NSX35周年

2代目NSXはいかにして完成したのか
デザイナーとモデラーたちが語り合う

スポーツカーの魅力は、ロー&ワイドの佇まいに宿る

NSXが歩んできた35年間は、Hondaのデザイナーやモデラーたちにどのような影響を与えてきたのでしょうか。今回の座談会では、2代目NSXの開発に携わったベテランデザイナーとモデラー、そしてスポーツカーに憧れてHondaに入社した若手デザイナーとモデラーの4名が集まりました。それぞれの立場から、NSXの魅力やスポーツカーの特徴、開発プロセスを語り合い、デザイナーとモデラーの協働によって生まれた革新的なフォルムの誕生秘話に迫ります。

(左から)デザイナーの川本匠海、後藤純、モデラーの神南洋志、根津佳大
(左から)デザイナーの川本匠海、後藤純、モデラーの神南洋志、根津佳大
NSX
川本匠海
川本匠海 2024年入社。四輪のエクステリアデザインを担当。高校生まで野球に打ち込んでいたが、進路を考える中で漫画『頭文字D』やモビリティの雑誌、YouTubeに触れ、スポーツカーの虜に。ものづくりや絵を描くことが好きだったことからカーデザイナーを志す

川本匠海
スポーツカーの魅力って、やっぱり「異質な骨格」にあると思います。大きなエンジンを積んでいれば、その存在感はさらに強調される。だから普通のクルマに混ざって走っていても、すぐに目を引くんですよ。例えるなら、通行人の中にトップモデルやプロのアスリートを見つけたような感覚です。

根津佳大
スポーツカーには人だけでなく、魚類や鳥類、ネコ科の動物などを思わせるキャラクター性もありますよね。速さを表現するにしても、力強さ、しなやかさなど、強調される要素がそれぞれ違う。その中でも共通しているのは「躍動感」で、特にスポーツカーはそれを造形として前面に出しているところが魅力だと思います。皆さんは、スポーツカーのどのようなところに魅力を感じていますか?

根津佳大
根津佳大 2020年入社。モデラーとして3Dデジタルモデリングを担当。CGツールなどを活用し、クルマの未来を先取りしたデザイン開発を行っている。スーパーカーブーム世代かつクルマの部品販売や修理の仕事をしていた親の影響で、幼少期からクルマに興味を持つようになる
NSX35周年
神南洋志
神南洋志 1995年入社。2代目NSXのモデルチーフを担当。現在はリードモデラーとしてエクステリア/インテリアの造形保証を担当。身近な人がスポーツカーに乗っていたことから、さらに興味を持つように

神南洋志
停車していても、その佇まいに「何かしそう」な迫力や気配を感じる――いわばオーラを漂わせているものに惹かれますね。かっこ良さには、力強さや美しさ、色気など、いろいろありますが、それらが形になり、存在そのものが輝きを放つクルマこそ、伝説的なスポーツカーになると思います。

後藤純
造形的にはやはり「ロー&ワイド」であること。低く構えた姿勢と安定感は、スポーツカーらしい速さを感じさせます。そしてもう一つ重要なのは、ブランドとしての信念がデザインに込められていることです。例えばPorscheはエンジンをリアに置き続け、普遍の哲学をデザインで体現しつづけています。形だけでなく「変わらない思想」が宿ることも、スポーツカーの魅力を決定づける要素だと思います。

後藤純
後藤純 1993年入社。2代目NSXのデザインを担当。現在はホンダアクセス用品(アフターパーツ)、マイナーモデルチェンジのデザイン開発に携わる。スーパーカーブームの真っ只中で育ち、幼少期にクルマ好きの親に連れられ訪れたスーパーカーショーで大きな衝撃を受ける。以来、スーパーカーのカード集めや漫画『サーキットの狼』などに夢中になり、自動車技術者・桜井眞一郎氏のインタビューを読んだことをきっかけに、自身もデザイナーとしてクルマの開発に携わることを決意

川本
HondaのフラッグシップスポーツカーであるNSXは、初代も2代目も、それまでのスポーツカーの常識を覆す革新性を持っていましたし、それが強い存在感につながっているように感じます。2代目の開発に関わったお2人は、初代NSXにどのような印象を持たれていましたか?

