Hondaの芝刈機の歴史と、自動化がもたらす進化
先進技術で
作業者のスキルをトレース
――まず、Hondaの芝刈機の歴史について教えてください。
矢口史浩
Hondaが初めて芝刈機を発売したのは1978年。欧州や北米向けに発売した歩行芝刈機HR21です。そして、1985年には初の乗用芝刈機HT-R3009を発売。高い始動性・耐久性・静粛性や安全性が高く評価されたことで、Hondaの芝刈機は欧州や北米市場を中心に浸透していきました。
矢口
2012年にはロボット芝刈機Miimo(ミーモ)HRM520を発売。電動+コンピュータ制御によって自動で作業を行い、ユーザーの負担を大幅に軽減しました。
その後、北米の造園市場をターゲットとした、プロ向け乗用芝刈機の研究開発を進め、2023年に自動モデルのプロトタイプを公開。2024年10月に手動モデルのコンセプトモデルを発表し、2025年10月に自動モデルの ProZision Autonomousを発表しました。
――ProZision Autonomousは、Honda初の自動で作業ができるプロ用電動芝刈機です。北米の造園業界をターゲットにしていますが、開発の背景にはどのような需要があったのでしょうか?
矢口
欧米、特にアメリカでは、企業の敷地や公園、個人宅の庭に至るまで、芝生を美しく整備する文化があります。手入れの行き届いた芝生は信頼性の象徴でもあり、その維持を担う「ランドスケーパー(造園技師)」の需要は常に高い状態が続いています。しかし造園業界は、過酷な作業環境、労働力不足、操作者の安全性といった課題に直面しており、プロ向け芝刈機の自動化こそが、ランドスケーパーの仕事を持続可能にする手段だと考えました。
また、Hondaのモビリティ開発技術を活かした独自のトラクションコントロールシステムにより、傾斜や複雑な地形でも効率的な作業を行うことができます。安全面でも、全方位センシングやレーダー、LiDARセンサーによる障害物検知により、地形の変化を感知し、障害物に遭遇した際には減速または停止します。
ランドスケーパーの誇りを支え、パフォーマンスを高めるデザイン
ProZision Autonomousで大切にした「高効率な作業」「プロの仕事品質」「安心感」
――ProZision Autonomousのスタイリングコンセプトについて教えてください。
矢口
キーワードは「Bold and Iconic」です。「Bold」は作業機としての力強さ、堅牢さと、ProZision Autonomousの低重心で、安定感ある走行性能を表現します。作業機ではあるもののモビリティメーカーとしての要素を取り入れました。一方、「Iconic」は一目でHondaだと分かる明快さや信頼性を表現しました。作業機としての信頼性、機能性を徹底的に追求したシンプルな造形に、Hondaを象徴する「Power Red」のカラーリングと大胆なロゴ配置を組み合わせることで、Hondaならではの独自性を力強く表現しています。
――プロ向けの製品として、特に意識した点はありますか?
矢口
ランドスケーパーの方々は自らの仕事に誇りを持っています。だからこそ、彼らの気持ちに寄り添った「プロのパフォーマンスを高めるデザイン」を目指しました。そのために大切にしたのは、「高効率な作業」「プロの仕事品質」「安心感」の3つです。
矢口
まず「高効率な作業」を実現するために、機械のダウンタイム(メンテナンスなどを理由とした作業が停止する時間)を減らす工夫をしました。芝や泥が溜まりにくい形状や、汚れが目立ちにくい配色を採用。清掃やメンテナンスにかかる時間を削減することで、ランドスケーパーの負荷を減らし、作業効率を向上すると同時に、オーナーにとっての運営効率向上にも繋がります。
矢口
最後に「安心感」です。センサーによって障害物を検知するのはもちろんですが、デザイン面でも突起物を極力減らし、シンプルでラウンドしたフォルムとするなど、安心感を与えるスタイリングを目指しました。また、ホイールやキャスターなどの可動部には赤を配色し、視認性を高めるとともに、注意喚起の役割も持たせています。
「高効率な作業」「プロの仕事品質」「安心感」をHondaはデザインで加速
――2023年に公開したプロトタイプのデザインと比較すると、機能性を追求し工夫されていることがより伝わりますね。カラーリングも赤(Power Red)が機能的かつ効果的に入ることで、Hondaのパワープロダクツのラインアップの一つとしての存在感を放っていますし、ロゴもクリアに見えます。また、サイドからリアにかけてのラインも美しくつながっていると感じます。
矢口
プロトタイプは実証機のため、デザインの要素はほとんど入っていませんでした。今回、Hondaが新たな領域に挑戦するにあたり、遠くからでも一目でHondaのプロダクトと分かるような存在感を意識しています。
矢口
赤と黒の象徴的なカラーリングは、ひと目でHondaらしさを感じられるデザインであると同時に、作業者はもちろん、仕事を依頼するクライアントにとっても「Honda製品を使用している」という安心感や信頼感を感じていただきたいと思いデザインしました。
また、ガレージに保管するときに周囲への接触を避けるため、車両感覚をつかみやすいように、基準となる直線的なライン構成も取り入れています。
四輪デザインの経験が活きたProZision Autonomous開発
導き出した
「ProZision Autonomousに求められるもの」
――矢口さんはこれまで、STEP WGNなど四輪のインテリアデザインにも携わってきました。その経験はProZision Autonomousのデザインにどのように活かされていますか?
矢口
商品は最終的にお客様の手に届き、暮らしの中で使われて初めて価値が生まれます。そのため「どのような用途で使われ、どんな体験を提供できるのか」を、徹底的に考える必要があります。
矢口
STEP WGNでは、家族が快適に過ごせるように広さや居心地を追求。そしてさらに一歩踏み込み、移動をより快適にするため、乗り物酔いを防ぐための知見を取り入れ、多くの議論を重ねました。そうして「STEP WGNでしか得られない乗車体験」を提供することを目指したのです。
Hondaの「人中心」の思想で独自の価値を提供
ProZision Autonomousの価値は
Hondaだから生まれた
――Hondaでは多種多様なプロダクトを手がけています。この企業としての特徴は、デザイン開発にどのようなメリットをもたらしていると思いますか?
矢口
Hondaは、二輪、四輪、パワープロダクツから、ジェット機、ロボットまで幅広い領域をデザインできる、世界でも類を見ない会社です。私自身、他社からの転職で入社し、せっかくHondaに来たのだから様々な製品のデザインを経験したいという想いから、四輪からパワープロダクツへと異動しましたが、領域を越えて挑戦できる環境があるのはHondaならではだと思います。
矢口
この風土で培った「人中心で考える視点」や議論を通じた発想の広げ方は、ProZision Autonomousのように新しい市場に挑戦するプロジェクトでも確実に活かされています。領域を横断する経験がデザインの厚みを増し、Hondaの「挑戦し続ける姿勢」を支えているのだと思います。
矢口
大切なことは、先進技術を単なる機能として捉えるのではなく、「人中心」の思想に基づきデザインに落とし込み、「Hondaがあってよかった」と実感してもらえる製品に繋げていくことです。ProZision Autonomousもそういった取り組みの一つであり、これからも私たちは人と社会に寄り添う価値を提供していきたいと思います。
Profiles

矢口 史浩
モーターサイクル・パワープロダクツ
プロダクトデザイナー