Hondaの発電機の始まりとデザインの歴史
電気を必要とする人々のために
――開発の原点は1962年にまで遡ります。本田宗一郎と親交のあったソニー創業者の一人である井深大氏が、当時世界最小・最軽量だったマイクロテレビを、屋外などコンセントがない場所で長時間使用可能にする携帯電源を探し求めており、Hondaが「なんとかしよう」と開発に踏み切ったことが始まりでした。
――マイクロテレビ用としてふさわしい小型軽量化、静粛性、そして家電製品並みのスタイリングで手軽に取り扱えるという、従来の発電機と比べて厳しい要件を掲げ、「持ち運べる電気」を創出。この挑戦を皮切りに、エンジンの小型化や防音型パッケージの技術をはじめとしたノウハウが蓄積され、「電気を必要とする人々のために」というHonda発電機の開発思想が確立しました。
電力インフラが未整備な地域での生活や生業の支えとして、あるいは災害時の備えとして、Hondaの発電機は世界中で人々の生活を照らし続けてきました。
興味のなかった領域が人生を捧げる仕事に
――Hondaの発電機開発の歴史を長く見つめてきたのが、設計担当の飯田道博です。長きにわたって発電機開発に携わり、そのキャリアは人生の半分にも及びますが、発電機をはじめとするパワープロダクツは、入社当初の飯田にとってそれほど興味のない領域だったといいます。
飯田
私はもともとメカトロニクス系の開発をやりたかったんです。発電機は走るものではないので、自分のモチベーションを上げるのに必死な時期がありました(笑)。でもある時、その発電機が世界中のお客様の生活を支えていることに気づいたんです。
飯田
当時から、アメリカでは発電機が家庭に当たり前のようにありました。日本では露天商や工事現場など、業務用途で使われることが多い発電機ですが、アメリカでは普段から人々の生活に根付いています。それは彼らが開拓者時代からの「自分の生活は自分で守る」という精神によるものだと思います。発電機はライフラインを守るための、非常に重要な存在だと気づかされました。
安全性や使いやすさを徹底的に考え抜く、Honda発電機に宿るデザイン思想
露天商の笑顔を生んだ「EX300」と
安全性への配慮が詰まった「EU9i」
大きくて重いモデルが主流を占めていた発電機の世界を変えたのは、1987年に発売された超小型ポータブル発電機「EX300」と、その後の電子ガバナー※を搭載したインバーター発電機「EU9i」です。EX300は、スマートなデザインと優れた静粛性を両立し、「発電機は重くてうるさい」という常識を覆しました。
※エンジンの回転速度を一定に保つ働きを行う調整装置
飯田
小型軽量化を進めた結果、露天商の方々が大変喜んでくれるようになりました。露店の場合は照明の有無で、売上に大きな差が生まれるので発電機は必需品なのですが、EX300は男女問わず持ち運べるし設置でき、商売道具として扱いやすい。電気を供給するプロダクトを通して、人々の生活の役に立つ喜びを感じられる。そこが発電機の開発の面白さだと思います。
前田
調査する中で、発電機の存在によって世界中のさまざまな人たちの暮らしが豊かになることに気づき、それをより使いやすく、洗練されたデザインに刷新して世界中の人々に届けたいと感じるようになりました。
――1998年には、インバーター技術※を搭載し、さらなる小型・軽量化を実現したEU9iを発売。EU9iは、専用の高速多極オルタネーターの採用により、従来の発電システムに比べて約1/3の軽量化、発電機全体として約1/2の超軽量・小型化を達成しています。
飯田
インバーター技術の本格採用の他、外観の完全樹脂化もEU9iから始まりました。それまでは鉄のフレームが剥き出しでしたが、EU9iでは樹脂カバーで全体を覆うことでデザインの自由度が格段に上がり、以降のモデルにも受け継がれています。そういう意味でEU9iは、技術とデザインの両面におけるHondaの発電機の大きな転換点といえます。
飯田
また、「EU16i」もデザイン的な挑戦をした一台です。実は、EU16iの機能としては赤い外装部分で完結しているんです。黒い部分はいわば装飾。ですが、黒い部分があることで赤い部分が小さく見える。加えて、赤い部分を引き締める視覚効果も期待できます。
