POINTこの記事でわかること
- Hondaは宇宙領域の研究として、「循環型再生エネルギーシステム」「宇宙ロボット」「サステナブルロケット」のプロジェクトを進めている
- Hondaが宇宙領域に挑むのは、コア技術を活かし人々の生活を豊かにするため
- サステナブルロケットの開発には自動車やホンダジェット、F1などで培ったコア技術を活かしている
Hondaは、2019年より宇宙領域の研究をスタート。循環型再生エネルギーシステム・宇宙ロボット・サステナブルロケットの3つのプロジェクトに取り組むなか、2025年6月17日、Hondaとして初となる「サステナブルロケット(以下、ロケット)」の高度300mまでの離着陸実験を実施。上昇・下降時の機体の安定性や着陸機能などの要素技術の実証を目的として実施し、成功しました。
なぜHondaは宇宙領域に挑むのか?ロケットに賭けるHondaの夢とは?
宇宙戦略の立案やロケットの開発・離着陸実験を担った技術者に、Hondaが宇宙へ挑む意義やロケットの研究秘話を聞きました。
株式会社本田術研究所
宇宙開発戦略室 チーフエンジニア サステナブルロケットプロジェクト責任者
もっと見る
閉じる
石村 潤一郎
株式会社本田技術研究所
先進技術研究所 チーフエンジニア サステナブルロケット実験実施責任者
もっと見る
閉じる
池谷 健一郎
株式会社本田技術研究所
先進技術研究所 チーフエンジニア サステナブルロケット開発責任者
もっと見る
閉じる
上野臺 浅雄
人の可能性を拡げるため、Hondaは宇宙に挑む
そもそも、なぜHondaは宇宙に挑んだのでしょうか?思い切った挑戦のように感じられます。
(左)サステナブルロケットプロジェクト責任者 石村潤一郎(中央)実験実施責任者 池谷健一郎(右)開発責任者 上野臺浅雄
現在Hondaでは、どのような宇宙領域のプロジェクトを進めていますか?
もともとは、複数のチームがさまざまな研究をしていました。それらを集約して2019年に宇宙研究チームとして発足し、Hondaが宇宙に挑戦する目的と注力すべき領域などを定めました。この方針に沿って、いまは3つの研究プロジェクトを進めています。ロケットのプロジェクトは、このうちの1つです。
1. 循環型再生エネルギーシステム
太陽光と水から酸素・水素・電気を生み出し、循環させるシステム。宇宙で人間が長期間活動するために必要な酸素や水素・電気をその場で作り出し、有人拠点や移動用車両で使うことを目指しています。
2. 宇宙ロボット
過酷な宇宙環境で作業する遠隔操作ロボット。人間が安全な場所から操作し、月面や軌道設備など、さまざまな場所で活用することで人類の活動領域の拡大を目指しています。
3. サステナブルロケット
人工衛星などを宇宙へ運ぶロケット。再生可能燃料を用いた再使用型のロケットにより、持続可能な宇宙輸送の実現を目指しています。
(※)宇宙領域の各プロジェクトに関する概略は、こちら。
Hondaで研究中の宇宙領域の3プロジェクト
ロケットを研究テーマとしたのはなぜでしょうか?
これからは、地球全体の経済活動が「ヒトとモノの移動」から「データの移動」にシフトし、データの流通量が爆発的に増えていくと考えています。Hondaは、これまでヒトとモノの移動を通じて人々の生活を拡張してきました。そんなHondaが、データの移動に貢献するのは自然な流れだと思いますし、モビリティ・カンパニーとしてさらに進化するという点でも、意義があると考えています。
そのためにはデータ通信を担う人工衛星がもっと必要なため、人工衛星を宇宙に輸送するロケットが欠かせません。しかし、現在運用されているロケットは、打ち上げにかかる費用がとても高額で、民間企業やスタートアップにとって、活用のハードルが高いのが現状です。そこでロケットの低コスト化や利便性向上、サステナブル(持続可能)な輸送機の開発などに取り組み、活用のハードルを下げることで人工衛星の拡大に貢献したいと考えました。
自動車やホンダジェット、F1などのコア技術を活かした、Hondaにしかつくれないロケットを
技術的難度の高い、再使用が可能なロケットに挑んだのはなぜですか?
Hondaは、地球でビジネスを行う企業の責任として、環境負荷へ常に配慮しながら研究・開発を行っています。ロケットも同じで、たとえ技術的な難度が高くても、使い終わったら捨てるのではなく、サステナブルな再使用型にトライすべきだと考えました。
ロケットには、Hondaのどんな技術が活かされているのでしょうか?
