Honda Design Talk
Hondaならではの電動二輪車のあり方をゼロから構築。
目指したのは「機能を研ぎ澄まし、本質を表現すること」
Hondaは、2024年を電動二輪車のグローバル展開元年と位置付け、電動二輪車市場への参入を本格化します。イタリア・ミラノで開催された世界最大の二輪車見本市「EICMA(ミラノショー)」では、新たなFUNモデルとUrbanモデルの電動二輪車コンセプトを初披露。電動ならではのエモーショナルな体験ができるFUNモデルと、近未来の都市部での使用を想定したUrbanモデル、それぞれのデザインがどのように作り上げられたのか、デザイナーが込めたこだわりや想いをお伝えします。
既存の概念に捉われず二輪車を再構築する
――横山さんはデザイナーとしてこれまでどのようなプロジェクトを担当してきたのでしょうか。
これまで主にコンセプトモデルを中心にデザインしてきました。コンセプトモデルというのはモビリティショーなどの展示会で発表するためのものですが、2015年の東京モーターショーで発表したスポーツハイブリッド三輪の「NEO-WING」などを担当しましたね。量産モデルでは、2022年に発売した「Dax125」などもデザインしています。
――モーターサイクルのデザインはどのように進めていくのでしょう。
そのモデルに求められる用途や使用環境などを設定し、それに必要な機能・性能を満たすように仕様を決定します。バッテリーやモーターなどの機能部品をレイアウトしながら、一台のモーターサイクルにそれを収めていく作業になります。さらに、そこに込めたいメッセージを表現できるようなデザインに落とし込んでいくわけです。
――Hondaは2024年を電動二輪車のグローバル展開元年と位置づけ、電動二輪車市場への参入を本格化していくことになりました。
はい。それを受けて我々デザイン部門としても、電動二輪車におけるデザインの新しい方向性を検討しています。様々な方向性を検討する中で、その一つの方向性を体現するモデルとして、今回の2台をデザインしています。
――具体的にはどういったデザインの方向性なのでしょうか。
デザインテーマは、「Precision of Intrinsic Design」。直訳するとPrecisionは精度、Intrinsicは本質的という意味ですが、「研ぎ澄まされた本質的なデザイン」を表現した言葉です。目指すのは、機能を研ぎ澄ますことで生まれる、本質的なデザインです。
同時に、製品としての観点だけでなく、人や社会と共鳴、協調するデザインを目指しています。Hondaとして環境負荷低減や交通死亡事故削減を目指す中で、将来二輪車が人や社会とどのように共存していくべきか。電動二輪車ならではの静粛性やスムーズな走り、環境負荷低減に向けた生産技術や素材の進化、ITS※による都市と連携するコネクテッド技術の発達、社会における電動二輪車のありたい姿や、電動二輪車だからこそ実現できる新しい世界観を模索しています。
ICE(内燃機関)とも共存していくため、エンジンとバッテリーといった両者の違いを意識しながら、既存のカテゴリーや概念にとらわれず、全く新しい視点で二輪車を再構築していくことが求められました。
※ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)
未来の都市での使用を想定したアーバンモデル
――まずは「EV Urban Concept(イーヴィー アーバン コンセプト)」から教えてください。どのような進め方でデザインしていったのでしょうか。
従来のICEの考え方とは切り離し、バッテリーやモーターの位置などもゼロから構築してきました。まず、使用される環境などを想定し、バッテリーはこのくらいの大きさ、ヘルメットを収納する、しないといった様々な要件を設定します。そのうえで、デザイナーが「Precision of Intrinsic Design」をテーマにアイデアを出し合い、スタイリングを創出していきました。
デザインの最大の特徴は、一目でわかる水平基調を中心としたボディー形状です。
我々が新しいデザインの方向性で目指すのは、内包している機能や構成部品、素材を無視した、全く機能部品とは関係ない未来的なスタイリングでデザインを成り立たせることではありません。「機能を研ぎ澄まし、本質を表現する」ためには、水平基調で大きなバッテリーなどの形態を活かし、それをスタイリングに昇華させることが必要でした。
一方で、ただ水平基調なだけの構成では、二輪車の動体としての躍動感や、滑らかな走りは表現できません。そこで、前輪、後輪を意識した台形プロポーションに、各部に勢いを感じさせるラインを加えることで、家電などのプロダクトとは異なる、動体としてのダイナミックなスタンスを生み出しました。
また、研ぎ澄ましたボディー形状と、長めのホイールベースや太いタイヤとの対比によって、都市部での機動性を確保しながらも所有感を感じる堂々とした佇まいを実現しています。これは従来のコミューターとは異なるアプローチです。
――見たことがない感じ、近未来の乗り物という雰囲気があります。
まさに近未来の都市で使用されることをイメージしています。電動二輪車ならではのトルクの良さを活かし、街中ではキビキビと走ります。一方で、足を伸ばしてリラックスして乗れて、ゆったりとクルージングもできるという、二面性を持ったキャラクターを想定しています。
――苦労した点はありますか。
ゼロから再構築する、ということがこれまでとの大きな違いです。ICEは設計的にもデザイン的にも、「エンジンはこうあるべき」「吸気から排気までの流れを美しく表現する」などの定石があります。でも電動二輪車は黎明期ですから、各社もいろいろ試していて、まだスタンダードがない状況です。
