当時のモデルのタンクについたエンブレムに見立て、
歴代ウイングマークを振り返る
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ABOUT WING MARK
ホンダは
日本一ではなく、
世界一を目指すんだ。
世界にはばたいて
飛んでゆくイメージを
うんと強調してくれ。

そんな本田宗一郎の熱い想いが
ウイングマークには込められています。

鳥類の王者である鷲(わし)や
ギリシア彫刻サモトラケのニケの翼に
世界にはばたくHondaの姿を重ね
シンボライズされたものと言われており、
飛躍への強い意志と二輪車の力強い動きが
伝わるデザインです。

当初の飛躍する人をイメージしたものや
鳥が両翼を広げたデザインを経たのち、
1955年ドリームSA型より、
現在のウイングマークの原則といえる
一枚の翼マークが登場しました。
二輪車の動きを強調するために
進行方向に合わせて
タンクの左右につけるようになりました。

1968年から2000年までの間においては、
正式にHondaの社標として使用されていました。

このように何度かの変遷を経ながらも、
いずれも躍動感・信頼感・スピード感・伝統・光栄を
感じさせるマークとして現在に至っています。

1972

ウイングと"HONDA"ロゴが
合体した新しい
ウイングマーク
ウイングと
"HONDA"ロゴが
合体した
新しい
ウイングマーク

A NEW WING MARK.
A LOGO WITH A NAME.

二輪製品のバリエーションが豊かになり、
オンロード、オフロード、
レジャータイプ......
急拡大する二輪車マーケットで
多様なバイクが生み出された1970年代。
Honda Motorを表す"HM"に代わり、
はじめて"HONDA"のロゴがあしらわれた。

二輪車カテゴリーの多様化に合わせ、
社標とは区別するHonda二輪ブランドの
プロダクトマークとしての役割を
になうシンボルになった。

ヒストリー HISTORY
01

初登場はモトクロスマシン

創業者の本田宗一郎は、大の2ストローク嫌いで知られていた。モトクロスレースにおいて、4ストロークマシンでは他メーカーの2ストロークマシンに勝つことが難しくなってくると、Hondaの現場のエンジニアたちが宗一郎に隠れて2ストロークエンジンを開発。搭載したモトクロッサーを開発・試作し、アメリカでテストを行ってきた。2ストロークエンジンの開発が宗一郎に見つかると、エンジニアたちは激怒されるも、「やるんだったら勝て!」とOKが出る。しかしうしろめたさからかHondaのロゴがどこにも施されていなかったことも咎められ、「モデルがHondaの製品とわかるようにしろ」との条件も宗一郎から与えられた。そこで急きょモトクロッサーのタンクに施すマークがデザイナーたちで検討されて生み出されたのが、ウイングに"HONDA"のロゴをあしらった新しいウイングマークであった。

©八重洲出版
02

自由な
カラーバリエーション

従来のウイングマークと異なり、モデルのカラーリングコンセプトによって、ストライプデザインに合わせてカラーを新設。新たなバリエーションが徐々に増えていった。

03

"HONDA"の文字があしらわれたモデルも継続

このウイングマークが初めて付けられたモデルがモトクロッサーであり、平面のステッカーであったことからも、まずはオフロード系モデルのシンボルとして付与されていく。一方1970年代に発表されたオフロード以外のモデルには、ウイングマークの代わりに"HONDA"とあしらったエンブレムやステッカーをタンクにあしらうことが主流に。1980年代以降、オフロード以外の市販モデルにも多く新ウイングマークがあしらわれるようになった。

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