


今年のシルバーウィークは5連休!クルマでの旅行を計画している方も多いのではないでしょうか。
一方で、日が暮れる時間も少しずつ早くなり、夕暮れ時の「交通事故」にはいつも以上に注意が必要です。
とくに秋に増えるのが、高齢歩行者の事故です。高齢者の交通安全を考えるうえでは、歩行中の事故はもちろん、
クルマを運転するときの安全についても考えていく必要があります。
年齢を重ねても、安全に運転を続けるために大切なことはいったい何なのか。
そのヒントを探るために今回注目したのが、ワールドカップで大きな盛り上がりを見せた「サッカー」です。
一見、まったく違うように思えるサッカーと交通安全。そこに、意外な共通点や安全運転につながるヒントはあるのでしょうか。
今回は、交通心理学を研究する島崎先生と、筑波大学蹴球部の小井土監督をお招きし、
サッカーという新しい視点から、高齢者の安全運転について考えます。
- 近畿大学 生物理工学部教授島崎 敢さん
- 1976年東京都生まれ。近畿大学生物理工学部教授、博士(人間科学)。
元大型トラックドライバーという経歴を持ち、「人の行動を安全にする心理学」をテーマに研究。現場経験を活かし、ヒューマンエラー対策やリスク認知、心理的安全性を重視した事故防止・防災の教育・支援に取り組む。AIと労働に関する研究も展開している。
Podcast「プロフェッショナルドライブ」、メディア出演、ネットニュース、YouTubeなど多様な情報発信多数。

- 筑波大学蹴球部監督小井土 正亮さん
- 1978年岐阜県生まれ。筑波大学体育系准教授・蹴球部監督。
筑波大在学中に全日本大学サッカー選手権大会で2度準優勝。その後、水戸ホーリーホックでプロ生活を送る。現役引退後、筑波大学蹴球部ヘッドコーチに就任。柏レイソルのテクニカルスタッフ、清水エスパルスやガンバ大阪のアシスタントコーチなどを経て、2014年より現職。
三笘薫ら多くのプロ選手を育成し、2025年には関東大学サッカーリーグと全日本大学サッカー選手権大会の二冠を達成した。

「高齢者だから運転が危ない」は、本当か?
――まずは「親の運転が気になり始めたとき、家族はどう向き合うか」というテーマから伺います。
お二人の親御さんは普段クルマを運転されますか?
小井土私の両親はもう70代後半ぐらいなのですが、実家が岐阜なので、日常生活にクルマは欠かせません。10年くらい前なら、一緒に食事や外出をするときも当たり前のように父が運転していました。でも最近は「ちょっと運転頼むよ」と言われるようになって。父自身も、自分の運転に少し不安を感じ始めているのかもしれません。
島崎私の父も免許を持っていて、若い頃からかなり豪快な運転をする人でした。高齢になってからも「俺が運転する」というタイプでしたね。ただ、私自身が交通の研究者なので、父の運転を見ながら「追従が苦手になってきたな」など変化を感じることはありました。
――高齢になると、運転にはどのような特徴が表れるのでしょうか?
島崎これが実は、ひとくくりにはできないんです。高齢になるほど個人差が大きく、目が衰える人もいれば、筋力や認知機能が衰える人もいます。一方で、若い人より安全に運転できる高齢者もたくさんいます。踏み間違い事故も、若い人に起こることがあります。なので、「高齢者だから危険」と単純に結びつけないことが大切です。
――そう考えると、「高齢になったら免許返納」というのも少し見方が変わってきますね。
島崎そうですね。もちろん、運転を控えたほうがいい人はいます。でも、一律に免許返納を勧めることには慎重になったほうがいいと思います。運転をやめると、外出や人と会う機会が減ってしまう。免許返納によって要介護度が上がることを示した研究もあります。病院や買い物に行けるだけではなく、好きなときに友達に会い、思い立ったときに出かけられる。その自由が、QOL(Quality of Life)にとってすごく大切なんです。
小井土うちの父も山へ行くのが好きなので、クルマに乗れなくなったら、そういう機会も失われてしまいます。だから私も「運転するな」とは言いません。ただ、父自身が夜の運転を避けたり、帰省した私に運転を任せたりしています。そういう意味では、自分の運転に少し不安を感じながら、無理をしないようにしているのかもしれません。
島崎それはまさに「メタ認知」ですね。(クルマの運転における「メタ認知」とは自分の運転能力や状態を、自分自身で客観的に把握することです。)運転はスポーツと違って、常に全力を出す必要はありません。少しゆっくり走る。車間距離を広く取る。夜や混雑する時間帯には運転しない。メタ認知ができていれば、そういった「調節行動」ができます。高齢になっても安全に運転を続けるうえで、そこが大切なところだと思います。
適切な声かけとは―
「運転、大丈夫?」は、家族だから伝わらないことも
――では、自分の運転を客観視できていない人には、周囲はどのように声をかければいいのでしょうか?
小井土サッカーならシンプルなんですけどね。監督が「試合に出さない」「交代」と判断できますから。でも運転の場合、本人が「運転したい」と思えばできる。その違いは大きいですよね。
島崎家族が本人に「もう運転しないほうがいいんじゃない?」と伝えるのは、意外と難しいんです。運転には、その人なりのやり方やプライドがあるので。そこで役立つのが、客観的なデータや第三者からの声かけです。例えば、教習所の先生ですね。おもしろいところだと、ロボットなどの機械からの指摘なら、それほど腹が立たないという研究もあります。以前、本人の運転を撮影し、誰の運転かを伏せて見てもらう研究を行いました。すると、「ここ、ちゃんと止まってないじゃん」と、自分で問題点を指摘したんです。その後に「実はこれ、あなたの運転です」と伝えると、素直に受け入れてくれることもありました。

