HRCリバリーマシン

レースは夢を体現する場。デザイナーが解釈したHRCらしさとは

Hondaにとって「レースは走る実験室」

1964年、世界最高峰の四輪レースであるF1のドイツグランプリへ初めて挑戦したHonda。一方で、1982年に誕生したHonda Racing Corporation(以下、HRC)は、2022年に二輪レース専門から四輪レース部門と統合され、Hondaのモータースポーツすべてを統括する存在となりました。

スーパー耐久 2025年シーズンを戦ったCIVIC TYPE R HRC Concept
スーパー耐久 2025年シーズンを戦ったCIVIC TYPE R HRC Concept
HRCの前身、RSC(Honda Racing Service Center)のS800
HRCの前身、RSC(Honda Racing Service Center)のS800

Hondaにとってレースとは、エンジニアの技術力を鍛え、量産開発に活かす「走る実験室」であり、「速さを追求し、勝利を目指す」という夢を体現する場です。これまで培ってきた走りの哲学を、いかに視覚的に伝えるか。今回のプロジェクトは、デザイナーによる「HRCらしさ」や「レーシングカーのリバリー」を解釈するところから始まりました。

CIVIC TYPE R HRC Concept リバリーデザインの提案に向けて

全ては2025年シーズンのスーパー耐久シリーズ参戦に向けたCIVIC TYPE R HRC Conceptのリバリーの依頼をHRCから受けたことからスタートします。デザイナーたちは、ライバルや自らの過去を振り返るところから始めました。

※スーパー耐久シリーズに参戦したCIVIC TYPE R HRC Conceptはレース仕様のマシン。一方、TASで展示されるクルマはCIVIC TYPE R をベースにした HRC 仕様のコンセプトモデルであり、両者は異なります
ライバルや自らの歴史を知るところから始まった
ライバルや自らの歴史を知るところから始まった
1965年にF1初優勝をもたらしたRA272
1965年にF1初優勝をもたらしたRA272

HondaらしさHRCらしさのルーツと転換

HondaがF1に初参戦した時代は、国際レースにおいてはナショナルカラーというものが決められていました。イタリアは赤、フランスは青、ドイツはシルバー、イギリスはグリーンなど、国別に色が割り当てられていたのです。

当時、創業者の本田宗一郎は「黄金の国ジパング」にちなみ、ゴールドを希望しましたが、すでに他国のカラーであったため、「アイボリーに赤丸」がモータースポーツにおける「初めての日本のナショナルカラー」となりました。

HRCロゴもナショナルカラーの赤・白に青が加わったトリコロールを使用しており、それぞれの色には実は意味が込められています。

HRCのトリコロールに込められた想い
・赤:勝利にかける人間の熱い情熱
・青:理論に基づく高い技術力
・白:モータースポーツを愛する全てのお客様

※トリコロールとは国旗にみられるような赤・青・白のこと。フランス語で「3つの色」を意味する
HRCロゴ
CIVIC TYPE R-GT CONCEPT

しかしHondaのF1参戦以降、日本のメーカーのレーシングカーやスポーツカーには赤・白とモノトーンを使うことがこんにちでは一般的となり、サーキットでも市販スポーツカーでも似たようなリバリーの車両が溢れている状況になっています。

そのため、これまでのトリコロールという定義だけでは独自性が弱まっていると感じたデザイナーたちは車両のリバリーだけに取り組むのではなく、HRCとして「イメージの再定義」をすることへ大きく舵を切ったのです。

リバリーは時代を映す鏡

自らのルーツを知ったあとは「時代ごとにどのようなリバリーのトレンドがあったのか」という、ライバルたちのリサーチも行いました。

70年代はストライプを定義しているものが多く、90年代に入ると前半分が黒や青・後ろ半分が赤や黄色、のようにボディー全体に大胆に色面が渡るようになります。そして近年は、タバコのスポンサー規制などの影響で、エナジードリンクやゲーム・アニメ系などのスポンサーが増加しています。

加えて、時代とともにプリント技術が進化したことで、柄が複雑化している傾向があります。

Honda RA106
Hondaのデザイナー
今回のプロジェクトを担当したHondaデザイナーの大富部渚(左)と杉村廉太郎(右)

Honda・HRCらしい要素の抽出

リサーチを踏まえ、デザイナーたちが定めた目標は以下です。

「識別性が高く、速そうで、ワークスらしさのあるリバリー」
・レーシングドライバーに自信をみなぎらせる
・前を走るライバルにプレッシャーをかける
・Hondaワークスとしての風格

