ロボコン大賞とHonda賞をダブル受賞した奈良工業高専 高専ロボコン挑戦に懸ける情熱に迫る
2019年11月、大盛況のうちに開催された高専ロボコン2019全国大会。優れたロボットを開発したチームに贈られる最高の栄誉「ロボコン大賞」と「Honda賞」をダブル受賞したのが、奈良工業高等専門学校(奈良工業高専)Aチームの「飛鳥」だ。今回は、奈良工業高専にあるチームの工房にお伺いしてロボット開発の現場を紹介するとともに、「全国優勝」という目標に懸ける彼らの情熱に迫った。
高専ロボコンとは?
アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト(高専ロボコン)は、“高専生の甲子園”ともいわれる伝統の競技大会。学生に「発想することの大切さ」「ものづくりの素晴らしさ」を共有してもらう場として、1988年にスタート。Hondaは次世代を担うエンジニアたちのモノづくりへの情熱とチャレンジを全力で応援するため、2002年から特別協賛。従業員が地区大会・全国大会の審査員を務めるなど、サポートを続けている。 今年は、「人の役に立ち、人間社会の生活を豊かにしたい」というHondaの想いと繋がるテーマである「洗濯物干し」。地区大会の戦いを経て選抜された26チームが開発したロボットの能力やアイデアを競い合った。
これが「飛鳥」の
ロボットだ!
受賞した奈良工業高専チーム「飛鳥」は、赤い「朱雀(すざく)」と青い「斑鳩(いかるが)」という奈良にゆかりのあるネーミングの2台の自動運転ロボットを開発。「朱雀」はTシャツとシーツを回収して、準決勝ではハンガーを連結してまるで鳥が翼を広げたような姿で8枚のTシャツを一気に干した。一方の「斑鳩」は自動でバスタオルを回収して干すほか、「朱雀」と連携して2台で大きなシーツを干すことができる。自動運転で動く2台が協調しながら洗濯物を回収して干すというミッションを素早く遂行していくところが見どころだ。
「朱雀」がTシャツ8枚を一気に干す姿は、まるで伝説の鳥が羽根を広げたような美しさ。物干し竿いっぱいに一気にTシャツを干す様子は圧巻だった。ちなみに、Tシャツの色も干すときに美しく見えるようなデザインのものを採用。このTシャツを掛けているハンガーは、ハンガー同士を連結できるように市販のハンガーを改造したもの。
大会では、対決する2つのチームが自分たちの色のタオルを正確に回収するというミッションが課されている。この課題に対して、「斑鳩」は自分たちのタオルを正確に判断して回収する画像認識のプログラムを実装。色で判断するだけでなく、タオルに特殊な蛍光塗料を塗ることでタオルの取違いをしないよう工夫している。ハードウェアと電子制御・プログラム双方の開発が高いレベルで実現した成果だ。
「飛鳥」のクライマックスは、2台のマシンが協力して行うシーツ掛け。本来であれば「朱雀」が1台でシーツを干すことができるそうなのだが、よりダイナミックにシーツ干しを見せて審査員や会場の観客を魅了するために、2台が協力してシーツを大きく広げるように開発した。
奈良工業高専の
ロボット開発現場に潜入!
広い校内の一角にある「ものづくり工房」と「ゆめづくり工房」という2つの工房が、「飛鳥」の活動拠点。ここでロボコンに挑む有志で集まったメンバー約50名が、毎日の放課後や週末にロボットの企画設計と開発に取り組んでいる。窓に貼られている「ロボコンしようぜ!」という言葉からも、彼らのロボコンに懸ける情熱が伝わってくる。
ボール盤と呼ばれる工作機械や3Dプリンターなどが整然と並ぶ工房内。奈良工業高専チームの伝統として複雑な工作機械を使わずにシンプルに制作することをモットーとしているとのこと。ホワイトボードには一面びっしりとアイデアを書き留めたメモが残されているのが印象的だ。
チームの強みは、
「シンプルとスピード」
そして「唯一無二のアイデア」
リーダーの宮原康輔さんは、この奈良工業高専チームの強みについて「ロボットをシンプルで簡素な造りにすることで、より速く開発のPDCAサイクルを回すことができるという点」と語る。高度な工作機械を駆使して複雑なロボットを開発すると、ロボットは高度化できるが開発に時間が掛かり、課題が見つかった場合の軌道修正にも時間が掛かる。限られた時間で早く開発ロードマップを動かして、完成度の高いロボットを作るために、あえてシンプルなロボットを作るのが、奈良工業高専の伝統的なモノづくりのプロセスなのだ。「だらだらと時間を掛けるのではなく、作業時間や誰が何をしているのかをしっかり管理してロボットづくりをしています」(宮原さん)。
全国優勝を目指した、
「飛鳥」の
妥協なきロボット開発
全員でアイデアを出し合い、
グループでブラッシュアップ!
