EV OUTLIER CONCEPTの挑戦、未来を見据えた電動二輪を目指して
未踏のプロセスから生まれた
未来のEVデザイン
――今回発表されたEV OUTLIER CONCEPT。プロジェクト始動時の目的を教えてください。
堤
EV OUTLIER CONCEPTは、昨年EICMA※にて発表したEV FUN ConceptとEV URBAN Conceptの流れを汲みつつ、さらに先の未来を見据えたモデルの提案です。既存モデルの延長線上ではなく、「驚きと感動」をお客様へ届けるために、「電動でしか実現できない価値とは何か」「その価値から生まれる新しいデザインとは何か」に挑戦するプロジェクトとしてスタートしました。
「OUTLIER」という言葉には、“枠にとらわれない存在”という意味があります。Hondaの考える電動二輪車が、単なる内燃機関から電動への動力源の置き換えに留まるのではなく、まったく新しいカテゴリーとして進化していく可能性を示したい。そんな想いを込めています。
私は、デザイナーが描いたスケッチを元に立体化し量産に繋げていくモデラ―という役割を担っていますが、このプロジェクトではLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)として、コンセプト立案からモデル制作まで、プロジェクト全体の取りまとめを担当しました。
※EICMA:Esposizione Internazionale del Ciclo, Motociclo e Accessoriの略。イタリア、ミラノで開催される世界最大規模のモーターサイクルショー。――ユニークなデザインを生み出すためには、通常のデザイン開発や先行開発とは異なるプロセスを経る必要があったのではないでしょうか。
堤
その通りです。まず、参加メンバー全員が“既存の価値観をリセットする”ことから始めました。
このプロジェクトでは、日本で二輪を担当しているデザイナーに加え、パワープロダクツ領域のデザイナーや、海外拠点のデザインメンバーも参加しています。「電動でしか実現できない価値とは何か」をテーマに、ユーザー視点とデザイナー視点を行き来しながら、互いに自由に意見をぶつけ合う“ワイガヤ※”を徹底しました。
※Hondaでは役割を超え、個人が徹底的にお互いの意見をぶつけ合い、成果を出す、「ワイガヤ」と呼ばれる文化があります。
未知の走る喜びを具現化する、独創的なスタイリング
EV OUTLIER CONCEPTが示す
電動ならではの価値
――EV OUTLIER CONCEPTは全体のシルエットからして、ひと目で従来の二輪とは一線を画す独創的なスタイリングです。どのような考え方でスタイリングを進めていったのでしょうか?
堤
2024年のEICMAで発表したEV FUN ConceptやEV URBAN Conceptと同様に、「Precision of Intrinsic Design(研ぎ澄まされた本質的なデザイン)」というHonda電動二輪共通のデザインテーマを基盤にしています。Hondaが電動二輪において目指すのは、機能を研ぎ澄ますことで生まれる、本質的なデザインです。
その上で、EV OUTLIER CONCEPTでは、既存のモーターサイクルとは異なる「電動ならではの価値」、まだ誰も経験した事のない未知の走行体験の実現を目指し、「Gliding」「Ecstasy」「Low」という3つの要素を設定しました。
未知の走行体験を実現する
「Gliding」「Ecstasy」「Low」
――これら3つの要素は、EV OUTLIER CONCEPTの具体的なデザインにどのように関連しているのでしょうか?
堤
「Gliding」と「Ecstasy」はそれぞれがライディングフィールを表現した言葉です。
「Gliding」は、EV特有のスムーズな駆動力と静粛性を活かした、“滑空感のあるライディングフィール”です。加減速のつながりや旋回時の挙動が極めて滑らかで、まるで地表をグライドするような静的な乗り味を表現しています。“静寂の中のダイナミクス”が生み出す体験こそが、EVがもたらす新しい価値の一つだと考えました。
堤
「Ecstasy」は、モーター駆動ならではの即応性と加速、圧倒的トルクが生む、“エモーショナルなライディングフィール”です。駆動力をよりダイレクトに路面に伝える前後インホイールモーターを状況に合わせて自在に制御することで、人とマシンが一体化したような電動ならではの高揚感ある乗り味を実現します。これは、モーター駆動による圧倒的なトルクや、動力源や機能部品の配置を大胆に変えられるEVだからこそ可能になった新たな価値です。
「Gliding」と「Ecstasy」という2つの相反するライディングフィールの両立は、静粛性が高く、細かい制御が可能なモーター駆動のEVだからこそ可能になります。さらにその2つのライディングフィールを未知の走行体験にまで高め、特徴的なスタイリングにもつながる要素が「Low」=ダイナミック&ローポジションです。
EV OUTLIER CONCEPTは、EVの車体パッケージングの自由度が今後さらに高まっていくことを想定し、Hondaの二輪車の中でも際立って低いシート高の実現を目指しました。プロジェクトの初期段階から、「乗車位置の高さによってライダーの体感は大きく変わる。未知の走行体験にはライディングポジションの違いが重要」という議論があり、従来の二輪車では得られなかった爽快な視界と圧倒的な加速感を生み出すために、シートのヒップポイントを下げ、アイポイントを極限まで低くするという手段を取りました。
