開発陣に聞く創意工夫と想い 事故から命を守るための「命綱」!縁の下の開発

シートベルト開発陣にインタビュー 事故から命を守るための「命綱」!

自動車の安全デバイスのなかで、もっとも長い歴史をもつシートベルト。現在主流の3点式シートベルトは、その誕生から半世紀が経過している。その見た目は昔から大きな変化がないこともあり、変わり映えのしない古典的な安全デバイス……と思う人は多いかもしれない。しかし、開発者たちのあくなき安全の追求によって、シートベルトは日々進化しているのだ。

福田充徳さん
ICE完成車開発統括部
車両開発一部 車体開発課
アシスタントチーフエンジニア
梶原英樹さん
1999年入社のベテラン。シートベルトの設計に専心するようになってからは、すでに10年が経過しており、歴代の担当モデルは、枚挙にいとまがない。
福田充徳さん
ICE完成車開発統括部
車両開発一部 車体開発課
スタッフエンジニア
木村謙佑さん
2014年に入社し、今年10年目を迎える開発者。入社時から一貫してシートベルト設計を担当している。担当したモデルはインサイト、ヴェゼル、ZR-Vなど。
福田充徳さん
ICE完成車開発統括部
車両開発一部 車体開発課
スタッフエンジニア
岩渕俊彦さん
2020年入社。シートベルトの商品性や市場調査をメインの業務として担当している。担当したモデルはZR-Vなど。
福田充徳さん
BEV完成車開発統括部
BEV車両開発一部
BEV車体開発課
越智奨之さん
2022年入社。安全部品を希望し、シートベルト開発に配属。現在(2024年1月)担当しているモデルはまだ世に情報が出ておらず、その名は明かせないが次世代を担う大きなプロジェクト……とのこと。

シートベルトは「命綱」 着用率を高めるために

エアバッグが普及するなどクルマの安全がかつてより飛躍的に向上した今も、シートベルトを装着しなかったために亡くなる人は依然、後を絶たない。死亡事故の事例を集めたデータによると、死亡者の50%近くがシートベルト未着用だったという。残念ながら、日本はアジア圏ではASEAN諸国とともに装着率があまり高くないグループに入る。前席こそ9割が装着しているが、セカンドシートやサードシートといった後席になると、極端に装着率が落ちる傾向にある。

梶原: 上の世代の方は、法律でシートベルトをしていなくても良かった時代を知っています。面倒くさくてシートベルトが嫌だという人のなかには、その時代の記憶からシートベルト装着が習慣になっていない方がいるのも事実です。それを乗り越えて装着してもらうために、装着時の不快感、装着のしにくさなど、シートベルトが嫌な人が「なぜ嫌なのか?」を研究して、クルマ側でできることがないか、常に考え続けています。

岩渕: 今はいかに取り出しやすく、サクッとベルトを装着できるかを工夫しています。ほかにも引き出しやすさ、触り心地、圧迫感がないことなども、シートベルトの商品性を高める工夫になります。
それと、シートベルトを装着することと同様に、チャイルドシートの使用を強く訴求したいです。お母さんが子供を抱っこしていて衝突した場合、何十Gの勢いで子供は前に飛んで行ってしまいます。そのときに子供を抱えていられる力はありません。
また、後席の成人がシートベルトをしていない場合は、後ろから飛んできた成人をシートが受け止めきれず、前席の人はダッシュボードなどの前部と、後ろから飛んできた人がぶつかって押された前のシートに挟まれるようなかたちになり、後席の人だけでなく前席の人も致命傷を負ったり、大きな障害を負うことになってしまうことが多いです。シートベルトとチャイルドシートは、まず使うことを前提にクルマを利用していただきたいです。
※1Gは自分の体重と同じ力でシートに押し付けられる感覚

梶原: シートベルトの素材はポリエステルですが、ウェビング(帯部分)の織り方で使い心地や使い勝手が変わります。非常に奥深いですよ。シートベルトの耐荷重は、みなさんの想像よりずっと高いと思います。衝突時にかかる荷重は体重の30倍にもなります。そのG(衝撃)を受け止めるとなると、キログラムではなくトン単位の荷重に耐える素材を選定することも重要です。

梶原さん
梶原さん

クルマ1台トータルで乗員の安全を守る

安全デバイスであるとともに、シートベルトはインテリアを構成する部品でもある。そしてほかにインテリアを形成するシート、ハンドル、ドアトリム、パネルなどの各パーツは、シートベルトとともにキャビン内の安全を生み出す安全デバイスであるといえる。そのため、シートベルトの安全に関する開発は、インテリア各部を担当するエンジニアたちと共同で進められる。

