「親しみやすさ」の表現を徹底模索 実験と検証を重ね生まれたN-ONE e:デザイン

日常に寄り添い届けるN-ONE e:へ

感覚とロジックを共存させてこそのデザイン

──国内EV市場を広げるうえで、「どことなく遠い存在」と捉えられがちなEV(電気自動車)のイメージを刷新すべく、日々の相棒として登場したN-ONE e:。環境性能や経済性に優れた軽自動車の特性と、Hondaが長年大切にしてきた人中心のデザイン哲学を融合させた、生活に寄り添うEVとなっています。

エクステリアデザインを担当した中島英一、そしてCMFデザイン(Color, Material, Finish)を担当した古小路実和は、このコンセプトをしっかり理解し、親しみやすいEVとして情緒的な価値をデザインに組み込んでいきました。

N-ONE e:
中島 英一

中島
私は「e: Daily Partner」を、「毎日の暮らしに馴染み、愛着を持てる存在」と捉え、パートナーらしい佇まいを追求しました。ともに暮らすクルマは、その人の日々のリズムや感情にそっと寄り添う存在であるべきです。毎朝自宅の玄関を出て、クルマの顔を見る瞬間に「今日も一日頑張ろう」と思えるような、ポジティブな造形や表情を強く意識しました。

中島
家から職場、保育施設、ショッピングモール、ファミリーレストランなど、ユーザーが頻繁に通りそうなルートをマップに描き、実際にクルマで走行。使い勝手の良さについて検証を重ねました。狭い道を通るなら視界の取り方や車両感覚、サイズが重要ですし、どんな街の景観にも馴染むようなプレーンなスタイリングが求められます。ユーザーの生活に即した体験から得たフィードバックをもとに、チームで話し合いながら解像度を高めていきました。

N-ONE e:
中島 英一

古小路
CMFの観点からは、さりげなく乗る人の日常を後押しする、優しい「追い風」のようなイメージを思い浮かべながら、どんな雰囲気の方にも馴染むニュートラルな色を選びました。新たに開発したチアフルグリーンを中心に「e: Daily Partner」を体現し、乗る人を引き立てるような軽快な5色をラインナップしています。

──新色チアフルグリーンは、まさに心地よい風を感じるようなクリーンな色味。風のように爽やかで、でも街中でしっかり目を惹くグリーンは、ターゲットユーザーのライフスタイルを想像しながら試作を繰り返し、選び抜かれた色味です。N-ONE e: のユーザーは、「シンプルなデザインに価値を見出し、長く使える良いものを選ぶ傾向がある」と2人は意見を揃えます。長く愛着を持ってもらえるようにCMFでは時々の気分や装いに馴染むニュートラルカラーを、エクステリアでは凹凸を抑えたシンプルな形状を意識し、全体の統一感を図りました。

新色のチアフルグリーンのほか、プラチナホワイト・パール、ルナシルバー・メタリック、フィヨルドミスト・パール、シーベッドブルー・パールをラインアップ
新色のチアフルグリーンのほか、プラチナホワイト・パール、ルナシルバー・メタリック、フィヨルドミスト・パール、シーベッドブルー・パールをラインアップ

古小路
新色チアフルグリーンを開発するにあたり特に参考にしたのは、電動自転車(ママチャリ)です。最初はベージュのようなニュアンスカラーも考えましたが、実際にEVに乗ってみると、元気になっていくような走り心地を感じたので、いきいきとした色で表現したいと考えました。

最近はチアフルグリーンのマニキュアで気分を上げているという古小路
最近はチアフルグリーンのマニキュアで気分を上げているという古小路

古小路
今回、ターゲットユーザーである40〜50代の女性のライフスタイルを理解するために、ターゲットユーザー世代に人気のある雑誌やInstagramをたくさんチェックしました。色も素材も質感も、その年代の女性たちが日常的に使っているプロダクトをリサーチし、沿道で見かける電動自転車や家電製品など、ユーザーが日常的に触れているものや親和性が高いものから着想を得ています。

古小路 実和

中島
馴染みのいいニュートラルカラーを生かすように、エクステリアの観点でも、華美な装飾やメッキパーツに頼らず、なるべくシンプルに洗練された形でまとめました。誰でも手に届く国民車としてのEVを目指し、初期段階はプレーンな四角いフォルムで進んでいましたが、シンプルすぎて頼りなさや物足りなさを感じてしまったので、絶妙な抑揚やつるんとした丸みを加えるなどの調整を経て、洗練された印象と安心感を与える造形に仕上げました。