小井土サッカーの世界でも、目や身体の動き、認知の部分まで測定して、評価する取り組みが始まっています。環境が整っていれば、一瞬のまばたきまで測れるんですよ。そう考えると、運転でも車間距離やスピードを記録して、あとから振り返ることはできそうですよね。
島崎車間距離やスピードなど、計測できるものは増えています。ただ、安全確認まで含めて、人間の運転を総合的に評価するのはまだ難しいところがあります。一つ気をつけたいのが、「監視されている」という感覚です。何でも測られると、「自分は信用されていない」と感じ、モチベーションが下がることもあります。技術的にできることと、それをやったほうがいいかは、分けて考える必要があります。
注意するより、できたことを伝える「ポジティブフィードバック」
――監視や注意ではなく、もっとポジティブなフィードバックならどうでしょうか。
島崎それは可能性があると思います。「危ない」「できていない」と伝えるだけではなく、「今日はきちんと止まれていた」などできたことも評価する。そういうフィードバックとセットなら、テクノロジーも受け入れやすくなるかもしれません。
――サッカーでは、選手同士で「今のプレー、よかったよ」とポジティブなフィードバックをすることは多いのでしょうか?
小井土レベルが上がるほど、単純に「いい」「悪い」と伝えることは少なくなります。「チームとしてこう戦う。そのために自分はこうする。では、あなたはどうするか」というすり合わせが多くなります。指導者からも、できたことを褒めるだけではなく、「もっとこうしたらいい」という部分を意識させるフィードバックが多いですね。今ではパーソナルコーチをつける選手もいます。チームとしての戦い方がある一方で、対戦する選手の特徴についてパーソナルコーチと話し合ったり、前の試合を振り返ってフィードバックをもらったりする。昔のように「いいからやれ」という形ではなく、かなり個人に合わせたものになっています。

