飛躍への決意を胸に
天を駆ける裸人像
飛躍への
決意を胸に
天を駆ける裸人像
SOARING THROUGH THE SKY.
駆ける人の姿と力強い"HONDA"の文字。
Honda製品第1号につけられた
初のマークのインスピレーションの根源は
古代ギリシアが生んだマスターピース、
サモトラケのニケ(勝利の女神)像とも、
鳥類の王者である鷲の翼を
かたどったものとも言われている。
疾駆、飛翔する姿であることは間違いなく、
Hondaの飛躍への強い意志が表れている。
本田技研工業設立前夜、
初の製品にこめた想い。
Honda初めてのマークは、Honda製品第1号である自転車用補助エンジン「A型」の流線形のタンクにあしらわれた。創業者である本田宗一郎がこのマークを自ら発案したといわれており(残念ながら確かな記録は残っていない)、飛翔する人の姿にこれから世界にはばたいていくHondaを重ねたと考えられている。
Honda最初の
普遍的な
シンボルマークとして
当時の販売店の看板や社内報など、このマークは製品以外にもHondaを示すために幅広く使われた。正式な社標ではないものの、Honda最初のシンボルマークともいえるものであった。
一台いち台異なる
エンブレム
当時は量産車においても、従業員が手で塗装を施していたため、自転車用補助エンジン「A型」に付けられたマークにはバリエーションが見られた。"裸人が天を駆ける"様子を描いたHonda草創期のマークは、現存していたA型のタンクにわずかに残ったペイントや、当時の写真などから復元したもの。ホンダコレクションホールが開館した際に、当時の責任者がホンダコレクションホールとしてお客様に見ていただくためには完全レストアで動態保存するべきと考えたことがきっかけだった。
A型 1947
市販の自転車に簡単に取り付けられるように設計された自転車用補助エンジン。本田技研工業が設立される前年の1947年に生産を開始し、Honda初の製品となることからアルファベットの最初の文字「A」をモデル名にした。自社エンジン開発にあたって、出力と燃費を大きく向上させる通称「エントツ式エンジン」が試作されたが、加工の難しさや、信頼性・耐久性の見通しがたたなかったため開発が中止に。最終的にはロータリーディスクバブルをクランクケース側面に付け、キャブレターもクランクケースに付けた当時としては画期的なエンジンを採用した。
C型 1949
エンジン・フレームともに自社で設計したHonda初のモーターバイク。ガーター式フロントサスペンションや、片持ちクランクシャフトを採用。多摩川スピードウェイで開催された日米親善対抗レースに出場し、クラス優勝を獲得した。
ドリーム E型 1951
Honda初の4ストロークOHVエンジンを搭載。小型で軽量な2ストロークエンジンが主流だった当時、創業者の本田宗一郎の想いにより排ガスによる環境への負荷が低くかつ高性能なエンジンを目指したもの。天下の険といわれた箱根峠越えテストを行い耐久性を実証した。