時代とともに求められる出力が上がっていき、そのためどうしてもサイズが大きくなってしまうのですが、それをいかにコンパクトに見せるかはデザインの役割の一つです。
震災で真価を発揮した
「日常」に溶け込む「エネポ」
――利便性を追求すると同時に、Hondaの発電機には「どんな場面でも安全で使いやすい」という設計者の想いが込められています。家庭用カセットガスで電気を作る発電機「エネポ(EU9iGB)」を担当した前田譲治も、ユーザーの生活を守るデザインに尽力したといいます。
前田
私たちは、いかに使いやすいか、生活空間に自然と溶け込めるかというところから発想をスタートさせます。エネポのデザインコンセプトは「スマートスリム」。使わない時は家の物置にしまっておけるような凹凸の少ないスリムな縦型フォルムを採用しました。
前田
最大の特徴は、燃料にカセットボンベを採用したことです。ガソリンに比べて取り扱いが簡単で、コンビニやスーパーでも入手しやすく、長期保管も可能という点で、家庭でのいざという時の備えとして、それまでの発電機のハードルを一気に下げました。
飯田
エネポ登場以前の日本における発電機の需要は、プロユースがメイン。特に東日本大震災以前は、日々の備えとして家庭で発電機を所持することは一般的ではありませんでした。そんな中で、発電機という利便性に優れたプロダクトをどうすれば届けられるかを考え、解決すべき一つとして浮かんだのが、買いづらさや保管の難しさがあるガソリンを燃料とするハードルでした。そのため、コンビニなどでも簡単に入手が可能で、燃料劣化もなく、保管性が非常に良いカセットボンベを燃料として採用することになったんです。
前田
カセットボンベを採用した発電機はHondaが初めて開発したものではありません。ただ、当時販売されていた製品は、建築現場などで使われる作業機のような外観のものがほとんどでした。万一の備えとして家庭に置いてもらうためには、その無骨な作業機としての見た目や使い勝手では手に取ってもらえないなと。そこを出発点として、家庭に置いても違和感がないデザインを検討しました。
――そんなエネポは、いざ移動する際には折りたたみ式のハンドルと大型キャスターで、キャリーバッグのように片手で引いて運ぶことが可能。「女性や高齢者でも手軽に運べる」など、家庭での扱いやすさにも重点が置かれています。
――その真価が発揮されたのは、発売の翌年に発生した東日本大震災の時。震災が起きてすぐ、Hondaはエネポを1000台ほど被災地に送りました。ガソリンスタンドが営業していない状況で、コンビニなどで手に入りやすいカセットボンベで動くエネポは現地で活躍。誰でも簡単に、安全に使えるようにデザインしたものが本当に多くの人の役に立ったと聞いた前田は、感動したと振り返ります。
ミリ単位の調整が実現した
携帯できる高出力発電機「EU26iJ」
――デザイナーの中浦創は、そのエネポに感化され、Hondaへの入社を決めたといいます。彼にとって思い入れが深いのは、自身がデザインを担当した2022年発売のハンディタイプ発電機「EU26iJ」です。2.6kVAという高出力と乾燥質量※26.5kgという携帯性を両立させたEU26iJは、遠隔操作の利便性や洗練されたデザインが世界的に評価され、レッド・ドット・デザイン賞を受賞しました。中浦が目指したのは、レジャーユースからプロの現場まで、ユーザーや環境を選ばないデザインでした。
※燃料、オイルなどの液体類をすべて取り除いた状態の物体の重さ(質量)
中浦
EU26iJは、高品質で機能的に見えるデザインを目指し、先行検討としてコンセプトモデルを製作しました。四隅を落とした無駄のないデザインで、スタイリングとしては非常に好評でした。しかし、量産開発においてデザインを進めるには、設計チームとのすり合わせが必要になります。そのコンセプトモデルを量産モデルに落とし込もうとすると、パーツ数の増加や重量アップ、コストアップなど、多くの課題が顕在化しました。デザイン側は初期デザインの魅力をできるだけ量産デザインでも踏襲したいのですが、機能性やコストを担保したい設計としては限度があります。設計担当者たちと何度も膝を突き合わせ議論、検討を重ね、その結果、スタイリングコンセプトを継承しながらもパーツ構成を踏まえたデザインリファインを行うことで、複雑だった構造をシンプル化し、さらに利便性の高い形状へと改善することができました。
