新拠点Honda Software Studio Osaka完成。デザインが誘うワークプレイスに宿る「本質」

対話と創造を育む空間。「Honda Software Studio Osaka」

Hondaの新スタジオを歩く

関西エリアにおけるHonda初のソフトウェア開発拠点として生まれた「Honda Software Studio Osaka」。モビリティサービスの創出と新たな組織文化の醸成を目指し、デザインされたのが「コミュニケーションを促進する空間」です。1フロア約1250坪、回遊式のスタジオ内を阿野と歩きながら、こだわりのポイントを見ていきましょう。

「Honda Software Studio Osaka」の全体像
「Honda Software Studio Osaka」の全体像

Hondaらしさが随所に散りばめられたエントランスエリア

Entrance

スタジオに入るゲートを通ると、エントランスに設置された巨大なスクリーンがお出迎え。企業広告や新たなEV「Honda 0シリーズ」などの映像が流れています
スタジオに入るゲートを通ると、エントランスに設置された巨大なスクリーンがお出迎え。企業広告や新たなEV「Honda 0シリーズ」などの映像が流れています
阿野と「Honda Software Studio Osaka」で働くメンバーたち

スクリーンの向かい側にあるのは、木材をふんだんに使ったウォールとスツール。これらは栃木拠点にある伐採木を再利用してつくられたもので、スタジオ内のテーブルにも使われています。

温かみのある空間に集うのは、阿野と「Honda Software Studio Osaka」で働くメンバーたち。「Studio」という名の通り、様々な専門家が集まり、個々が良いアウトプットを出すために協力する場がここにはあります。

Reception room 01

同じくエントランスエリアにあるReception room 01は、Hondaのチャレンジスピリットの象徴「CIVIC TYPE R」を思わせるスポーティなロゴを採用
同じくエントランスエリアにあるReception room 01は、Hondaのチャレンジスピリットの象徴「CIVIC TYPE R」を思わせるスポーティなロゴを採用
部屋に入ると、ひときわ目立つ赤い椅子が1脚。

部屋に入ると、ひときわ目立つ赤い椅子が1脚。
「赤はHondaのロゴにも使われている、非常に象徴的な色ですから、空間に対して効果的に使うようにしています。黒い椅子と赤い椅子に座り、その違いを感じてみてください」と、阿野に促され着席。同じコクヨ製チェアでありながら、赤い椅子には実際の「CIVIC TYPE R」のシート表皮が使われ、その滑りにくさが高いスポーツ性能を体感させます。一つの椅子にも、他社との差別化を実現したTYPE Rの価値をここで働く人たちにも感じてもらい、新たな価値をつくってほしいという想いが込められています。

交流と知識が広がるカフェ・ブックエリア

CROSS Cafe

「Honda Software Studio Osaka」では、全部で3つのカフェエリアがあり、エントランスからさらに進むと一つ目のカフェが現れます
「Honda Software Studio Osaka」では、全部で3つのカフェエリアがあり、エントランスからさらに進むと一つ目のカフェが現れます

ホンダのほんだな

ホンダのほんだな

ホンダのほんだな

カフェの向かいにある本棚のテーマは「冒険」。自然に関連する書籍や大阪に縁がある著名人の本など、多様なセレクトを意識。アナログレコードで音楽を流すこともでき、知的好奇心や感性を刺激してくれます。さらに、コミュニケーションを生み出すための仕掛けもあるのだとか。

「ここでは本来の業務とは別に“係”を持っている人も。来年からは図書係のメンバーを中心に毎月のテーマにあわせて本をセレクトし、この本棚に並べる仕組みです。また、棚主を募集して自分の好きな本やものを置いてシェアしてもらえるようにすることで、新たな交流が生まれることを期待しています」

ユニバーサルデザインの理念に基づき、AEDもあえてこの本棚に設置。誰もが使いやすいようになっています
ユニバーサルデザインの理念に基づき、AEDもあえてこの本棚に設置。誰もが使いやすいようになっています