岩渕: 乗員の身体を守れる範囲は、各安全デバイスによってそれぞれ異なっていて、主にシートベルトは胸と腰を止めます。でも衝突時に人間の体は進行方向に回転するように振られます。
エアバッグやシートベルトのほかにも、あらゆる内装部品も安全に影響しますし、シートにも衝突安全においては「乗員を拘束する」という役割があります。いろんな部品の相互作用を使って、乗員が受けるダメージを減らしていくという考え方で開発しています。

木村: クルマの安全装置はシートベルトやエアバッグなど様々な部品がありますが、各開発陣が目指すのは「乗員の安全」という目的ひとつです。車両全体の組み合わせで安全性を向上させるように開発をしています。例えばインパネの形状、ガラス面の形状、そしてルーフに頭をぶつけないかなど、パッケージ全体で安全性を構築しています。その中でシートベルトも最善を尽くし開発しています。シナジー効果といいますか、どこかだけが良くてもダメなのです。

越智: お客様に内装がスタイリッシュで良いと思っていただくこともとても大事です。そういう意味で、入社して現在の仕事をするようになった最初のころは、まずはシートベルトをちゃんと取り付けないと、ということしか考えられませんでしたが、今ではシートベルトはインテリアの中で目立たないことを意識して設計してます。安全のこともデザインのことも、いろんな部署の人と話して決めることが大事だと思っています。

越智さん
越智さん

シートベルトはどのように作動している?

衝突事故が発生してしまった場合、プリテンショナー付きシートベルトの働きは、
①シートベルトの弛みを取るためにベルト巻き取る
②ベルトに一定以上の荷重が入ると巻き取ったベルトを逆に送り出し、乗員に負荷がかかりすぎないようにする
……という流れになっている。
この、最初の工程であるベルトを巻き取るために搭載されている装置が、1980年代から普及が進んだ「プリテンショナー」だ。実はこのプリテンショナー、火薬を使ってシートベルトを引き込んでいることは、意外と知られていないのではないだろうか。

木村: シートベルトに備わっているプリテンショナーは、衝突を検知したときに火薬の力を使ってシートベルトを引き込みます。

梶原: プリテンショナーの作動に火薬を選択している理由は、衝突時の作動において速さが大事だからです。一方、電動モーター式は火薬に対してレスポンスが劣りますが、細かな制御ができるので、危険を検知した時の姿勢制御や日常の快適性の向上に適します。

岩渕: 車両には至るところにGセンサーが設置されていています。各センサーからの情報が車体の中心にある演算ユニットへ送られ、衝突が起こったかどうかを検知すると、プリテンショナーはその衝撃の状況に合わせて「適切なタイミング」で電気信号を送ることで火薬に点火、作動します。適切なタイミングというのは、エアバッグの展開と同時の場合もありますし、衝突の仕方によっては、タイミングをずらしたりすることもあります。

木村さん
木村さん

衝突時にベルトを引き込んだ後、再度必要量繰り出すことによって、乗員の拘束をゆるめて、胸などに与えるダメージを軽減させる。ここまでの動作が、非常に僅かな時間の間に行われているのだ。
なお、プリテンショナーの基本原理には大きな変更はないが、引き込みがよりシームレスになるなど、シートベルトという装置は、常に細部にわたって様々な改良が施されている。

タングプレート、プリテンショナー、トーションバー、ショルダーアンカー、リトラクター
一部機構が見える様に加工してあります

① タングプレート
バックルに差し込みやすい形状の追求など、使い勝手を向上させることで、シートベルトの着用率を高めるための研究開発が続けられている。

② プリテンショナー
衝突時にベルトを火薬の力で巻き取らせるための装置。

③ トーションバー
プリテンショナーに内蔵され、プリテンショナー作動後、ベルトに一定以上の荷重が入ると、ベルトを送り出すためのパーツ。

④ ショルダーアンカー
上下にスライドして高さを調整できるように使いやすさも追求しながら、安全性を維持させるのが開発のポイント。

⑤ リトラクター
シートベルトを巻き取る装置(写真はプリテンショナー、ロードリミッター付きカットモデル)。

シートベルトの正しい使用法

シートベルトの機能部品であるトーションバーやロック機構などは、細かい改良は受けながらも、現在も電子制御などに頼らない機械式のままである。というのも、事故時に万が一電源を喪失した場合でも「確実に作動して乗員を守る」という開発思想がその背景にある。まさにシートベルトは乗員にとって、命綱と呼べるパーツなのである。
クルマに採用されるようになってから半世紀以上が経つ3点式シートベルトは、ウェビング、タング、バックル、アンカーなどの部品から構成されている。ところで、これは前席でも後席でも、大きな違いはないと考えていないだろうか? 実は、すべての席で同じものが使われているとは限らない。座席によりシートベルトのウェビングや、ショルダーアンカーなど、最適な仕様を考え尽くして選定しているのだ。