――設計とデザインの協調によって、高い完成度を生み出したEU26iJ。細部までHondaの人中心の哲学が宿っています。
中浦
Hondaの発電機は、従来から運びやすいよう、体に触れる部分は特に気を遣ってデザインしています。このEU26iJでも、この思想を踏襲しており、機体の側面の面形状や角Rの大きさをミリ単位で何度も調整しました。EU26iJは、持ち運びやすさにも徹底的に配慮しています。一人でクルマに積み下ろしをする際のことも考えて、機体の底部にアンダーグリップを新設しています。さらに、重さを分散させ、力を入れやすい形状にすることで、一人でも安心して運べるように工夫しました。
中浦
このEU26iJから切り文字のHondaロゴに変更するなど、デザインの質感にも拘りました。パワープロダクツ製品にとって、信頼性は非常に重要な価値となります。お客様に信頼性や品質の高さを感じていただくためには、整った外観デザインや機能的な美しさも欠かせません。
飯田
EU26iJなどハンディタイプの発電機にも、Hondaの歴史的な想いが詰まっています。1985年に登場したEX900は最大出力が1kWクラス。これを98年発売のEU9iでは、同じ出力で半分の重さにし、さらに2台の発電機を繋げる「並列運転機能」によって使い勝手が飛躍的に向上しました。その後、2001年発売のEU16iで出力が2倍に。
飯田
時代とともに必要な電力が増えていく中、重さやサイズはそのままに出力をアップさせられれば、より多くの方々に喜んでもらえるはず。片手で持てるハンディタイプは、小型軽量高出力化の進化の歴史そのものであり、その集大成がEU26iJです。
Hondaパワープロダクツに受け継がれる「役立つ喜び」
人中心のデザイン哲学が発電機を進歩させる
――60年にわたり、Hondaの発電機は「小型軽量化、静粛性、手軽さ」という要件を徹底的に追求してきました。その進化の道のりは、「重い」「うるさい」という発電機のイメージを覆し、誰でも使いやすい製品というかたちで、着実に人々の暮らしに浸透しています。設計とデザインを担う3人に共通していたのは、「この発電機は、お客様の生活をどう支えるのか」という、人々の暮らしを想像し、寄り添いたいという想い。そこには、Hondaがパワープロダクツで掲げる思想「役立つ喜びを提供したい」という考え方が息づいています。
飯田
モビリティ領域でHondaが大切している価値の一つが「操る喜び」。一方、パワープロダクツ領域の我々は「役立つ喜び」を提供したいという想いで製品開発に向き合います。
飯田
Hondaパワープロダクツの歴史は、1946年に創業者の本田宗一郎が旧陸軍の無線機用小型エンジンを自転車用の補助エンジンに転用したところから始まっています。そして戦後、腰を痛めながらも年配の方や女性も畑仕事をやっている姿を目にした宗一郎が、耕うん機F150を開発、発売するなど、製品ラインアップが広がっていきました。Hondaのパワープロダクツの歴史を辿ると、「役立つ喜び」という思想はずっと存在している。我々のプロダクトで多くの方々の仕事や生活の手助けができる。今では人生の大半を捧げるほどの価値を実感しており、やりがいのある領域だと思っています。
――Hondaの発電機は、災害時の暗闇を照らし、露天商を盛り上げ、世界中の人々に電気がある安心を提供しています。それは、常に人中心のデザイン哲学を貫き、設計とデザイナーが互いの知恵を出し合い、ミリ単位の調整や、一つのスイッチの安全性に至るまで、使う人を想像し尽くしてきた結果に他なりません。
Profiles

飯田道博
モーターサイクル・パワープロダクツ
設計担当

前田譲治
モーターサイクル・パワープロダクツ
プロダクトデザイナー

中浦創
モーターサイクル・パワープロダクツ
プロダクトデザイナー