島崎そうしたフィードバックを、選手は素直に受け入れるのでしょうか?
小井土必要だから受け入れる、という感じです。監督の求めていることを理解できなければ、試合では使ってもらえない。一方で、自分の強みも出さなければ生き残れません。だから、自分は何ができて、周囲からどう見られているのか。自分自身を正しく理解することが、今のサッカーではすごく重要です。もちろんサッカーには、そういった論理だけではない瞬間もあります。ゴールを決めたら、みんなで感情を爆発させる。その瞬間のために、普段は自分のプレーを客観的に振り返り、考え続けているとも言えます。
勝利の喜びを味わうために、自分のプレーを客観的に見ながら、周囲からのフィードバックを受け入れて成長していく。
楽しく運転を続けるために、自分の運転を客観的に見ながら、安全運転のルールを守る。
一見違うように見えるサッカーと運転も、そういったところは似ているのかもしれません。
サッカーのミスと、運転のミス、何が違う?
――続いて「年齢による身体の変化とどう向き合うか」についてですが、サッカー選手にも、年齢によって身体能力の変化はあるのでしょうか?
小井土もちろんあります。ただ、その前提として、サッカーは「ミスのスポーツ」と言われるくらい、そもそもミスが起きる競技なんです。一口にミスと言っても、いろいろあります。判断そのものを間違えることもあれば、判断は正しくても、技術的にうまくボールを蹴れないこともある。一方、トップレベルになると、技術的なミスや判断のミスはかなり少なくなります。ただ、長くプレーしている選手ほど、どうしても最後は体力が落ちてくる。試合終盤に走れなくなったり、身体に無理が利かなくなったりします。でも、サッカーは一人でやるスポーツではありません。一人が走れなくても、周りの選手が走ってカバーできる。今回で言えば、アルゼンチン代表のメッシ選手とチームメイトの関係は、まさにその一例だと思います。個人の変化をチーム全体でカバーしながら、高いパフォーマンスを発揮できる。それもサッカーのおもしろさです。そして指導者にとって大事なのは、ミスの種類を見極めることです。こどものサッカーは、大人から見れば「走れ」「ちゃんと蹴れ」「周りを見ろ」といくらでも言えます。でも、うまくいかない理由は一人ひとり違います。そこを見抜き、その子に合った声かけをしないと、本人もなぜできないのか分かりません。
島崎運転にも、いろいろな種類のミスがありますが、運転はサッカーほど高度な判断を要求されないように、かなりシステマチックに設計されています。クルマだけでなく、信号や道路、交差点のつくりもそうです。基本的なルールと手順を守っていれば、感覚的に運転しても大丈夫なように、人間のミスをある程度カバーできる仕組みになっているんです。

小井土サッカーも、考えてから身体を動かしているというより、感覚的には8割くらいが直感や反応です。相手がどう出てくるかに対して、瞬間的に反応することのほうが多いですね。ただ、運転の場合は、ウインカーの出し忘れといったミスだけではなく、「青信号だと思ったら、実際は赤だった」というような認知的なミスもありそうですよね。
島崎あります。注意を向ける場所を間違えたり、見えているのに認識できていなかったり。運転の興味深いところは、「やることが多すぎても疲れるし、やることが少なすぎても疲れる」ということです。混雑した道や山道では、やることが多くて疲れる。一方、高速道路を一定速度でずっと走るような状況では、今度はやることがなさすぎる。何も起こらない時間が続くと、脳はなるべく休もうとする。そこで注意が抜けたり、眠くなったりしてしまいます。
小井土そういうときは、どうすればいいんですか。
島崎ラジオなどがおすすめです。やることが少ない環境では、ラジオのような音声メディアを聞くことでブレーキに対する反応が早くなるなど、プラスに働くことを示した研究もあります。私も「プロフェッショナルドライブ」というドライバー向けのPodcastをやっていますので、ぜひ聴いてください。でも、眠いのであれば、一番いいのは寝ることです。無理に頑張るより、身体をきちんと休ませる。それが一番ですね。
ハンドルを握ると、人が変わるのはなぜ?
小井土ちょっと気になっていることがあるんですけど、「運転すると人が変わる」って言うじゃないですか。普段は穏やかな人なのに、ハンドルを握ると急に攻撃的になる。あれって、なぜなんでしょう?
島崎一つは、命の危険が関わっているからだと思います。では、突然割り込まれたり、危ない距離まで近づかれたり、日常ではあまり経験しない「命の危険」を感じることがあります。怒りは、恐怖や不安などの後に出てくる「二次感情」と言われます。怖いから怒る。道路は、そうした感情が生まれやすい環境なんです。

