EV FUN Concept(左)、EV Urban Concept(中)、EV OUTLIER CONCEPT(右)
EV FUN Concept(左)、EV Urban Concept(中)、EV OUTLIER CONCEPT(右)

Hondaは電動二輪車にどう向き合うか。新たな市場に挑むブランディング

「Hondaにしかできない」電動車の創出

電動化が加速するモビリティ業界。Hondaがカーボンニュートラル実現に向けて、電動二輪市場で挑んだのはブランディングでした。この新たな領域で「Hondaが生み出す価値」をどう定義し、デザインに落とし込んだのか。ブランディングとデザインに携わったクリエイティブダイレクターの西本太郎が語ります。

――まず、電動二輪車のブランディングを考えることになったきっかけを教えてください。

西本
始まりは、2021年に発表された「2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指す」というHondaの全社方針でした。その後、社内で電動事業本部が発足した2023年頃には、世界一の二輪大国であるインドで、EV専業の新興メーカーが台頭し始めていました。また、欧州の一部においても、都市部へのICE(内燃)流入規制などが始まっていました。市場規模は限られるものの、将来の電動市場拡大の可能性に備えるために、電動モデルの開発が本格化していきました。

西本太郎
クリエイティブダイレクターの西本太郎
二輪車走行の空撮

――新しい市場に対して、どのような電動車の開発を目指したのでしょうか?

西本
電動車は、航続距離やコスト、充電インフラなどの課題を抱えるうえに、どのような人々が購買層となっているのかといった情報がほとんどありませんでした。ユーザーやユースケースなどの前提から考え直す必要があり、開発は混迷を極めました。社内でも様々な議論がありましたが、我々が目指すのはお客様の想像を超えるチャレンジであり、単にエンジンをモーターに置き換えたような製品ではなく、Hondaにしかできない電動二輪車を創出すべきだという方針が定まっていきました。

電動でしか実現できない価値とは何か?
Hondaにしかできない電動二輪車とはどんなものか?
我々はどのような未来を目指したいのか?

一度立ち止まって、ゼロから考えることが必要でした。

――今回、二輪電動事業のブランドプロミスとして「Expected Life. Unexpected Discoveries(思うがままの暮らし 思いがけない発見)」を掲げ、心地良さと興奮に満ちた世界を人々と共創することを打ち出しました。

西本
Hondaは電動二輪車においても、生活の足となる小型コミューターから高価格帯のFUNモデルまで、幅広いお客様を対象にしていきます。ブランドプロミスは、限られた対象に偏らない包括的な言葉でなければなりません。電動事業に関わるメンバーと議論を重ね、最終的に「Expected Life. Unexpected Discoveries」という言葉が生まれました。

Honda 二輪
Honda 二輪

西本
それと並行して、デザインにおいても新しい挑戦が必要だと考えていました。Honda二輪のICEラインナップの圧倒的な存在感の中で、電動車はどのようにして“新たなHonda”を体現していくのか。個々の商品としてのスタイリングではなく、電動としてのコアバリューを定め、複数モデルのコンセプトやスタイリングを束ねることで、電動モデル全体をブランディングしていく方向に舵をきりました。

まず初めに、ブランドとして目指す価値の定義から始めました。世界的な環境の変化や、現在我々が置かれている状況などを振り返りながら、チームと何度も議論を重ねた末に、「不安や障壁から解放する」「本能と感性を刺激する」「人と社会と共生する」「知性を共鳴させる」という4つのコアバリューを定めました。

――電動二輪車への4つのコアバリューによって、具体的にどのようなことが実現し得るのでしょうか?

西本
「不安や障壁から解放する」では、より多くの人々へ“自由な移動の喜び”を提供することを目指します。
自由度の高い電動車の車体レイアウトを活用して足つき性を向上させたり、モーターによるアシストで押し歩きの負担を軽減するなど、電動の特性を活かすことで身体的な不安や負担を減らすことができると考えています。また、ネットワークによる車両管理と新しいファイナンスサービスなどを組み合わせることで、経済的な障壁からユーザーを解放できるかもしれません。様々な理由で二輪に乗れない人、二輪の運転を負担に感じる人。インクルーシブなデザインや技術の力で、自由な移動の喜びを、より多くの人々へ拡げられると考えています。

Honda 二輪
Honda 二輪

西本
「本能と感性を刺激する」は、“操る喜び”を最大限まで高め、より“エモーショナルなライディング体験”を提供します。
モーターによる圧倒的なトルクやスムーズな加速はもちろんですが、電動車は精緻な車体の制御が可能になります。ライダーのスキルや状況に合わせた制御や乗り味のつくり込みは、将来電動車の大きな武器となるでしょう。それには、Hondaが長年のICE車両の開発やレース活動で培った知見や技術が活きてきます。また、HMIにおいても、ハンドルスイッチの操作性向上や被視認性の高いGUIなどによって、瞬間的な認知や直感的な操作が可能となり、操る喜びの提供に寄与できると考えています。

