製品 2026.03.18

世界的ヒストリックラリーイベントに挑む学生たち。元F1開発者と歩むホンダ学園の50年目の挑戦

世界的ヒストリックラリーイベントに挑む学生たち。元F1開発者と歩むホンダ学園の50年目の挑戦

 POINTこの記事でわかること

  • ホンダ学園は創立50周年を迎えた今年、世界的ヒストリックラリーイベント「ラリー・モンテカルロ・ヒストリック」に挑戦した。
  • “世界の舞台で成長する機会”をつくりたいと用意された今回の挑戦は、Hondaの強みを活かしたグローバルなフィールドで、自ら考え、判断し、行動する経験を学生に与えた。
  • 想定外の出来事にもポジティブに向き合いながら、学生たちは“安全を絶対におろそかにせずゴールをあきらめない”という姿勢を身につけた。

学校法人ホンダ学園は、1976年にHondaの創業者・本田宗一郎が「世界に歓迎される人間を育てたい」という理念のもと設立した自動車大学校です。実践を重んじる教育を続け、多くの技術者を育ててきました。創立50周年を迎えた今年、学生たちは世界的ヒストリックラリーイベント「ラリー・モンテカルロ・ヒストリック」に挑戦。教員と学生が振り返る、その成長の軌跡を追います。

技術の先にある「人間力」を育む。実社会でしか得られない学び

ホンダ学園 中野先生 ホンダ学園 中野先生

今回の挑戦は、単なる競技参加ではありません。創立50周年という節目に、学校としての姿勢を示す挑戦でもあったと、プロジェクト責任者の中野先生は語ります。

「創立50周年の節目に、学生が“世界の舞台で成長する機会”をつくりたいと考えました。同時に、ホンダ学園が目指す教育を示す挑戦でもありました」

舞台にモンテカルロを選んだ理由も、教育理念と深く結びついています。

「ホンダ学園の教育方針である“実践第一の技術を学びとる”という理念に最も適した舞台だと考えました。ラリーは一般公道や自然環境の中で行われ、想定外の出来事が次々と起こります。そうした状況にどう対応するかが問われる、まさに“実践”の場です。

さらに、50年前の車両を扱うことは、電子制御に頼らず『走る・曲がる・止まる』の原理を理解する必要があります。そんなラリー・モンテカルロ・ヒストリックは“究極の整備現場”の一つ。整備士としての実力が試され、成長を促す貴重な機会になると考えました」

あえて“実社会の現場”を選んだのも、技術以外に大切なことを学びとってほしいからです。

「技術だけでなく、人をおもんぱかる力や本質を見抜く力を育てたい。それは教室の中だけでは実感できません。現実に近い環境でこそ得られる学びだと考えています」

こうして、教室の外へと踏み出す挑戦が始まりました。しかしそこには、学生たちの想像をはるかに超える“実社会の壁”が待ち受けていました。

50年前のクルマで世界へ。車両の復元から運営まで学生主導で挑む巨大プロジェクト

整備の様子

「ラリー・モンテカルロ・ヒストリック」は、定められた平均速度で正確に走行することを競う競技。速さだけではなく、車両の完成度とチームの総合力が問われます。

競技車両は1975年式の初代HondaシビックRS。走行不能だった車両を学生有志30名のチームでレストアするところから始まりました。分解・整備・修復・改修に加え、部品調達や走行テスト、海外遠征の段取りなども学生主体で行われました。リーダーを務めた飯塚さんは、プロジェクト実施を聞いたときの心境について、率直に振り返ります。

プロジェクトリーダー 飯塚さん プロジェクトリーダー 飯塚さん

「正直、頭が真っ白でした。学校内で完結するプロジェクトだと思っていたので、“モンテカルロにも行く”と聞いて本当に驚きました。でもモナコはF1の舞台で、私にとっても憧れの地。一生に一度の機会だと思い、挑戦しない選択肢はありませんでした」

大きなプロジェクトのリーダーに立候補するには、迷いもあったといいます。

「もともとチームを引っ張ることが好きで、リーダーをやりたいと思っていました。ただ、モンテカルロと聞いて、“自分にできるのか”と少し悩みました。でもこの経験は自分を一番成長させると思い、“やるしかない!”と覚悟を決めました」

そんな期待と不安の中で始まったプロジェクト、モナコへ向かうまでの道のりは、想像以上に困難を伴いました。

「一番大変だったのは部品調達です。50年前のクルマなので部品が見つからないことが多く、海外から輸入したり、他車種の部品を加工して流用したり、ないものは図面から起こして一から削り出すこともありました」

整備の様子

「リーダーとして、各班の要望をまとめ、部品の手配や先生との調整、予定管理、カルネの作成や通関手続き、営業などの主幹的な仕事を担当しました。書類対応は特に難しく、海外ラリー関連の書類を読み解く中で車検証の必要性に気づき、予定を前倒ししなければならなかった場面では、かなり焦りました」

さらに、技術以上に難しかったのがチームの空気づくりでした。

「予定通りに進まず空気が張り詰めることもありましたが、毎朝のミーティングで、やる気を引き出す雰囲気づくりを意識しました」

技術だけでなく、各班との調整、責任ある意思決定、迫る期限の中での判断。学生たちはこのプロジェクトを通じて、実社会で求められる課題解決のプロセスを体験していたのです。

