透明で、軽やかに。Fastport eQuad が拓く新しい配送モビリティのデザイン思想
「隠さないモビリティ」
コミニティの一員を目指して
日本ではまだ馴染みの薄い配送用電動マイクロモビリティ。Fastport eQuadのデザイン面での最大の特徴は、運転手を「隠さない」よう透明性を持たせている点です。特に運転手が外から見えることで、周囲のサイクリストやドライバーがその存在を瞬時に認識でき、車道や自転車レーンを共有するコミュニティの一員として、自然に受け入れられるよう設計されています。
また、構造面では、透明性に加えて軽量性も重視し、自転車の要素を随所に取り入れています。シンプルなフレーム構造をあえて露出させる。それが、バン型のマイクロモビリティとは異なる印象を生み出し、自転車に近い親しみやすい佇まいにつながっています。
Red Dot Design Awardにおいて、高い評価を得たFastport eQuad。デザインコンセプト部門で最高賞「Best of the Best」を受賞し、さらに「Best of the Best」受賞作の中から選ばれる最高位の賞「ルミナリー賞」の候補にも選出され、2026年の量産開始に向け、北米と欧州の物流・配送企業との実証試験も進行中です。
この新しいモビリティのデザインコンセプトを打ち立て、体現するまでに、既存の四輪車とは全く異なるアプローチが求められました。
背景にあるのは米国の交通事情
ラストワンマイルに求められる新たなソリューションとは?
新モビリティに必要なサイクリストへの敬意
――まず、日本とアメリカでは交通事情が大きく異なると思います。実情がどのようなものか教えてください。
Devon
アメリカはクルマ中心の社会です。駐車場も非常に大きいため、多くの市民は公共交通機関より自家用車を利用し、自転車を使う人も少数派。その背景には、インフラ不足があります。地方自治体がそこに注力できていないケースもあり、整備が後回しにされてきたのです。自転車レーンが全く存在しない地域も珍しくなく、あっても縁石で区切られているケースはごくわずか。ほとんどはペイントラインだけで区切られ、その幅も平均1.2m程度と自動車レーンと近接しているため、安全とは言い難いです。
Koo
一方、サイクリストの間では、自転車は健康的で持続可能な交通手段として受け入れられつつあります。自転車レーンの安全確保や運転者の意識向上を求める啓発活動が草の根的に続けられ、少しずつサイクリングカルチャーが育てられてきました。近年もまだ、多くの都市では安全性に課題が残っていますが、ニューヨークなどの一部の都市では、自転車専用レーンや明確な標識が整備され、改善が進んできています。
――そのような交通事情がある中で、自転車レーンを使うモビリティとしてFastport eQuadが生まれた経緯を教えてください。
Devon
ニューヨーク、シカゴ、ボストン、ロサンゼルスなどの大都市では、深刻な交通渋滞が大きな社会課題です。特に「ラストワンマイル配送※」は物流全体のボトルネックです。例えば、渋滞の激しいニューヨークでは、クルマで5マイル移動するのに30分かかるのに対し、自転車ならわずか5分ほどで済みます。また、行政の新しい規制により、トラックが入れない・停められないゾーンが拡大したことで、配送車両が自転車レーンを塞ぎ事故の一因となるなど、現場は混乱していました。保険料の高騰など、事業者にとっての負担も増しています。そこで、こうしたラストワンマイルの課題を解決するためにHondaとしてどのような新しいモビリティを提供できるのかを考え、その問いがこのモビリティ領域に参入するきっかけになりました。
Koo
この決断は、Hondaが掲げる「第二の創業の方向性」(環境負荷ゼロ・交通死亡ゼロ・電動化推進)とも一致するものでした。私たちがFastport eQuadで重視したのは次の点です。
・自転車レーンを活用し、都市の交通を止めず配送を行う
・サイクリスト文化を尊重し、そのコミュニティの中で調和する存在になる
・道路環境を整え、安全性を高める社会的な連携を促す
・電動化によってクリーンな配送に寄与する
このように、サイクリングコミュニティが長年かけて築き上げてきた文化に敬意を払いながら、大都市の物流課題を解決する。それがFastport eQuadの出発点でした。
見える安心を形にする。Fastport eQuadのデザインプロセス
文化的な洞察と戦略的デザイン
――Fastport eQuadは、どのようなデザインプロセスを辿り生まれたのでしょうか?