また、HRCらしさを再定義する以上、アイコニックな存在を目指すことに。これらを表現するためには具体的にどうすればいいか、検討に入りました。

リサーチから、「歴史はHondaの大きな財産である」と感じたデザイナーたちは、過去のレーシングカーにヒントを求めました。RA272やマクラーレン ホンダ MP4/4・BAR時代のF1マシン、市販車ベースのレーシングカー。HRC-USや二輪車のHRCマシンたち。これらの名車を眺めていると、ある共通項や法則のようなものが見えてきます。それは、日の丸を想起させる円弧のモチーフ、赤い色面の横断的な配置、情熱の赤が先行することでした。

これらの抽出した要素を使いながら、いかに「トリコロールをアイコンとして機能させられるか」。複数のアプローチを試行錯誤していきました。

過去のレーシングカー
HRCロゴ案

例えば、HRCのロゴの一部や国旗を素直にそのまま使ったものから、白に向けてグラデーションで表現したもの、マシンのサイドビューの傾きを表現したものなど様々です。

しかしグラデーションのように細かすぎるモチーフや要素が多いモチーフは、印象が弱まってしまいます。つまり、シンプルさはワークスとしての風格に繋がると考えたのです。

そこで最終的に、歴史から抽出した円弧だけにモチーフを絞り、ナショナルカラーである赤と白の円弧、さらに青と赤それぞれの円弧のストライプを重ね合わせ、色の調和が感じられるデザインを定義しました。

こうして、アイコンとしての「HRCの再定義」が完成しました。

HRCロゴ
A案の初期スケッチ。まだアイコンの再定義が完成していないため要素が多い
A案の初期スケッチ。まだアイコンの再定義が完成していないため要素が多い

勝つためのデザイン

そしてデザイナーたちは車両のリバリー作業に戻り、方向性の異なる3つの案を提案します。

A案は、アーチが車体を横断する、再定義したアイコンが素直に感じられるデザインです。

赤いエンブレムを中心に、円弧の反復をしていこうというアイデアです。スケッチの時点ではまだアイコンの再定義が完成していなかったため、ストライプが水平方向に入っています。
またフロントの円弧もそのままだとかわいらしい印象になってしまいますが、スタンスをよく見せるためパネルの張りに合わせた微調整を行いました。

B案は、70年代のリバリーのように、トラディショナルなストライプをあしらったもの。そのストライプもテクニカルにスライドしたひし形や、水平方向のものなど様々です。

C案は最近の複雑化してきているトレンドの中で、あえてシンプルでモダンな、ある意味ではレースカーらしくない挑戦的なものです。

レーシングカースケッチ
B案(上2枚)、C案(下2枚)
レーシングカースケッチ
A案検討時の展開図
最終的なレーシングカーデザイン

最終的に、一目で「Hondaのマシンだ!」とわかるキャラクター性のあるデザインであり、スタンスが良く、歴史の延長線にあるA案が選ばれました。

再定義したアイコンは、車両にあしらってもきちんと機能することが分かりました。

最終的なレーシングカーデザイン

東京オートサロンでお披露目されるHRCカラーのHonda HRC PRELUDE-GT

新たにHRCの名を掲げてSUPER GT 2026シーズンに挑む「Honda HRC PRELUDE-GT」

スーパー耐久のCIVIC TYPE R で定義した考え方は、TAS展示車両に共通する基盤となりました。

Honda HRC PRELUDE-GT
Honda HRC PRELUDE-GT
今回のプロジェクトでHondaのデザイナーとともにデザインをつくり上げた、HRCの香川岳寛。ワークスマシンのデザインを正しく定義すべく、デザイナーと密に連携し奔走した
今回のプロジェクトでHondaのデザイナーとともにデザインをつくり上げた、HRCの香川岳寛。ワークスマシンのデザインを正しく定義すべく、デザイナーと密に連携し奔走した

その中でも特に注目なのが新型GT500マシン「Honda HRC PRELUDE-GT」。2025年12月23日に行われたSUPER GT参戦体制についての発表会で、8号車は「Team HRC ARTA MUGEN」というチーム名に変更され、より一層HRCがサポート体制を強化すると宣言しました。

そんな注目のマシンに対してデザイナーたちがまず取り組んだのは、CIVICとの骨格の違いを理解すること。メイクアップと同じで、異なる骨格でも同じ顔に見せるためには、ラインの引き方やシェーディングなどの調整が必要になります。