「フェアであること」が本質を見抜く。苦しい局面こそ問われる姿勢

ドライバーの佐藤琢磨選手と北海道・鷹栖でテストを行った ドライバーの佐藤琢磨選手と北海道・鷹栖でテストを行った

その背後で学生たちを支えていたのが、中野先生の教育哲学でした。中野先生自身も、かつてF1の最前線でチーフメカニックを務めた技術者で、ホンダ学園の卒業生。とはいえ、入学した当初はF1を目指していたわけではなかったといいます。

「在学中、先輩がF1のエンジンを始動させる姿を見て、“自分も夢を持っていいんだ”と思ったんです。そこからHondaに入社し、結果的にF1の世界に進むことになりました。ずっとF1は自分とは別の世界だと思っていたけれど、今思えば、学園で学んだ『一歩踏み出すことを恐れるな』という考え方があったからこそ、挑戦できたのかなと思います」

好きなものを夢中で追っているうちに、たどり着いた憧れの仕事。妥協の許されないF1の世界で必死に仕事と向き合った中野先生が学んだことは、「フェアであることの重要性」でした。

「世界中から技術者が集まるF1で認められるには、技術に対しても人に対してもフェアであることが不可欠です。公平公正を貫くためには、物事を俯瞰で見た上で、主体的に考えて本質を見極める必要があります。苦しい局面でフェアな姿勢を貫くのは難しいですが、だからこそどんな状況でもポジティブに捉えることが大切で、その姿勢がチーム全体を一つの目標に向けてまとめあげていくと考えています。

学生に対しても正論をぶつけるのではなく“なぜそれが必要なのか”という本質を共有することを大切にしています」

整備の様子

そんな中野先生の想いは、実際に挑戦の最前線に立ったメンバーにしっかり受け継がれていました。リーダーの飯塚さんは、自身の変化についてこう語ります。

「何事もポジティブに考えられるようになりました。厳しい状況でも“ダメだ”ではなく、“じゃあどうする”と考えられるようになりました。本番で想定外のトラブルに直面したときも、“直しに行く”という選択しかありませんでした。

現地で先生方に言われた“自分の判断が正しいかを考えることが大事”という言葉が支えになったんです。その言葉があったからこそ、冷静に前へ進む選択ができたのだと思います。危機こそ成長のチャンスだと身をもって感じました」

そして、この経験が夢に向かって進む飯塚さんに大きな気づきを与えたといいます。

「私が人生で一番叶えたいのは、Hondaの一員として、後世に受け継がれるようなクルマを生み出すことです。NSXのように、みんなの憧れの象徴になるクルマを自分たちの手でつくり、残したいと思っています。

そのためにも、今回強く学んだ“安全を絶対におろそかにしない”という意識を大切にしたいです。テスト走行でブレーキの改善点を指摘されたとき、改めて痛感しました。レースでは速さが注目されますが、その土台にあるのは、車両やチームが安全に走り続けられる状態をつくること。そこが揺らげば、どんな挑戦も成立しません。チームの団結力と挑戦を続ける姿勢を忘れず、将来につなげていきたいです」

挑戦を通して受け継がれたのは技術だけではありません。状況を見極めて判断する力と、安全という確かな土台を守りながら挑戦を続ける姿勢。レースの現場でこそ、その意味はより深く実感されました。

世の中に必要とされる人材を。Hondaだからこそ提供できる「成長を後押しする経験」

整備の様子

モナコの冷たい風の中、トラブルに立ち向かう学生たちの顔つきは、出発前とはまったく違っていたと中野先生は振り返ります。

「正直、人ってこんなに変わるんだなと思いましたね(笑)。最初は海外という未知の環境に戸惑っていましたが、待ったなしの状況で経験を重ねるうちに、物怖じしなくなりました。“どうすればいいですか”ではなく、“こうします”と報告してくるようになったのは大きな変化。知らないからこそ、限界をつくらない強さもあったと思いますが、その姿は私の想像をはるかに超えるものがありました」

中野先生も、自身が学生時代に経験した海外研修の経験が、後にF1へのチャレンジに活きていたと振り返りながら、彼らの将来にさらなる発展を期待しています。

「常にグローバルな視点で物事を考え、世界を舞台に発想できる人へと成長してほしい。できるかどうかではなく『まずやってみる』という、一歩を踏み出せる人になってほしいと願っています。そして、環境の変化にも身軽に対応し、自ら動いて挑戦できる、しなやかで強い技術者として活躍してほしい」

ゴールの様子

今回のモンテカルロでの挑戦は、「学生に大きな世界を実感させたい」というテーマから始まった取り組み。それはHondaならではのグローバルな発想からの実現であり、国内外のHonda拠点がサポートしてきました。今後もホンダ学園らしい実践的な取り組みに力を入れたい、と中野先生はいいます。

「Hondaは、世の中の課題を技術で解決する会社であり、ホンダ学園は人に愛され信頼される技術者を育てることが使命です。ただ整備ができる人を育てるのではなく、世の中に必要とされる人材を送り出す。そのために“実践第一”という教育を行っています。

Hondaだからこそできるグローバルなフィールドを活かして、学生の成長を大きく後押しする経験を提供する。そのために何ができるかを考え続けることが、私たちの使命です」

未知の環境で自ら考え、判断し、行動した経験は、教室では得られない一生の財産となりました。ホンダ学園は、これからも技術の先にある「人としての成長」を見つめ、世の中に歓迎される技術者を育て続けていく。その歩みは、これからも続いていきます。

ラリー・モンテカルロ・ヒストリックのメンバー

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