Devon
まず、サイクリストコミュニティの文化的な洞察から始めました。その理解を基盤に、どのようなビジネスコミュニケーションをしていくか検討し、リサーチを経てレイアウトに必要な要素を確定。そのうえで、コンセプトを体現するデザインの方向性を固めていきました。
Koo
最初の文化的な洞察では、「なぜFastport eQuadを開発するのか」という根本的な目的を明確にすることに。すでにある自転車レーンの流れを妨げないこと、既存のサイクリスト文化に敬意を払い、サイクリストから自然に受け入れられる存在になること。この2点が出発点となりました。
Koo
次に深堀りしたのは「リスクと課題」です。私たちが最も懸念していたのは、サイクリストから部外者として拒まれること。熱心なサイクリストたちは長年の草の根活動によってインフラを守り育ててきています。その流れを乱さない一員として調和するデザインが求められました。そのため、都市環境や文化に溶け込む造形を追求しつつ、Hondaの信頼性を保ちながら、Fastport eQuadを「仲間」として認識してもらえる存在にすることを意識しました。
Koo
既存のマーケットにいかにアプローチするかを考えるためには、彼らが自転車レーンを強く守ろうとする理由や、自転車以外のモビリティが入ることへの抵抗感も理解する必要がありました。サイクリストは右折や停止を手信号で伝え、そのコンマ数秒の反応で安全を確保しています。つまり、Fastport eQuadがどう動くか即座に伝わることが、安全性と受容の両方に直結していたのです。
この洞察をもとに、他業界(ARグラスやミーティングポッドなど)のコミュニケーションアプローチも研究し、次の4つの戦略を定めました。
①透明性を確保する
②明確な意図が伝わる挙動を示す
③コミュニティの安全性を高める
④情緒的なつながりを育む
レイアウトに必要な要素の確定
Devon
続いて、具体的なデザインレイアウトの検討に入りました。自転車レーンを走る以上、その環境に自然に溶け込むことが極めて重要です。安全性のために視界を広く確保すること、そしてコミュニティからの信頼を得るために「運転者の見えやすさ」を徹底しました。
また、今回のプロジェクトは単なるデザイン開発ではなく、世界の物流・配送企業と共創する取り組みでもありました。そこで、業務を担うユーザー(配送人)を想定し、サドル・ハンドル・ペダルのレイアウトを詳細に検討しました。さらに、どれだけの荷物を積載できるのか、ドライバーのポジションとキャビン・カーゴのバランス、バッテリー(電動アシストの動力源として交換式バッテリー「Honda Mobile Power Pack e:」を採用)の配置や重量といったハード面も同時に織り込み、最適なパッケージングを組み立てていきました。
コンセプトを体現する外装デザイン
Hengyi
外装デザインは4つの異なるインスピレーションから始まりました。
・ORGANIC:柔らかく丸みをおびた自然な造形
・SCULPTURAL:面の動きや筋を強調する造形
・GEOMETRIC:幾何学形状を用い、角張った面を最小限に抑えた造形
・MECHANICAL:機能を基軸に、構造をあえて見せる造形
Hengyi
オンラインのワークボードを使い、世界的な物流・配送企業とも共創しながらアイデアスケッチを作成し、用途やパッケージと最も調和するものを探っていきました。共創企業からは、親しみやすさのある「ORGANIC」が好まれました。一方、構造上は「GEOMETRIC」「MECHANICAL」な造形の方がこのプロジェクトに適しているようでした。そこで4つの長所を抽出し、見た目と機能が両立するデザインへ集約しました。