ワーカー同士がつながる、最初のデスクエリア

カフェSTAND

さらに奥へと進むと、デスクエリアが出現。黄色やグリーンなどの明るい色が使われ、生き生きとした印象。このカフェSTANDでも、会話のきっかけをつくるために週替わりで本を1冊だけ置き、さまざまな人と自然に交流できるようにしています
さらに奥へと進むと、デスクエリアが出現。黄色やグリーンなどの明るい色が使われ、生き生きとした印象。このカフェSTANDでも、会話のきっかけをつくるために週替わりで本を1冊だけ置き、さまざまな人と自然に交流できるようにしています

Welcome table

カフェのそばには、貸出用のインスタントカメラが。自己紹介用のポートレートや好きなモノを撮影し、名刺とともにロッカーに貼るなど、自然なコミュニケーションのきっかけを演出します
カフェのそばには、貸出用のインスタントカメラが。自己紹介用のポートレートや好きなモノを撮影し、名刺とともにロッカーに貼るなど、自然なコミュニケーションのきっかけを演出します

Welcome table

ここで働くメンバーのうち、キャリア採用者はおよそ8割にものぼり、毎月5名ほどが新しく入ってきます。彼らが最初に通されるのは、この台形型の大きなテーブル。近すぎず、遠すぎないほどよい距離感でオリエンテーションを行うことで、緊張を解きながら、同期メンバー同士のつながりを助け、他のメンバーの顔を知ることにもつながっています。

Welcome table

高さや距離感など、さりげない設定がコミュニケーションの質を変える

Reception room 04

Reception room 04

「画一的なオフィスにはしたくない」と、山、海、空など会議室では部屋ごとにテーマを設定し、インテリアのセレクトも変えています。ここはインドなど海外出身のメンバーも多いため、絵を描くことで概念をすり合わせ、わかり合おうとするシーンが多々あるそう。ホワイトボードではなく透明なボードにすることで、空間を楽しみながらおおらかに意見を交換できるようにしています。

Reception room 04

アジャイルスペース 共創エリア

アジャイルスペース 共創エリア

アジャイルスペース 共創エリア

Welcome tableのフェンスの裏側、見晴らしがよく直下のうめきたパークとのつながりも感じられる共創エリアは、チームメンバーと新しい価値探求を行うため、自由度の高い空間に。ここに使われている椅子は座面を少し高くすることで、前に立つ人と同じ目線でアイデアを語ることができ、Hondaの議論文化である「ワイガヤ」を生み出しやすくしています。

※ワイガヤ:年齢や職位にとらわれずワイワイガヤガヤと腹を割って議論するHonda独自の文化。

デスクエリアのすぐそばにはファミレス席も。空間を巡るごとに景色や用途が変わり、自然と会話が生まれていく構成は、大名庭園を歩くような“回遊するコミュニケーション”を感じさせます
デスクエリアのすぐそばにはファミレス席も。空間を巡るごとに景色や用途が変わり、自然と会話が生まれていく構成は、大名庭園を歩くような“回遊するコミュニケーション”を感じさせます

中華の円卓のようなテーブルが置かれたコンパクトな会議室。互いの顔が見えやすく、自然と会話が弾みます。
「コミュニケーションの目的ごとに色々な部屋を用意するのは、一見余計なことに見えるかもしれません。けれども最短距離を目指すより回り道した方が、知見が深まり本質にたどり着けるもの。そういう道を選択する風土が、大阪スタジオで育っていくことを願っています」と阿野は語ります。

中華の円卓のようなテーブルが置かれたコンパクトな会議室。
左上から:スタジオ運営のサポートをしている直村。関西初の拠点を立ち上げた拠点長の鈴木。総務の藤井と小林。左下から:電子プラットフォームの開発に携わる三枝と永山。クラウド開発を担当しているエジプト出身のPHATEMA。車両の次世代OSの開発に携わる中野。

誰が、ここで働く?

