Honda Design Talk
レッド・ドット最高賞を受賞
Hondaの新グローバルEV「Honda 0シリーズ」が体現する、
未来の移動の価値
2024年1月に発表されたHondaの新グローバルEV「Honda 0 シリーズ」。そのコンセプトモデルとなった「SALOON」が、国際的なデザインアワード「レッド・ドット・デザイン賞」※1において、デザインコンセプト部門の最高賞である「ベスト・オブ・ザ・ベスト賞」を受賞。同じく「SPACE-HUB」が同部門のレッド・ドット賞を受賞しました。その先進的なデザインは、どう生み出されたのか。SALOONのエクステリア担当・矢野大惟也、同インテリア担当・佐藤友哉、SPACE-HUBエクステリアを担当した小川大志の3人のデザイナーに話を聞きました。
※1 レッド・ドット・デザイン賞…1955 年に設立された、世界的に最も権威あるデザインに関する賞の一つ。主催はドイツ・エッセンを拠点とするノルトライン・ヴェストファーレン・デザインセンター
直感をぶつけ合って生まれた「Honda 0シリーズ」
──まずは今回「レッド・ドット・デザイン賞」を受賞されての率直な感想を聞かせてください。
従来、デザインアワードでは量産モデルが評価されることが多いのですが、今回はコンセプトモデルでの最高賞受賞という栄誉をいただきました。「Honda 0シリーズ」という新しいブランドと共にコンセプトモデルが世に広まったこと、話題性を持ってメディアなどでも大々的に取り上げていただいたことをとても喜ばしく思っています。
矢野
個人としては、入社して初めて世に出したのがSALOONのコンセプトモデルだったということもあり、自分の提案したものをアウトプットできたという喜びがありました。加えて名誉ある賞もいただけたので、純粋にうれしく思っています。
小川
このHonda 0シリーズは、Hondaのデザインアイデンティティを変えるという、大きなチャレンジでした。担当者全員が手探りで進み続け、コンセプトやデザインが世間に受けいれてもらえるか、ドキドキしながらトライし続けてきました。受賞によってその心配や不安が、自信・確信に変わりましたし、その喜びをかみしめています。
──これまでHondaが四輪車をグローバル展開する際には、各国のクルマ文化やニーズに合わせてデザインをローカライズしてきました。一方、「Honda 0シリーズ」はグローバル統一モデルとして各地域に展開される予定ですが、どのようなデザインを目指したのでしょうか。
佐藤
最初から「Honda 0シリーズ」のある程度のイメージがあったわけではなく、まずはみんなが直感でいいと思うものを、スケッチとしてひたすら描きました。Hondaの企業文化のひとつに「相互主観性の構築」という、互いの直感をそのまま真剣にぶつけ合って議論し、積み上げていくというものがあります。それを行わなければイノベーションは生まれない。市場やニーズといったものは一切考慮せず、「Hondaが作るべきこれからの電気自動車はこうあるべきだ」という個人の思いを広げていきました。そのなかで、矢野さんがいまのコンセプトにつながるスケッチを出したことが、SALOONの起点になっています。
矢野
キャビンがタイトでノーズが長い――というような“カッコいいクルマのセオリー”はすでに熟成されてきています。そういった既成概念を一回取り払って、移動体としての価値をゼロから考えてみようと、スケッチの世界観を広げていきました。
EVはエンジンがないので車内レイアウトの自由度が高く、人が座る空間をしっかり確保できます。同時に、クルマの動的性能を感じられるものにしたい。そして、そのイメージがそのままエクステリアに反映させたい。その思いのもとで、子どもでも描けるくらいシンプルな形で空間を切り取って考えたのが当初のスケッチです。クルマを輪切り※2にした図として描き、そこからアイデアを膨らませていきました。
※2 クルマを進行方向に対して垂直な断面で捉えた
小川
Hondaのクルマの魅力には、矢野さんのいう動的な運動性能(スポーツ性)を持ち合わせているクルマと、生活の支えとなるクルマの2種類があると思っています。
SALOONはカッコいい、運動性能の魅力が光るもの。それに対して僕がエクステリアのデザインを担当したSPACE-HUBは、乗る人の生活が広がるような拡張性のある空間というテーマに考えました。デザインとしてのコアの考え方はSALOONの“輪切り”の考え方を流用しました。
──「輪切りにする」というアプローチはプロジェクト当初からあったものなのですか?