小井土車内が閉ざされた空間で、お互いの顔が見えないことも関係ありそうですよね。
島崎あると思います。クルマには匿名性があり、お互いに誰なのか分からないし、相手の表情も見えにくいです。コミュニケーション手段も、ウインカーやブレーキランプくらいしかない。情報が少ないので誤解が起きやすく、行動が大胆になることもあります。
小井土それって、SNSにも少し似ていますよね。匿名だから、普段なら言わないことまで言ってしまう。
島崎似ていると思います。だからこそ大切なのは、「今の自分が周りからどう見えているか」を考えることです。例えば、車線を縫うように走っているときに、「もしかしたら周りからは危ない運転に見えているかもしれない」と気づければ、行動を修正できます。運転中に変わっている自分を、客観的に見られるかという「メタ認知」が重要なんです。
長く安全に運転する人が持っている「メタ認知」とは?
――運転でもサッカーでも、共通するキーワードの一つが「メタ認知」ですね。
島崎そうですね。高齢ドライバーの研究でも、メタ認知が保たれている人ほど、運転評価が高いという結果があります。「昔より反応が遅くなった」と自覚できれば、車間距離を広く取ったり、ゆっくり走ったりして補えるからです。
小井土それはサッカーにもありますね。ベテランになるほど、チームの中での自分の立ち位置が分かってきます。若い頃と同じようなプレーを続けるのではなく、「このチームでは何を求められているのか」「自分の持っている力をどう活かせば役に立てるのか」を考えて、振る舞いを変えていく。そういう選手は、長く活躍できます。長友佑都選手も、その一人だと思います。プレーヤーとして若い頃とまったく同じではなくても、チームの中で自分にできることや、求められている役割を理解している。だからこそ、大事な大会でも必要とされるのだと思います。自分の変化や立ち位置を客観的に捉える力は、ベテラン選手にとって欠かせないものですね。
島崎運転も同じです。年齢とともに反応速度などが衰える一方、経験や知識は増えていきます。「この時間帯はこどもが多い」「この交差点はクルマが出てきやすい」と予測できれば、若い人より上手に運転できる高齢者もいます。問題になるのは、自分の身体の変化に気づけない場合です。例えば、歩く速度が遅くなっているのに、若い頃と同じ感覚で横断歩道を「これくらいなら渡れる」と判断してしまう。そうして、自分の感覚と実際の能力にズレが生まれることがあるんです。

小井土サッカーなら、監督やコーチが「反応が遅くなっているよ」と指摘してくれるんですけどね。
島崎運転の変化は、同乗する家族が気づけることもありますが、視野の欠損のように、本人にも周囲にも分かりにくいものがあります。そのため、定期的な検査で客観的に確認することが大切です。また、高齢になると、前のクルマに合わせて速度を細かく調整したり、車線の中央を走るためにハンドルを微調整したりする「追従」が苦手になることもあります。アクセルやブレーキの操作が極端になったり、車線内で左右に揺れたりすることも、変化のサインです。
サッカーでも運転でも、年齢による身体の変化自体は避けられません。
だから大切なのは、「昔と同じようにできる」と思い続けることではなく、今の自分は何ができて、何が少し苦手になっているのかを知ること。
自分の変化を知り、必要なら周囲やテクノロジーの力も借りながら行動を調整する。
その「メタ認知」が、サッカーで長く活躍するためにも、安全に運転を続けるためにも、大切なのかもしれません。
運転もサッカーも、長く楽しむために
――ここからは、運転やサッカーを長く楽しむためにできることについて伺います。まず、サッカー選手は何歳くらいまで現役を続けるのでしょうか?
小井土プロサッカー選手の引退年齢は、平均すると28、29歳くらいと言われています。ただ、引退する理由はさまざまなので、平均年齢だけでは語れません。能力が衰えて「もうプロのステージではプレーできない」と言われて引退できるのは、ある意味では幸せなことなんです。そこまでたどり着く前に、ケガで続けられなくなる選手もいます。高校を卒業してプロになっても、22、23歳くらいまでに結果を残せず、次の契約先が見つからないまま引退することもあります。
――プロに限らず、サッカーそのものを長く楽しんでいる人は、どのような人が多いですか?
小井土アクティブで、エネルギーのある方が多い印象ですね。40歳以上になるとシニアサッカーというカテゴリーがあって、60代、70代にもリーグがあります。特に40代くらいだと、平日は管理職として仕事に励み、忙しいのに週末になるとサッカーをするような人が結構います。おもしろいのは、こどものサッカー協会への選手登録数は減っている一方で、大人は少し増えていることです。一度本格的なサッカーから離れて仕事に打ち込み、30代、40代になって「やっぱり、もう一度サッカーを楽しみたい」と戻ってくる人もいます。サッカーって、仲間と一緒に感情をぶつけられるんですよね。みんなで集まって真剣勝負をして、勝った、負けたと言い合う。試合が終わったら一緒に食事をする。そういう時間に「生きている感じ」や充実感を覚える人も多いのではないでしょうか。
島崎その「生きている感じ」は、運転の楽しさにも通じるところがありそうです。ただ、サッカーは、サッカーをすること自体が目的ですが、運転はその先に目的があることが多いです。温泉に行きたい。友達に会いたい。買い物に行きたい。そこへ行くためにクルマを運転する。だから、長く運転を続けるためには、出かけたくなる目的を持つことも大切なのかもしれません。
小井土それこそ、サッカーをしに行くのもいいですよね。
島崎いいと思います。認知機能という意味でも、身体を動かすことは大切です。「これをやりたいから出かける」というものを持つことが、結果的に長く元気に運転を続けることにもつながると思います。