ロボットのアイデア出しは、A4の紙からスタート。そこにメンバー全員で思い思いのアイデアを挙げてもらい、そこからロボットの設計・組立てを行う「機械グループ」と、電子回路・電子制御を開発する「回路・制御グループ」に分かれてアイデアのブラッシュアップを行った。「ロボットの全体像から細部の機構に至るまで、すべてまずは全員で意見を出し合い、詰めていきました」と宮原さん。ユニークなアイデアを生み出すために、メンバーは日頃から他校のロボットを参考にしながら「自分だったら、どうするか」を常に考え、発想力を鍛えているという。寝ても覚めてもロボットのこと、ロボコンのことを考えるという情熱が、優れたロボットを生み出す原動力になったのだ。
開発を1からやり直したことも。
すべては全国優勝のために!
高専ロボコン2019の開発テーマとルールが発表されたのは、4月。そこからメンバーは1ヵ月ほど掛けてルールの理解と「全国大会で勝てるロボット」を目指したアイデア出しを行ってきた。その後の開発では、思い描いた通りの挙動を実現することができず、開発を1からやり直したことも。全国優勝を勝ち取るという目標のためには、ただ与えられたミッションをクリアするだけでなく、それを高いレベルで実現することが重要だ。その情熱から、強い意思をもって開発に失敗しても立ち上がり、諦めずに挑戦し続けたのだ。
そして失敗と再挑戦を繰り返しながら、最初の試作機が完成したのは8月。そこから、さらに試運転と練習を重ねて、彼らは地区大会に臨んだ。「地区大会を突破した後も、全国大会に向けてロボットのブラッシュアップと改良は続けていきました。『2台で協調してシーツを干す』というアイデアを実装することを決めたのは、地区大会のあとでした」と宮原さん。確実に全国で優勝するためにはどうするべきか。その熱意から、全国大会進出を決めた後でも、一切妥協のない開発を続けたのだ。
26校中2校しかいなかった
「2台自動制御」、難題にどう挑んだ?
「飛鳥」のロボットの大きな特徴である「2台自動制御」。実は、全国大会出場26チーム中2チームしか採用しなかった非常に難しい技術だ。「飛鳥」では、フィールドを座標化して2台のロボットに取り付けたセンサーで自分の位置や目標となる対象物との距離を把握しながら正確にフィールドを動かすプログラミングを行ったほか、2台が動作中に衝突しないように相互に位置情報を送信するなど工夫を重ねたという。「2台自動制御には反対意見もありましたが、よりロボットを美しく魅せたいという思いで開発に踏み切りました」(宮原さん)。
「朱雀」と「斑鳩」に息づく、
先輩たちが残したDNA
「飛鳥」のロボットは彼らがゼロからアイデアを考え、設計・制作したものであるが、その心臓部には先輩たちから代々受け継いだDNAが息づいている。それが、ロボットを制御する「回路」だ。坂本さんは「回路は信頼性の観点から先輩たちが作ったものを引き継ぎ、それを今回の2台自動制御ロボットに合わせて開発し直したものを使用しています」と説明する。回路・制御グループリーダーの上垣柊季さんも「他校では回路を毎年新たに作るチームもあるが、私たちは開発期間短縮と試作テストを効率よく進めるために過去の回路を活用している」と話す。過去に既に大会で稼働したことのある回路を活用ことで、回路の動作不良による不具合を軽減できるほか、開発スピードの短縮も可能になる。「飛鳥」のロボットは、先輩たちの財産と新しいアイデアの融合によって生まれたのだ。
本番前に、考えられる課題は
すべて洗い出せ!
