Safety Interview 自転車ヘルメットを文化に 自転車ヘルメットを文化に

株式会社オージーケーカブト 「自転車ヘルメットを文化に」
 売り上げにこだわらない普及活動

2023年4月から、着用が努力義務とされた自転車ヘルメット。23年の警察庁による調査では全国平均で13.5%だった普及率が、25年には同21.2%に上昇し徐々に広がりをみせています。今回は、さらなる普及に向けて行政とともに取り組んでいる大阪府東大阪市のヘルメットメーカー、オージーケーカブトを取材。自転車ヘルメットのトップメーカーとして知られている同社の取り組みと、その熱意の源に迫ります。

「まだかぶる空気はなかった」普及活動の始まり

株式会社オージーケーカブトは、1982年に大阪グリップ化工株式会社(現・オージーケー技研株式会社)から独立し、40年以上にわたってオートバイ、自転車用のヘルメットの製造・販売を行ってきました。当初は競技用ヘルメットを中心に開発し、世界選手権スプリントで10連覇を達成した中野浩一さんや、オリンピックで3大会に出場(夏季・自転車競技)した橋本聖子さんら、日本代表チーム・選手に供給。しかし、当時はまだ普段使いの自転車でヘルメットをかぶろうという気運は薄く、普及活動を始めた2013年にもその状況は大きく変わっていなかったと、企画・広報課長の柿山昌範さんはいいます。

柿山昌範さん

「有薗啓剛さんと守上大輔さんという、2人組で自転車パフォーマンスをしたり、Hondaの教材『あやとりぃ ひよこ』を使って交通安全活動をしたりする方々がいらっしゃいます。2013年当時、この人たちが全国の保育園、幼稚園を回って、初めての二輪幼児体育プログラム『エブリバディストライダー』という取り組みにチャレンジする話がありました。ペダル、補助輪なしのストライダーにこどもたちがいきなり乗るということが、その当時は画期的なことでしたが、そのプログラムに向けてヘルメットを提供したのが普及活動のスタートです」

教室から始まり、世界最年少レースともいわれるストライダーカップや、小学生向けの自転車スクールなどにも協賛。外部団体のプロジェクトにメーカーとして協力していく中で、交通安全教育のノウハウを得たことが次の活動につながっていったといいます。

ストライダーカップ画像
普及活動の始まりとなった「エブリバディストライダー」への協賛は今も続いている

「企業の安全運転管理者講習を各都道府県警察がやっているのですが、2018年くらいに警視庁からお声かけをいただいて、そこでヘルメットについての講義をしました。その後、大阪府警からも同様の要請がありました。京都府警からは幼稚園の先生方が集まる会に呼ばれて、園に通う保護者にもヘルメット着用を促そうということで、まずは先生方に聞いてもらう活動をしました。ただ、当時は自転車ヘルメットに関する法律というものはなくて、13歳未満のこどもにはかぶせましょうねという努力義務はあったものの、大人がかぶる空気はなかったですね」

普及がなかなか進まない中での活動。売り上げにすぐつながるわけでもなく、商売としては非効率ともいえますが、そこには中小企業ならではの苦悩と、マーケットリーダーとしての責任感がありました。

「広報や啓発活動は時間がかかるものです。その代わり浸透力が強いというのは認識していますが、すぐ売り上げにつながらないのは中小企業としてしんどいところです。でも、それを許してもらえていたのは、普及活動は絶対に必要で、私たち広報のやるべきことを、社長をはじめ経営陣が理解を示してくれたことが大きいです。また弊社は自転車ヘルメットにおいてマーケットリーダーですから、啓発活動によってヘルメットの着用ムードが高まっていけば、結局は弊社のブランド認知につながると思っています。最初のころは、あまり人数も集まらない講習やイベントに参加することに対して『この活動は今の会社規模では無理があるのでは?』と思われることもありました。でも、私たち広報チームの活動をリリースで発表し、それがメディア取材などにつながっていきました。講義風景はそのまま会社案内にも載せられますし、社会貢献として採用広報にも大いに役立ちます。そういうのがだんだんつながってきて、自転車業界のためにも、これは弊社しかやれないことだという認識が社内でも共有できるようになりました」

警察・自治体との連携で自転車ヘルメット着用率向上

10年前ごろからの警察との連携はここ数年でさらに深まり、自治体をも動かすほどになっています。

「着用努力義務の法律ができる少し前に警視庁の担当者からお声かけいただいて、もっと自転車ヘルメットを勧めていくにはどうしたらいいかという意見聴収会に参加しました。そこでもっともっとメディアや民間を巻き込んで、考える時間を作った方がいいと思って提案したのが、日本最大の公募広告賞『宣伝会議賞』に参加してキャッチコピーを広く募り、ポスターを製作、警視庁各署や自転車店に貼ってもらう、ということでした。私がキービジュアルを考案し、公募でいただいた『かぶるきっかけが事故では遅い』というキャッチを入れました。できあがったポスターやポップを全国の自転車販売店にお配りできたタイミングで努力義務化がスタートして、キービジュアルが分かりやすく象徴的だったこともあってか、ニュースなどで取り上げられる際にはけっこう映してもらえたんですよね」