Devon
共創企業が最も重視したのは実用性でした。特に、どれだけ効率よく荷物を運べるか、ユーザーにとって親しみやすいかといったことに焦点を当てていました。彼らが「ORGANIC」な形状を好んだのも、ソフトで親近感のある印象が、現場で受け入れられやすいと考えたからです。
Hengyi
Devonが言うように、Fastport eQuadは大きなボックスを持つコンテナ的なモビリティであるため、自転車レーンで走る以上、他の利用者に圧迫感を与えないことが重要でした。そこで「浮遊感」「自転車的軽快さ」を常に意識し、大きなボリュームを上方向に持ち上げて見せる構造や、下部に軽い支持構造を設けることによって、大きいのに軽やかに見える視覚効果を生み出しました。
ユーザー視点で考えられた内装デザイン
King
私は車両のインテリアデザインを担当しました。今回のようなオープンキャビン構造のモビリティデザインは新しい挑戦で、「法規を満たしながら、どのように開放感を保つか」が大きなテーマでした。また、サイクリングコミュニティがFastport eQuadを自転車として直感的に受け入れることが重要だったため、透明キャビンやペダル操作が見える構造を採用しました。
デザイン面で特に意識したのは、「使いやすさ」と「洗練」の両立です。四輪車の安定感と、自転車の軽快さの中間を目指し、実用的でありながら美しい配送モビリティをデザインしました。共創企業の要望も反映し、安全性を保ちつつ開放感を向上させる方向でブラッシュアップ。最終的に、見た目の重さを和らげながら、ユーザーが心理的に「扱いやすい」と感じるデザインが完成しました。
Hengyi
コンセプトモデルのデザインの最終段階では、「透明性」をより強調しました。例えば上方からバイクレーンを走る様子を見せるなど、光と影の関係を通じてデザインの透明感を視覚的に表現しています。
Hengyi
さらに現在はUI/UXデザインも進めており、ハンドル上のタブレットの配置や、直感的な操作性と新しい走行体験の両立を目指し、ブラッシュアップを続けています。
実用性を兼ね備えて量産向けに完成した、Fastport eQuadプロトタイプ
コミュニティの一員かつ個性的な
Fastport eQuadプロトタイプ
――最終的に完成したFastport eQuadプロトタイプには、どのような魅力が備わったと思いますか?
King
軽さと自転車的アプローチを徹底した結果、フレーム構造は自転車のようにシンプルになり、各部品に明確な役割を持たせることができました。シートポストやハンドルバーは、機能部品であると同時に見た目のアイデンティティにもなっています。構造も正直かつ、透明性のあるデザインになり、サイクリストと自然に通じ合えるプロダクトになったと思います。
Hengyi
また、ヘッドライトを縦に配置することで、ひと目で分かるシルエットと親しみやすい表情を両立しました。このヘッドライトは、自動車のライトとは異なる新しい見た目を持ちつつ、従来の自転車らしさも感じさせるデザインになっています。共創企業からも高く評価され、プロトタイプモデルにも継承されています。
――このプロジェクトにおいて、デザイナーとしてどのような挑戦や学びがありましたか?