一方で、車両全体を低くしてしまうと、シートの低さがあまり際立たなくなります。そこで、あえてフロントまわりにボリュームを持たせ、塊感を演出することで、ライダーの乗車位置の低さがより際立つプロポーションとしました。この「ダイナミック&ローポジション」は電動だからこそ可能となったライディングポジションです。
堤
さらに、その走行体験をより特徴づけるのが、バケットタイプのバックレスト。このバックレストは、モーター駆動の圧倒的な加速を受け止めると同時に、腰を軸にコーナーを駆け抜けて行く新たな操作感覚を実現することで、既存のどの二輪車とも異なる、驚きと感動のあるライディングフィールの提供を可能にします。
ハンドル周りやメーターも
未来のデザインを語る
――通常であればミラーはハンドルに取り付けられ、高い位置になりがちですが、メーターと一体化させることでスッキリとしています。メーターのデザインからも未来を感じますね。
堤
メーターはライダーの広い視界を確保するため、薄型・ワイドなレイアウトとし、ミラーもカメラ式としています。さらにGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)は、車両のバンク角などを直感的に理解できるインターフェースになっています。これらのデザインは、前述の爽快な視界や“滑空感のあるライディングフィール”の実現に寄与しています。また、瞬間的に認知可能なGUIや、直感的に操作可能な操作系によって、操縦に必要のない情報を極力排しライディングへの没入感を高めることで、今まで以上に“エモーショナルなライディングフィール”を実現します。
堤
他にも、走行モードを切り替えた際、リアルタイムに変化する前後モーターの駆動状況や出力特性をサブディスプレイに表示するなど、電動ならではの楽しさも体験できるようになっています。また、ユーザーのパーソナルデータと連動し、運転スキルに合わせたライディング制御や、オーナーのスケジュールや嗜好に合わせた行先を提案する機能なども想定しています。
HMIデザインにおいても、ライダーとの新しい対話のかたちを考え、新たな発見や新しい体験の創出を目指しました。
EVデザインの難しさを、Hondaらしく乗り越えていく
ゼロからの議論と検証
セオリーに縛られない二輪デザインを
――議論を経てコンセプトを固めた後、スケッチを描き始めたということですが、最終的に決定したスケッチを見た際の印象を教えてください。
堤
まさにHondaデザインが目指す「驚きと感動」を具現化したデザインだと思いました。Hondaのショールームやショップに並ぶ姿を思い浮かべると、人だかりができる光景が自然と想像できる。実際にモデル化されたら圧倒的な存在感を放つだろうというワクワク感が、チーム全体を包み込みました。
――今までにないデザインを実現するためには、様々な工夫が必要だったと思います。
堤
特にプロポーションやサイズ感の判断には苦労しました。これまでのICE(内燃)モデルでは、長年二輪車をデザインしてきた経験に裏付けされた、美しいプロポーションの“セオリー”がありますが、EV OUTLIER CONCEPTはそれを一度手放しています。ホイールベースや車高のバランスを何度も検証し、EV特有の構成をより魅力的に見せるための新しいプロポーションを模索しました。
――電動二輪の開発はまだ始まったばかりですが、Hondaだからこそ提供できる価値とは何だと考えますか? そして、それがデザインにどう影響するのでしょうか?
堤
二輪の電動化はまだ黎明期で、今は業界全体が横並びの状態です。ベンチマークとなるモデルが存在しない中で、デザインしていくこと自体が大きなチャレンジであり、正解を探していく難しさがあります。ただ、それこそがHondaらしさを発揮できる余地でもあると言えます。HondaがこれまでICEで培ってきた知見を活かしながら、新たな技術や素材、製造方法を積極的に取り込み、正解のない領域で新しい価値を生み出す。それが私たちの使命であると考えていますし、お客様の期待を超える「Hondaらしい」モデルを提案する絶好の機会だと捉えています。
堤
また、Hondaは二輪に限らず、四輪やパワープロダクツ、ロボットなど、様々なプロダクトを手がけているため、他領域の知見を積極的に取り入れられる点も強みです。今回もコンセプトをつくっていく段階で、最新の四輪の電動技術の話を聞いたり、転倒リスクの軽減を目指した二輪姿勢制御技術Honda Riding Assistの技術者とのワイガヤを実施したりと、社内の様々な部門から情報やアイデアをもらいました。スタイリングスケッチの段階では、海外含めた様々な領域のデザイナーの知見が結集しています。こうした既存の枠を超えた新たなアプローチこそが、次世代の電動二輪をかたちづくる原動力になると信じています。
――最後に、「Japan Mobility Show 2025」での発表に向けた想いを聞かせてください。
堤
電動ならではの新たな価値を具現化したEV OUTLIER CONCEPT。EV URBAN Conceptと共に出展となるJapan Mobility Show 2025では、きっと多くの方々に、Hondaの電動二輪のデザインテーマとなる「Precision of Intrinsic Design」の世界、そしてこのプロジェクトの目的でもある「驚きと感動」を感じていただけるはずです。
Profiles

堤 裕也
モーターサイクル・パワープロダクツ
モデラー