かぶるきっかけが事故では遅い ポスター画像
警視庁とJATRAS、オージーケーカブトが共同で作ったポスター

上記の企画は一人の熱意ある警察官とのやりとりで実現した、と話してくれた柿山さん。警察との連携はさらにいろいろな都道府県にも波及していきました。

「警視庁との取り組みが伝わったのか、その後、福岡県警からの協力要請がありました。高校生に向けて、自分たちが自転車ヘルメットをかぶるようになるための活動を企画してもらう『ヘルメットグランプリ』というコンテストを福岡県警が主催し、そこに協力することになったのです。最初はちょっとしたヘルメットのプレゼントを考えていたのですが、福岡県はこのイベントをきっかけに県立高校生の通学時のヘルメット着用ルール化を目指していると聞きました。そこで、もしルール化が実現するのなら、ぜひその後押しがしたいという思いから、会社にも個数を増やすことについて了承を得てヘルメット3000個を福岡県に寄付しました。教育委員会は『義務化』には慎重ですが、警察と私たちメーカーの協力をもって、実現できたといってもいいと思います」

福岡県警とオージーケーカブトの共同での取り組みは他の警察にも伝わり、その後は大阪、兵庫、愛知にも高校生向けの普及活動とヘルメットの寄付を行いました。

高校生への調査で浮かび上がった発見と課題

高校生は長い距離を自転車で通学することが多くなりますが、ヘルメットの着用率は中学生より大幅に低く、普及への取り組みが急務となっています。オージーケーカブトは高校生向けに自転車ヘルメットを寄贈した際、同時にアンケート調査を実施し、愛知県では高校生たちとのシンポジウムにも参加しました。そこで集まった意見は、ヘルメットをかぶってほしいと願う立場からするとかなり意外なものだったといいます。

「大人たちが考えているほど、高校生はヘルメットに対して抵抗がありません。今かぶっていないという子たちに聞いても、ルール化さえしてくれればという感じなんです。なぜ今かぶらないのかというと、みんながかぶっていないから、一人だけかぶるのは恥ずかしいと。また、アンケートはヘルメットをかぶり始めた子たちが対象でしたが、9割近くが『交通安全の意識が高まった』という回答をくれました。身近なルールであるとか、あの標識はどんな意味なのかを考え始めてくれた。また『慎重な運転を心がけるようになった』という行動変容も9割近くから回答があり、これもヘルメットの効果なんだなとびっくりしました」

ヘルメット自体への抵抗感はほとんどなく、むしろ周囲の目という問題が高校生たちの声によって浮き彫りになりました。さらに柿山さんは、普及活動の中で一人の男性に大きな刺激を受けます。

「渡邉明弘さんという、愛媛県で2014年に息子さんを自転車事故で亡くされた方がいらっしゃいます。愛知県が渡邉さんをお招きして、高校生に向けて講演をされたんですが、自転車ヘルメットに対する意見交換の席でやっぱり高校生たちから『暑い』『髪型が乱れる』といった嫌がる理由が出ました。しかし、渡邉さんが『ヘルメットで助かる命があるはず。みなさんの命だけはあってほしい』と涙ながらに訴えると、高校生も関係者の大人も、もちろん私も、みんなが涙を流しました。どうしても命の話なので重くはなってしまいますが、やはり行動変化を起こすには心に響かないといけない、と私たちも気持ちを新たにしました」

愛知県でのシンポジウムの様子
愛知県でのシンポジウムの様子。前列中央、黄色のヘルメットを持っているのが渡邉さん

何よりも重く響いた、当事者の声。渡邉さんの長男・大地さんが事故に遭った愛媛県では、事故をきっかけに県立高校での自転車通学者のヘルメット着用が義務化されました。また、活動を通じて、高校生たちのヘルメットへの抵抗感は少ないと分かってきたものの、越えるべきハードルは意外なところにありました。

「難しいのは実は大人の方なんですね。教育関係の部署はどうしてもルール化ということには慎重で、あくまで生徒が自分で考えてかぶるように支援したいという考えなんです。やはり義務化となると強制力とともに着用を見守る責任が伴いますし、保護者の方にも負担が増えるとか、いろいろな事情があると。大人の方がかぶせることに抵抗があるのかと、これも驚きでした」