中島 英一
N-ONE e:
N-ONE e:

細部に宿る、親しみやすさの思想

──N-ONE e: は、色や形状だけでなく素材の選択にも思想が込められています。古小路が最も力を入れたのは、サステナブル素材への挑戦です。バンパーに使われている粒々の素材は、廃棄されたHonda車のバンパーを回収・洗浄・粉砕したサステナブルマテリアル。単なる再生素材にとどまらず、Hondaの歴史が詰まった愛着のわく素材です。このリサイクルバンパーはN-VAN e: から続く試みですが、今回は特有の粒々模様に対する社内アンケートも行い、N-ONE e: のユーザーであるミドル世代の女性向けにブラッシュアップしたといいます。

アンケートの結果、特に20代の若年層は、説明前から「プレーンなテクスチャよりも高そうに見える」「親しみやすい」と肯定的にサステナブルマテリアルの魅力を受け取る人が多く、説明後は「意味のある選択」としてさらなる評価へとつながったそうです。一方で、ふだんからクルマに親しむミドル世代からは、説明前は、新しい意匠表現に対して驚きがあったものの、説明後はストーリーに対して共感の声もありました。古小路曰く「素材の背景や質感のニュアンスは、世代や性別によって受け取り方が大きく異なる」とのこと。その“正解のなさ”が、むしろHondaのクリエイティブの幅を広げているのでしょう。

アンケートの結果

古小路
サステナブルマテリアルが粒々模様のまま、ガーデニングの植木鉢やスニーカーのソールなどにもおしゃれに使われているのを見つけて、N-VAN e: の時より粒子を大きく、分かりやすく見える配合にチューニングしました。配合率によっては、リサイクル材の存在感が強すぎて砂嵐のような模様になってしまったり、黒ではなくグレーに見えてしまったりなど、素材の配合や見た目の調整には非常に繊細な判断が求められました。

リサイクル材

古小路
また、見た目の印象だけでなく、製造上の再現性や品質管理とのすり合わせも必要でした。試作や現物での確認を重ね、品質管理部門とも連携しながら、量産可能かつHondaらしさが維持される基準を探し続けました。

──開発にあたっては、見えない部分の調整にも多くの時間と手間がかかったと言います。中島がエクステリアで特に工夫を凝らしたのは、EV化によるプロポーションの変化です。ガソリン車のN-ONEに比べて、モーターやバッテリーといったコンポーネントを収める必要があるN-ONE:eでは、ボンネットの造形を一から見直す必要がありました。

単に盛り上げるだけではなく、後ろから前に向かって動きのある水平基調を崩さず、軽快さや親しみやすさを損なわない形状へと導くために、設計と何度もレイアウトを擦り合わせたと中島は語ります。

古小路 実和
中島 英一

中島
従来のN-ONEは、低重心かつ台形状のスタンスなので、四輪でしっかり踏ん張ってくれるキュキュッとした走り心地。対してN-ONE e: は、軽やかでスムーズな走り心地を目指してとことん水平基調にこだわっています。その走り心地のために、極力ボンネットを盛り上げずにコンポーネントを収め、後ろから前に向かって動きのある水平基調を崩さないように調整を繰り返しました。

──また、冷却性能とデザインの両立も課題の一つでした。EVであっても、パワーユニット、エアコンなどには十分な冷却が必要です。しかし大きく口を開けたデザインでは、ガソリン車の印象が強まってしまいます。EVらしくできるだけ口元を穏やかにしながらも、必要な風をきちんと取り込める形状を模索しました。造形の試行錯誤に加え、風洞試験などを重ねる中で、ようやく今のフロントフェイスが完成しました。

N-ONE e:

──あなたにとってN-ONE e:とはーーその問いに対して、中島氏は「毎日を彩ってくれる、愛らしく素敵なパートナーです」と答え、古小路氏は「気づかないうちに背中を押してくれる、優しい追い風のような存在」と表現します。

Hondaが培ってきた「人中心のものづくり」は、EVという技術革新の時代にも変わりません。人々の生活に寄り添い、環境とも調和するN-ONE e:は、日常の中でふとした瞬間に安心や誇りを感じられる優しいEVです。

Profiles

中島 英一

中島 英一

オートモービル
プロダクトデザイナー

古小路 実和

古小路 実和

オートモービル
CMFデザイナー