今までにないレーサーを
自分達の手でつくりたい。
Hondaの車いすレーサー開発は、そんな想いがきっかけではじまり、
ホンダ太陽、ホンダR&D太陽、本田技術研究所、八千代工業、そしてアスリートと共に取り組んできました。
2002年にカーボンモノコックレーサー第一号機が誕生。その後、進化を重ねて生み出された
最新型の車いすレーサー「翔」は、2021年度「グッドデザイン賞」を受賞しました。
この受賞を受けて今回、「翔」のデザインを担当した輿石健氏に特別インタビューを実施。
「翔」のデザインの特徴やこだわり、コンセプト、制作秘話に至るまで、
「翔」のデザインに込めた想いを聞きました。
Hondaブランド
最新型車いすレーサー
「翔〈KAKERU〉」
“勝利の笑顔をアスリートに届ける”をコンセプトに、
Hondaの最新テクノロジーの集大成から生まれたフルカーボン陸上競技用車いす。
美しさと機能を兼ね備え、アスリートとレーサーが一体となるデザインが評価された。
「翔」デザイナー
輿石 健さんインタビュー
「アスリートに笑顔を届けたい」
車いすレーサー「翔」のデザインに懸ける想い
輿石 健
本田技術研究所 デザインセンター
代表作であるASIMOをはじめとするロボットデザインのほか、MPP Charge & Supply コンセプトモデルや熱気球など幅広くデザインを手がける。車いすレーサーについては、世界初のカーボンモノコックレーサー第一号機や、「翔」「挑」のデザインをおこなった。
目指したのは、アスリートに笑顔を届け、
障がい者スポーツを多くの方に
知っていただくこと
車いすレーサー開発に一貫したグランドコンセプトは「アスリートの能力を最大限に引き出す」です。重要なのはその先に何を目指すのか。能力が最大限に引き出された上で、本当に得たい成果はなにかを考え抜き、「勝利の笑顔をアスリートに届ける」というデザインコンセプトを定めました。
何よりも大切なのは、アスリートが「これに乗って頑張りたい」と闘志を燃やせるものを創り上げ、彼らが思う存分力を発揮して、ゴールで笑顔になること。そして、彼らを人々に夢を与える憧れの存在にすると同時に、人々に感動を与え、障がい者スポーツの認知拡大に寄与すること。これが、我々がこのプロジェクトを行う目的です。
車いすレースは、勝利への闘志をエネルギーとし自分の腕の力だけで挑む競技です。Hondaには「The Power of Dreams」というスローガンがありますが、車いすレーサーはまさにそれを体現したもの。一人でも多くのアスリートが、「このレーサーに乗ってがんばりたい」と思ってくれたら、このプロジェクトは成功なのではないかと思います。
アスリートと一体になる
レーサーのデザイン、
ブレイクスルーは「ウィングフレーム」
私がデザインを手がけたASIMOも車いすレーサーもテクノロジーの塊です。ASIMOは人の身近で親しみやすい存在として、レーサーは人と一体となり疾走するものとして、どちらも「人」を中心に考えるHonda Designでは大きな違いはありません。その基本性能を昇華することに加え、人々に何を感じ取ってほしいのかを深く考えデザインしました。
「翔」のデザインの特徴は、それまでは露出が普通だったステアリング周辺パーツを流麗なフレーム内に格納したビルトインダンパーステアリング。
そして、元F1デザイナーのアドバイスによる「ウイングフレーム」は、完成度が高かった従来モデルの軽量・高剛性の特性を維持しつつ、空力性能を高め、これまで以上にアスリートの闘志をかき立てる新たなフレームを目指しました。多くのアスリートに提供するため、体格差や障がいに応じた乗車ポジションへのカスタマイズも考え、あらゆるパターンを検討し、幾多の失敗を乗り越え、アスリートの試乗による厳しい評価を経て完成させました。
「デザイン=技術」
車いすレーサーのデザインは3Dデータで行いますが、数多くのデザイン案をシミュレーションにかけてリファインする、創っては壊す作業を繰り返します。レーサーに自分で乗って記録をだせるものではないので、アスリートの方々へのヒアリングと想像で進めることが、むずかしさの一つでもあります。
