1時間に280台のActivaがインドの道へ走り出す
Activaの魅力は「安心感」
──2001年の発売以来、およそ四半世紀にわたりインドでベストセラーとして支持され続けている「Activa」とはどのようなモビリティなのでしょうか?
ニティン・ナグダヴァネ
Activaは、インドで生産されている最量販スクーターです。2001年に110ccモデルが発売されて以来、ベストセラーとしての地位を確立し続けており、2019年には125ccモデル、2024年には電動モデルもラインナップに加わりました。2024年には、シリーズ全体で年間約250万台、1時間あたり約280台という販売台数※を記録し、世界で最も売れているスクーターの一つとなっています。私は、2009年に登場した第2世代モデルからActivaの開発に携わってきました。
※Honda調べ
重松玄一
私も第2世代モデルからActivaの開発に関わっており、デザイナーのスケッチをもとにクレイ(粘土)などで立体化し製品化につなげるモデラ―という仕事をしています。Activaはインドのお客様にとって、通勤・通学・買物など、家族みんなの役に立ち、日々の生活に欠かせない存在になっています。そういった生活を支える「安心感」がActivaの大きな魅力だと感じています。
重松
インドでは「スポーティーで威嚇するようなデザイン」があまり好まれない傾向があったため、初代Activaの開発では幅広いユーザー層に受け入れられるようなユニセックスなデザインを目指しました。
加えて、堅牢な車体や信頼性のあるメカニズムを備えることで、その後、市場が急拡大してからも高い競争力を維持できたと考えています。また、映画や広告などでも頻繁に登場するなど、Activaはインドの人々にとって、快適な生活や幸せな家族を象徴するモビリティになっていきました。
このように、モビリティの開発は時として、モデルごとの性能やスタイリングの良し悪しに留まらず、社会全体や人々の生活、価値観にまで影響を与えるようなダイナミズムを秘めています。Activaは、Hondaの二輪において、その象徴とも言えるモデルの一つ。これはHondaで二輪の開発に携わる我々にとって、大きな魅力、モチベーションになっていますね。
──これまでにActivaは6つの世代を経て進化してきました。各モデルの特徴を教えてください。
重松
102ccの信頼性の高いHondaエンジンとオートマチックトランスミッションを組み合わせて2001年に登場したのが初代Activaです。2009年登場の第2世代では排気量を109.2ccにすることでパワーと燃費性能を向上し、スタイリングもよりモダンに進化しました。第3世代(2015年)では主にフロント周りの造形を変更。第4世代(2017年)では新しい排出ガス規制BS4に適合。そして、第5世代(2018年)では外観をより高級感を持たせ、第6世代(2020年登場)となる最新モデルではインジェクションエンジン「eSP」を搭載したという流れです。デザインは時代に合せた進化をしながらも、シンプルで丸みを持たせた、親しみのあるフォルムを初代モデルから引き継いでいます。
──ご自身が関わったActivaの開発で、特に印象に残るモデルはどれですか?
ニティン
2019年に「Activa125」が発表された時のことはとても印象的でした。これはより厳しい排出ガス規制であるBS6に適合したガソリンエンジン搭載スクーターでしたが、多くの人は規制が発動される2020年までに開発が間に合わないと考えていました。ところが、規制発動の前年に発表されたことで、HondaやActivaに対する評価がより強固なものになりました。
第3世代では、サイドパネルやテールライト、フロントパネルをリファインし、より洗練されたデザインの実現に関わることができました。そのフロント周りの造形は以後のモデルにもActivaのアイデンティティとして継承され、主要デザイン要素の一つとなっています。
愛されるコミューターに大切なのは
「やりすぎない」こと
──幅広いユーザーを持つコミューターをデザインする上で意識していることは何でしょう?