完成度の高いロボットを作るためには、「どこまで精度を追求すればいいのか」という課題がつきまとう。この課題に対して彼らは、制作段階で精度を追求するのではなく、ひたすら試運転と練習を重ねることで、そこから生まれるロボットの課題を徹底的に洗い出し、ひとつずつ潰していった。宮原さんは「ロボットの動作はフィールドの環境など外的要因で刻々と変わります。工房で調整に時間を費やすよりも、練習を重ねることで環境に適応できるロボットにしていくことが大事だと考えました。事前に“できることはしておこう”という考えで挑戦を続けました」と完成度へのこだわりについて語った。ロボットの完成度には終わりがなく、完璧な挙動を実現するためには、とにかく想定される不具合やアクシデントを事前に把握して解決しておくことが重要だ。そのために、彼らは「どれだけロボットを動かす時間を確保できるか」に徹底的にこだわったのだ。
ロボット開発は苦悩の連続、
でも実現できたときは最高に楽しい!
メンバーの口から語られた言葉で印象的だったのは、「開発している最中はいつもツラい。失敗に対して『なぜできないのか』という原因を常に考え続けなければならないので、その重圧に押しつぶされそうになりました」という、廣本一真さんの言葉だ。アイデアを形にすることは簡単なことではなく、設計通りに開発しながらも思い通りに動かないロボットから問題点を見つけ出し、ひとつひとつ解決していくという地道な作業は、「何としてもロボットを完成させて、日本一になりたい」という情熱がなければ出来ないことだ。「作っているときはツラいことが多すぎて、楽しいとは思えないです。でも、苦労して開発したロボットが思い通りに動いてくれたときは、最高に楽しい!」(廣本さん)。
高専ロボコンを経験して、
いま感じていること
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宮原 康輔さん
中学生のときから興味を持ってロボコンに挑戦したいと思いこの学校に来たので、(ロボット開発に没頭できて)本当によかったです。私にとってロボコンは生きがいであり、一緒に挑んだ仲間は家族のような存在です。
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上垣 柊季さん
ロボットの設計のスキル以外にも、ひとつの目標に向かってチームで団結して目指すなかで課題を解決するためのコミュニケーション能力が磨かれたと思います。
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坂本 光皓さん
モノづくりの経験ができたこと、モノづくりをする中で生じる様々なトラブルに対処する根気が身についたと思います。
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宇野 耀さん
ひとつのロボットをチームで作るというロボコンは、チームでやるスポーツなどとは違った難しさがありました。私自身、チームで本気になって取り組むということが人生のなかで初めての経験だったので、貴重な経験になりました。
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中津 藍史さん
高専に来る前から制御系に興味があって、このチームでロボコンに挑みながら様々な開発に携わりモノづくりに関われてよかったです。
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服部 圭一郎さん
全国優勝を目指すという熱意をもって本気になって取り組んできたのが本当によかった。これまでの5年間本当に楽しい時間だった。
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廣本 一真さん
高専ロボコンがやりたくてこの部活に入りました。意見が合わないこともありましたが、ひとつの目標に向かって思いをひとつにしていけて、良い経験になりました。
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柳田 栞吾さん
高専ロボコンのようなチームで行うロボット作りの経験は社会に出てからも役に立つと思います。こうした経験が若い時にできて本当に良かったです。
彼らの言葉からは、「唯一無二のロボットを作り、全国大会で優勝する」という強い情熱をチーム全員が持ち、
様々な課題に本気で挑みながら達成感を掴み取るというモノづくりの醍醐味を感じ取れることができた。
彼らが説明する通り、優れたアイデアを考案し、理想通りのロボットをゼロから作り上げることは簡単ではない。
動作に不具合が起きればその原因をみんなで探り、解決策を考え、挫折と克服を繰り返しながら完成を目指す。
その地道な作業が、目標達成の唯一の方法なのだ。
そして彼らは、「ロボコン大賞」「Honda賞」という最高の達成感と喜びを手に入れることができた。
情熱をもって難題を乗り越えて栄光を掴んだことで、彼らは大きく成長できたに違いない。
それぞれに思い描く、将来の夢
取材の最後に、メンバーの皆さんに「将来の夢」を紙に書いてもらった。
意外だったのは、「こんなロボットを作りたい」という夢がひとつもなかったことだ。
「ロボットはひとつの手段かもしれないが、そのロボットを含めて自分自身が社会のために何ができるのかを考えていきたい」
とメンバーの皆さんは語る。社会を豊かにしたい、人の役に立ちたい、命を救いたい・・・
それぞれの夢に込めた思いを形にするために、どのようなアイデアが考えられるのか。
彼らが挑もうとしている夢は、もうすでに「ロボット開発の先にある未来」を見ているのかもしれない。
Hondaは、これからも夢を追い続ける未来のエンジニアたちを応援してまいります。