Honda次世代燃料電池GEN3、開発の舞台裏

次世代車載用 全固体電池の開発

カーボンニュートラルの実現と電動モビリティの可能性を広げるため、Hondaは高エネルギー密度と低コストを両立する車載用全固体電池の開発に挑みました。

量産を見据えたパイロット設備の立ち上げとセル仕様開発を同時に進め、低コストプロセスに対応するHonda独自の全固体セル仕様を構築。
技術難易度が非常に高いリチウム金属負極を安全に使いこなすための「反応」 「セル構造」 「プロセス」を確立し、高容量・量産性・耐久性・安全性を高次元で両立することに成功しました。

この成果は、電動車の航続距離向上、車内空間創出、車両軽量化を実現し、商品競争力を高める電動化時代の勝ち技として期待される技術として、社長賞に選出されました。

BACKSTORY
Interview

答えのない電池を、つくれる技術に。
─ Honda全固体Li金属電池、十数年の研究を量産へ繋ぐ挑戦 ─

インタビュー参加メンバー:前山、釜谷、臼井、影井、野地、谷内、豊嶋、笹野、渡邊、田口、中島

航続距離を伸ばす。車内空間を広げる。車体を軽くする。
BEVの価値を大きく変える可能性を持つ、全固体Li金属電池。Hondaは、エネルギー密度の高い金属リチウム負極を使いこなし、将来の車載電池として成立させるための研究開発を続けてきた。

だが、その道にお手本はほとんどなかった。

材料が良ければ、電池になるわけではない。小さなセルが一つ動いても、そのまま車には載せられない。同じ品質の電極を何十枚も重ね、高速かつ安定してつくり、安全性を確かめ、最終的には工業製品として量産できる技術へ変えていく必要がある。

Hondaで全固体電池を長年研究してきた人。エンジンやシャーシ、機械加工など、まったく異なる領域から加わった人。材料、設計、試作、生産技術、評価──様々な専門を持つ技術者が、一つの高い目標へ向かった。

President’s Awardを受賞した全固体Li金属電池の開発。その歩みを追うと見えてくるのは、誰も答えを持っていないからこそ、自分たちで答えをつくり続けてきたチームの姿だ。

十数年の蓄積を、開発の速度に。

─ 数人から始まった全固体電池研究

2013年頃。現在につながるHondaの全固体電池研究は、まだ数人規模の小さなチームで進められていた。

当時から研究に携わってきた前山と釜谷は、実験環境そのものを立ち上げるところからスタートした。

電池をどうつくるのか。材料をどう評価するのか。結果をどう分析するのか。

十分な実験道具もなく、小さなボタン電池のような試作品を手づくりしながら、一つずつ方法を探していった。

「良い結果が出ても、悪い結果が出ても、なぜそうなったのか分からない。そんなところからのスタートだった」

前山は当時をそう振り返る。

今では次世代電池として広く知られる全固体電池だが、当時、その価値が社内で広く共有されていたわけでもなかった。

釜谷は、電池のデータを説明してもなかなか理解してもらえず、「固体電池をなぜやっているのか」と言われることもあったという。

それでも研究を続けた。

前山を支えたのは、少しずつでも確実に前へ進んでいるという実感だった。

「成果はなかなか出なかったけれど、世の中の誰も分かっていないことを、今は自分たちが一番分かっている。半年前、一年前を振り返れば、できることは確実に増えていた。それが、やり続けられた理由だったと思う」

釜谷にとっては、一緒に研究する仲間の存在も大きかった。

全固体電池を「ちゃんとしたものにする」。

同じ目標へ向かう仲間がいたからこそ、長い時間をかけて研究を続けることができた。
そして、その時間は後になって大きな意味を持つ。

新しい課題に対して「この方法を試そう」という意見が出たとき、長年研究してきたメンバーからは、「それは以前試した。その結果はこうだった」とすぐに答えが返ってくる。

同じ検証を繰り返さず、まだ試していない次の一手へ進める。
十数年かけて積み上げた知見は、単なる研究の歴史ではない。
いまの開発を速くするための技術そのものになっていた。

次世代車載用 全固体電池の開発

難しい材料を、車載の価値に。

─ 金属リチウムを使いこなす

Hondaが開発する全固体電池の大きな特徴の一つが、負極に金属リチウムを用いることだ。
狙いは明快だった。
より多くのエネルギーを、小さな電池に蓄える。

同じ搭載スペースなら、より長い航続距離へ。同じ航続距離なら、電池を小さくし、車内空間の拡大や軽量化へ繋げることができる。これは、Hondaが全固体Li金属電池に期待する商品価値そのものでもある。
一方で、金属リチウムは扱いが難しい。
充放電を繰り返すと形が変わり、膨張と収縮を繰り返す。リチウムが常に狙った状態で析出するとも限らない。
釜谷は、グラファイト負極との違いを「座る席」に例える。

