「モーターサイクルらしさ」を突き詰めて——NC750Xのデザインに込めた想い

イタリアと熊本のコラボレーション

──レッド・ドット・デザイン賞の一報を受けたとき、まずどんな気持ちが湧きましたか?

バレリオ
最初は知り合いの記者から「受賞おめでとうございます」とメッセージをもらって知りました。本当に驚きましたし、同時に大きな誇りを感じました。レッド・ドットはヨーロッパでも、世界的にも非常に権威のある賞ですから。

浦澤
私もその受賞を知り、すぐにバレリオさんと喜びを共有しました。私はイタリアの研究所に駐在する前に、熊本でこのモデルを担当していたのですが、製品化するまでの過程の難しさを毎日感じながら進めていたので、その結晶がレッド・ドット・デザイン賞受賞というかたちで認められたことは本当に感慨深かったですね。

バレリオ
当時はまだ、浦澤さんがイタリアに来るなんて想像していなかったんです。でも、そんな離れた場所でのコラボレーションが、こんな形で評価されたことがとても嬉しいですし、浦澤さんとこうして同じイタリアのオフィスにいるタイミングでの受賞は、運命的に感じますね。

浦澤一成とバレリオ・アイエッロ(Valerio Aiello)
浦澤一成とバレリオ・アイエッロ(Valerio Aiello)
バレリオ・アイエッロ(Valerio Aiello)

──この開発ではイタリアと熊本の拠点が密に連携したと聞いています。開発体制はどう進めていたのでしょうか?

浦澤
僕が熊本で、バレリオさんはイタリアで、週2回ほど定例のオンラインミーティングを行い、スタイリングコンセプトやスケッチをもとに議論していました。

バレリオ
浦澤さんがデザインのプロジェクトリーダーとして、私たちが描いたスケッチをどうやって量産の形に落とし込むかというところを担当してくれました。スタイリングコンセプトを作る段階で、熊本とイタリアで「目指すべき形」を明確にしたのが大きかったですし、そこからの議論はすごく濃密でした。だから、今回のモデルは私1人でデザインしたものとは思っていなくて、浦澤さんと一緒に“4つの手”で仕上げたのだと考えています。

浦澤
僕がこのプロジェクトを担当したのは入社して間もない頃で、NCシリーズのことも深くは知らなかったんです。でも、経験豊富なバレリオさんから、NCの歴史やユーザー像、スタイリングの意味まで学ぶことができて、そこから一つひとつ理解を深めていきました。
Hondaにとってイタリアの研究所の存在は本当に重要です。特に欧州市場で主力となるモデルでは、現地での使われ方や価値観を反映する視点が欠かせません。イタリアのチームがそのリアルな目線で、ヨーロッパ市場に一番近い距離でユーザーの声を拾ってくれて、デザインだけでなく、実際の使われ方や文化的なニーズを的確に理解してくれている存在です。

バレリオ
私が熊本に足を運び、初期のクレイモデルを見た時のことをよく覚えています。全体的に少しスリムで、ライダーのプロテクション性が物足りないと感じました。そこから、カウルまわりやニーグリップのエリアのボリュームを増やす提案をして、最終的に見た目も機能も両立した造形に仕上がりました。

NC750X

スタイリングの軸にある“NCらしさ”

──今回のNC750Xでは、どんなスタイリングの軸を立てていたのでしょうか?

浦澤
スタイリングコンセプトは大きく3つに分けて整理しました。①アップライトでダイナミックなシルエット、②アイコニックな顔つき、③無駄を削いだシンプル&ソリッドな面構成。この3つを通して、“新たなNC750X”を形にしようと考えました。

バレリオ
私はNCシリーズに長く関わってきたのですが、前モデルの開発では、デザイナーとしての思い入れも強かった分、ややスタイリッシュな方向に振っていた部分もあったので、今回は“乗り物としての信頼感”を前面に出すよう意識しました。ユーザーの周囲に自然に馴染み、安心感を与える存在。それこそがNCの本質だと思っています。

浦澤
先ほども話に出ましたが、バレリオさんが熊本に来てクレイモデルを見たときに「もっとライダーを包み込む感じを出そう」と言ってくれたのが、すごく印象的でした。ミドルカウルやタンク横のボリュームを調整して、プロテクション性と信頼感を一段上げられたと思います。

バレリオ
ライダーがバイクに“守られている”と感じること。それが私の考える“モーターサイクルらしさ”のひとつなんです。ただ速い、ただ軽いではなく、乗る人の感覚を包み込むような存在。それを、スタイリングでも伝えたかったんです。

浦澤一成とバレリオ・アイエッロ(Valerio Aiello)

