移動を通じて新たな発見や
喜びをもたらすために

株式会社ストリーモ 代表取締役
森 庸太朗
2022.10.06
ストリーモ
株式会社ストリーモ 代表取締役
森 庸太朗
2022.10.06

2021年8月にIGNITIONプログラムを経て、Hondaからのカーブアウトという形で株式会社ストリーモを創業。
独自の揺動機構を持つ電動三輪マイクロモビリティ『Striemo』を開発。現在は、プロダクトの強みである安定性を武器に、歩行領域における事業拡大を推し進めている。

山岳部で知った移動の面白さ

僕が「移動すること」の楽しさを知ったのは高校生の時でした。当時、山岳部に入っていて、山を登っては降りてを繰り返していたんです。
「なんでこんなに大変な思いをして歩いてるんだろう、もっと効率よく移動できないかな」って思うようになって、中学生の時から乗っていたマウンテンバイクを山に持って行くようになりました。自転車を使うと、1泊しないといけないような山を1日で周れるんですよね。山の頂上まで背負って持っていって、下りは乗って下りてくる、みたいなことをしていました。

登山を機に自転車に興味を持つようになったのですが、ものづくりも好きだったので、大学は機械いじりができるところを選びました。授業でロボコンに参加できる大学に行ってものづくりを楽しんで単位を取りつつ、サイクリング部に入っていろんな場所を周りました。自転車で移動して野宿しながら、北海道や東北、四国を周ったり。初めての海外もスリランカに自転車を持っていって、国中を周るという感じでした。自転車ぐらいのスピードだとすぐに止まれるし、周りも見渡せるしそれが良かった。山登りをしている時と同じように、走っては止まってを繰り返しながら、思いがけない出会いと移動を楽しんでましたね。

「打ち上げ花火」で終わりたくなかった

自転車で旅をする傍らで、自転車を持ってゴンドラで山頂まで行き、山を下るダウンヒルというレースに出ていました。そういったレースで、大きなトラックに自転車を乗せて出場していたメーカーがいたんですね。それがHondaだったんです。

自分は自転車や移動、ものづくりが好きだし、大学ではロボコンもやってたりもしたけど、どういう方向に行くのか将来へのフォーカスは定まっていませんでした。ただ、当時からモビリティに関わることで世界を変えたいという想いがあったんです。
実は、大学では災害救助のロボットの研究をやっていて、それが新聞やテレビに取り上げてもらったこともあり評判がよかったんです。そういう世間の反応から、乗り物とかモビリティの領域で、世の中に新しいものを示していけるんだという感触を持っていました。
ただ、大学の研究だと創って終わりなんですね。創ってびっくりさせるだけで、世の中にでていかない…、打ち上げ花火で終わるというのは僕は嫌だったんです。世に出して使ってもらって、役に立ってこそ意味があると。

そんな風に自分の行きたい道を迷っている中で「Hondaだったらロボット、モビリティどっちに振れても何かできそうだな」と思い、Hondaに入りました。

人と乗り物の信頼関係

Hondaに入って最初は四輪バギーの電動パワステを担当しました。その後、自分もやっていたダウンヒルレースで使う自転車の開発に携わりました。ただこのプロジェクトは、開発は行ったものの残念ながら市販には至りませんでした。そんな経験の中で「次はどうしようかな」って散々迷ったあげく、二足のわらじとしてフルタイムで働く一方、プライベートで再度大学に行って、Ph.Dを取得したりしました。

そのころ業務ではオフロード繋がりでモトクロスのバイクに携わるようになり、量産車からレース用の車両まで色々と学ばせてもらいました。実際に乗っているライダーたちが感じていることは何か?ということを物理現象としてバイクに落とし込むのが研究の領域で、例えば、ライダーが「車が固い」って言っても、実は剛性が低い場所があって、逆にギャップを拾ったときの挙動を固いと感じてるということがあったりします。ライダーの感じることを聞き、仮説を立てて、そこからもう一度遡って検証するために設定の違うA車とB車に乗ってもらう。そういうプロセスを何度も繰り返し、ライダーが望むことを物理的に考え反映していく。実際にバイクに乗るライダーの「感性の領域」の開発は、まさに「人研究」だと思います。