グラファイトには、リチウムイオンが収まる場所がある。一方、金属リチウムには決められた席がない。自由に析出するため、形状が変化し、耐久性や安全性にも影響する。
だからこそ、金属リチウムを使いこなすこと自体が大きな挑戦になる。
その“じゃじゃ馬”を車載できる技術へ変えるために、臼井は拘束・クッショニング技術などの研究開発を日々進めている。

電池が膨張しても、適切な圧力をかけ続ける。しかし、車載する以上、そのために大きなスペースを使うことはできない。
臼井はその難しさを、こんな言葉で表現した。

「呼吸のように体積変化するものを、狭い空間の中で、ずっと支え続けるようなもの」

世の中にある一種類の素材だけでは成立しない。複数の材料や構造を組み合わせ、薄く、軽く、それでも必要な力を保つ仕組みをつくる必要があった。
この技術も、最初から開発の中心にあったわけではない。

「最初は「無理だ」と言われていた。でも少しずつ続けていたものが、今ではこの電池を成立させる重要な技術になった。やめなくてよかったと思う」

臼井はそう振り返る。

そして、チームにはもう一つ、最後まで変えなかったものがあった。
エネルギー密度の目標だ。
目標を下げれば、開発は進めやすくなる。
しかし、それでは全固体Li金属電池をつくる意味そのものが薄れてしまう。

「何度も「少し下げてもらえないか」と思った。でも、目標値は変わらなかった」

材料を研究する人も、構造を考える人も、つくる人も、評価する人も、その数字へ向かっていた。
影井はこう話す。

「お客様にとって大切なのは、電池が固体か液体かではなく、クルマとしてどんな価値があるか。今の電池と同じ性能なら、全固体をやる意味がない」

難しい技術を実現することではなく、その難しさを越えた先に、新しい車の価値をつくる。
その基準だけは、最後まで下げなかった。

次世代車載用 全固体電池の開発

一枚の成功を、量産の再現性に。

─ 膨大な試作と検証を重ね、「つくれる」電池へ

研究室で高性能なセルを一つつくることと、製品として電池をつくることは違う。
野地は、そこをはっきりと分けて考えていた。

「ラボなら性能の良いセルをつくる方法はある。でも、それだけではお客様に届ける電池にはならない」

車載用電池では、同じ品質のものを大量に、速く、安定してつくらなければならない。
そこでHondaが挑んだのが、ロールプレスによる製造だった。

材料を高速で搬送しながら圧力をかけられれば、生産性を高めることができる。
一方、全固体電池では、固体同士の界面を安定させるために十分なエネルギーを与える必要がある。

ゆっくり圧力をかければ成立しやすい。しかし、それでは量産速度を上げにくい。
速くつくることと、狙った性能を出すこと。
その両方を成立させる必要があった。

さらに、電池は一枚の電極だけでは完成しない。
同じ品質の電極を何十枚も積層し、一つのセルにする。一枚一枚のわずかな差が、重なったときには電池全体の性能差となる。

次世代車載用 全固体電池の開発
「一枚ができたからといって、セルができたことにはならない」

谷内はそう話す。

ところが当時、全固体電池を同じ品質で何枚もつくり、積層するための知見はほとんどなかった。

論文にも、答えはない。
ならば、自分たちで確かめるしかない。

積層技術の検討だけでも、約150の仕様を検証し、およそ750セルを試作した。そのうち約600セルは、狙いどおりにはならなかったという。他の仕様検証も含めれば、セルの試作は数千、数万に及ぶ。

「こんなにできなかったことは、初めてだった」

豊嶋はそう振り返る。

つくっても、うまくいかない。できたと思っても、次に同じものができない。 電池はよく「料理」に例えられるという。

素材が同じでも、つくり方によって結果が変わる。そして、本当に難しいのは、一度おいしくつくることではなく、同じものを何度でも再現できるようにすることだった。
その試行錯誤を支えたのが、笹野たち試作部門だった。

研究者から頼まれたものを、ただ形にするのではない。
評価結果を正しく比較できるよう、毎回同じ条件、同じ品質の試作品をつくる。
笹野は、研究開発のメンバーを「試作にとってのお客様」と表現する。