NSX
NSX

神南
高校生の頃、ガレージに停まっていた初代NSXの後ろ姿を初めて目にした時に、普通のクルマとは違う圧倒的なオーラを感じて、衝撃を受けた記憶があります。サイドからリアに伸びる大胆な造形とリアコンビネーションランプの斬新なデザインが印象的で、数秒立ち止まって見惚れました

後藤
NSXのかっこ良さの本質は、Hondaの思想に基づいた「人間中心」のデザインアプローチにあると思います。従来のスポーツカーは速さのために快適さを犠牲にしたものが多かった中、NSXは視界が広く、運転すればするほど体に馴染んで快適になり、愛情が深まっていくような体験ができます。人を鍛えるようなマシンではなく、人と一体化していく。それがNSXの独自性であり、色褪せない魅力だと思いますね。

後藤

「天使と悪魔」のスケッチが、想像力を膨らませるアイデアに

川本
開発当時のお話もうかがいたいです。2代目NSXはハイブリッドという大きな転換がありましたが、それはHondaにとってどのような意味を持ち、デザイナーとしてはどんな課題があったんでしょうか?

後藤
正直、葛藤はありました。スーパースポーツは「エゴイスティックなスピードと美しさ」という、人間の本能に訴えかける価値が必要。一方で、「優れた燃費性能」という社会的な要請にも応えなければいけません。従来のデザインの延長では生き残れない。それならば、Hondaだからこそできる新しいエモーション、新しい価値を形にし、新しい世界をつくる挑戦をしていこうと考えたんです。

NSX
NSXスケッチとデザイナー陣

川本
具体的には、どのようにデザインを決めていったのですか?

後藤
大きく2つのポイントがありました。一つは「スーパーカーらしいプロポーションづくり」です。人と機械の配置をどうするか、チーム内で幾度も議論を重ねて骨格を決め、「人間中心」の考え方でロー&ワイドなプロポーションと伸びやかなキャビンフォワードを実現できた時、大きな手応えを感じました。

後藤
もう一つは「デザインモチーフの決定」です。スーパースポーツなのにハイブリッドという、一見矛盾する要素を併せ持つクルマという企画だったので、「天使と悪魔が1つになったようなイメージ」を思い描きました。まずはそのまま、天使と悪魔どちらも内包する人の姿を描いてから、抽象的なクルマのデザインへと落とし込み、スタジオ内でコンペを行った際にこのスケッチを出しました。

後藤がスタジオ内コンペに出した抽象的なスケッチ
後藤がスタジオ内コンペに出した抽象的なスケッチ
想像を促したスケッチ
想像を促したスケッチ

後藤
その後、クルマのパッケージがある程度決まり、最初のスケッチからもう少し具体的な形に絞り込んで描いたのが、こちらのスケッチです。ここでもあえて情報を最小限にとどめ、見る人の想像力を引き出すことを意識しました。驚いたのは、同僚たちがこのスケッチに強く反応し、次々とアイデアを広げてくれたことです。ここから概念をつかみ取り、プロダクトに落とし込む過程こそ、デザインとモデラーが協働する醍醐味でした。

神南
私はNSXの開発に携わる直前までアメリカで別のプロジェクトをサポートしていましたが、このスケッチを見た瞬間、あまりのかっこ良さに衝撃を受けました。サイドビューだけで、2代目NSXの方向性のすべてが語られていたのです。特に印象的だったのが、前後の大きな塊が交差しているところ。止まっているのに「何かが始まりそう」と感じさせる高揚感があり、このオーラをどう形にするか、挑戦心がかき立てられました。

根津
確かに、初代を単に踏襲するのではなく、新しい時代に合わせて進化していて、静止画なのに動きを感じます。この風を切っていくような印象をモデラーとしても読み取って、造形として表現していけたらいいなと思いました。この段階でのモデリングをされていたと思いますが、どんなことを意識されていましたか?

神南・根津

神南
初代は前後に流れるラインと大胆でシャープな造形が特徴でしたが、2代目ではより立体的でダイナミックな造形を追求しました。どこに触れてもそこから光が360°飛び回るようなサーフェース表現を意識しましたね。もちろん、実際のパッケージになると高さや幅の広さに制限が出てくるため、最初のスケッチ通りにはなりません。常に後藤のスケッチを基点に「どう動きをつければこの印象になるか」を考え続けていました。

NSX
川本

川本
特にサイドの入り込みが気持ち良いですよね。普通のクルマならここで線を引いて終わりですが、NSXなら物理的にここを抜いてしまうことができる。恵まれた骨格を持つからこそできるデザインだと思います。

後藤
NSXのようなミッドシップのスポーツカーは、エンジンの冷却や空力設計の関係で「どう風を取り込むか」が重要な課題になりますからね。フロントエンジン車なら前から風を取り込みますが、こういうクルマは横から風を取り込む必要がある。もちろん、フェラーリや初代NSXもインテーク(エンジンが空気を吸い込むための取り入れ口とその関連部品)という穴を開けたデザインを取り入れていますが、今回はその「穴」という機能を、ボディ全体の造形テーマににまで昇華させたかったんです。

NSX

デザイナーとモデラーが対等だからこそ
生まれるHondaの強み

根津
開発当時、デザイナーとモデラーの間ではどんなやりとりがあったのでしょう? 苦労はありましたか?