移動手段と人生の楽しみを、元気なうちから考える
――サッカーでは現役を終えた後の「セカンドキャリア」も大きなテーマだと思います。選手たちはどのような道に進むのでしょうか?
小井土引退後の道はさまざまですが、そこにうまく適応できる選手ばかりではありません。海外では、引退後の生活が深刻な問題になるケースもあります。現役時代に一般の会社員より高い収入を得ていた選手が、引退後の生活になじめず、経済的に苦しむこともある。もう一つはスキルの問題です。ずっとサッカーをやってきた選手が、引退してすぐビジネスの世界で活躍できるとは限りません。ただ、スポーツで高いレベルまで行く人には、社会でも活かせる力があります。エネルギーも体力もありますし、チームで一つの目標を達成することにも慣れている。サッカーはミスのスポーツなので、誰かが失敗したら周りがカバーするという意識もあります。自分では「いい選手だ」と思っていても試合に使われないような理不尽さにも耐えてきています。そういう経験は、社会に出ても活かせると思います。
島崎たしかに日本には、「部活をやっていた」「体力がある」「みんなで一つのことに取り組める」といった部分を評価する文化がありますよね。ただ、それが新卒なら評価されても、28歳でプロを引退して初めて一般企業に入ろうとすると、難しい部分もありそうですね。
小井土サッカー界には選手協会があり、引退後の就職先を組織的に紹介する仕組みもあります。ただ、仕事が見つかれば、それですべて解決するわけではありません。プロサッカー選手は、毎週末、何万人もの観客が見守る舞台で、全力を出して真剣勝負をしています。そうした刺激の強い生活を経験しているからこそ、引退後の日常になじめず、物足りなさを感じてしまう人もいます。30代、40代になって再びサッカーを始める人が増えている背景には、もう一度、仲間と真剣勝負をする刺激を味わいたいという気持ちもあるのかもしれません。