佐藤
はい。プロジェクトのディレクターから「輪切りというアプローチからデザインを考えてみてくれ」というオーダーがありました。どうやって独創性を出すか、本質的なクルマと人との関係をどうしたらデザインとして表現できるのかという課題感から、輪切りというアプローチが生まれたのだと思います。
矢野
輪切りというアプローチは初の試みで、僕個人としても非常に新鮮なトライでした。
──「グローバル統一モデル」を特に意識した部分はありますか?
矢野
僕はグローバル統一モデルだと思って作っていたわけではありません。人類に向けて、移動体験の価値を提供できるものを作りたいという思いを持っていました。
佐藤
矢野さんと同じで、グローバルへの意識はありませんでした。Honda 0シリーズ共通のデザインコンセプトとして「The Art of Resonance」というキーワードがあったのですが、文字通り、Honda 0シリーズのデザインへのアプローチはアートの作り方に近い気がします。従来はお客さまのニーズやウォントを探して商品開発をしてきましたが、それだけではお客さまの期待を超えるものは作れませんし、アートの領域まで到達できない。あえて地域や車種を規定せず、自由にアイデアを出しました。グローバルを意識しなかったことがよかったという側面もあるかもしません。
小川
僕もです。Honda 0シリーズはニーズや市場分析をベースにするのではなく、本質的な価値を追求し、それをデザインとしてシンプルに表現するというようなプロセスで提案しました。個人的に、五感に響くような、直感的に「いいな」と思えるものやデザインは人類共通だと考えています。
「Honda 0シリーズ」デザインの原点
──シリーズの起点となったSALOONのスケッチを描いた際には、どんな世界や技術の到来を考えていたのでしょうか。
矢野
当時は直感で描いていたので、細かなロジックは考えていませんでした。ただ、未来のイメージとして、クルマと人間が分かれていくのではなくて、寄り添っていくものだと感じていましたね。例えば、EVは音が静かで排気ガスも出ずにクリーンな移動体なので、近くに行っても動物に怖がられずに生物や地球に親和していく方向、そういう未来になればいいなと考えていました。
──おっしゃる通り、一般的にEV=明るくクリーンなイメージがありますが、SALOONのスケッチやブランドエッセンスムービーなどはダークな世界を感じさせます。旧車のようなレトロ感と、また見ぬテクノロジーを想起させる先進性が混在したデザインは、海外では「サイバーパンク」と評され、上市を熱烈に望むファンもいるようです。このデザインや世界観を構築するにあたって、影響を受けた映画やアニメ作品はありますか?