ただ、デザインと技術の両立における苦労はありません。レーサー開発ではデザインと技術は同一であり、機能を突き詰めていくと美しい形態に近づき、デザインを突き詰めると機能も向上します。いくら美しくても機能が伴わなければ意味がない。答えは簡単には出ないので、直感を大切にして、走りながら考え続けます。浮かんだアイディアは肯定し、立ち止まって一度は否定する。単に姿形を考えるのではなく、その先の物語を創ること。 第一号機からのHonda車いすレーサーの血統が脈々と続き進化している 「翔」 は、世界最高に美しいレーサーだと自負しています。
「翔〈KAKERU〉」の名は、特徴である「ウィングフレーム」を表現したことに加え、アスリートが「翔ぶように駆ける」という想いを込めてつけました。
評価されたのはデザインだけではなく、
これまでの活動のすべて
エントリーにあたって社内外の関係者の方々にご尽力いただいたこともあり、受賞の知らせを聞いたときは、「受賞できてよかった」と正直ほっとしました。また、陸上競技に特化した製品である車いすレーサーをどのように審査していただけるのか楽しみにしていましたが、審査コメントを見て、とてもすばらしい評価をいただけたと思いました。
私は、良いレーサーとは勝てるレーサーであり、そしてそんなレーサーは美しくありたいと考えていますが、この機能性の高さと美しさを正しく評価していただけたと感じています。
さらには、Hondaが目指す社会貢献という目的やこれまでの活動を理解してくださった上で、「日本の産業を牽引してきた企業の誇りと使命感を感じさせる」とデザインの域を超えて、Hondaの活動のすべてを評価していただいた。それだけの価値のある「翔」は、関係者総力で成し遂げたまさに「作品」なのです。
アスリートから見た「翔」
実際に「翔」に乗っているアスリートに
「翔」の魅力についてお伺いしました。
アスリートの力を
最大限に生かしてくれる相棒
「翔」が他のレーサーと圧倒的に違うのは、最適積層設計により高振動減衰カーボンフレームと超軽量高剛性ホイールを実現している点です。走ったときの風の抵抗をキャンセルし、高い剛性と軽さも備えている。アスリートに助力を与えるのではなく、アスリートの負担をなくしてしていこうという考え方で作られています。また、世界に通用する高いデザイン性もこのレーサーの魅力の一つで、海外遠征の際は、通りがかった方から「Cool!」と声をかけられたこともあります。
開発者の方々にはいろいろな要望を伝えますが、それはHondaは実現できる技術を持っていると信頼しているからこそ。一緒に開発してきた皆さんの想いも乗せて、TEAM Hondaとしていつもレースに出場しています。
軽さとデザインを兼ね備えた
唯一無二のマシン
翔の強みは「軽さと空気抵抗を考えたデザイン」です。
通常、前の選手の後ろにつくと風の抵抗が2~3割低減されますが、それが翔の後ろだとまるで先頭を走っているかのように風が抜けていく。選手の本来の力を最大限発揮させてくれるマシンだと思います。機能性もさることながら、デザインがカッコいい。学校の講演会などで子ども達に会うと「カッコいい」という声が挙がります。僕たち選手のためにマシンをつくってくださる開発チームの皆さんには、感謝の気持ちでいっぱいです。頑張ってレースで結果を出して、恩返しができればと思っています。
さらなる笑顔を届けるため、
アスリートと共に、
デザインを探究し続ける
大分国際車いすマラソンをはじめとする、
「翔」に乗ったアスリートの方々の活躍はうれしいの一言に尽きます。
夢にチャレンジするアスリートを応援するためにも、
レースで全力を出して事故や怪我なくゴールを迎えることを第一に考えていきます。
「良いレーサーは勝てるレーサー」、そして「レーサーは美しくありたい」という信念の下、
自分の成すべきことをすべてやり切り、
清らかな心で今後もレーサー開発に取り組んでいきたいと思っています。
私達プロジェクトメンバーもアスリートと一緒にレースを戦っている仲間ですから。