人って、乗り物が普段とは異なる挙動をちょっとでもしてしまうと、「裏切られた」と感じてしまう瞬間があるんですよね。それ以上その乗り物を信用できなくなっちゃったり。例えばレース中にライダーがバイクに裏切られて一瞬ちょっと怖い思いをすると、迷いが出てタイムが出なかったりする。逆に、「違和感なく走れた。このバイクは信頼できる」となると、ライダーはその分安心して速く走れるわけです。だから、ライダーとバイクの信頼関係を築くためにも、彼らの感性を物理的に落とし込む人研究は非常に大事な部分です。

マイクロモビリティにこだわる理由

僕がマイクロモビリティにこだわる理由は、他の乗り物では難しい移動中の思わぬ出会いや気づきが、マイクロモビリティならできる、というところですね。

今後は自動運転中に、スマホがいじれます、ビデオが見られますみたいな話がありますが、それって「移動の楽しみ」ではなくて、「移動時間をどう過ごすか」にフォーカスが当たっていく話になりますよね。じゃあ、本来の移動の楽しみの中で、これから残り続ける領域ってなんだろう?って考えたら、それは、移動中の思わぬ出会いや気づきといった楽しみなのではないか。それをより楽しめるのが、周りを見渡し、自分のペースで移動したり、立ち止まったりすることができるマイクロモビリティの領域かなと思ったんです。

例えば、毎日会社に行く途中や、買い物に行く途中に花が咲いていたとするじゃないですか。でも、車やバイクだったら気づいてもそのまま素通りしちゃいますよね。でも、マイクロモビリティなら、花が咲いていたら立ち止まって見たり写真を撮ったりできるし、気になるお店があったら立ち止まって寄り道したりできるんです。風や香りを感じたり、移動の素の楽しさを五感で感じられるところは、マイクロモビリティならではの価値といえるのではないかと。

自宅ガレージから始まった
Striemoの開発

Striemoの開発は、元々は自宅のガレージから始まりました。実は、二輪の開発に携わっていた時にマイクロモビリティに近しい領域のテーマを提案し、翌年度のテーマに決まっていたのですが、戦略部門に異動になってしまい推進することができなくなってしまったんです。新しい部署では直接手を動かしてものづくりを行う機会はありませんでした。でも、やっぱりものづくりしたいという気持ちが強くあったので、自分でつくってしまおうと思い立ったんです。

それで、異動した後の5月のゴールデンウィークくらいから妄想を始めて、構想や必要な部品などを通勤時の電車の中や、休みの日に書き出したりしていました。夏休みには部品を集めて作り出すぞという思いで。

最近は、ものづくりがやりやすい時代になってきましたよね。鉄やアルミなども必要なサイズを通販で取り寄せたり、データさえ作って発注すれば、3Dプリンターで出力された部品が手に入りますし。予算の関係から一部の部品は溶接機を買って家で溶接してつくったりしながら、原理検証できるくらいまでのマシンを自宅ガレージで全部つくりました。

ある程度つくったところで、「これだったら他の人も乗せられて、拡がるものができる」という実感が持てました。それが起業へのはじまりですね。ここまでつくったら、もう絶対に世に出さなきゃいけないと思ったんです。

※自宅ガレージで制作し、Striemoの原型となった試作機

起業したからこそ見えてきた声

Honda内部でのプロジェクト化を模索もしましたが、種々の理由で実現できず、それなら自分でやってみようということで、IGNITIONに応募をしました。

自分の中では、自転車とも違う価値を提供できるという自信はあったし、今までキックボードに不安を感じていた人や、その他にも「救える人がいっぱいいる」という想いがありました。自転車が苦手な人でもStriemoなら、2、3分練習すれば乗れたりしていたのでより多くの人が乗れる乗り物になれると。

世の中に発表してみると、自転車が苦手な方だけでなく、自転車に乗れない方からの問い合わせもいただきました。乗れない理由の中には、膝関節とか股関節とかが痛くて乗れないというのもあるんですね。そこで、実際に乗ってもらったのですが、そこでは「今までは足や膝が痛くなって仕事に支障が出ていたけれど、これだったら支障なく仕事ができそう」という声をいただきました。実際に感謝されると「よかったな〜。もっと頑張らなきゃ、よりよいものを届けられるよう頑張らなきゃ!」って思いますね。

