視覚障がい者の歩行課題を
新たなアイデアで解決

株式会社Ashirase 代表取締役
千野 歩
2022.08.25
ASHIRASE
株式会社Ashirase 代表取締役
千野 歩
2022.08.25

2021年4月にIGNITIONプログラムを経て、Hondaからのカーブアウトという形で株式会社Ashiraseを創業。
現在は視覚障がい者向け歩行ナビゲーションシステム『あしらせ』の開発を進めている。

決して優等生ではなかった学生時代

大学生時代は、飲み歩いたり、バイトしたりしていて、いわゆる典型的な大学生でした(笑)

大学の勉強は楽しかったのですが、なにか新しいものを生み出したいとか、何かを作りたいというよりは、この技術おもしろそうだなと思うくらいで。こだわって何かをやってたとか、そこまで野心的な思いは特になかったです。

大学を卒業後にHondaに入社するのですが、正直いうと栃木に行くとは思っていなくて、Hondaの研究開発の拠点は朝霞(埼玉県)に全部あると思っていたら、四輪は栃木だったんですよね。栃木に行ったら知り合いもほとんどいないので、ひたすら会社と家で生活しているみたいな環境でした。

入社後はハイブリッド関連の部門に所属しました。今ではハイブリッドはそんなに新しい技術ではないですが、2008年当時はハイブリッド創世記といった感じで、まだ新しい領域という認識でした。そういう意味では、いわゆる花形になり始めているようなジャンルでもあったので、クルマづくりという領域の中でも新しいものを作っている、というおもしろさを感じながら仕事をしていましたね。

Ashiraseを創業するまで

高齢で目が不自由だった妻の祖母が足を踏み外して川に落ちて亡くなってしまうという事故が「あしらせ」を開発するきっかけの一つでした。この「あしらせ」自体はずっとプライベートで開発をしていました。
良いチャンスがあればそれを掴みに行けばいいし、なければ淡々と開発をしてプロダクトを進めていけばいい、というような考え方でした。

ただ、一緒に開発をしている仲間もいたので、イグジットの方法とか、社会実装の方法を決めないといけないなと、開発を始めて3年ぐらいしてから漠然と考えていました。

起業の2つのきっかけ

そのタイミングでちょうど、「IGNITION」を運営している部門のトップの方が「まだあしらせの検討続けてるの?」と「あしらせ」のことを覚えていてくれて※聞いてくれたんです。それで「やってます」という話をしたら、「ちょっと1回話をしようか」ということになって、話をする場を作ってくれて。「こういうプログラムを作ろうとしてるから、チャレンジしてみるか?」という感じで、IGNITIONを紹介してくれたのが起業のきっかけです。
※千野は2018年のIGNITIONに一度目のチャレンジをしている。当時は今の「あしらせ」とは少し違う形での提案だったため、最終審査で不合格となっていた。

実は開発をしていく先で仲良くなった視覚障がい者の方とのやりとりも起業に至るきっかけの一つです。
彼らと普通にしゃべったり、飲みに行くような関係になっていくうちに、彼らが“健常者にとって当たり前な事象”に対して「諦め」の感情を抱いていることに僕自身違和感を抱くようになりました。「新しい場所にひとりで行くのは諦めてるから」みたいな話が、ふと出てくるんです。そういう仲良くなった人たちや、「積極的に動きたい」という障がい者の方達の助けになりたい、喜ぶようなプロダクトにしたいという思いが「Ashirase」を起業する大きな動機になりました。

不安を感じるより、次の一歩に集中する

起業するにあたって、「不安はないんですか?」とか色々聞かれましたが、マインドとして、僕は不安を感じない人間になりたいなと思っていて、そのためにどうすべきかを日々意識しながら動いています。
実は不安というのは未来のことに対しての想像なんです。「想像で悪いことを考えていると、悪いほうには無限に進化していく」という話をしている人がいて、それを聞いて「おもしろいな」と思ったんです。それから僕は、その不安のことばかり考えている時間がすごく無駄だなと思うようになりました。
たとえば、資金調達がうまくいかないかもしれないって不安があったとしたら、その不安を解消するには、資金調達の活動を加速させるしかないわけですよね。足りない部分をどうするかということを検討するしかないわけで。「やばいな」って不安に思っててもなにも解決しないし、おそらく最初の一歩を踏み出さなきゃいけないということは、本当は理解できているんじゃないかなと思ったわけです。
ちょっと不安になりそうだったら「まず一歩目に何をしようか」というのを考えて、そっちに集中する。それで「不安が解消できている」と言い聞かせながら、不安を見ないようにするっていうことを、今訓練しています。もちろん、うまくいってないときや、失敗したということはいっぱいありますけど、ここ一年くらいは、ほとんど不安を感じることはなかったですね。

