日本・皇宮警察で任務につく
ゴールドウイングと
それを繰る者たち
日本・皇宮警察で任務につく
ゴールドウイングと
それを繰る者たち
photo = KENJI SATO
interview = SHIGEKI UENO
協力:皇宮警察本部
象徴天皇制をとる日本。天皇皇后両陛下をはじめとする皇室の護衛などをおこなう皇室守護を専門とする唯一の警察組織がある。その名も皇宮警察。
皇室の儀式や国賓のパレード等において、外国要人が皇居に参内するときに護衛している姿をメディアを通じてみたことがあるかもしれない。
そのなかでひときわ目立つのが、サイドカーが付いているオートバイ。正式には側車付きオートバイという。
このオートバイはフラッグシップモデル「ゴールドウイング」をベースにしたHondaの特別車両だ。
水平対向6気筒1800ccエンジンを搭載した大型のボディに、皇宮警察の任務用に独自の機能を搭載しているこの車両は、操るために大変高い技術を要する。
重大な任務の一助を担うオートバイと、粛々と訓練・研鑽をつみ、万事に備えるプロフェッショナルたちの姿を垣間見る。
皇宮警察本部とは?
創設以来、天皇皇后両陛下を始め皇室の方々の護衛と、皇居や御所等の警備を専門に行う皇宮警察本部。1886年、宮内省に「皇宮警察」が設置され、1954年の新警察法制定に伴い警察庁の附属機関となった。定員は約940人。狭き門をくぐり抜けた精鋭たちによって、規律のある組織が運営されている。
機動力が期待される側車付きオートバイ
護衛対象が乗車する車両を囲う漆黒の車両。繰るのは皇宮警察の側車隊員たち。
側車にも目を光らせた隊員が乗車し、2人1組の車両が複数一糸乱れぬ走行をしている姿は、目撃した者も息をのむほど隙が無い。
瞬時に隊列を交差し、編隊を組み替えるさまは圧巻だ。
四輪車でもなく、二輪車でもなく、側車付きオートバイを護衛任務に用いるのには理由がある。それは機動性と即応性を兼ね備えていることだ。
機動性の面においては、たとえば二輪車である白バイも十分にある。しかしライダーである隊員がアクションを起こすためにはバイクを止めてからスタンドをかけて降りるアクションが必要だ。
一方側車付きオートバイであれば、緊急時には護衛対象が乗る四輪車のもとへ、車両を盾にするようにすぐに駆け付けることができる。そして側車側に乗る側衛官が車両を降りて即座に対応ができるのだ。
また護衛に必要な装備を側衛官がすぐに出せるところに搭載できることや、運転者と側衛官の2人体制で周囲の警戒に集中しつつ、互いに密な連携を図れることも大きな利点。
操縦が難しいこの特別な車を正しく操る技術をもった精鋭が乗るという条件さえクリアすれば、側車付きオートバイは一度の失敗も許されない護衛という任務に適したモビリティなのである。
ゴールドウイングがベースの特別車両
皇宮警察で使用されている側車付きオートバイはいずれも「ゴールドウイング」をベースにHondaが製造した特別車両だ。
ゴールドウイングは二輪車として稀有な1800cc水平対向6気筒エンジンを搭載するHondaのフラッグシップモデル。パッセンジャーとともに最上の感動を共有できるプレミアムモーターサイクルとして開発された。
大排気量のエンジンにふさわしい堂々たるボディにもかかわらず、低いポジションに配置された水平エンジンによって低速でも安定感を得られることや、独自のサスペンション技術によって長時間走行でも振動による体力消耗が少ないことが特徴だ。その唯一無二の存在感から「キング・オブ・モーターサイクル」とも称されている。
本来は市街地からロングツーリングやタンデム走行を想定しているこれらの特性が、護衛という特別な用途にも生かされるのだ。
同時に特別車両ならではの特徴ももつ。例えばバックギア。
市販のゴールドウイングには、大型の車体を後方に動かすサポートとして、電動によるリバースシステムが搭載されている。安全な駐車をサポートすることを想定しているため、速度は一定で低速だ。
ただし皇宮警察側車隊による任務では、より瞬発力のある動きが必要となる。例えばUターンができないスペースにおいて瞬時にバックして切り替えし方向転換を行うといった動きが想定される。
そうした動きを取るために、電動モーターによる一定速度のバック機能ではなくエンジンの動力を使うバックギアが設けられている。これによって隊員がスロットルとクラッチを操って速度を調整しながら後退でき、パワフルな低速トルクによる瞬発力を生かした自由な動きをとることが可能なのだ。
