすべて揃ってから開発を始めるのではなく、使われる現場を知り、必要な要求を探り、
設計と生産技術が最初から一緒になって答えをつくっていく。

President’s Awardを受賞したGEN3開発チームの松本裕嗣、吉村祐哉、大谷世志男、野田明宏、大森優。
その挑戦を振り返ると、見えてきたのは、燃料電池だけでなく、
開発の進め方そのものを変えていったチームの姿だった。

「世界一」を三つ、同時に。

─ 従来の延長線上にない目標

Hondaは長年、燃料電池技術を進化させてきた。
FCX、FCX CLARITY、CLARITY FUEL CELL、そしてCR-V e:FCEV。
乗用車への搭載を通じて、高出力化、小型化、低温始動、耐久性など、一つずつ技術を積み重ねてきた。
その先でGEN3が見据えたのは、大型トラックなどの商用車、さらにはデータセンターをはじめとする定置用電源だった。
乗用車だけではなく、より幅広い用途で燃料電池を使ってもらう。そのためには、これまでとは違うレベルの競争力が必要になる。
チームが掲げたのは、「世界一効率が良いものを、世界一小さく、世界一安く」することだった。
しかも、長時間使われ続ける商用用途を想定した耐久性も求められる。
一つの性能を伸ばせば、別の性能に影響する。高性能なスタックをつくるだけでも成立しない。
それを補機や制御と組み合わせ、一つのシステムとして使い切らなければならない。

インタビュー参加メンバー
「良いスタックが出てきても、それをシステムとして統合した状態で本当に使い切れるのか。いろいろな性能を全部両立させて、最後に商品として成立させる。そこが非常にチャレンジだった」

チームはそう振り返る。 さらにチームを驚かせたのが、開発期間だった。 従来、数年単位で進めてきた開発を、大幅に前倒しする。 チームにとっては、性能目標以上に、そのスピードが大きなプレッシャーだった。

「これまでと同じ進め方では間に合わない」

単純に仕事を急ぐのではなく、開発の進め方そのものを変えることを選んだ。

性能と生産を、最初から一緒に。

─ 手戻りをなくす一体開発

その象徴が、研究・設計と生産技術の一体開発だった。
通常であれば、まず研究・設計側で仕様をつくり、その後に生産技術やサプライヤーと量産方法を詰めていく。
GEN3では、その順番を変えた。
開発の初期段階から生産技術のメンバーが入り、寸法やレイアウト、材料、製法まで一緒に考える。

インタビュー参加メンバー
「仕様をある程度決めてから生産技術に渡すのではなく、最初から一緒に寸法もレイアウトも決めた。『これなら量産でつくれる』というところまで見たうえで、仕様として進めていった」

狙いは、手戻りをなくすことだった。

性能を突き詰めた後になって「量産できない」と分かれば、もう一度設計をやり直すことになる。短い開発期間で、それを繰り返す余裕はない。
特に大きな挑戦となったのが、燃料電池の膜耐久性を向上させる構造の変更だった。
従来の開発では、長時間の耐久評価の中で膜の劣化が課題となり、その原因解析と対策に時間を要することがあった。
GEN3では発想を変えた。
問題が起きてから対策するのではなく、そもそも膜の耐久性を心配しなくていいレベルまで、最初から技術をつくり込む。
材料を変える。構造を変える。つくり方も変える。
大きな変更だけに、設計側と生産側では当然、異なる意見が出る。
特に膜電極接合体の製法変更は、現場が簡単には受け入れられない規模の変更であり、まず最初の一歩は、生産部門の部長のもとへ直接かけ合いに行くことだった。
「無理だろう」。そう返されても、「無理じゃない」と押し返す。押し問答の末にたどり着いたのは、「まずはトライで進めてみよう」という一言だった。
チームは、それを避けようとはしなかった。

「どんどん意見をぶつけ合ってほしいと思っていた。目指すところが一緒なら、それぞれの立場から本気で考えた方が、最後は良いものになる」

性能を上げたい側と、確実につくりたい側。
どちらかが我慢するのではなく、性能と生産性の両方が成立する答えを探す。
そのため、生産技術側のPLも同じプロジェクトに入り、同じ目標を追った。
その関係は、「同じ釜の飯を食べているようなチームだった」。
そして開発初期、最も懸念していた耐久性の評価で、目標である3万時間を大きく超え、数倍の性能を示す結果が得られた。
松本は、その瞬間を鮮明に覚えている。

「これはいったね、と思った」

長年、開発の中で向き合い続けてきた課題が、「もう心配し続けなくてもいい」技術へ変わった。
それは、GEN3が従来の延長線を越えたと確信した瞬間でもあった。

現場の実感を、商品要求に。

─ 「トラックって、どんなものだ?」から始める

技術面の進化と並んで、GEN3にはもう一つ大きな壁があった。
顧客がHondaではない。
これまでの乗用車開発なら、最終的につくるクルマがある。
その商品要求から、燃料電池システム、補機、スタック、部品へと必要な性能を落としていける。
GEN3では、その前提がない。
大型トラック、定置用電源、そして将来的にはさらに様々な用途。それぞれ使われ方も、求められる性能も異なる。
まず「どんな商品なら使ってもらえるのか」を知るところから始める必要があったと振り返る。
これまではOEMとして、サプライヤーに要求を出す側だった。
GEN3では、自らが燃料電池システムを提供する側になる。
しかも、顧客から完成された要求仕様が渡されるわけではない。
何を求められるのか、その要求そのものを自分たちで探らなければならなかった。
業界標準を調べ、顧客候補から情報を集める。
Hondaの中でも、船舶やパワープロダクツなど、エンジンを単体の商品として提供してきた領域に知見を求めた。
それでも、資料を読むだけでは分からない。
チームは、大型トラックそのものを調達した。