思わぬところでぶつかった壁。疑問を感じていたという柿山さんも、教育関係者たちの事情を汲んで、メーカーの立場としてできることを模索しています。

「愛媛県では渡邉さんのお子さんが亡くなったことがきっかけでルール化に踏み切りました。私たちとしてはルール化できないことに対して、生徒の命がかかっているのに、となかなか理解できませんでした。でも、さまざまな事情を聞くにつけ、教育関係者ももちろん、生徒の命を守りたいことに変わりはないんです。ですから『積極的に着用率向上を進めたい』という警察とともに、教育機関に対しては上記の高校生のアンケート結果を示したり、『ヘルメットの寄贈も考えますよ』と声かけをしたりしています。負担を少しでも減らして、ルールを決める側の後押しをしていくしかないなと思っています」

くろしおくん
自転車ヘルメットの着用促進のため、各府県と連携。
2026年4月には高知県と協定を結び、「くろしおくん」にヘルメットをプレゼント

自転車ヘルメット着用の効用

自転車ヘルメット着用が努力義務とされてから3年。全国平均での着用率はまだ20%程度にとどまっていますが、2026年4月から施行される自転車の交通違反に対する青切符制度の導入で、自転車の安全への関心は高まっています。自転車の交通ルール、マナーの順守に対してより厳しい目が向けられることになりますが、柿山さんはヘルメットをかぶることによって自身の安心感だけでなく、周りからの見られ方にも影響するといいます。

「青切符制度の導入によって、基本的に自転車は車道を走らなければいけないと改めて認識した人が多いと思いますが、車道を走るとすぐ横を車が通り過ぎます。そういうときにヘルメットがあると安心感がだいぶ増しますし、車の側から見てもヘルメットを着用した人の乗る自転車は目立ちますから、非着用の方よりも追い抜き方を配慮してくれるのではないかと期待しています。自転車安全利用五則にも『ヘルメットの着用』が掲げられていますが、私は『ルールを認識した人の目印がヘルメット』といえると思います。今かぶってる人は大体交通ルールを把握しようとしてるじゃないですか。ちゃんと一時停止しますよね、踏み切り突っ込まないですよね、という風に一目置いてもらえる。自転車は車に乗る人から見ると邪魔者扱いされがちですが、ルールを守ってちゃんと走っている自転車だったら、道路を一緒に使ってる仲間として気をつけて走ろう、という気持ちが出てくることを期待したいです」

近年では普段着にもなじみやすい自転車ヘルメットを多数ラインナップ
デザイン面からも着用のハードルを下げる工夫が見られる
近年では普段着にもなじみやすい自転車ヘルメットを多数ラインナップ。デザイン面からも着用のハードルを下げる工夫が見られる

ここから普及率を上げていくために、どのようなことを考えているのかを聞いてみました。

「挙げてきたようなメリットを、すでにかぶっている人が広げていくことが大事だと思います。マーケティング業界でキャズム理論というのがありますが、どんなものでも普及していくにあたって、17%くらいのところで一度頭打ちになる。そこを乗り越えるとまた伸びるのですが、今のヘルメット着用率がちょうどそのくらいなんです。ここを乗り越える方法は、今かぶっている人たちがメリットを語ること。我々としては、ヘルメットで助かったという実例をもっと世の中に出していくことだと思っています」

柿山さんは、その実例を対面で、自転車の利用者と身近な人から伝えていくことが重要だといい、その取り組みについても話してくれました。

「ヘルメットの重要性を説いて、意識が変わる瞬間をなんとか時間を作って考えてもらうことも必要だと思います。イベントに出ていって、対面で話すとやっぱり共感してくれますから。それが一番近くでできるのはショップの店員さんだなと思っていて、たとえばシティサイクルを買いに来たお客さんに勧めて一緒に買ってもらう。そのタイミング以外で買うことはほぼないですから。自転車関連団体や自転車量販店などからご要望をいただいて、自転車ヘルメットの知識に関する講座の実施や、資料提供などのやりとりも取り組み始めています」

「一度かぶり始めれば、ない方が不安になる」

インタビューの最後に、これからヘルメットを手に取ってみようかと思う人に何と声をかけますか、と聞いてみました。

「『もうみんなかぶり始めていますよ。あなたはいつ、自分でかぶることを決めますか?』と言いますね。先のキャズム理論で行くと、今は全国での普及率が20%を超えてきて、青切符の導入もきっかけになって、これから広まっていくという段階なんです。人に言われてかぶるのが嫌だという人も多いと思いますが、車のシートベルトと同じようなもので、一度かぶり始めれば、ない方が不安に感じるようになると思います。車道を走るときの安心感であるとか、被視認性の面でもプラスになります。ぜひ一度、ご自身で手に取っていただきたいです」

柿山昌範さん

安全性能を守り抜く現場に潜入取材

本社から車で30分ほど、JRおおさか東線の衣摺加美北(きずりかみきた)駅の近くにあるのが、オージーケーカブトのもう一つの国内拠点である衣摺工場です。こちらの工場内には、国内外向けすべてのオートバイ・自転車ヘルメットの安全性能試験を行う実験室があります。今回は製造技術課の係長で、理学博士でもある杉田光弘さんに、安全性能試験の内容や、安全へのこだわりについてうかがいました。

杉田光弘さん

製品が世に出るまでの間に、安全性をどのように確認されているのですか?