梶原: 人体のメカニズム的に、頭部や胸部、腹部の耐性が弱いため、3点式シートベルトは骨格の強い肩と腰を支える構造です。シートベルト支持方法の研究はたくさんありますが、両肩を止めれば良いとは限らず、片側の肩を支えることで衝突時の上体ねじれも考慮した安全性能をコントロールをしています。
また使いやすさの面でも、装着しづらいと使わない人が出てくるわけで、簡単に装着できる3点式は優れています。3点式がベストかどうかは、これまでに何回も見直されていますが、現状の結論としては3点式を採用しています。

木村: シートベルトは、上部ウェビング(帯部分)を肩と首の中央あたり、下部にくるウェビングは腰骨の低い位置にかけるように着用するのが正しい着用方法です。肩から外れたりすると、衝突時に前方へ上体が投げ出されてしまいます。また腰骨より高い位置にかけると、衝突時に内臓にダメージを与えてしまいます。
機種によってシートベルトの取り付け方法や位置は様々ですが、体格の小さい人から大きい人まで幅広く対応できるように、すべての機種で検証しています。

岩渕: 骨盤には、シートベルトをかけるのに丁度よいくぼみがあります。硬く、しかもくぼんでいてずれないので、ここにシートベルトをかけるイメージで装着してください。
ただ成長過程にある子供には、そのくぼみがありません。だからこそチャイルドシートを使用することが重要なのです。小さい子供は進行方向に対して後ろ向きのチャイルドシートを推奨します。衝突時の進行方向に向かう力を、体全体で受けるようにするためです。
チャイルドシートを購入する際は、子供の体重/体格に合った物を選ぶよう注意してください。

岩渕さん
岩渕さん

シートベルトの追求は、
終わりのない、やりがいのある仕事

シートベルトはクルマの構成部品のなかでは、あまり注目されることのない地味な存在かもしれない。しかし乗員の安全を守ることに関して、なくてはならない重要な部品であり、そのためだけに存在しているパーツだとも言える。
今後、EVの普及がもっと進んだり、自動運転が当たり前の世の中になり、自動車を取り巻く環境が大きく変化したとしても、シートベルトがクルマからなくなる日は来ないだろう。だからこそ、シートベルトの研究開発は今後も続いていくのだ。

越智: 私は入社前には、クルマに全然興味がありませんでした。そのうえで、速さとか燃費とかより、何かあったときにも死なないことが一番大事だと思い、安全部品を配属先に志望しました。自身が設計したクルマをお客様の手元に届けることを目標に、日々業務に取り組んでます。

木村: シートベルト開発の魅力は、法規や第三者評価をクリアすることだけでなく、私の「意思」が入ったものが実際使われて、人の命を救うことができるところにあります。また機種開発の最初から最後までずっと携われるので、開発の楽しさや、やりがいを感じることができます。近年はシートアレンジ豊かなモデルが多いですが、シートベルトをどう取り付けるのか、非常に難しい例も多いです。難易度の割には、評価されることは少ないですけど(笑)。シートベルトは付いていて当たり前の部品なので。

岩渕: クルマごとに最適なシートベルトは異なるので、今まではこれでOKだったものが、今度のモデルでは変えないといけない、ということがあります。今までになかった考え方で、シートベルトを作らなければいけないことも。そこをみんなで話し合って、作り上げていくわけです。

梶原: 変わった例としては、「タイプR」ブランドのシートベルト開発では軽量化に取り組みました。というのも、ニュルブルクリンクの目標タイムが設定されると、その達成のために必要な軽量化を、各部位それぞれで行うわけです。シートベルトも例外ではありません。「取り付けボルトを1mmでも2mmでも短くしろ!」みたいな。1人1g軽量化できれば、開発者全員合わせると大きな軽量化になります。こういう目標が明確な例は、ホンダならではのシートベルト開発の話かもしれません。
※ドイツ・ニュルブルクリンクにあるサーキット。自動車メーカーがテストコースとして活用する。

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