──ディテールで特にこだわった部分を教えてください。

浦澤
たくさんありますが、特にヘッドライトですね。白いポジションランプの形状は、最初のスケッチから一貫して大切にしてきた要素です。意図するラインが表現できるよう、内部の黒パーツの角度や面取りに至るまで徹底的に調整しました。

バレリオ
あのポジションランプはまさに“NCの目”。存在感がありながらも優しい。強すぎず、でも記憶に残る造形を目指しました。1度でも角度を変えるだけで印象が変わるので、何度も検証しましたね。

浦澤
“見ればわかる”顔をつくりたかった。ユーザーが街で一瞬見ただけで「あ、NCだ」と気づくことができる表情にこだわりました。他にも、ハンドルアッパーホルダーやオプション部品で設定されているスクリーンアジャスター等のパーツにもタフで力強い印象を与えるようデザインしています。

バレリオ
しかもそれが単なるデザインだけでなく、機能にも関係する造形であること──そこがHondaのデザインの本質です。

NC750X

塗装レスとDURABIO™素材が示す可能性

──今回はDURABIO™というバイオベース素材を使用した点も大きな特徴です。

浦澤
はい。サステナブルマテリアルであるDURABIO™をボディカウルに採用しましたが、色ムラや質感のばらつきが課題でした。発色が狙い通り出ず、量産レベルまで持っていくために何度も試作しました。

バレリオ
このグリーンはこのモデルのキャラクターにぴったり合っていて、都市と自然の間を行き来する、まさにNC750Xのコンセプトを象徴するような色です。

浦澤
それに、質感にも妥協していません。塗装レスだからこそ、金型の磨きこみを徹底しました。型の表面処理から、樹脂流動のシミュレーションまで。素材そのものの美しさを引き出すことに全力を尽くしました。もちろんこれは、材料部門などの関係各所の協力がなければ成し遂げられなかったことです。

バレリオ
その努力が実を結びましたよ。DURABIO™の質感は、むしろ塗装よりも“本物感”があると感じています。サステナブルでありながら、しっかりとプレミアムな存在感を持たせられたのは、浦澤さんたち熊本チームの技術力の賜物だと思います。

※ DURABIO™は三菱ケミカル株式会社の登録商標です

NC750X

──完成車を目にしたとき、どう感じましたか?

浦澤
「ちゃんとスケッチ通りにできあがったな!」と思いましたね。量産化の過程でどうしても調整が入ることが多いんですが、今回は細部までしっかり実現できた。それが一番うれしかったです。

バレリオ
本当に驚きました。私たちが最初に描いたイメージが、そのまま実車になっていた。これは簡単なことではありません。デザインスケッチから量産モデルに移っていくときに、当初の意図からずれていくこともあるのですが、浦澤さんは最後まで芯をぶらさず、理想を貫いてくれた。私はその姿勢に心からリスペクトしています。

EICMAでの反響と今後への手応え

──EICMAではどんな反応がありましたか?

バレリオ
メディアの皆さんからは、「歴代NCの中で一番いい」という声を多くいただきました。スタイリングはもちろんですが、各装備のアップデートに伴い「このバイクなら通勤や旅がより一層楽しみ」といった、使い方の広がりに共感してもらえたのがうれしかったですね。

浦澤
DURABIO™に関しても反響が大きかったです。環境への取り組みとして注目されたのはもちろんですが、それが“見た目の質感に一切妥協していない”という点で高く評価されたのではないかと。ジャーナリストの方々から「こういう素材を、もっといろんなモデルで使ってほしい」と、Hondaの環境に対するチャレンジを高次元で達成することができた事に対して、評価してくださったことがなによりも印象的でした。

バレリオ
“デザインで環境対応を表現する”ことが、ちゃんとユーザーに届いた実感がありました。これは、挑戦して本当によかったと思えた瞬間でした。

NC750X

──これからのHondaデザインに対して、お二人が大切にしていきたいことは何でしょうか?

バレリオ
EV化の波が進む中で、モーターサイクルは大変革の時代に突入しています。しかしながらHondaが大切にしてきた“人の生活に寄り添う”という価値は、これからの時代にも必要不可欠であり、それをどう形にするか──デザインの挑戦はむしろこれからが本番です。

浦澤
私は、“見た瞬間に伝わる価値”をずっと大切にしたいと思っています。複雑な説明がなくても、「このバイク、信頼できそう」「自分の生活に合いそう」ということが、シンプルでストレートに伝わってくるデザイン。それがHondaらしさであり、僕たちの目指すデザインの未来です。

浦澤一成とバレリオ・アイエッロ(Valerio Aiello)

Profiles

バレリオ・アイエッロ

バレリオ・アイエッロ

Honda R&D Europe Italia
デザイナー

浦澤 一成

浦澤 一成

Honda R&D Europe Italia
デザイナー