起業して皆さんに見せられたからこそ、より多くの人に期待や興味をもって頂けて、問い合わせやアドバイスも頂けるようになりました。仮説に対して声を直接きいて検証ができるようにもなりましたし、声が直接届くようになったことで、今まで自分たちが見えていなかったお客様を助けていけるっていうのがすごく嬉しいことですね。

メンバーとの信頼関係

うちの会社は技術者の僕と、もう一人Hondaの技術者と一緒にやっていました。ただエンジニア2人で事業を立ち上げていくのはなかなか難しく、企業として広げていくためには、やっぱり事業がわかる人がいた方がいいということになって。ただ、そのもう一人の仲間集めっていうのは、本当に苦労しました。

実は、起業した際、HAXというハードウェアアクセラレーションプログラムをやっているベンチャーキャピタルから支援を受けていまして、事業化をさらに加速させるべく、その東京支部であるHAX Tokyoのプログラムに参加していました。そのメンターをしてくれていた方を口説き倒し、3人目のメンバーとして加わって頂きました。

3人という小規模でやっているので、お互いの立場は対等です。自分が社長だからという感覚はないですね。みんなで相談しながら製品だったりサービスだったりを、より良い方向に持っていこうという想いで進めています。

また、それぞれ得意、不得意な領域があるので、互いの言葉に耳を傾けたり、たまにごめんなさーいと謝ったり(笑)お互い言いたいことを言える環境で今動けているので、そこはすごくやりやすいです。自分が知らない領域での学びもあるし、いい形が築けていると思っています。

今、インターンが日本に3名、フランスに2名いて、スポットで参加している方もいます。また秋には新しいメンバーも増えますし、人材も募集しているので、これからどんどん会社を大きくしていけたらいいですね。

※フランスの展示会にて撮影
 現地協力者とインターン、ストリーモの経営陣と

乗り物のスタンダードになるために

今後は、より多くの人が乗れる乗り物として、Striemoがスタンダードのひとつとなっていくことが目標です。今の二輪って傾いた方向にハンドルをきることでバランスをとって倒れずに乗れる乗り物なのですが、三輪の乗り物は、3点が接地することで安定は保ちやすい。さらには人の感覚に合った操縦ができるようにするための技術を詰め込んだものがStriemoなんです。人の感覚に自然と寄り添う乗り物だから、四輪車・二輪車、そしてStriemo、という乗り物の選択肢の一つになれるんじゃないかという仮説を立てています。

今まで、二輪車が苦手だと感じる人には、マイクロモビリティの選択肢があまりなかったと思うのですが、Striemoはそういう方達に選んでもらえるようなモビリティになれるんじゃないかと思っています。世の中に移動の選択肢をどんどん増やしていって、その選択肢の一つとして根付いてもらう、そしてお客様の移動や暮らしの役に立っていただく。といったところを目指して行きたいと思っています。

とはいえ、日本でStriemoのようなマイクロモビリティを普及させるには課題もあります。海外での最初の市場として事業展開を計画しているフランスでは、自転車が走るレーンと歩行者が使うレーンが明確に分離していて、走りやすく移動しやすい街づくりができているんです。正直、日本だとStriemoを便利に使えるかというところでは、街のインフラが追い付いていないというのが大きな課題です。だからこそ、ヨーロッパでの成功例も並行して作りながら、日本での取り組みを進めていきたいと考えています。

自分の中では「何か役に立つものを創りたい」というのは常にありますし、「他の人が創れないものをゼロから創り出せる」というのが自分の持ち味だと思っています。それを活かして、今後もお客様のニーズを探りながら、次の形も生み出していきます。

こちらの写真はプロトタイプとなっており、実際の製品版とは仕様が異なります。製品版は現行法規における一種原動機付自転車扱いとなり、免許、ヘルメット、ナンバー登録、自賠責保険が必要になります。自動車専用道や歩道は走行できません。
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