※HMI:Human Machine Interface
※GUI: Graphical User Interface

西本
「人と社会と共生する」は、マシンと人、社会との“新しい関係性”の在り方です。
今後は、コネクティビティやV2V通信の協調制御などによって事故防止なども進化するでしょう。さらに、V2X技術が進めば、社会全体のモビリティをより効率的に誘導することで、環境負荷を低減できる可能性もあります。HMIなどを含めて、人や車両とのコミュニケーションもより情報密度の高いものになっていきます。二輪車が人や社会とつながることによって実現できる、より豊かなモビリティ社会の在り方を模索していきます。

※V2V:Vehicle to Vehicle
※V2X:Vehicle to Everything
Honda 二輪
Honda 二輪

西本
「知性を共鳴させる」では、ユーザーとともに進化、成長する二輪車が、ユーザー一人ひとりの“モビリティライフの可能性”を拡張します。
パーソナライズやAI活用は、今や当たり前のものとなりつつありますが、マシンとユーザーだけではなく、Hondaの膨大な販売台数がもたらすデータを活用することで、全く新しい体験を生み出せる可能性もあります。データが人に還元され、さらに製品へと反映されていくことで、人々へ“思いがけない発見“を提供します。

デザインでHonda電動二輪ブランドを体現する

「Precision of Intrinsic Design」に込めた
デザインの思想

Hondaが目指したのは装飾的な造形ではなく、二輪車の根源的な機能・性能を重視し、削ぎ落とした「美」を追求することでした。この「Precision of Intrinsic Design(研ぎ澄まされた本質的なデザイン)」には、電動時代のHondaが目指す、本質を追求する思想が込められています。

Honda 二輪
Honda 二輪

――デザインについては、どのような思想や考え方がありますか?

西本
電動の一貫するデザインダイレクションとして「Precision of Intrinsic Design」を掲げており、電動だからといって特異なデザインをするのではなく、無駄を削ぎ落とし、機能に忠実にデザインしていくという思想を表しています。ICEのエンジンには機能と造形が融合した美しさがありますが、バッテリーの外観には機能美的な魅力は表れにくい。しかし、それを隠すのではなく、レイアウトや構造を活かし、素直にデザインに昇華したい。我々が目指すのは、フェイクやギミックでデザインを成り立たせることではありません。機能や性能、素材、製法、レイアウトなどの必然性を突き詰め、研ぎ澄ましていくことで、結果として「電動らしい」新しさが表現できるはず。それが、Hondaが目指すべき本質的なデザインだと考えています。

西本
また、ICEでは、ガソリンタンクの下にエンジンを配置するなど、一定のレイアウト上の制約やセオリーがありました。また、空気を吸気し、エンジンでガソリンと混合し、爆発させ、排気するという物理的な流れがあり、それを美しく表現することがデザインの定石でした。一方、電動ではバッテリーやモーターが動力源となったことでレイアウトの自由度が高まり、デザインの可能性も広がります。Hondaとしては、モーターサイクルとしての趣味性や機能美を押さえながらも、今までの延長線上にない新しさを表現していきたいと思います。Japan Mobility Show 2025で発表したEV OUTLIER CONCEPTは、その可能性の一つとして生まれました。

Honda 二輪

スタイリングの枠を超え
人や社会との関係性をデザインする

新たに立ち上がった電動二輪ブランドは、どのようなデザインを重視するのでしょうか。4つのコアバリューに紐付け見えてきたのは、形だけでのデザインではない、社会との関係をもデザインするという可能性でした。

Honda 二輪

――Hondaの電動二輪車のデザインにおいて、大切にすべきことは何でしょうか。

西本
黎明期における電動二輪車のブランディングは、過去の歴史や様々な常識、制約を超えて、新しい価値を追求できる良い機会だと捉えています。これまで実現できなかったこだわりや理想を形にするからこそ、お客様の心を震わせることができる。電動の特性を活かし、Hondaらしいデザインや造形美、新しい価値を創出していきたいと考えています。

Honda 二輪

――デザインコンセプトや4つのコアバリューは、どのように表現に落とし込んでいきますか?