左上から:スタジオ運営のサポートをしている直村。関西初の拠点を立ち上げた拠点長の鈴木。総務の藤井と小林。
左下から:電子プラットフォームの開発に携わる三枝と永山。クラウド開発を担当しているエジプト出身のPHATEMA。車両の次世代OSの開発に携わる中野。

拠点が完成してから、出社を楽しみにする人が増えたといいます。

対話から得たインスピレーションを深め、カタチにしていく

作業台・個人ブースBOX エリア

進むにつれて、スタジオ内は黒を基調とした落ち着いたトーンに。作業台や個人ブースがあり、多人数で「ワイガヤ」もできれば、1人で作業に没頭することもできます
進むにつれて、スタジオ内は黒を基調とした落ち着いたトーンに。作業台や個人ブースがあり、多人数で「ワイガヤ」もできれば、1人で作業に没頭することもできます

Quiet Area

Quiet Area

Quiet Area

「思考を深めたり、アイデアをカタチにしたりするときは高い集中力が求められます。ゾーンに入れるよう、会話禁止の場も設けています」と阿野。ダークトーンで統一され周囲の音や視覚的ノイズが抑えられた静かな環境は、思考を深めるのに適しています。

各領域の専門家が集い、次世代の車をクリエイションするこのスタジオは、スピーディーかつ尖ったアイデアを生み出す仕掛けが多く配されていました。

コミュニケーションを促すスタジオはいかにして生まれたのか。拠点開発担当者に聞く

時代とともに変化する必要人材

Hondaでは今、ハードウェア先行型の開発から、ソフトウェア先行へとクルマづくりの手法を変え、SDV開発を加速。実際にこのスタジオでは、クルマを動作させるOSの開発のみならず次世代OSの開発も進め、半導体開発、自動運転(AD/ADAS)、デジタルUX、データ分析など幅広くソフトウェア開発を行っています。

SDV開発には、多様なソフトウェア人材が必要不可欠です。彼らが最大限に能力を発揮するために、どのような「空間のコミュニケーションデザイン」が求められていたのでしょうか。その背景や空間づくりのプロセス、そしてスタジオが目指す未来を聞きました。

※SDV(Software Defined Vehicle):ソフトウェアの更新を前提に開発され、購入後も機能追加や性能向上ができる、進化し続けるクルマのこと。

阿野 和隆

SDV開発の鍵は
「コミュニケーションファースト」

―「Honda Software Studio」が担うSDV開発は、従来のクルマづくりの手法とは大きく異なります。そもそもクルマづくりにおけるソフトウェアの役割とは、どのようなものなのでしょうか?

阿野
ソフトウェアは、センサーやカメラから得た情報を解析し、適切な動作を指示するという意味で、神経系のような役割を果たしています。クルマがロボットのように自律的に動くためには、ソフトウェアが不可欠であり、自動運転においてはクルマ同士が連携するためのコネクテッド技術も必要。このようにあらゆるものをコントロールするのがソフトウェアであり、ルールを考え、実行するのもソフトウェアの役割です。

Honda Software Studio

―SDV開発担当者にとって、どのような仕事環境が適していると考えますか?

阿野
SDV開発においては、スピード感を持ってイノベーションを起こしていくことが求められます。例えば瞬間接着剤などが手術の傷止めをつくろうとして生まれたように、イノベーションはある種のエラーから生まれることが往々にしてあります。一方でソフトウェアの場合、エラーはあってはならないもの。ですから、ビジョナリストとエンジニアが密にコミュニケーションをとり、明確な意図と設計によってイノベーションを生み出すことが重要になります。そこで我々は、「デザインはコミュニケーションファースト」と掲げ、人と人が交わるようなスタジオをつくろうと考えました。これはある意味、普遍的なことだともいえますね。

Honda Software Studio
Honda Software Studio

―開発方法が変わることで、必要とされるコミュニケーションの質はどのように変化すると思いますか?

阿野
従来のハードウェア中心の開発ではエンジンなどのハードウェアを介したコミュニケーションが行われていましたが、ソフトウェア起点の開発は実体のないものを扱うぶん、より人間同士の意思疎通が重要になると思います。思考は1人の方が深めやすいけれど、インスピレーションは他者との何気ない会話の中から生まれることが多いものではないでしょうか? その双方が実現できる場をつくることで、コミュニケーションのレベルも1段階高まるはずだと考えました。

―現段階で、どのようなコミュニケーションの課題がありますか?