Hondaが長年二輪車を開発してきたことで培い、大きなアドバンテージである「走る・曲がる・止まる」という性能。その実現において外せない機能や要素は押さえつつ、従来の表現手法にとらわれず、電動ならではの新しさをどう表現するのか。この試行錯誤がデザインするにあたって一番苦労した点です。
――横一文字のシグニチャーライトもアイコニックですね。
この特徴的な横一文字のシグニチャーライトによって、遠くからこのバイクが走ってきたときも、すぐにEV Urban Conceptとわかるはずです。EV Fun Conceptも同じく、横一文字のシグニチャーライトを採用し、「Hondaの電動二輪車」として共通のアイデンティティーを持たせています。
またハンドルスイッチや計器類は、直感的に操作できるHMI(Human Machine Interface)を目指しています。ハンドルスイッチの適正化や、シンプルで見やすいGUI(Graphical User Interface)などによって、瞬間的な認知や直感的な操作を可能にし、今まで以上にライディングに集中できる乗車環境を目指しました。スタイリングのみではなく、様々な視点で新しい価値の創出にトライしています。
電動ならではのエモーショナルな走りを実現するFUNモデル
――続いて、FUNモデルの「EV Fun Concept」です。Honda初となるスポーツモデルの電動二輪車ということで、期待もかなり高いようです。デザインについて聞かせてください。
EV Fun Conceptも「機能を研ぎ澄まし、本質を表現する」という大きなテーマはEV Urban Conceptと同様です。
ICEで培ってきたHondaの「走る・曲がる・止まる」に加えて、電動二輪車ならではの圧倒的な加速力と、静かで軽快な走りを表現するために、スリムでシームレスなデザインを目指しました。肉を盛って造形するというよりは、塊を削って造形したイメージです。ネイキッドとモタードの中間にあたるようなイメージの、カテゴリーレスのモデルを目指しています。
――デザインのポイントは。
電動二輪車はガソリンタンクが存在しないところが大きな特徴になります。今回は、そのガソリンタンクにあたる部分を削ぎ落とすことで、新たなシルエットを生み出しています。
市場における電動二輪車は、単純にエンジンをバッテリーやモーターにコンバートしたようなデザインのモデルが多く存在しています。このようなモデルは、多くの人が見慣れたデザインによってなじみやすい反面、電動二輪車特有の機能部品を本質的には表現できていないと考えています。
EV Fun Conceptでは、人が触れることが想定されるボディー部はシームレスに、艶感のあるサーフェースとしました。シームレスなサーフェースのボディーに対し、バッテリーやピボットプレート、ステップ、ホイールなどの構造部品については、ICEと同様のメカニカルな表現を施しています。
このコンビネーションがEV Fun Conceptの新しさと、FUNモデルとして必要な趣味性の表現の一つとなっています。
――マフラーもなく、従来のICEとは違うバランスを形にする難しさはありましたか。
見てわかる通り、EV Fun Conceptは、航続距離の観点から大きく四角いバッテリーという制約があります。このバッテリーをカバーで覆ったデザインももちろん考えましたが、「研ぎ澄ます」というテーマのもと、バッテリーは露出させ、水平基調の形状をボディーにも入れ込むことで、機能的で無駄のない電動ならではのスタイリングに昇華させました。
――参考にしたものはありますか。
全くありません。もちろん彼我比較として様々な電動二輪車は見ていますが、世の中にないものを作ろうとしているので、なるべく現存の二輪車からは離れたいと考えていました。
一方で、ギミックを多用した、表層的な新規性を求めたデザインは、我々が目指す方向ではありません。今、様々なデザインの電動二輪車が出てきている中で、Hondaとしては今までの延長線上にない新しさを表現すると同時に、モーターサイクルとしての趣味性や機能美もしっかり押さえたデザインを心がけました。
――Hondaの電動二輪車では初のスポーツモデルとして、気負いやプレッシャーもあったのでは。
新しいものをデザインするときは、ゴールが見えない状態で絵を描き続けることになります。正直、悩み苦しんだ時期もありました。でも、絵を描いているときは深く考えず、自分が「これなら乗りたい、欲しい」と思うものをデザインしていきました。結果的に、多くの方に乗りたいと思っていただけるようなデザインに到達できたのではないかと自負しています。
今回のモデルは、まだ正解のない電動二輪車の黎明期において、Hondaとして出した一つの解です。今後も様々なモデルが出てくると思いますが、技術や性能の進化に伴って形も変わっていくでしょう。その最初の一歩として世の中に発信する、全く新しいデザインを自ら創出できたことは、困難ではありましたが、本当に良い経験となりました。世界中のお客様に、電動二輪車に対するHondaの本気度を感じ取っていただければと思っています。
――どんな人たちに乗ってもらいたいですか。
イメージしたのは、新たな発見や新しい体験を求める、アクティブで未来志向なお客様です。そういった人々が、市街地やワインディング路をキビキビと軽やかに走っていく姿を思い描きながらデザインしました。AT(オートマチックトランスミッション)ですし、スリムなので足つき性もいい。初めてモーターサイクルに乗ってみたいという人にとっても、敷居は高くないと思います。もちろん、既存のFUNモデルのライダーにも乗ってもらいたいですね。ICEとは全く異なる、異次元にワープするような加速感や静粛性には、今までにない驚きと感動があるはずです。ぜひ体験してみてほしいです。
プロフィール
横山悠一
e-プロダクトデザインスタジオ
デザイナー
2005年入社。モーターサイクル・パワープロダクツデザイン開発室に所属し、二輪車を中心に数々のコンセプトモデルのデザインを手掛ける。