Senna's CareerVol.2

15回のポールポジションと雨や逆境での強さ
卓越した才能が光った「Honda共闘前」のセナ

1984年のデビューイヤーからアイルトン・セナは、F1界の注目を浴びた。特に有名なのは雨のモナコGPでの快走で、13番グリッドから19周目には2番手まで上がり、32周目に赤旗中断される直前にトップ走行のアラン・プロストを抜いていた。最終結果は31周目順位となり優勝とはならなかったが、その雨中での卓越した速さは大きな印象を残した。この年は3度表彰台に立っており、セナの才能の高さを確信したロータスのチームマネージャー、ピーター・ウォーはトールマンから契約を買い上げるかたちで獲得。デビュー2年目にしてセナは、当時のトップチームに移籍し勝利を狙える環境を手に入れた。

ロータス初年度である1985年、セナは第2戦ポルトガルGPで早くも頭角を表した。前年予選・決勝ともに3位に食い込んだ得意のコースで、2位にコンマ5秒の大差をつけ初のポールポジションを獲得。雨の決勝で3位以下を周回遅れとする快走を披露しF1初優勝を飾った。その後もサンマリノGP、モナコGP、デトロイトGP、イタリアGP、ヨーロッパGP(ブランズハッチ)、オーストラリアGPと計7回のポールポジションを獲得。またも雨の決勝となった第13戦ベルギーGPで目まぐるしく変わる路面状況で独走優勝、自身2勝目を遂げた。

翌1986年は全16戦中8戦でポールポジションを獲得。圧巻は第2戦スペインGPで、予選では2位ウイリアムズ・ホンダのネルソン・ピケに0.826秒もの大差をつけ、決勝では同じくナイジェル・マンセルの追撃を0.014秒の僅差で振り切って優勝した。ロータス・ルノーでの2年間で優勝は4回、雨や市街地など厳しい条件下での勝利は彼の手腕によるところが大きい。その才能を如何なく発揮するため、セナは当時最強を誇っていたHondaパワーにラブコールを送った。そしてHondaもまたセナの速さに魅力を感じ、翌1987年からセナが所属するロータスにエンジンを供給することになる。