Koo
私は約12年間、自動車のインターフェイス設計に携わってきました。量産車の開発では、ディスプレイの大きさやハードの制約など、枠の中で工夫することが前提です。しかしFastport eQuadは、スタートアップのように限られたリソースの中で、一人ひとりが複数の役割を担う必要がありました。その分、ユーザーの小さな不便を直接感じ取り、すぐにデザインへ反映できるスピード感がありました。文化的・社会的背景まで踏まえ、人とモビリティの関係をゼロから構築するようなプロジェクトだったと思います。
また、企業向けの業務用車両である以上、「どこを優先し、どこを割り切るか」という判断も重要でした。仕様変更は頻繁に起こり、その度にスピーディに対応する柔軟性が求められました。ブランドを育てるには、スピードと柔軟性、そしてオープンマインドであることが不可欠であるという学びを得ました。
Hengyi
私はこのプロジェクトに参加する前は学生で、Kingとは同級生でした。乗用車の内装デザインを学んできた私にとって、配送用モビリティの設計はまったく新しいチャレンジでした。特に印象的だったのは、外装と内装が一体の構造になっている点です。例えばロールケージが内装のストレージ構造も兼ねるなど、内と外の境界が曖昧な設計はとても刺激的でした。
良いデザインは、良いリサーチから生まれます。まずは「お客様が本当に何を求めているのか」を理解すること。そこから要件を導き、方向性を見定めるプロセスの重要性を改めて実感しました。そしてその学びを踏まえ、要件やフィードバックを手がかりにアイデアを広げ、形にしていくことの大切さも強く感じました。
King
私にとってもこれが初めてのプロジェクトでした。学生時代はラグジュアリーで洗練された自動車内装を学んでいたため、実用性を最優先に考えるマインドセットへの切り替えが必要でした。「美しく仕上げる」のではなく、「毎日使ってストレスがないこと」を重視する。乗り降りのしやすさ、荷物の置き場所、手信号を妨げない視界など、それらのすべてがユーザーの安心につながります。
デザイナーは常に人を深く理解しなければなりません。人がどう動き、どんな瞬間に安心するのか。それを観察し、実際の使われ方を想像できることが、機能と情緒の両立につながるのだと感じました。
Devon
私は20年以上、自動車の内装デザインに携わり、ODYSSEYやCIVIC、PILOTの量産化の開発にも深く関わってきました。その経験から見ても、Fastport eQuadは全く新しい挑戦でした。自動車開発ではターゲットもサプライヤーも明確ですが、eQuadは市場そのものが未成熟なセグメントです。
何が必要で、どんな体験が望まれているのかを一つずつ探り、同時にどうつくるかを考える必要がありました。正解がない分、若いメンバーが柔軟に発想を広げ、プロジェクトを前に進めてくれたことは非常に頼もしかったですね。
Fastport eQuadが描く、配送用モビリティの未来
見据える未来
モビリティからソリューションへ
――Fastport eQuadには、事業としてどのような可能性があると考えていますか?
Koo
Fastport eQuadは物流用途を主軸としていますが、私たちはこれを単なる配送車両ではなく「拡張性の高いプラットフォーム」として捉えています。用途に応じて自在に機能を最適化できる、白いキャンバスのような存在です。
クライアントごとに個別で仕様を最適化するのではなく、まずは共通のコア機能を明確にし、個別のニーズについてはオプションやアクセサリーで拡張できるように設計思想を整理しました。四輪車のように部品網や仕組みがまだ確立していない領域だからこそ、関係構築と標準化を同時に進めることで、将来的にはFastport eQuadを起点に多用途の派生モデルへ展開できると考えています。
Devon
私たちは単なるモビリティをつくる会社ではなく、ソリューションを提供する会社だと考え、Fastportという名前にも「モビリティを起点に新しい価値を生み出す」という思いを込めています。Fastport eQuadは、ソリューションの一部にすぎません。今後は、ソフトウェアソリューションと組み合わせることで、より包括的なモビリティサービスへと発展させていく予定です。例えば、バーチャルダッシュボードを活用して車両の状態や稼働状況を可視化し、管理やサポートサービスを提供するなど、車両そのものを超えた価値を生み出していくことができるでしょう。
最終的に目指すのは、エネルギー管理やMaaS(Mobility as a Service)を含む総合的なモビリティソリューションの構築です。その他のさまざまな技術と連携しながら、多面的な展開を視野に入れています。Fastport eQuadはその基盤として、大きなポテンシャルを持っていると感じています。
――今回のプロジェクトを経て、Hondaのメンバーとして、今後もどういう姿勢でプロダクツを生み出したいと考えていますか?
Devon
自動車業界は今、大きな転換期を迎えています。その中で、Hondaという大きな企業がこのような挑戦的なプロジェクトを推進し、私たちがその道筋の一つの選択肢をつくれたことは非常に貴重な経験でした。Fastport eQuadで得た学びは、単に新しいカテゴリーの知見にとどまりません。ユーザー理解、都市の課題、文化との調和、スピード感ある開発、そのすべてが今後の開発に活かせると感じています。
Profiles

Devon Fujioka
American Honda Motor
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