西本
一例ですが、現在のICEは、市場における差別化やプロダクトラインごとのアイデンティティー構築のために、意図して個性が際立つフェイスデザインをしています。こうしたデザインによって、CBRやアフリカツイン、PCXなど、Hondaは多くの強固なプロダクトブランドを構築し、多くのお客様から支持をいただいています。
一方で、「人と社会と共生する」といった価値をデザインに落とし込んでいくことで、商品としての個性を主張するのではなく、街に溶け込むような、クリーンでシンプルなフェイスデザインの方向性もあるのではないかと考えています。差や違いを表現するためのデザインではなく、社会に溶け込み、協調することでブランドとしての個性が伝わるようなデザイン。それがどのようなものなのか。私たちの新しいチャレンジでもあります。

Honda 二輪
Honda 二輪

西本
HMIにおいても新しいデザインが見えてきます。瞬間的な認知や直感的な操作によってライディングに集中できる環境をつくり出し、操る喜びを最大限に高めると同時に、咄嗟の判断や操作や助け、より安心、安全なモビリティライフを提供します。
また、ライダーと他者の双方に向けたコミュニケーションなどの可能性も模索しています。例えば将来、インターフェースを通して、横断歩道で待つ子どもに「お先にどうぞ」といったメッセージを伝えるような表現もできると考えています。スタイリングとしての美しさ、新しさや機能性だけではなく、社会との関係や思想も含めてデザインしていく。それが、Hondaの電動二輪車に求められる姿だと考えています。

――今回発表されたHonda WN7は、電動二輪車に共通するカラーが効果的に使われ、静謐(せいひつ)で未来感のあるデザインが印象的です。CMFデザインの考え方についても教えてください。

西本
CMFもブランドの目指す世界観からデザインしています。世界各地で色の好みは異なり、文化的な背景や宗教、気候など、様々な要因が影響します。グローバル共通でのブランド構築のために、そういった地域性に左右されにくい、普遍性のあるブラックをベースカラーとしました。さらにアクセントカラーとしてコッパーに近い、ニュアンスのあるゴールドを採用しました。このゴールドは、上質さと個性、日本の二輪ブランドとしての“らしさ”などのエッセンスを内包しています。モーターサイクルとしてはあまり使われない色調ですが、“Harmonize and Eminence”をテーマに都市や自然に溶け込みつつも、際立った存在感を放つCMFを目指しています。

Honda 二輪

Hondaの電動二輪車が描く未来

企業としての責任とモビリティの未来への想い
「存在を期待される」ブランドを目指して

西本
Hondaは年間2000万台以上の二輪車を販売しており、販売台数では世界最大の二輪メーカーですが、それは一方でモビリティーメーカーとして大きな責任が伴うということでもあると思います。ブランドやマーケティング以前に、企業としての存り方が問われる時代です。我々は世界中の人々に「自由な移動の喜び」を届けているという自負がありますが、一方でものづくりの現場では、製品をつくり続ける限りCO2も出ますし、塗料や素材の廃棄も発生します。地球の資源は有限であり、私たちはその現実から目を背けることはできません。ビジネスや「電動かICEか」という視点を超えて、ブランドとしてどうあるべきか、考え続ける必要があると考えています。

Honda 二輪

――確かに社会とのつながり方を考えることが、これからの課題になっていると感じます。

西本
現時点では電動市場の行方は不透明ですし、インフラやエネルギー供給体制も地域差が大きく、水力などの再生可能エネルギーが主流の地域もあれば、火力発電に依存する地域もあります。「EVが環境に良いかどうか」は一概に言えず、地域ごとの最適解で燃料電池、バイオフューエルなどと共存していくのが現実的かもしれません。

Honda 二輪

西本
いずれにしろ、我々は多くのモビリティを世界に送り出している企業として、その責任を自覚し、様々な可能性を探る必要があります。そうした姿勢がなければ、企業としても、電動二輪ブランドとしても、社会から必要とされなくなる。だからこそ、未来のためにカーボンニュートラルという目標をあきらめるわけにはいきません。2050年に交通死亡事故ゼロという目標も掲げています。それらの達成のために、すぐに量産につながらない技術であったとしても、将来を見据えたチャレンジを続けていきます。デザインにおいても、外観のスタイリングだけではなく、環境負荷の低減や社会や人とのつながりなども含めて、目指すべき姿を考えていく必要があります。

Honda 二輪
Honda 二輪

西本
Hondaの原点には「技術は人のために」という想いがあります。マスキー法に適合したCVCCエンジン開発やエアバッグの実用化、アセアン地域での二輪車FI化など、Hondaの技術は人への想いと社会への責任感から生まれてきました。これからも常に人や社会のことを考える企業でありたいと思いますし、デザインもまた、そうした哲学の延長線上にあるべきだと思います。そういった想いでチャレンジし続けることこそが、結果的にHondaらしさを生み出し、真の意味での「存在を期待される」ブランドを築いていくのだと思います。

※FI:Fuel Injection

――最後に、西本さんが描く理想の電動二輪車の未来像についてお聞かせください。

西本
Hondaの製品を手にした方が、新しい発見や成長を得て、より豊かで充実した暮らしを手に入れる。同時に、電動化を含めた技術の進化によって、交通事故が減り、移動が効率化され、エネルギー消費が減るというふうに、社会全体の幸福や持続可能性につながっていく。個人の夢と、社会の進化が両立する。独創的な技術とデザインで、そんな未来を創り出していきたいと思います。

Honda 二輪

Profiles

西本太郎

西本太郎

モーターサイクル・パワープロダクツ
クリエイティブダイレクター