後藤
最初からデザインの大きな方向性が明確に決まっていて、目指す場所がはっきりしていた分、ブレることもなかったですし苦労はそこまで感じませんでした。もちろんパッケージングの制約から、理想通りにいかない部分もありましたが、決まってしまえばその中でやりきる。もっと良くしたいという想いからのあがきはありましたが、デザインの自由度が高い中で、モデラーといろいろなアイデアを出しながら細部を詰めていけたので、本当に楽しかったです。

NSX
神南

神南
デザイナーが「0から1」をつくる存在だとしたら、モデラーは「1をさらに磨き上げて100の良さにする」存在です。選ばれたスケッチに込められた意思をいかに汲み取り、さらに超えていけるかがモデラーに求められていること。そして、デザイナーが諦めかけたことを「想いが詰まったスケッチ」に押し戻すのもまた仕事です。他社ではデザイナーが圧倒的に強い立場を持つこともありますが、Hondaでは対等と言っていい関係性。私自身、後藤とアメリカで3カ月一緒に仕事をした時も、壁のない関係で議論できたからこそ、最初のスケッチの想いを守り抜きながら新しい表現に挑めたんだと思います。

根津
長期間1台のクルマに関わっていると、自分でも何が正しいのかわからなくなることがあります。そういう時はどうやって新鮮な視点を保っていたのですか?

神南
モデラーなら誰もが直面する悩みですよね。私の場合は、モデリングする担当部分を入れ替えたり左右反転させたりすることで、客観的な判断を常に保つようにしています。デザイナーと常にコミュニケーションすることで、新しい視点や気づきを得て、造形に取り入れることもよくありました。

4人が話し合う写真
2代目NSX開発当時のモデリングの様子
2代目NSX開発当時のモデリングの様子

後藤
私はクレイモデルを触るのが好きで、神南と仕事をした時も、自分のイメージを伝えるために実際にクレイを削ってやりたいことを示したこともありますね。

根津
やはり最初の想いを貫いたクルマの方が、お客さんの心にも響くのですね。僕もいつか、ピュアでストレートなスポーツカーの開発に携わりたいです。

神南
そのために大切なのは「デザイナーの想いをどれだけ汲み取れるか」です。今はデジタルツールの進化でクレイを使わなくても形がつくれる時代。だからこそモデラーの価値をどう示すかを考える必要があります。若い世代には、自分がどういうモデラーになりたいかを問い続け、自分たちの手で世界を切り拓いてほしいと思います。

川本
私はまだ入社2年目ですが、モデラーとのやり取りをテンポ良く重ねて進めていくことの重要性を実感しています。NSXの開発のような意思の伝え方ができるよう、コミュニケーションを大事にしていきたいです。

後藤
最近は正義や論理でものをつくりがちですが、まずは人の本能や感覚に正直であってほしい。そこに立ち返ることで、人の心を打つデザインが生まれるのではないでしょうか。

川本・後藤

世代を超え、NSXはHondaの象徴であり続ける

根津
今回のお話で、初代NSXは当時存在しなかった快適性を、2代目はハイブリッドという新しい価値をデザインに乗せ提供したことがわかりました。今後もHondaのチャレンジ精神を体現し、未来を切り拓くようなクルマをつくっていけたらと思います。

川本
NSXというフラッグシップの存在があるからこそ、他のモデルも引っ張られていく。今回のお話から、Hondaが挑戦を続けられる理由を知ることができたような気がします。これからも「HondaにはNSXがある」という誇りを胸に、デザインの仕事を続けていきたいです。

根津・川本

神南
NSXは私にとって人生のターニングポイントであり、一生の思い出に残るクルマです。お客様にとっても、唯一無二のフラッグシップとしてあり続けてほしいですし、形が変わっても「さすがHonda」と思える、時代とともに進化しながら驚きを届ける存在であってほしいです。

後藤
お客様の視点で言えば、NSXは「夢とロマン」を体現するクルマであり続けてほしい。乗る人を未知の世界へ連れていき、新しい体験を提供する存在だと思うからです。そしてつくり手にとっては、NSXはHonda、そして日本のプライドそのもの。日本を代表するスーパースポーツとして、「Hondaでよかった」と思える象徴であり続けてくれるはずです。

NSX

Profiles

後藤 純

後藤 純

オートモービル
プロダクトデザイナー

神南 洋志

神南 洋志

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根津 佳大

根津 佳大

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川本 匠海

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