「そもそも、トラックってどんなものなんだろう、というところからだった」

10トンクラスのトラックをHondaのテストコースへ持ち込み、自分たちで運転する。
車体の大きさ、音や振動、走行時に燃料電池システムへ当たる風。低温環境でどのような影響が出るのか。
必要なデータがなければ、自分たちで測った。

インタビュー参加メンバー
「乗用車の延長で考えているだけでは分からない。実際に自分で運転して、どう違うのかを体感して、それを商品要求へ落としていった」

水素を扱うシステムとして、安全性の確認も必要になる。
実際のトラック搭載環境を模擬した設備をつくり、水素検知が正しく機能するかも検証した。
完成車がなければ、使われる環境からつくる。
現物を見て、現実を知り、そこから必要な仕様を考える。
GEN3の開発では、その積み重ねが商品要求そのものを形づくっていった。
そして、外部の顧客が使うからこそ、もう一つ重要になったのが使いやすさだった。
Hondaの車両開発では、車両側と燃料電池側が細かくすり合わせながら、複雑な制御を成立させることができる。
だが、外部の顧客に同じことを求めるわけにはいかない。

「今までHondaの中ですり合わせてきた複雑な制御を、どうシンプルにするか。お客様にとって使いやすい商品にすることを、こんなに考えたのは初めてだった」

GEN3で変わったのは、性能だけではない。
Hondaが使える技術から、様々な人が使いやすい技術へ。
開発者たちの視点そのものが、Hondaの外へ広がっていった。

いい技術を、使われる価値に。

─ 社会へ届けるところまで

顧客の要求を探りながら進めるGEN3では、開発途中にも新しい要求が加わった。
そのたびに仕様を見直し、設計を変え、評価を重ねる。
一見すれば、安定した開発とは逆の進め方にも見える。
それも初めから想定していた。
一般的な開発では、最初に要求を整理し、その範囲内で商品を仕上げる方が、日程もリソースも管理しやすい。
GEN3では、あえてそこに余白を残した。
時間が許す限り、新しい要求を取り込んで商品力を高める。
技術として成立させることをゴールにせず、選ばれる商品にすることを優先した。
変化の多い開発を支えたのは、課題をすぐに共有できるチームだった。
課題が見つかれば、原因を解析する。対策を考え、試作品をつくり、再び評価する。
スタック、デバイス、制御、生産、評価。それぞれの担当が自分の領域だけで抱え込まず、システム全体で解決策を探した。

インタビュー参加メンバー
「何かあれば、すぐ原因解析が始まって、対策を考えて、ものをつくって、次のテストへ回す。とにかく対応が速いチームだった」

振り返れば、相談しやすく透明性が高いチームだった。
その空気は、偶然生まれたものではない。
松本自身、チームを率いるうえで一つ決めていたことがあった。

「いい雰囲気で開発した方が、いいものができる」

必要なところでは厳しい判断もする。一方で、優秀なメンバーが率直に意見を出し、それぞれの力を発揮できる空気は壊さない。
誰か一人が達成すれば終わりではない。
スタックが完成しても、システムとして安定して発電できなければ商品にはならない。部品の評価をクリアしても、最後のシステム検証で課題が出れば、再び全員で向き合う。
その時間は「ずっと駆け抜けていた」。
そして、すべての検証項目をクリアしたとき、ようやく実感した。

「ものになったな、と思った」

President’s Awardの受賞は、その挑戦が一つの成果として認められた瞬間でもあった。
だが、GEN3を完成させたことで、エンジニアとしての考え方にも変化が生まれていた。
以前は、良い技術をつくれば、その後に広げていくのは事業や営業の仕事だと考えていた。
今は違う。

「社会へ広げるところまで一緒にやるのが、エンジニアなんじゃないかと思うようになった」

良い技術をつくるだけでは、社会には届かない。
実際に使う人が何を求めているのかを知る。使いやすい商品にする。
その価値を自分たちの言葉で伝え、最初に使ってもらうところまで関わる。
大森は、これからさらに「お客様が本当に欲しい性能」を見極めていきたいと語る。
野田が見据えるのは、長期間使われるからこそのメンテナンス性。
吉村も、「自分たちの仕事はここまで」と線を引かず、使う側まで含めてシステムを考えていきたいという。
大谷が期待するのは、燃料電池がバスや身近なモビリティへ広がり、街の中でより身近な存在になっていくことだ。
そして松本がその先に描くのは、燃料電池がモビリティだけではなく、社会のエネルギーを支える存在になる未来だ。
太陽光や風力などで生まれた電力を水素として蓄え、必要なときに燃料電池で再び電気へ変える。

「最終的には、燃料電池が社会のエネルギーインフラを支える技術の一つになってほしい。街のあちこちにあって、必要なときに当たり前に使われる。そんな存在になったらいい」

世界一を目指してつくられたGEN3。
だが、その性能だけで挑戦は終わらない。
つくった技術を、使われる価値へ。
President’s Awardという評価を受けた今も、チームの目は、その先の社会を見ている。

インタビュー参加メンバー

受賞式