島崎こどもにサッカーを教える道はないんですか?
小井土あります。指導者になるのは、比較的一般的な選択肢です。ただ、自分が簡単にできた選手ほど、できない子にどう教えればいいのか分からないこともあります。むしろ、自分自身ができずに苦労した人のほうが、こどもがどこでつまずいているのかを理解し、一緒に解決策を考えられることがあります。できない状態から、試行錯誤しながらできるようになった経験があるからこそ、特にこどもには教えやすいのだと思います。
島崎それで、この本(『「教える」を手放す 人とチームの自律を引き出すコーチング』)につながるわけですね。
小井土そうですね(笑)。自分でプレーできることと、人に教えられることは、まったく別です。筑波大学蹴球部では、大学院生が学生を指導する様子を見ながら、「どういう意図で、その指導をしたの?」と問いかけたり、別のアプローチを伝えたりしています。私自身も、若い指導者の姿を見て、「今の時代はこういう教え方をするのか」と気づかされることがあります。年齢を重ねると、昔のように実際にやって見せることも難しくなります。だからこそ、自分が答えを示すのではなく、学生が主体的に取り組める指導を考えるようになりました。引退後に、もし指導者を目指すのであれば、そこをもう一度学び直す必要があると思います。
――運転にもいつか「引退」するタイミングがありますよね。今のうちから考えておいたほうがいいことってありますか?
島崎一番は、移動手段の確保だと思います。運転をやめた途端に外へ出られなくなってしまうのは避けたいですよね。クルマがなければ生活できない場所に住んでいるなら、同じ地域でも駅に近いところへ移るなど、運転できなくなった後の生活を早めに考えておく。高齢になってから生活環境を大きく変えるのは大変ですから。
――地域の人同士で、運転を支え合うような仕組みはないのでしょうか?
島崎実証実験はいろいろあります。ただ、サービスとして運用するには、法律や免許などの制約があります。長期的に考えると、自動運転にはすごく期待しています。例えば地域の中をゆっくり走って、高齢者を送り迎えしてくれる。そんな技術が広がればいいですよね。
島崎敢教授著書『心配学』(右)
――免許を返納した後も、毎日を楽しむためには何が大切でしょうか?
島崎やっぱり、やることや役割を持つことだと思います。趣味でも何でもいい。今までやったことのないことを「おもしろそう」と思える気持ちを持ち続ける。
小井土それは、長くサッカーを楽しむ人と同じかもしれませんね。
親の運転だけではなく、親の生活にも目を向ける
――最後に、高齢ドライバーの方や、そのご家族に向けてメッセージをお願いします。
島崎まず伝えたいのは、高齢者をひとくくりにしないでほしいということです。運転能力には大きな個人差があるので、年齢だけを理由に「免許を返したほうがいい」と考える必要はありません。その人自身の能力だけではなく、どのような道路を走るのか、クルマがなくても生活できるのかといった環境も含めて、総合的に考えることが大切です。ただ、いつかは誰でも運転できなくなる日が来ます。だから、元気に運転できるうちから、運転しなくても暮らせる環境を少しずつ準備しておくことも大切だと思います。
小井土私は今回お話ししながら、反省したところもあります。離れて暮らしている親が、普段どんな生活をしているのか。何を楽しみにしているのか。何に困っているのか。実は、あまり分かっていなかったなと。運転も、その生活の中の一つですよね。だから、いきなり「危ないから運転をやめなさい」と言うのではなく、まず親の生活そのものに興味を持つ。「最近どこか行った?」「何を楽しんでいるの?」と声をかけながら、その中で運転に困っていないかを見守る。親の生活の質を大切にしながら、こどもとしてサポートしていくことが必要なのだと思いました。
島崎「生活全体を見る」というのは、大切な視点ですね。運転の安全は、運転している時間だけで決まるものではありません。体調が悪ければ、安全に運転できないかもしれない。嫌なことがあって頭がいっぱいなら、運転に集中できないかもしれない。つまり、安全運転を考えることは、その人の生活や人生をいい状態に整えることでもあるんです。今度、プロドライバー向けのコーチングをしている森川美希さんという方と「事故を未然に防ぐ1 on 1面談」という本を出す予定なのですが、森川さんは「ドライバーの人生を整える」という表現をしています。健康や家庭、職場の人間関係なども含め、生活全体を整えることが、安全運転にもつながっていきます。

――家族が普段から声をかけることも大切になりそうですね。
小井土ただ、「運転どう?」と聞いただけでも、「俺の運転を心配しているな」と気づかれるかもしれません。だから最初から運転の話をするのではなく、「最近何食べてるの?」「旅行は行ってる?」「どうやって行ったの?」みたいに、生活の話から声かけしていくといいと思います。それこそ、コーチングに近いですよね。「心配だからやめなさい」と強制するのではなく、まず本人の話を聞く。そして、本人が自分で考えて、自分で選択できるように導いていく。
島崎コーチングは、みんな少し勉強してもいいかもしれませんね。運転だけでなく、いろいろな場面で使えるスキルだと思います。
小井土ティーチングとコーチングは違いますからね。親のことが心配だからこそ、こちらから答えを押しつけるのではなく、まず話を聞く。親の運転というより、親の尊厳を大切にしながら、一緒に考えていくことが大事なのだと思います。
大切なのは、年齢だけで運転を続けるかどうかを決めるのではなく、今の自分の状態を知り、その変化に合わせて運転や暮らし方を整えていくこと。
家族も「やめたほうがいい」とただ言うのではなく、まずはその人の生活に目を向け、一緒に考えていく。
サッカーも運転も、自分自身と向き合い、周囲の力も借りながら付き合っていくことが、長く楽しみ続けるためのヒントなのかもしれません。