また、側車は左右非対称性による特性ももつ。護衛対象を左右から漏れなく護るため、側車が右についているタイプと左についているタイプ、それぞれが配置されており操舵感覚が異なるのだ。また、動力をもつのはオートバイ本体であり、側車は連結しているだけであるため、加速時は側車側へ減速時にはオートバイ側へとバランスが偏っていく。
こうした特性を操るのが、訓練を重ねた隊員たちだ。
高度な鍛錬で引き出す能力
あらゆる不測の事態に備えるなかでこの特別な側車付きオートバイの強みである「機動性」を最大限に引き出すためには、極めて高度な運転技術が必要だ。
皇宮警察側車隊の側車付きオートバイの乗り手となる隊員は、日々の任務の傍らで自主訓練に邁進し、十分なスキルを身に着けたものが選抜される。
側車隊員として日々の訓練で技術を磨いたのち、様々な試験を突破してようやく側車付きオートバイの運転者として選抜されるのだ。側車付きオートバイの運転者として現場に出るまでは、およそ5年を要するという。
側車付きオートバイの乗り手になった後も、訓練の日々がつづく。
例えばスラローム走行の訓練。片側に約400㎏のオートバイ、もう片方にエンジンがない側車があることで、ある程度のスピードでカーブに進入すると、遠心力によって側車の片輪がすぐに浮いてしまう。バランスを崩しやすい状況を避けるために、ハイスピードで曲がっても側車側が浮かない技術を身に着けている。
同時に、あえて意図した分だけ側車側を浮かせて狭い空間も機敏に抜ける技も習得する必要がある。
他にも、側車と本体の左右、また側車の乗員の有無が異なる車両を乗り換えて同様のレベルで走行する練習(左右、乗員の有無によって操作特性が大きく異なる)や、バックギアを使った高速かつ狭い空間での方向転換、急停車急発進など、習得するべき項目は多岐にわたる。
いずれも重量のある車体をまるで自分の身体の延長であるかのように軽々と俊敏に扱えることが求められ、見た目の軽やかさとは裏腹に、高度な技術とパワー、そして集中力を投じることでその動きが実現できるのだ。
また、個々の技量アップだけでなく、隊全体として動きを磨く修練もある。パレード走行時に見ることができる一糸乱れぬ隊列の変化も、隊全体で訓練を重ねた成果の賜物だ。毅然とした見た目の美しさはさることながら、1つの指示によって個としてではなく隊全体として適切なフォーメーションを瞬時に組むことが護りの堅さを確かなものにしている。
隊員たちの責任感・任務に込める想い
隊員たちの多くは、側車付きオートバイによる任務に憧れ、自ら志願して厳しい道のりを経て責任ある任務に就いた者たちだ。隊としての規律を守る隊員たち一人ひとりが、責務に対しての想い・誇りを抱いている。
ひとりの女性隊員は、白バイと比較したときの当任務の難しさのひとつに「美しい乗車姿勢とパワーによる操作の両立」を語る。
通常の二輪車では体重移動によって操舵を行うが、側車が付いているため、車体を倒して曲がることができない。そのため腕力でハンドルを切ることが必要になるのだ。
もちろんパワーステアリングなどの補助はなく、ハンドルに相当な荷重をかける必要がある。と同時に、パレードなどで護衛対象の姿を心待ちにしている国民のためにも、危機への即時対応体制を取りながら、格式を保ち平然とした姿勢で長時間の運転を行わなければならないのだ。
ベテラン隊員の一人は、皇宮護衛官として側車付きオートバイに乗車する信条を「有事即応の心構えをもち続けること」と話す。
「多くの人びとに見られているなかで落ち着いた走りを続けながらも、皇宮護衛官として何か起きた際には即座にお護りをする。いつでもスロットルを瞬時にひねって対応を取る緊張感を最後まで保ち続けるのです。」
輝く車体に跨って
任務を全うするプロフェッショナル
皇室行事や国賓の方の移動に伴う側車付きオートバイと、それらを繰る隊員たち。その威厳あふれる姿は、気品に満ちた儀式に華を添えているようにも見える。ただし、彼らの職務の核心は護衛対象者を護ること。
「我々は目立つ存在ではありますが、黒子に徹する。静かにお護りするのが我々の職務だと考えています」
誇りを胸に抱き、強固な意志をもったプロフェッショナルたちは、今日も漆黒に輝く側車付きオートバイとともに訓練に励み、瞬発力と機動力を備えて護り抜く任務を全うしている。