矢野
僕は映画など映像作品の世界には明るくないので、自分のなかに浮かんできたイメージを練り上げました。スケッチを描いているときは、日本のメーカーが作るEVということで、オリジナリティのある、見たことがないものを提案したいと考えていました。それを「雨の日の都会」というイメージから具体化させていったのです。
──小川さんが担当されたSPACE-HUBは、リアが独創的です。どういった意図があるのでしょうか。
小川
SPACE-HUBは、後部座席に人が対面で乗ることできる空間が独創的な価値になっています。EVの走り方や新しい人の乗せ方を考え、それをどうシンプルに表現していくかを突き詰めて、いまの形になりました。
もともとは、先に描かれていたインテリアのスケッチが発想の起点になりました。後部座席のスケッチだったのですが、クルマという囲われた空間の中から青空が広がっていて、そこで人が通常クルマでは見ないようなリラックスした姿勢をとっている。その世界観をエクステリアでどう表現できるのか、インサイドアウト=「中から外を発想する」というような新しいトライでした。
──インテリアでは、どんな独創性を表現しようとされたのでしょうか。
佐藤
インテリアはSALOONとSPACE-HUBで共通して、姿勢の自由度を重視しました。ただダラっとする安楽的なものではなく、クルマに乗っていることで刺激を受けたり、人が創造的になれたりする空間にしたいと考えていました。リサーチしているなかで、海外で撮られた一枚の写真を見つけました。窓際のちょっとしたスペースで、女性がリラックスした姿勢で本を読んだり、瞑想したりしている。それを見たときに、体を自由にさせることは、人を行動的にすると確信しました。
クルマのインテリアというのは、シートやドアのほかにもさまざまなモジュールがぎゅうぎゅう詰めになっていて、人に迫ってきています。それらをできるだけ排除し、人に触れる面や身体を動かすところを柔らかくつくり、シームレスにつなぐ。そうすることで自由な姿勢が取れて、行動力や想像力の向上に貢献できるのではと考えました。
──イノベーションが生まれる空間を意図されたということですね。一方で、運転する楽しさという観点はインテリアにはどう反映されていますか。
佐藤
Hondaのインテリアは「爽快」という言葉を使いますが、走っているときの心地よさ、気持ちよさ、抜けていく感じを重視しています。柔らかいものが薄い、軽い、浮いているみたいなイメージでスタイリングすることによって、圧迫感のない軽快なものに仕上がる。そのデザインのアプローチがSALOONでもSPACE-HUBでも使われています。
──インテリア/エクステリアの担当デザイナーの意見がコンフリクトする場面はありましたか?
佐藤
従来はままあることですが、今回は矢野さんのスケッチをベースに切り貼りして原理的なモデルを作り上げ、実際に試乗して、それに基づいて意見をまとめていきました。要は「三現主義(現場・現物・現実に照らし合わせること)」ですが、結果として「ここは譲れない」という部分はなかったような気がします。SPACE-HUBではありました?
小川
SPACE-HUBでもまったくなかったです。そもそも開発していたチームがものすごくコンパクトで、常に会話しながら進めていけたので、課題を共有できていたというのが大きな要因ですね。
デザイナーが描く、Hondaの未来
──いま自動車業界は100年に一度の大変革期といわれています。Hondaとして、また個人として、どんなクルマを作っていきたいかを聞かせてください。
佐藤
お客さまに指名買いしてもらえるようなクルマを作っていきたい。スペックや価格など比較対象の中で決められるのではなく、「これじゃなきゃ嫌だ」と思っていただける乗り物を作っていかなければ、自動運転や無人タクシーと行ったものが実装された社会ではクルマの価値も選ばれることもなくなっていくという危機感を持っています。「Honda 0シリーズ」はHondaの中でも独創的なものが作れているはずなので、大衆に受けながらも独創的なものという、難しいけど確実にベン図が重なる部分を追求していきたいです。
小川
リモートワークの普及や、電車内で乗客がずっとスマートフォンを見ている姿をみていると、昨今「移動」がネガティブなものとして受け止められる側面を感じます。個人としては、「移動するんだ!」という純粋なワクワク感をバックアップしたい。例えば、大学生時代に友人たちとレンタカーを借りて遊びに出かけたときの喜び、初めての自分のクルマを運転したときの楽しさやときめき。そういったワクワク感を提供できる乗り物を作っていきたいと考えています。
矢野
僕個人としては、Hondaはほかのメーカーとは異なった存在に見えているんです。クルマ、バイク、パワープロダクツに加えて、ASIMOを開発していた歴史があったり、HondaJetの販売や、電動垂直離着陸機eVTOLという空のモビリティを開発していたり。先ほど小川さんが言っていたように、移動体験の価値にこわだって提供し続けてきた。クルマというカテゴリーにこだわらず、これからも人が楽しいと感じられるものをHondaとして作っていきたいですね。
佐藤