Honda HRC PRELUDE-GT
Honda HRC PRELUDE-GT

デザインに一貫性を持たせるため、あえて車両ごとに異なる手法を取り入れるという工夫が随所に盛り込まれています。

具体的な例としては、CIVICはクルマの軸が比較的水平方向なのに対し、PRELUDEはウェッジがついているため、それに合わせてロゴを配置する角度も変えています。リア周りにおいても、CIVICはハの字形のプレスラインを強調するストライプでスタンス良く見せる工夫をしていましたが、PRELUDEは特徴であるワイドなリアコンビネーションランプが際立つようにすっきりとした形に調整しています。

Honda HRC PRELUDE-GT
HRCのリバリー車両の翼端板に共通のデザインが施されている
Honda HRC PRELUDE-GT

こういったディティールの積み重ねが車種の魅力を際立たせながらも、HRCとしての一貫性を持った魅力につながっています。

フロントのラインはスタンスよく地面に向かうようにし、サイドはブラックアウト処理でくびれをつくり、フェンダーの力強さを強調
フロントのラインはスタンスよく地面に向かうようにし、サイドはブラックアウト処理でくびれをつくり、フェンダーの力強さを強調
テスト時にもサイドにあしらわれた「Prelude-GT」のロゴも大富部の手によるもの
テスト時にもサイドにあしらわれた「Prelude-GT」のロゴも大富部の手によるもの

再定義したHRCアイコンが統一感を生む

市販車をベースとしたPRELUDE HRC Conceptは、現実的に街中でも魅力的に見えるデザインを目指し、全体的にはシンプルながらもアクセントとしてデザイナーが考えたアイコニックカラーを配しています。

PRELUDE HRC Concept
CIVIC TYPE R HRC Concept

HRCでのモータースポーツ活動のノウハウが活かされたCIVIC TYPE R HRC Conceptは、HRCのアイコンをさらに再構成したカモフラ柄を纏っています。赤と青の円弧ストライプを用いることでこの1台でもHRCだとわかり、仮に、PRELUDE-GTとCIVIC TYPE R HRC Conceptの3台が並んでも違和感がないように調整していきました。

かなり振り切ったデザインでも同じに見えるのは、HRCのアイコンを再定義した時点で「円弧のストライプ」という主張の強いモチーフがあったからこそ。薄くしても濃くしても、統一感が出せるモチーフだということを示すことができました。

制作したカモフラージュ柄をフラッグに落とし込む想定をしたもの
制作したカモフラージュ柄をフラッグに落とし込む想定をしたもの
ゲーミングシミュレーター
NSX-GTをベースとしたゲーミングシミュレーターHonda eMS SIM-02とSIM-01(TAS出展はなし)

これらの3台の他に、NSX-GTをベースにしたゲーミングシミュレーター Honda eMS SIM-02も展示会場に並び、HRCの世界観を広げています。

グッズ展開

また、HRCの世界観をより多くの人に、一体感を持って楽しんでいただく工夫も重要な要素の一つです。スーパー耐久のCIVIC TYPE Rの提案時から、デザイナーたちはスマホケースやタオルなどグッズ展開のイメージをつくり「応援する人とチームが同じデザインを持つ重要性」を考えてきました。その結果、今回のTASにおいてステッカーやクリアファイルなどのグッズをお届けできることになりました。

今後も、レースに向けてアパレルや応援グッズはもちろん、それ以外に今までレースに興味を持っていなかった方々にも楽しんでいただけるよう、HRCらしいユニークなグッズ展開の提案をデザイナーたちは続けていきます。

東京オートサロンで実際に販売されるグッズ
東京オートサロンで実際に販売されるグッズ

勝利に懸ける気持ちをデザインで伝播させていく

勝利と熱狂を生むリバリーデザインを

リスクが大きい真剣勝負だからこそ、魅力と熱気を纏っているレースの世界。勝利のためのリバリーデザインとは、何よりもまずステアリングを握るレーシングドライバーのためのもの。「自信を持って身を委ねられるデザイン」であることが、レーシングドライバーの攻める気持ちを引き出し、それが結果的にレースを観るモータースポーツファンを巻き込んだ大きな渦となっていくのではないでしょうか。

Honda HRC PRELUDE-GT

Profiles

杉村 廉太郎

杉村 廉太郎

コミュニケーションデザイナー

大富部 渚

大富部 渚

コミュニケーションデザイナー