杉田最初に金型ができた段階で、設計確認のための試験を行います。ここで問題があれば、金型を修正するなどの対応が必要です。第2段階として、仕様確定試験を行います。ヘルメットは衝撃吸収ライナーと外側のシェルの2層で衝撃を吸収しますが、衝撃吸収ライナーは硬さを調整できるため、この試験で最適な仕様を見極めます。自転車用の場合、この工程はおおよそ2サイクルから3サイクル繰り返します。そこで製品仕様が確定し、中国の工場で量産され、量産品が日本に入庫した後に最終試験を行い、合格を確認して出荷となります。

具体的にどのようなテストが行われているのでしょうか。

杉田自転車用では落下衝撃試験、ロールオフ試験、あごひも試験があります。JIS規格で定められた試験方法は自転車用とオートバイ用で基本的には共通ですが、落下速度や錘の重さなどの試験条件が異なります。落下衝撃試験は高温(50℃)、常温(25℃)、低温(-10℃)、浸せき(水に浸した状態)でそれぞれ行います。海外規格についても基本的な試験項目はほとんど同じですが、寒い国向けの規格では低温条件の設定温度がより低いなどの違いがあります。

落下衝撃試験機
落下衝撃試験機。頭部の模型にヘルメットをセットして吊り上げ、規定の速度で鋼鉄製の台(画像中央)に向かって落とす

時代の要請に応じて、テスト項目や基準が変わってくるということはあるのでしょうか。

杉田試験方法や合格基準数値といった大きな変更はめったにありませんが、自転車用ではヘルメットの上に帽子を被せるタイプが登場したり、オートバイ用でも新しい機能や構造が出てきたりすると、それらに対応した基準が追加されることがあります。最近では今年3月に改正された自転車用のJIS規格において、落下衝撃試験で使用するアンビル(鋼鉄製の台)の形状が変更されました。従来は半球型でしたが、実際の事故状況にあわせ、ヨーロッパ規格でも採用されている縁石型に変更されました。

落下衝撃試験を受けたヘルメット
落下衝撃試験を受けたヘルメット

テスト担当としての、安全への思い、ものづくりへのこだわりを教えてください。

杉田ヘルメットは頭部を保護することが本来の役割であり、安全性は備わっていて当然の性能であるという意識が社内に浸透しています。そのため、安全性へのこだわりをあえて強くアピールすることはしていません。以前は、「より軽く、小さくしたい」「デザインはこうしたい」と形状が先に決まったところから、どのように安全性を確保していくかに苦労することが多くありました。どうしても小型軽量と安全性はトレードオフの関係にあるためです。現在では、まず安全性を確保し、そこから付加価値を高めていく、という考え方へと全社的に変わってきています。

実際の試験で、製品化間近のものが不合格になる、といった事例はあるのでしょうか。

杉田あります。先ほどの流れにも関連しますが、量産品が日本に入庫した後の最終試験で不合格となり、一部製品が出荷できなかったり、追加検証のために出荷を遅らせたりする事例は過去にありました。開発段階では基準をクリアしていても、製品には生産時のバラツキがあるため、想定外のバラツキによって不合格になってしまう可能性もあります。出荷間近の製品でも、やはり、ダメなものはダメなんだとはっきり言う。そこには責任と誇りを持っています。

最後に、この仕事をやっていてよかった、と思えたのはどんなときだったかを教えてください。

杉田私は学生時代、隕石の研究をしていましたが、その分野では直接他の人の役に立つことが難しいと感じていました。そうした思いもあり、一般企業で社会の役に立つ仕事がしたいと考え、入社しました。
現在はヘルメットの安全性に関わる仕事をしていますが、実際には事故が起きないと成果が見えにくい分野です。また、ユーザーさんと直接関わる機会も多くはありません。それでも、「ヘルメットのおかげでこどもの命を守れました」といった、直筆のお手紙が届くことがあり、そのような声に触れたとき、この仕事をやっていてよかったと実感します。

杉田光弘さん

今回は、オージーケーカブトさんの自転車ヘルメット普及に向けた取り組みを、広報と製造現場からお聞きしてきました。警察や自治体、教育機関など立場の違いに直面しながらも、自転車利用者の命を守りたいという思いで共鳴した人たちとともに、アイデアと熱意で活動する広報チーム。その活動の根本には、命の安全が最優先であるという統一された全社の方針と、安全性能の番人として誇りを持つ製造現場の力がありました。