阿野
やはり、帰属意識が薄まるという課題はあるのかなと。特に中途採用者が多いチームでは、リモート会議やチャットでのやり取りが多いと、なかなか本音が言いづらかったり、逆にいきなり本音で語られると、受け入れ難かったりすることがあると思います。早い段階で心の内を出せたほうが結果的に悩みも解決され、開発も早く進むはず。そのためにも、なるべく自発的に会社に来てもらえるようなスタジオづくりを心がけました。

スタジオのデザインプロセス

―スタジオ内を見学すると、エリアごとに使う家具が異なる上に、部屋ごとの壁紙やカーペットも異なっていたことに驚きました。「Honda Software Studio Osaka」のデザインはどのように進めていったのでしょうか?

阿野
オフィス設計を専門とするコクヨさんの力を借り、ゾーニングなどの提案をしていただきながら、「一巡しても楽しいか?」という観点で進めていきました。また、外部の人が訪れた際も「Honda Software Studio Osaka」が大阪のオフィスのベンチマークとなるように、魅力的な空間づくりを目指しました。

Honda Software Studio

―コクヨさんとの協働で刺激を受けたことはありますか?

阿野
大阪で創業し100年以上の歴史を持つコクヨさんからは、大阪の価値観や地域性について多くのことを学ばせてもらいました。例えば、お弁当の詰め方やたこ焼きのソースのかけ方などにも、大阪らしいサービス精神が宿っている。そういった文化があるからこそ、より賑やかで親しみやすい空間が好まれるということを教えてもらいました。実は私自身、当初は色々な要素を詰め込むような空間づくりに抵抗があったんです。しかし、大阪という新天地でHondaらしさを発揮するにはどうしたらいいか、いかに会話を多くするかというテーマに立ち返ったとき、会話が活性化するならそれこそが空間づくりの本質だと考え、整理しすぎないようデザインに反映しました。

―そうした刺激含め、拠点開発を進める中でワクワクした瞬間はどんなところでしたか?

阿野
人事開発部、総務、設備管理課の担当者と仕事をしたときです。拠点設立のために予算を獲得してくれた人事開発部、過去の工場閉鎖の経験から「守るものはない、攻めるだけ」という姿勢でプロジェクトに臨んでいた総務、現実的な道のりを示してくれた設備管理課。立場や専門を越えてアイデアをぶつけ合うその姿勢は、まさに「Studio」という名にふさわしい仕事の仕方だと感じましたね。

「Honda Software Studio Osaka」のこれから

阿野 和隆

―Hondaでは本社・青山ビルの建て替えが始まっており、その期間中の移転先である虎ノ門の拠点開発も担当されています。虎ノ門はこれからですが、そことの違いや、大阪という拠点に期待されていることはありますか?

阿野
大阪はコミュニケーションを重視し、会話ベースでイノベーションが生まれるようさまざまな要素を詰め込んでいます。一方の虎ノ門は、プロフェッショナルの独創(独走)と集中を支える、ニュートラルな空間を目指しています。

阿野
大阪拠点で期待するのは「新しい発想」です。関西は土地ごとのアイデンティティが強く、地元愛も異文化に触れる好奇心も強い。そしておもてなしを大切にする文化があるからこそ、コミュニケーション能力の高い人が多い。大阪だからこそ、新しい発想が生まれる可能性が高いと見ています。一方で、トップランナーの講演会や最先端の技術に触れる機会が少ないということが現在の課題。大阪拠点を活用してそうした方々を招致し、交流を深める機会を増やしていきたいです。そして最終的に、「この発想は大阪だからできたよね」と言ってもらえるように、なんでもいいからまずはやってみて、人間同士のコミュニケーションを通じて豊かな発想が生まれる場に育っていってほしいですね。

Honda Software Studio

今後、AIが最短距離の答えを出す一方で、周辺を考える機会はますます失われていくでしょう。だからこそ、あえて寄り道をするような、無駄な会話から生まれる発想を大切にしていきたいですし、ヒューマンエラーを許容し、新しいアイデアをみんなでサポートできるよう組織文化を醸成していきたいです。

Honda Software Studio

Profiles

阿野 和隆

阿野 和隆

コミュニケーションデザイナー