「その人が少しでも早くテスト品を受け取り、次の開発へ進めるようにする。研究開発のハブのような存在になれればと思っていた」

研究側にとっても、その存在は不可欠だった。
アイデアがあっても、形にならなければ評価できない。
評価できなければ、次の答えにも進めない。
そして、その先ではパイロット生産ラインの準備も並行して進んでいた。 小さなセルでまだ答えを探している段階から、量産を想定した設備やつくり方も考える。
研究が完成してから生産方法を考えるのではない。
研究と“つくり”を同時に進める。
その制約が、技術を「一度できる」ものから、「繰り返しつくれる」ものへ変えていった。

次世代車載用 全固体電池の開発

違う専門を、一つの電池に。

─ お客様に届けるまでが、ゴール

現在の全固体電池開発には、様々なバックグラウンドを持つ技術者が集まっている。

田口はシャーシ設計。
渡邊と中島はエンジン設計。
笹野は機械加工。
豊嶋はアルミやダイキャスト、量産立ち上げ。

その一方に、前山や釜谷のように長年全固体電池を研究してきた技術者がいる。社外で電池を経験してきたメンバーも加わった。

「同じゴールを掲げても、アプローチがまったく違う」

渡邊はそう話す。

材料の専門家が「これが最も性能を出せる」と考える。
製造側から見ると「それでは安定してつくれない」となる。
設計側には車載するための制約がある。
同じ目標に向かっていても、それぞれの専門から見える正解は違う。
その違いを、一つの電池へまとめなければならない。

次世代車載用 全固体電池の開発

中島らは、通常の定例会とは別に、各領域のメンバーが小人数で集まり、率直に技術を話す「リーダーミーティング」を設けた。
組織の境界を一度外し、フラットに話す。
時には悩みを共有して終わる日もあった。
だが、その場だからこそ、「実はこういう経験がある」「こんな方法もあるのではないか」という言葉が出てくる。
既存の延長線上では性能が出ない。
そんな状況で、途中から入ったメンバーのアイデアが、新しい方向を開いたこともあった。

田口は、「アイデアは本当にたくさん出した」と振り返る。
うまくいかなければ、別の手を考える。
ただし、思いつきだけで変えるわけではない。
なぜ今の方法では成立しないのか。なぜ次の方法なら可能性があるのか。
そこまで考えたうえで、次へ進む。

「最善だと思える理由と、ほかにもっと良い案がないかを常に考えている。だから、行き詰まったときにも次が出てくる」

渡邊は、その姿勢をそう表現する。

パイロットラインが先に存在することで、技術的な自由度が狭くなる場面もあった。 一方、その制約があるからこそ、開発の初期から量産を想像しながら技術を決めることになる。

「最初からつくる側の制約も製品に反映されながら形が決まっていく。だから後から大きく手戻りすることが少ない」

渡邊は、そのメリットをそう捉えている。
研究と生産を順番に進めるのではなく、同じ時間軸の上で進める。
難しさもある。しかし、それが量産までの距離を縮めている。

セル仕様の開発としては、一つの山を越えた。
目標としてきた性能には、確かな手応えがある。
ここからは、その成果を、お客様に届けられる電池へと繋いでいく。

次に取り組むのは、パイロットラインでスケールアップし、同じ品質の電池を大量につくること。モジュールとして成立させること。実際に車へ載せたときに見えてくる課題。
セル仕様開発の成果を土台に、量産と車載に向けた課題へ取り組んでいく。
連続生産で安定した品質を実現すること。そして、手に取りやすいコストへ近づけていくこと。
研究室で電池が動くことと、工業製品として同じ電池を大量につくること。その間には、まだ越えるべき壁がある。
President’s Awardは、セル仕様開発の成果を認められた節目であり、お客様へ届ける次の挑戦へと繋がっている。
Hondaが受賞時の資料に記した言葉は、こうだった。

「難しいからこそ価値がある。だからこそ、届けるところまでやり切る。」

小さなセルを手づくりするところから始まった研究。
そこへ、材料、設計、試作、生産技術、評価など、様々な専門が加わってきた。
経験も、考え方も違う。
それでも共通していたのは、難しいからと目標を下げず、自分たちが持つ専門を持ち寄って、まだない答えを形にしてきたことだった。

誰も答えを知らないなら、自分たちでつくる。
一つの専門で解けないなら、違う専門を持ち寄る。
研究で終わらないなら、つくれる技術になるまで進む。
全固体Li金属電池を、本当にお客様へ届けるために。
社長賞を受賞したチームは、セル仕様開発で越えた一つの山を足場に、お客様へ届けるための挑戦を続けている。

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受賞式