アイデアマンで終わるつもりはない

僕は、いわゆる「アイデアマン」と言われるのが好きじゃないんですね。良いアイデアを出すだけなら誰でもできますし、出すだけというのは僕はダサいと思っていて。だから、「あしらせ」も、社会に実装して初めて価値あるものだと思っているんです。そこを成し遂げずにやめるというのは、個人的な価値観としてはものすごくダサいし、嫌なので。アイデアだけで終わるつもりはないです。

アイデアを出して、それを社会に実装するっていうところまでをやり遂げる人は、なかなかいないと思うんです。僕はこれがすごい格好良いことだと思っています。だから、少なくとも、実装するまではあきらめませんし、その後も歩みを止めるつもりもありません。

2018年に応募したIGNITIONで「あしらせ」が落ちたときにやめなかったのは、そういうことがひとつの理由でもあります。

諦めないもうひとつの理由は、さっきお話しした視覚障がい者の人たちが、「あしらせ」に共感してアイデア出しに協力してくださっていて、彼らが社会の中で、本当に喜べるプロダクトを一緒に作っていきたいと思ったからです。彼らの期待に応えるまでは諦めません。

※あしらせ開発中のアイデアスケッチ

起業して訪れたマインドチェンジ

実は起業前は、社会を変えたいとは思っていませんでした。それよりもプロダクトを世の中に出したいという想いが一番で、社会を変えたいなんて恥ずかしくて言葉にできませんでした。だけど、今は、社会を変えたい、変えられる。そういうふうに思っています。

人間の歩行動作は、基本的に二足歩行であり続けるのは半永久的な機構です。しかし、そこを科学し続けるテクノロジーは、他の領域に比べて殆ど入ってきてない。もっとやれることがいっぱいあるんじゃないかと思っています。例えば、足って人間が歩いているときに一番加速度がつく場所で、だからこそわかるデータがあったり。そういうのを科学し続けるのは、面白い。いろんな要素をしっかりと押さえつつ信頼を得ながらスタートすることで世界に広げていけると思っています。

お客様の声とわたしたちの想い

元々「Ashirase」創業前のHonda時代から、ずっと付き合っているお客様がたくさんいるんですね。そういった人たちをきっかけにして、徐々に広がっていっている感じがあります。Hondaから製品の記事やリリース情報を出して頂いたことで、それだけで認知度がとても上がりました。問い合わせもたくさん来たりとか、いろんなところで繋げてもらっていますね。

今でも実証実験や体験会などを開催していて、ほぼ毎週、視覚障がい者と会ってコミュニケーションを取っています。お話ししていると、彼らの中でも外に出かけるという人は結構いるのですが、「気ままに出かける」ということを彼らが無意識的に排除しているのかもしれないということを感じますね。そういう中で「あしらせ」を通して、「外に行ってみたいと思えた」と彼らの口から言ってもらえたのは、大きな価値があるんじゃないかなと思っていますし、自分が目指していることに近づいていけているのかな、という実感に繋がっていますね。

コメントの中には「こういうふうにするともっと良くなれるね」というような意見もあったりします。いただいた意見全部をやっていると終わらなくなるので、自分たちのコンセプトに合っていて、なおかつ事業として有望で、最短でできるものなど、実装可能性を見極めながら拾い上げていくつもりです。

「Ashirase」は、「人の豊かさを歩くで作る」というミッションを掲げているのですが、マイナスからゼロではなく、ゼロからプラスへという視点でやりたいと思っています。視覚障がいをはじめとした様々な障がいを持つ方から健常者の方々まで、「歩く」という手段を使って、今よりずっと人生を楽しんでいるような、豊かさに溢れた社会を創っていきたいですね。

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