ニティン
「やりすぎない」ということでしょうか。Activaは単なる移動手段ではなく、家族と共に、将来の目標や夢を目指すためのパートナーです。常に誰からも愛されることが前提で、決して嫌悪感を覚えるような感情を持たせてはいけないと考えています。アグレッシブさやスポーティーさは抑え、プレミアムでエレガントなActivaらしさを継承しつつ、程よくトレンドも取り入れるようなバランスを心がけています。
──社会を支えるインフラであるモビリティは、使用される地域に合せたローカライズが大切です。
重松
Hondaでは、お客様にHondaの商品やサービスにより満足や感動をもたらす「買う喜び」、販売に携わる人が誇りと喜びを持つことができる「売る喜び」、お客様の期待を上回る価値の高い商品を生み出す「創る喜び」という「三つの喜び」を基本理念としていますが、Activaはまさにこの基本理念を体現する、インドという社会に根差したコミューターであると言えますね。
ニティン
多様なライフスタイルや文化に調和するために、インドという地域特有のローカライズを行っています。Activaの代表的なローカライズのポイントが、ボディを構成するスチール素材、いわゆる「鉄板ボディ」です。各モデルで採用箇所は微妙に異なりますが、最新モデルでもフロントフェンダーや各種ボディパネル、サイドカバーなどはスチール素材を採用しています。
──インドの交通事情はモビリティにとってかなり過酷な環境と聞きます。
二ティン
インド人にとってスクーターは、長い年月の日常生活を豊かにするための投資なのです。使用環境は過酷でも、絶対に壊れないことが必須条件。スチールを使ったからといって、キャラクターラインのダイナミックな造形に手を抜くことなく、妥協していないことがわかるようなデザインができたと自負しています。
重松
樹脂部品は造形の自由度が高い反面、衝撃が加わり破損してしまうと交換するしかありません。一方でスチールは、複雑な造形が難しいなど、形状の制約は多いものの、多少のへこみ程度なら修理が可能です。同時に、広い面での成型の歪みが少なかったり、素材自体の高級感だったりも魅力です。インドにおける使用環境を考慮した素材特性が高く評価され、Activaへの信頼につながっていきました。
乗車姿勢にみる「インド人らしさ」
──素材以外で行ったACTIVAのローカライズはどんなところに表現されているのでしょう?
ニティン
インドでは「堂々とした存在でありたい・堂々とした姿を見られたい」というニーズがあるのです。これは走行している時も同様で、背中をかがめた前傾姿勢ではなく胸を張った姿勢で乗ることが好まれます。そこで、「ライディングトライアングル」には特に気を配っていますね。
重松
「ライディングトライアングル」はオートバイを横から見た時にハンドルバー・シート・フットステップの3点が描く三角形のことで、この三角形の形状によってライダーの乗車姿勢が決まる。一般的にスポーツ車は空気抵抗を減らすため前傾姿勢となり、コミューターでは上半身が起きる姿勢となります。
二ティン
最高の人間工学に基づいたライディングトライアングルは、Activaのコアデザインの一つで、走行時はもちろん、停車時でも背筋が伸びた直立姿勢でユーザーに自信と誇りを与えてくれます。それほど乗車姿勢はインドのユーザーにとって大切な価値観なのです。
重松
ライダーの堂々とした姿勢と同様に、ボディのフロント周りの造形にもこだわりました。日本やアジアのスクーターよりもかなり大柄なため、間延びした印象にならないように、胸を張ったような凛としたイメージを目指しました。
──地域に根ざしたデザインと、グローバルブランドの一貫性をどのように両立させているのでしょう?
二ティン
デザインにはグローバルに共通する原則がありますが、Hondaのデザイナーに求められるのは、各地域の顧客の声を聞き、ニーズを理解し、それを具現化することです。例えばスチールボディの採用にしても、決して短絡的に決めたことではなく、Hondaの品質・信頼・安全というグローバルに共通する考え方に基づき、ユーザーニーズを尊重した結果にほかなりません。
「僕はそのActivaのデザインに関わったんだよ」
──Activaに関わる中で、印象的だった個人的な体験はありますか?
二ティン
私が初めて関わったActivaが世に出た頃、故郷に帰ったら旧友がActivaに乗って現れた瞬間は嬉しかったですね。ところが「僕はそのActivaのデザインに関わったんだよ」と伝えても友人は信じてくれない。「まさか幼馴染みの友人が、国民的な二輪車をデザインするはずがない」というわけです。それほどActivaはインド人にとって大切な存在ということなのですが、その素晴らしいレガシーに関わることへの責任とプライドの両方を感じました。
重松
私は、担当したモデルが発売されて2年後くらいに、プライベートで妻とインドを旅したんです。街に溢れる多くのActivaの中に、初めて自分が関わった世代のモデルを見つけた時はすごく嬉しかったですね。旅行中案内してくれたドライバーさんもActivaのオーナーで、奥さんをはじめ家族みんなで使っていると、嬉しそうに話してくれました。その時に実際に彼のActivaに乗せてもらったりしましたが、とてもいい思い出です。
──Activaが他ブランドと決定的に異なるのはどういった点でしょうか?
二ティン
Activaに限らずHondaのプロダクトに対し、ユーザーが信じられないほどの強い共感を感じてくれることです。だからこそ私たちは人々の生活に喜びと満足をもたらすデザインを生み出すことを目指し努力しています。その本質はたとえどの国で生産されたモデルであっても、変わらないと思います。
Profiles

ニティン・ナグダヴァネ
モーターサイクル/パワープロダクツ
プロダクトデザイナー

重松 玄一
モーターサイクル/パワープロダクツ
モデラ―