ロケットは、大きく見ると自動車と共通する部分もあり、製品開発を通して培った燃焼や機体の制御技術などのコア技術を活かしています。また自動車だけでなく、ホンダジェットや、F1の技術なども参考にしており、社内の各所にも相談しながら実験機を開発してきたのですが、あらためてHondaが培ってきた技術や知見の幅の広さを実感しました。
ロケット実験機の開発で、特に苦労した点を教えてください。
一番苦労したのは、タンクからメタンと酸素をロケットエンジンの燃焼器へ送る役割を持つターボポンプです。いわばロケットの心臓ともいえる重要な役割を果たします。ロケットエンジンは、おおよそマイナス160℃〜180℃という極低温の液体推進薬が用いられますが、社内には全く知見がありませんでした。
ターボポンプを自前でつくるのは高いハードルだと分かっていましたが、それでも自前にこだわって開発を続け、今回の離着陸実験機に搭載することができました。
ターボポンプの自前開発にこだわった理由は何だったのでしょうか?
ターボポンプは、その性能自体でロケットの品質が決まってしまうくらい重要なものです。鍵を握る技術について、最終的に外部へ委託するにしても、まずは自分たちがトライして、それがどれほど難しいことなのかを知ることが大切だと考えていました。
今回の離着陸実験では、高度271.4mまでロケットを打ち上げていますが、それくらいの高さであれば、ターボポンプがなくても十分に到達できます。ただ、Hondaが目指すのは、あくまで宇宙に人工衛星を運ぶこと。宇宙空間を目指すうえでいずれは必要になるため、実験の段階から搭載しました。
離着陸実験の準備をしている様子
言葉にならないほどの緊張感。ロケット離着陸実験成功の瞬間
初めての離着陸実験、現場の雰囲気はどうでしたか?
打ち上げ直前、現場は驚くほど静かで、言葉にならないほどの緊張感がありました。どれだけしっかり準備をしても計画通りにいくかどうか分からない、あらゆるシナリオを想定して実験を行いました。誰もが息を詰めてモニター越しにロケットを見つめていましたね。
離着陸実験前のチームの様子
ロケットが高度271.4mまで上昇し、無事に着陸した時の想いをお聞かせください。
他のメンバーは管制室にいて、モニターで実験を見守っていましたが、私は発射台から十分に離れた屋外で実験の様子をみていました。着陸後に安全確認完了の一報が入った瞬間、無線越しに聞こえてきたメンバーの大歓声は忘れられません。
自分でも覚えていないのですが、記録用のカメラ映像を確認したら、ジャンプして喜んでいました(笑)。ちょっと恥ずかしいのですが、本当に涙が出そうになりましたし、メンバーたちと抱き合って喜びを分かち合いました。
ただ、僕らが実現したいことは、これを特別なことではなく当たり前にすること。飛行機が空港に離発着するくらいの感覚で、民間ロケットが宇宙と地球を行き来する世界をつくることです。
それが実現されれば、今のように打ち上げのたびにドキドキしたり、着陸後に歓声があがったりすることもなくなるでしょう。だから今くらいは、思いっきり感情を爆発させてもいいのかなと思います。
ロケット離着陸の映像を見ると、上空で開いたグリッドフィン(制御翼)が着陸直前に閉じていく様子も印象的でしたね。
閉じた方が着陸後の安全確認工程がスムーズに出来るのですが、必ずしも閉じなくても良いんです。でも閉じた方がかっこいいですので(笑)技術者のこだわりと思っていただければ。
ロケット研究について、今後の意気込みや夢をお聞かせください。
宇宙は、まだまだ未知の領域です。それでも、この研究を成功させれば確実に世の中の役に立てると感じています。宇宙をもっと身近にして、多くの人の暮らしを豊かにしていく。そのために今後も全力を尽くしていきたいですね。
私も同じく「宇宙の利用をもっと身近にする」というミッションを、何としても達成したいです。実は20年ほど前に宇宙飛行士を志した時期があり、その当時から宇宙への強い思いがありました。「宇宙に関わりたい」という個人的な夢も大きな原動力になっています。もし自分がつくったロケットでその夢を叶えられたら、こんなにうれしいことはありません。
創業者の本田宗一郎は「会社のために働くな、自分のために働け」という言葉を残してくれました。ロケットや宇宙の領域で社会に貢献しつつ、自分の夢も実現したいですね。
Hondaの社員の多くは、「人の役に立つならやってみよう」といったマインドを根底に持っています。わたしたちは、突飛なことをやっているとは思っていませんし、自動車やバイクに限らず、宇宙だってフィールドになり得ます。
地上のエネルギー資源が限られるなか、宇宙で活動するためのエネルギーを毎回地上から運んだり、宇宙に行くためのロケットを使い捨てにするのは、持続可能性という観点から困難と考えています。だからこそ、宇宙空間でエネルギー循環ができる体制を構築することは、今後の社会にとって不可欠なテーマです。そうした課題に対して、Hondaの持つさまざまなコア技術を活用することで、持続可能な社会の実現や、人々の暮らしを豊かにできる可能性があるのではないかと考えました。
また、若い技術者たちの「宇宙に挑戦したい」という夢がプロジェクトの原点でもあり、その想いを具現化することも大きな意味を持つため、十分にやる意義があるという判断に至りました。